Column/Interview

いま、日本のHIPHOPを整理し提示する緊急性

遼 the CP: 
つやちゃんさんとは以前も女性アーティストについて対談させて頂きましたが、今日はもっと広く、今のHIPHOPを整理・概観してみようということで時間を設けさせて頂きました。この対談にあたり、つやちゃんさんの方でも今回の問題意識に根差したツイートをされていたりしたわけですが…改めてつやちゃんさんから、この対談の目的を教えて頂けますか? 

つやちゃん: 
日本に限らず世界的な傾向ですが、近年のHIPHOPは隣接するジャンルとクロスオーバーしながら、その音楽性をどんどん拡大させている状況にあると思います。その中で「HIPHOPシーン」なるものの定義、とらえ方もかつてないほど多様化してきていますよね。以前から「何がHIPHOPで、何がHIPHOPじゃないか」みたいな議論が活発だった日本において、これまでの比じゃないスピードでHIPHOPが定義を拡げはじめている。正直、新しい動きが生まれすぎていて把握するのが難しいくらいの混沌とした局面を迎えているのではないでしょうか。そういった新しくて面白い動きが興るのは多くがアンダーグラウンドからですが、USよりはるかにマーケットが小さい日本だとせっかく凄いことをしていてもきちんと取り上げる場がないと辞めていってしまうアーティストも多い。これは非常に切実な問題で、才能あるラッパーでもストリーミングの月間再生者数を見てみると数十人だったとかザラにありますよね。彼ら彼女らの活動を、誰かがきちんと取り上げていかなきゃいけないんじゃないか、というのが想いとしてはあります。

遼 the CP: 
HIPHOPに限らず、音楽市場の中での音の広まり方って理想は「アンダーグラウンド→メジャーグラウンド→アンダーグラウンド」だと思うんですよね。アングラで新しい音が興って、それがメジャーのアーティストにも届いて、彼らが大衆にもやや分かりやすい形に組み替えて届ける。それが刺さった一部の大衆層がアングラまで辿り着いて新規ファンになる。このサイクルが回れば健全だと思うんですが、現状の日本のHIPHOPシーンはメジャーに組み上げるところも、メジャーからアングラに再接続するところも、回路も市場の厚さも全然足りていない。 

つやちゃん: 
そうですね。リスナーの話で言うと、HIPHOPシーンではつい2018-19年頃まで「Boom BapかTrapか」という二項対立の議論が盛んでしたよね。でもそれもTrapが一過性の流行からベーシックなものとして定着し、Boom Bap含め様々なタイプのビートが復興したり勃興したりしたことで、以前ほどは見られなくなった印象です。あんなに対立していたリスナー層がようやく「まぁどっちもあって良いよね」みたいな共通認識を抱くようになってきた。

遼 the CP: 
2022年で言うと、メジャーなところではOMSB『ALONE』などはもちろん、アングラシーンでも大阪Boom BapのDNAを持つSTICKY BUDS『Get Dream Story』などは、顕著に両軸の共存が見える内容になってました。 

つやちゃん: 
海外でも、たとえばEarl Sweatshirtの『SICK!』には普通にTrapのビートもたくさん導入されていましたし、一聴するとその違いにも気づかないくらいに両者が自然に鳴っています。けれども、そこに来て今度は「Boom Bap vs. Trap」を超えた、隣接ジャンルとのクロスオーバーが物凄い勢いで起こり、パンデミック以降加速しはじめた。結果、Trapはもはや古典になろうとしている。

遼 the CP: 
こないだ20歳にならないくらいの若いアーティストと話してたとき、「今回はあえてクラシカルな、昔のビートに乗ってみたんです!」って言われて聴かせて貰った曲がオーセンティックなTrapで驚いたことがありました。もうそれくらいの時間、スピードで動いている。そしてつやちゃんさんの言う通り、単純にサブジャンルの数、範囲が拡大している。これはリスナーからするとどんなジャンルがいまあって、どんな日本のアーティストたちがいるのか、単純に掴みづらい状況だと思います。 

つやちゃん: 
「ゴリゴリHIPHOP聴いてきています」というような業界の方でも、それらポスト・HIPHOPとも言うべき作品群は全くノータッチなケースが多いです。かなり大きな溝ができはじめている気がする。でも、不思議ですよね。本来であれば、色んなジャンルの音楽性がミックスされていくことでその分リスナー層のパイは広がって多くの人に聴かれていくはずなんですけど。なので今回は、メインストリームから外れた、でも重要な最近のサブジャンルを強引にいくつかに分けて、それぞれの面白いアーティストや必聴盤を取り上げていこうという企画です。一昔前までは、音楽雑誌でこういった特集がよくありましたよね。

ただ、それによるラベリングの功罪というのは間違いなく生まれます。アーティスト側の意図しない形でジャンルを特定してしまう可能性もあるし、そもそも現在のようにこれだけシーン内の音楽性が複雑になるとジャンルで分類するという行為自体が暴力性を孕むものになる。なので、あくまでこの企画は「入口」であり、「きっかけ」として参考にしてほしいと思っています。リスナーの理解・整理に役立って新たな音楽やアーティストとの出会いにつながればそれがもうゴールで、あとはどんどん好きなようにディグってほしいというか。

遼 the CP: 
SoundCloudを日々ディグってる若いディガーとかね、ああいう人たちは尊敬します。自分も全然及ばねえなって。そういう人たちは引き続きどんどん掘り続けてもらいつつ、今回は「そんなに掘る時間ねえよ」とか「何聴けばいいか教えて!」って人たちに、ひとまず大きなジャンルで区切って理解整理してもらうための対談ですね。 

つやちゃん: 
「こうやって区切ってるけどこのジャンルとこのジャンルの分け方は違うんじゃないか」とか「この音は正確にはこっちがルーツで」とかあるとは思うので、もちろんそういう議論もしてほしいですね。とは言え、今回はとにかく分かりやすく簡単に整理して入門編を作るのが目的なので、「ごめん、一旦ざっくりと区切らせてもらいました」という感じです。

遼 the CP: 
用途としては百貨店のフロアガイドと一緒ですよ。今回は1Fに紳士服売り場があって、2Fはスポーツ用品売り場ですとか、それくらいの大きさの話です。服でもユニクロとPRADAは全然違うとか、ミズノとNikeの違いはどうとか、そういう細かさの話には立ち入らないので。興味を持って頂いた方にはそうした奥の話も調べたりしてみると、きっともっと楽しいんだろうと思います。 

つやちゃん: 
そうですね。ただ、今回はメインストリーム、つまりHIPHOPシーンの「真ん中」にある音楽は外しているので、1Fとか2F、B1Fについては触れていないですね。あまりお客さんのいない3Fから上というか。「真ん中」というのは、いわゆるBoom BapやTrap, あとDrillやRageといったビートを基本にしたHIPHOPの正史に連なる作品たち。もっと分かりやすく言うと、POP YOURSに出ているラッパー以外にもサブジャンルでかっこいい人たちがたくさんいるよ!みたいなことなのかな。

遼 the CP: 
あと…本題に入る前にもうひとつだけ。今回の問題意識の切実な点として、やっぱり魅力的な音楽を作りながらも、気付かれないまま消えて行っちゃう人の数は凄く多いんですよね。PRKS9は始まってまだ2年に満たないメディアですが、なるべく色んなアーティストに光を当てようとしてきたつもりです。ただ、この立場で定点観測してると、たった2年足らずの間でも、出てきては辞めていく人がほんとに多い。だから、せめてこの2022年に面白い動きをしてくれている人たちをこの瞬間に切り取ることは、ほんとに切実で必要性のある話だと思うんです。 

つやちゃん: 
リスナー数が桁ふたつ、みっつ足りてないよみたいなアーティストはほんとにたくさんいます。音楽を届ける手段は増えたけど、アーティストの母数も増えていて。でも伝える媒体の数は限られているので、埋もれていく人が多い。 

遼 the CP: 
ひとりの人間の精神衛生として、いまのアーティストってほんとにキツい活動に耐えてると思いますよ。デジタルで定量化されたいま、どれだけアーティスティックに振る舞ったりボースティングしたりしても、YouTubeの再生回数やSpotifyのリスナー数で残酷なまでに結果が見えて、しかもそれが全世界に公開される。オリコンチャート主流の頃は、聴き手が自主的にランキングを見に行かなきゃ数字なんてあんまり見えなかった。

でも今は、リスナーがMVを見にYouTubeへ、音楽を聴きにSpotifyへアクセスすれば数字が見えちゃう。楽曲を聴くという自然行動の中で半強制的に数字が目に入っちゃう。これはSNS全盛の時代になり、アテンションエコノミーの概念が定着した世界ならではの現象。曲の内容そのものとは別に「誰かと共有しやすい、盛り上がりやすい」定量情報が提供されることでリスナーの対話を促進している、功罪あるファクターです。本来は楽曲の質とは関係ないのに、数字が何かのタトゥーとして作用しちゃう。ほんとに辛いことも多いと思います。 

つやちゃん: 
ですよね…。ただそれも、USやUKのラッパーの物真似だったらまぁ自然淘汰されるのも仕方ないのかも、って思ったりするじゃないですか。でも日本でしか生まれ得ないような、非常にオリジナリティを持った作品が中にはたくさんある。そういった音楽がほとんど発見されないままでいるのは本当に悲しい。

遼 the CP: 
だからこそリスナーの、特にHIPHOPリスナーの態度って大事だと思うんです。HIPHOPがセールス的に振るわなかった時代から、ヘッズたちがいつも言ってたことって「売れたから良い音楽ってわけじゃない。売れてなくてもヤバい、HIPHOPってジャンルがここにある」ってことだったじゃないですか。そのマインドは今こそ必要な気がします。月間リスナー数が数十人のアーティストにも、ヤバい人はたくさんいる。HIPHOPリスナーは、それが真であると歴史から知ってる。だから、今回紹介する人たちは再生回数とかリスナー数のような指標には頼りません。ただただ、僕とつやちゃんさんが感覚としてヤバいと思った人を取り上げていきます。 

つやちゃん: 
ですね。とはいえ今回は入門編の位置付けなので、全体的にはアングラの中のメジャーな人たちって感じです。そうした人たちを、便宜上①Hyperpop, ②Phonk, ③Emo Rap, ④Trap Metalの4つに分けて見ていきましょうか。 

①Hyperpop 

つやちゃん: 
このHyperpopという名称を使うのはかなり迷ったんですが、他の言葉での形容が難しいのでしぶしぶ使わせてもらいました。勝手に「Maximalism(マキシマリズム)」とか名付けようとも考えましたが、さすがによく分からなくなっちゃうかなと思って一旦Hyperpopでいかせてもらいます。というのも、そもそもHyperpopと呼ばれるような音楽をやっている人たちは自身の作品をそう呼ばれることを嫌がっているケースが少なからずありますよね。Hyperpopは音楽性ではなくシーンやスタンスを指すものであって、それらはアーティスト自身のクィア性だったりセクシュアリティといった部分と深くつながりながら形成されてきた。

また、海外と国内でもその状況や内実は大きく違っている。詳しくは『ユリイカ』2022年4月号のHyperpop特集号に詳しいので参照してもらいたいのですが、こと国内で言うとHIPHOP観点でのHyperpopと呼ばれる音楽がはっきりと出てきたのは2019年頃なのではないでしょうか。今回の対談は「国内」の「HIPHOP」観点でHyperpop周辺を語っているので扱っているアーティストがかなり偏ってはいますが、サウンド的には極度に歪んだ音でマキシマムな音楽を鳴らしつつもEmo Rapに一つのルーツを持っている点が興味深い。Emo Rapに影響を受けたアーティストが新たにHyperpop的な音楽を作りはじめ、それがまたHIPHOPに影響を与えているという複雑な構造になっている。そんな状況の中で、HIPHOP側の観点でこのシーンを見た時にあえて重要なアーティストを絞って挙げるとしたら、trash angelsとSTARKIDSなのではないでしょうか。 

なぜかと言うと、この両者はけっこうスタンスが違いますよね。trash angelsはナードな魅力を持つ一方、STARKIDSはセルフボーストな姿勢が顕著で、割とHIPHOP然とした価値観を持っている。だからこの2者の違いを軸に置くと話しやすいかなと思いました。 

遼 the CP: 
そうですね。実は両者はそれこそDemoniaで共演してたりもするんですが、すごくざっくり言うとHIPHOPベースな人たちがHyperpopの音に影響を受けてるパターンと、Hyperpopから入ってHIPHOPにも染み出したきたパターンがあると。PRKS9ではこれまでSTARKIDSのBENXNIや、同じくHyperpopの音を積極的に取り入れているlil beamzにインタビューをしてるんですが、両者が共通して言ってたことは「これがHyperpopっていうジャンルなんだって最初は知らなかった」ってことで。自己肯定感の高い音、アゲてくれる音を探すとHyperpopに行き会ったと。ただ、その流れの唯一?の例外がMinchanbabyですね。彼は2020年の早い段階で、既に「Hyperpopとは何か」を明確に理解した上でHIPHOPに落とし込む作業をやってる。偉大な足跡ですよ。 

つやちゃん: 
MinchanbabyはHyperpopに限らず、これまでも常に新しいものへの嗅覚が鋭いですよね。フリーミックステープ文化への適応も早かったし、時代を読むセンスに非常に長けている。その線では、Hyperpopの外にいて、かつ若手ではない人が上手く反応した例で言うとJJJの”Cyberpunk feat. Benjazzy”も挙げたいです。2021年に、Boom Bap的なラップをベースに持ったまま新しい感覚を作っていた完成度の高い曲だと思います。 

遼 the CP: 
曲の完成度はもちろん、あれが村にあらたなトンネルを掘ってくれる作業ですよね。あれでああした音に馴染めた人もきっといたんだろうし。 

つやちゃん: 
Gokou KuytやSATOHなど面白いアーティストがたくさんいる中で、玉名ラーメンやlIlI、nyamura、cyber milkちゃんなど女性の活躍も目立っているシーンだと思います。昨年出たNTsKIの『Orca』は、純粋なHyperpopとは違いますがそれに近いエッセンスを取り入れながら独自の世界を作っていた。元々HIPHOPもやっていた人がああいう方向に舵を切るのは斬新ですよね。最近の田島ハルコやValkneeの作品も、非常に独創的な形でHyperpopとHIPHOPを融合していて面白い。

遼 the CP: 
NTsKI『Orca』は凄かったですね。アートワークもいい。 

ボーカロイドとHIPHOPの相互作用

つやちゃん: 
そして、この界隈でいま最も目を離せない動きをしているのが4s4kiとe5 (ex. Dr.Anon)なのではないでしょうか。特にHIPHOPへの近さで言うと、e5に焦点を当てたいところです。アンダーグラウンドでのe5の動きはとにかく面白い。e5が最近誰に客演して、誰と曲を作ったか。今、その動きを追っていくだけで面白いものに出会える。”Mine”ではどこまで狙っているのか分かりませんがいち早くHouseにアプローチしていたり。 Beyonceの”Break My Soul”より2週間早かったっていう(笑) 狙ってなくてもすごいですよ。

遼 the CP: 
e5はもう、すぐそこまで来てる感じはありますね、諸々あとは時間の問題だろうなと。つい先日出た2nd EP『Fairy egg』なんて素晴らしかった1st EPを更に超えてきました。全曲セルフプロデュースですが、野崎りこんを客演に迎えた”Sea of memory”なんて凄いです。e5のラップもビートも、声による空間表現もとんでもないことになってる。当たり前にTohjiとかと同じ目線で聴かれるべきじゃないかと。

こちらはEP収録版とは別のソロバージョン


そしてe5や、彼女とも曲を作っている存在としてAssToro。この2人はSoundCloudのHyperpop界隈では特に面白いなと思って聴いています。両者とも良い意味での共通項がふたつあると思ってて。ひとつ目は、単純にラップがすげー上手いってこと。Hyperpopって音や自分の声をエフェクトする中で多少の化粧が効くというか、それが見える人もたまにいたりするんですが、この2人は何を置いてもラップがまず上手い。その基礎体力がある。ふたつ目に、日本のSoundCloudコミュニティで存在感を放つ中で、他の隣接ジャンルとのクロスオーバーが楽しい2人でもあるんですよね。それこそe5なんて、のちにも触れるTrap Metalの若手筆頭クルー・XgangのHAKU FiFTYととんでもなくダークな楽曲も作ってたりして。コミュニティがUSとかより狭いぶん、些細なジャンルの垣根を越えて面白い人たちと混じり合う、その中で彼らの音楽も研ぎ澄まされていく。そんな循環が起きてる2人だと思っています。 

つやちゃん: 
他ジャンルの吸収、すごく分かります。日本固有の事情かもしれないですけど、この界隈の人たちってルーツにボカロミュージックもあるじゃないですか。その影響がラップやサウンドに如実に出ていて、日本でしかない音楽として成立していますよね。e5は脱退してしまいましたが、それこそDr.Anonの曲はそういった音楽性を強く感じます。e5がokudakunとリリースした”oeoe”とかも、2人のラップの巧みさにボカロの性急さが加わって大変なことになっている。

遼 the CP: 
実際に、以前インタビューしたときにはボカロと韓国のHIPHOPが入り口だったと話してましたね。先ほど話した”Sea of memory”のリリックビデオにも某ボーカロイドと思しき映像が登場します。このボカロ系とHIPHOPの接近は、近年の日本のHIPHOPをフレッシュにしている重要な要素です。アニメやボカロといった日本のナード文化「だった」ものが、ナチュラルにクールなものとして受け入れられる潮流が日本のみならず世界で起きている。起きているというか、若い世代にはそれが当たり前のこととしてある。そんな世代での認識がHIPHOPにも波及している。Kamuiがボーカロイドを上手く活用しているのは有名なところですが、昨年出た大傑作に、ゆるふわギャングのAutomaticが自動式名義でリリースした『MALUS』がある。これに至っては全編をFlowerっていうボーカロイドにボーカルを任せていて。 

つやちゃん: 
先日出たKAMUIの『YC2.5』は素晴らしい創造力で引き込まれました。Automaticの『MALUS』もそうですが、もっと広く聴かれるべき作品だと思います。それで言うと、今年出た作品ではkasane vavzed『RED』が素晴らしかったです。彼も別名義でボカロPをやっているらしいですね。

遼 the CP: 
あれは作品のクオリティとシーンでの騒がれ方のギャップという意味では、2022年で最もアンダーレイテッドな作品のひとつでしょうね。 

つやちゃん: 
ロックやEmo Rap, ミクスチャーのエッセンスも詰め込んだ作品なので、色んな角度から語ることができますよね。あとは、Hyperpopの先の話として、トランスやアンビエントの要素を吸収した作品が出てきているのも最近の面白い傾向。前者は今年出たゆるふわギャング『GAMA』やTohji『t-mix』、後者は昨年ですがChiyori x YAMAANの『Mystic High』やLowHighWho?のrowbai『Dukkha』あたりは重要作だと思います。この辺りは、特にTohjiやrowbaiはHyperpopのシーンに隣接しながらさらに四方八方に音楽性を広げている印象です。

HIPHOPへの「アゲ理論」の導入

遼 the CP: 
rowbai『Dukkha』は本当に傑作なのでみんなに聴いて欲しいですね。あと、トランス要素の話もすごく大事だと思ってます。HyperpopがHIPHOPに接合して、そこから更にHIPHOPアーティストたちが…要は「アゲ感」を求めてトランスやユーロビートの国に辿り着いたんだと思ってて。STARKIDSのハイテンションが行き着くとこまで行き着いて”FLASH”(『4D』(2021年)収録)になったのとか典型的な例。あと、とても大事なのが今年出たODE TRASH『ヒーローコア』ですね。この作品はHyperpopをベースにしつつ、そのサウンドの上で「ヒーローを語る」コンセプトアルバムになってるんです。このヒーロー感が、どっちかって言うと昭和の日本特撮とかアニメのヒーロー像に近しくて。こういう日本的なヒーローの大事な要素って、要は戦隊で言えばレッドであり、テンションで言えばアゲの存在じゃないですか。で、ODE TRASHもHyperpopで「アゲ」を高めていくんですけど、テンションが最高潮になる中盤の”ブレストファイア”になると、完全にユーロビートになって、そのテンションに突入するんですよ。だからHyperpopのテンションをリニアに上げていくとトランスやあの辺りに到達するのはあり得る話で。

加えて面白いのは、いま例に出した両者がSTARKIDS “STARKIDS No Sei”とODE TRASH “テラテラ”でタイプビート被りを起こしてるんですよね。良い意味で近しい感性の両者が、交わるべきところで交わった感じがします。 一方でTohji『t-mix』は、いました「アゲの追求」の結果として辿り着いたトランスとは別軸の話なんですよね。あれは本人が語っていた通り、少年時代の原体験であった浜崎あゆみ『ayumi-x』シリーズなどを原点にしている。別の理由から同じ現象が同時代に巻き起こっているのは興味深いです。JUBEEの主宰するRave Racersもこちらの話ですね。

つやちゃん: 
STARKIDS とODETRASH が交わった話、めちゃくちゃ興味深いですね!でもそう考えると、ゆるふわギャングの早さはやっぱりずば抜けていましたね。YOU THE ROCK★や変態カメラと一緒にトランスの界隈にいた。こういうHyperpopからトランス系の盛り上がりは、近年HIPHOPにも入ってきていたモッシュ文化との相性も良いんじゃないかと思います。

遼 the CP: 
アゲですからね。

つやちゃん: 
でも、サウンド的に直接的なつながりがあるかは別として、たとえばLEXやOnly UたちがやっているHIPHOPとも近い感覚があるんですよ。あの辺のラッパーが持っている多幸感、高揚感ってやっぱり「今」のものだと思う。そういった空気を最近のHIPHOPは求めている段階なのかもしれないです。 

遼 the CP: 
その文脈で言うと、Only Uが2021年6月に”Hyperpop Star”をZOT on the WAVEプロデュースでリリースしてるんですよね。面白いのは、タイトルからすると今の文脈で言うHyperpopを当然想像するんですが、実は全然違う音で。カップリングでhirihiriのREMIXがあって、そっちはザ・Hyperpopな音なんですけど。要はZOTプロデュースの方で意図的にリスナーの期待を外していて、それをもって「自分にとってのHyperpopというあり方はこうなんだ」と示している、非常に批評性のある攻め方をしていた。REMIXでちゃんとhirihiriに料理させているのも、元の期待値を回収する手段として上手い。だから、あの界隈がHyperpopとの距離を測りながら動いてるっていうか、通底してるものがあるのはそうなんだと思う。  あとは…こういう記事で触れておきたいアーティストはいっぱいいるんですが、まだシーンで拾われてない度合を踏まえると、BHS Svveの名前を挙げさせてください。 

つやちゃん: 
全然異論ないです。音楽はもちろんですが、自分はアートワークにもびっくりしました。最近のHIPHOPのアートワークが、エクストリームメタルを超えて様式美メタルにまで接近している事例として凄く興味深くて。

遼 the CP: 
ツイートされてましたよね。そのアートワークが印象的な今年リリースした1stアルバム『ouroboros』はクオリティも段違いで、さっき2人で話したe5, 北海道繋がりでCVLTEのaviel kaeiなども客演参加していて。なんならアートワークの時点で作品のクオリティは推し量れると思うんですよね。このアートワークの雰囲気とクオリティに沿った内容が音楽として展開されている、音を絵にした素晴らしい仕事。イントロにあたる”Ultimaxxx Chimera”から、続く”Servive 4 U”への繋げ方とかほんと見事で。”CPU Overload-過負荷-“とか、ゴリゴリにラップスキルを見せつける曲も満載でずっと楽しい。 

つやちゃん: 
2022年を代表するクオリティになっている1枚ですよね。しつこくe5の名前を出しますけど、彼女が客演した”Search Engine”とかはやっぱり良いですよね。彼女が入ることで新しい曲の雰囲気が作られる。

遼 the CP: 
彼女のあの世界観は素晴らしいですね。e5って歌もラップもすごく心地良いんだけど、歌詞を聴くと結構思ってもみないほど毒づいてたりするんですよ。いま話してる”Search Engine”も、あんなに美しいHOOKですが締めのリリックは「あいつらは掲示板で戯れてるだけのカス」ですからね。でもそれがノイズにならない。所在なさげに漂っていて、だからこそ心地良い彼女のメロディと、やり切れない心の毒素を吐き出した言葉がどちらも美しい。 逆にこの曲のヴァースの締めのリリックは、「みんな自分で自分を許してく」です。この痛みと癒しの相克ですよ。

つやちゃん: 
あの毒の吐き方、自分の持ってる鬱憤も素直に吐き出す感じは、Zoomgals以降の女性ラッパー像につながる姿な気もします。

遼 the CP: 
Yoyouもその文脈かもしれませんね。アンビエントだしメロディも心地良いんだけど、内容やSNSの運用とかは良い意味で結構虚無的というか。 

所在のない精神性とtrash angelsの重要性

つやちゃん: 
そして、これらの動きの象徴として決定的な仕事をしてきたのはやはり釈迦坊主なのではないでしょうか。彼の主宰するイベント「トキマ(TOKIO SHAMAN)」や、作品が作ってきた世界観は非常に影響力がありますよね。それこそ先日のトキマにはe5やnyamuraはじめ女性の面々も何人か出ていました。Hyperpopやアンビエントの潮流が2019年頃からだって話をしましたけど、釈迦坊主はそれに先んじて似たようなことをしていた。2018年のアルバム『HEISEI』は、2010年代後半の日本のHIPHOPを語る上では避けて通ることのできない金字塔なのではないでしょうか。

遼 the CP: 
サウンド面だけじゃなくて、さっき話した精神的な共振で選んでるメンツっぽいのが示唆的ですよね。だからe5やSleet Mageがいて、一方では(のちに話に出てくる)Xgangのhxpe trashみたいな人選もあったりする。 

つやちゃん: 
最後にtrash angels方面にももう少し触れておきましょうか。普段はSoundcloudを中心に展開していて、なかなか個々の活動は見え辛いし検索からも逃げる性質のある捉えどころのない人たちですが、彼らもネットだけではなくイベント「Demonia」などでリアルの場と接続して活動しているのが面白いでよね。正確にはdigicoreのシーンになると思うのですが、そのあたりはライターでインターネットフィールドワーカーであるnamahogeさんの書かれている様々な記事に詳しいです。そのnamahogeさんによるインタビューでは、メンバーのlazydollが「自分はEDM側でTrapを知って、その後にHIPHOPにもTrapがあることを知った」と言っていたのが印象的で。なるほど、EDM側から流れ着いている人も多いよね、と思ったんですよね。 どうしてもアルバムやEPでまとまった作品を出す人たちではないので作品としてどれを挙げるかは難しいですが、メンバーでもあるvo僕が2021年に出した『neverleafout』(*)は猛プッシュしたいです。 

(*)残念ながら2022年8月23日現在、配信ストアから取り下げられている

https://www.youtube.com/watch?v=WSlFVFPEf8E

遼 the CP: 
あれは余裕でクラシックでしょう。 

つやちゃん: 
ジャンクなこのジャンルにも「完成度」という軸があることを教えてくれた画期的な作品なのではないでしょうか。HIPHOPとは違うジャンルですけど、自分はなぜかFenneszが出したGlitch/Electronicaにおける名盤『Endless Summer』(2001年)を思い出したんですよね。アートワークの雰囲気が似てるからなのかな。あそこで試されていたようなグリッチノイズと綺麗なメロディの融合が、20年経って今度は日本のHyperpop文脈で美メロを過度に歪ませたようなアプローチでなされている。前者はメロディとノイズという異なるものを接合させていたわけですが、後者はメロディそのものがノイズ化していくわけですよね。異質の組み合わせで曲を作っていくミクスチャー感覚ではなく、むしろ異質なもの同士がフラットに共存してそれぞれがメルトしていく感覚がすごく今っぽいと思います。 

遼 the CP: 
コインランドリー生活を続けてて、住所不定みたいな暮らしをしてるって昨年時点では聞きました。その所在なさげな浮遊感が、音としてこんなに美しく表現されるんだっていう感動がある。HIPHOPに繋げて言うと、個人的にはネットラップで所在なさげな感情を吐露していた初期のぼくのりりっくのぼうよみとかを思い出しました。『neverleafout』はPRKS9でも昨年のベストの1枚に選出しましたが、なんならHIPHOPの文脈を離れて、J-Popでの年ベスに入ってたって良い。 trash angelsはみんな…良いレーベルに拾われて正しい売り方をすれば遅かれ早かれ爆発するポテンシャルですよね。もちろんインデペンデントで羽ばたいてっても嬉しいですが。でも…特にvo僕とかは天然記念物というか、レッドリストに載ってるような保護動物に近い存在なので。変な触り方をすると大変なので、ちゃんと保護の仕方が分かってる人たちが手厚く見ることが大事な気がします。 

つやちゃん: 
そうですね。ちょっとHyperpopで語りすぎました、次に進みましょうか。   

②Phonk 

つやちゃん:
今回扱っている4つのジャンルの中では最もドープな音だと思います。メンフィスラップなどのギャングスタラップをルーツにしながら不気味なサンプリングを散りばめていくのが特徴のように思いますが、エレクトロなサウンドとミックスされて拡大している向きもありますよね。今年に入ってからもDxrkダークの”RAVE”がTikTokでヒットしたり、予想もしない展開を見せています。最近はクロスオーバーが進みすぎてどこまでをPhonkとするかは難しくなってきていますが。というのも、模倣されやすいサウンドでもありますよね。

遼 the CP:
自分も偉そうに語れるわけじゃないですが、カウベル鳴らしておけば「Phonkビートだ」ってことで表面的なすくい方をされていることも結構多いジャンルな気がします。その意味での被害数はいま一番多いサブジャンルかもしれません。だからこそ…素晴らしいアーティストを改めてこの場でご紹介出来ればと。

つやちゃん:
そもそも「模倣したくなる」要素がサウンドだけじゃなくて世界観的にも強いですよね。Phonkの大事な要素って、ホラーな雰囲気であったりその背後にある悪魔崇拝の心象だったり、基本的に白人のナードカルチャーからの流入が多い。我々はどうしても白人的な文化が周りに溢れている中で、そこへの共感は生みやすいのかもしれません。ティーンがヘヴィメタルのファンタジックな世界観に傾倒していくマインドと近しい気がします。

遼 the CP:
そういう中で、独自の世界を作り上げているアーティストとして…まずはLXITVI『聖 霊 愚 幽』(2021年)に触れますか。

つやちゃん:
とんでもない作品ですよね。冒頭で話していたクオリティとリスナー数のギャップに最も驚いたのがこのアルバムですね。Spotofyの月間リスナー数、現時点で7人なんですよ。笑い事じゃない。確かにLXITVIは名前をよく変えるので追いかけづらい面もあるのかもしれないですけど(現在は妖水名義で活動)、それにしてもさすがに。遼さんは、この作品についてはどのように聴いていますか?

遼 the CP:
さっき話したPhonkの持つサタニズム、そして過剰なSEや音質の悪さも相まって曲の実像が混然としてくるさま。こうした要素を、ジャパニーズホラーのベースとして見事に生まれ変わらせている、日本化しているのが本作の見事な部分かなと思っています。曲中で使われるSEも「これどっから拾ってきたの?」みたいな、日本産の気味悪い仕掛けが並んでいる。US発祥のものを日本的にアレンジするって、言うのは簡単なんですけど、これはそうした方向性の中でも見事に目的を遂げているアルバムじゃないかと。

つやちゃん:
不穏な和の雰囲気がずっと漂っていますよね。たとえば、USや北欧のエクストリームな音楽が輸入されて日本ナイズされる感じってあるじゃないですか。直線的なおどろおどろしさじゃなくて、空気から匂いたつ不気味さが音になる、みたいな。ドゥーム/スラッジバンドのCorruptedとかはアコースティックをうまく使いながらそういったぬめっとした空気をうまく出していたと思うんです。Dir En Grayとか、あと少し毛色は違うけどSIGHもそうなのかな。ああいったことをPhonkでやるとこんな感じになるのか、と。

遼 the CP:
今も妖水名義で2ndアルバムとなる『壺 盅』, 3rdアルバム『牙 牢 兒 咼』(共に2022年)をリリースするなど、途切れがちだった彼のキャリアからすると、今はものすごく精力的に作品をリリースしていて。このタイミングでちゃんと村の総力を挙げて彼のすばらしさを伝えないと。あまりここでははっきり書けませんが、彼は生死に関する部分でかなり切実な思いを持ってもいる(いた)ので。

つやちゃん:
ほんとにね…ぜひ聴いてもらいたいですね。

Phonk最重要アーティスト・FULLMATIC

つやちゃん:
次に、Phonkの最重要アーティスト・FULLMATICについて話しますか。『L.O.G (1991 TAPE)』(2020年)の時は音質の悪さがなんでこんなにかっこよく聴こえるんだろうと驚きました。逆に今年出た『DA APOCALYPTC SOUNDZ (92-94)』では音質は良くなっていて、それもあって一気にスケール感が増して一本の映画を観ているようなコンセプチュアルでじっくり聴ける素晴らしいアルバムになっている。個人的な好みだけで言うと、このアルバムは今年出た国内HIPHOP作品で一番かもしれません。基本的に、こういった中毒性の高い音というのはどんどん機能性が追求される一方であまり完成度を高める方にはいかないじゃないですか。たとえばストーナーロックも、Queens of the Stone Ageがあれだけ評価されたのって結局その両方を実現できていたからで。そういった意味では、本作はズブズブ沈んでいけるストーナー性もあるし、巧妙な音で構築されたストーリー性もある。言うことなしでしょう。

遼 the CP:
FULLMATICはラッパーでもありつつ、もう、いま一番ヤバいプロデューサーの一人ですよね。関西のHIPHOPシーンではずっと前から存在感ある人で、EVISBEATSとシングルを出したりもしていました。重要な足跡として、韻踏合組合『紫盤』(2012年)や勝『I’m Here』(2013年)など、以前からいまに繋がるサウスHIPHOP由来の仕事を積み上げてきていることが挙げられます。今年出た2ndアルバム『DA APOCALYPTC SOUNDZ (92-94)』はSEの投入量も前作より減って、音とラップの骨格が見えやすい作りになっていて。実は”ANGEL”みたいな割とど真ん中なアメ村Boom Bapもあったりするんですが、ラップの音質を一般比で悪くしてるので、世界観としては通底してたりする。バランス感が良くて楽しいですね。

音質の話で言えば、2ndアルバムの『DA APOCALYPTC SOUNDZ (92-94)』は分かりませんが、1stアルバム『L.O.G (1991 TAPE)』は凄い作り方をしてるんですよね。いわく「基のデータの時点でも音質はだいぶ悪くして、そこからマスタリングをあえてやらず、テープに落としてテープコンプみたいにする。そこからまたPro Toolsに戻して少しだけEQ調整する」ということみたいで。確実に音質も含めたサウンドクリエイションに対する独自の哲学が積みあがってる。

つやちゃん:
本当に、貴重なプロデューサーの一人ですよね。あと音楽ブロガー/ライターのアボかどさんのブログで知ったのですが、今年出たDSXTXのミックステープ『NEW NAME BUT AS USUAL』もかなりPhonkに寄っていてかっこいい作品でした。サウスのギャングスタラップの人という印象が強いですが、ところどころ日本的なフレーズも入っていて面白い。

遼 the CP:
他にもPhonkのエッセンスを取り入れた素晴らしい作品とかはあるんですが、ハイプも多いジャンルではあるので。大きいところから入るという意味では、ぜひFULLMATICとLXITVIこと、現・妖水を聴いてみてください。

③Emo Rap / ミクスチャー

つやちゃん:
このジャンルのネーミングは悩みますね。要するにEmo Rap…Lil PeepやXXXTentacionの系譜の作品だけに絞らず、広く「ロックの影響を受け継いだHIPHOP」としてまとめていきたいです。ロックと言っても、PhonkやTrap Metalがクロスオーバーしているメタルやハードコアではなく、もっと幅広いロックですね。自分はやっぱり国内のHIPHOPに対してはどうやってUSやUKとは違う日本のオリジナリティを出していくかに面白味を感じているので、そういう点でもこのジャンルは日本独自の面白いアーティストが本当にたくさん出てきていると思います。

まずは、EDWARD(我)やG:ntといった、正当なEmo Rapの系譜に連なりつつもそこはかとなくV系の雰囲気も感じさせるようなラッパーたちですね。もしかしたらnoma(夜猫族)とかもそうかもしれません。EDWARD(我)はLana Del Rayの影響を公言していますが、哀愁を美的に昇華させメロディに乗せていく独自性がある。Hyperpopのところで紹介したようなラッパーともさかんに交流があるし、ジャンルに対する意識が非常に新しくて面白いですよね。あとはJUBEEがDragon AshやTHE MAD CAPSULE MARKETSをルーツに持っていたり、AMBRがTHE BLUE HEARTSや忌野清志郎をルーツに持っていたりもします。それぞれが過去のバンドのエッセンスを、現代的に取り入れて自由にやっている。もっと世界的に見ても評価されるべき人たちではないでしょうか。で、それらを全部ひっくるめていま一番マスに近いところでやっているのが(sic)boyなのかなと。

遼 the CP:
(sic)boyをプロデュースしているKM自身も日本のミクスチャーにルーツを持ってますからね。以前インタビューで話していたのは、元々Dragon Ashから入って、そこからアンダーグラウンドなHIPHOPシーンに辿り着いたと。でも当時の時流もあって「ミクスチャーが好き」と言えない、音にも出来ない雰囲気が続いていた。それがようやく最近になって、自分のルーツを隠さず音に出すことが出来るようになったと。これはJUBEEもインタビューでまったく同じことを話してました。つまり、20年前のミクスチャー文化にリアルタイムで触れて、その感性がいま開花した層がいると。一方で(sic)boyやAMBRは親の影響なんですよね。これはEmoに限らずTrap Metalとかでも同じことが起きてるんですが、親の世代がTHE BLUE HEARTSなどの直撃世代。それを幼少期に聴いて育ってきた若い世代が、それをDNAとして組み込んだHIPHOPをやっている。だから今の日本には、大きく①ミクスチャーリアルタイム世代、②親の影響世代のふたつがある。そしてふたつの層が同じタイミングで盛り上がって邂逅している。(sic)boyとKMとJUBEEで”SET FREE”を皮切りにいくつも共作が出来たりもする。これは奇跡的なことですよ。

つやちゃん:
いま各所でY2Kリバイバルが叫ばれていますが、その面白味がHIPHOPで一番詰まってるのってこのジャンルだと思います。でも、リバイバルってその参照元ばかりが取り上げられるじゃないですか。それも大事ですが、単なる過去の焼き直しじゃなくてその作品が新たにアプローチしたオリジナリティの方にも言及したいですよね。たとえばポップパンクでMachine Gun Kellyが、R&BでJoyce wriceが、UKガラージでPinkPantheressがやってることってただの焼き直しなわけではない。その点やっぱり一番面白いのはKMの仕事で、全体的にはポップだけど一つひとつの音に過剰な処理を加えたり、ロウでめいっぱい遊んだり、確実に今の感覚で作ってますよね。そういったモダナイズされたアプローチがあるからこそ、一方で過去のリバイバル源の音楽も息を吹き返して魅力的に聴こえてくる。KMのおかげで、自分の中では確実にDragon Ashの偉大さが見直されているわけですよ。HIPHOP史的には長らく不遇の存在だった彼らに対しての聴き方が変わってきている。

「うるせえ、俺らの世代ではこうなんだよ」

遼 the CP:
2000年と今で違うのは、いまは凄く広義での「Emo Rap」という、ジャンル丸ごとの「面」でシーンに浸透してきてることかもしれないですね。Dragon Ashのときは…もちろん他にも山嵐やRIZEといった偉大なバンドもいるわけですが、やっぱり、あまりにDragon Ashという固有名詞にミクスチャーの導入、HIPHOP音楽のマスへの浸透など色んなタスクを課しすぎてたと思う。だからDragon Ashがひとたび足を踏み外せば、タスクを背負ってた伝道師をみんなで叩いてた。でも、Dragon Ashがそれで消えたら、あとには何も残らなかったわけです。今は特定の誰かがカリスマとして前線を張ってるというより、ジャンルそのものとして浸透してきている感がある。だから20年前みたいな抵抗もあまり起きないのかもしれない。

つやちゃん:
加えて今の若い世代の人たちって、ひねってジャンルレスなアプローチをするんじゃなくて真正面から真面目にやるし、何ならその意識すらないままデフォルトでジャンルレスですもんね。上の世代は色んなジャンルにくっついた意味性を気にするところがあったけど、そんなの知らないし、っていうのは確実に強み。それこそkZmやLil Soft Tennisのロックの取り入れ方を聴くと、すごくまっすぐに自分の好きな音を取り込んでるじゃないですか。あのさじ加減って、ひとつ時代が違えばもっとネガティブな反応もあったかもしれない。でも、まっすぐ取り入れたものがまっすぐ受け止められてバズっていく。すごくポジティブなサイクルが起きてると思います。

遼 the CP:
知識が積もり積もった自分みたいなのが斜に構えちゃいそうなところを、「うるせえ、俺らの世代ではこうなんだよ」と突き抜けていく。そういう快感はありますね。他にもEDWARD(我)とかも、明確に自分の世代に向けた、自分たちに刺さる音を貫いてる。アーティストが同年代に向けて刺しに行くって当然っちゃ当然のことなんですけど、今は(sic)boy『CHAOS TAPE』やJUBEE『Mass Infection 2』みたいに、同じ根っこを持ちながらも届け方が全く違うやり口もある。それと共存している意味で面白いです。

つやちゃん:
EDWARD(我)はデビューEPの『202020』(2020年)でのメロディの上手さがやっぱり際立っていたじゃないですか。Emo Rapの肝って、情緒だったり鬱屈した感情をHOOKに乗せる部分だと思うんです。それを日本的な解釈で、もう少し日本の歌謡曲に近いエッセンスでオリジナル化する。そこのセンスが彼女はずば抜けていますよね。で、あのEP以降もさらに音楽性を拡大してノイジーな音にもシフトしたりしてたり。まだまだ今後が楽しみだし、追っていてわくわくします。

遼 the CP:
つやちゃんさんのご指摘の通り、今はDAFTY RORNと凄くグリッチな曲をやってたり、そのセンスの幅にも驚かされます。参考情報までですが、彼女も『202020』以前にyng muto nyng,EDWARD名義でEP『ウサギ』(2020年)を出してますね。このyng muto nyngは先ほどHyperpopで話した現BHS Svveで。センス良い人たちがゆるやかに繋がっているさまが分かります。

Emo RapとJ-Popの接続性

遼 the CP:
あとは…Emo Rapって、その自傷的な雰囲気やメロディアスな歌い上げ、ギターの大胆な導入も可、みたいな各要素も相まって、J-Pop的な感性との接続がスムーズなジャンルでもありますよね。個人的には『2iGHT CAPSULE』(2020年)をリリースした2ikKenなんかは象徴的な例だと思います。彼の仲間のNEO-Kaishinとかもその文脈を共有している。ちなみに2ikKenは、実質休部状態にあった早稲田の名門サークル・GALAXYの新部長にもなりました。

つやちゃん:
おぉ、2ikKenが伝統のGALAXY部長に!でも、J-Popの感性っていうのははすごく分かりますね。Lo-key BoiとかBBY NABEとかも、近い意識を持ってるアーティストだと思います。BBY NABEはバカ売れするんじゃないか?っていう力がありますよね。KAHOHやlyrical schoolはじめ、楽曲提供やプロデュースとかも積極的にしていて。

遼 the CP:
BBY NABEはずっと、楽曲提供のオーディションとかにも参加して、プロデュース側の道を拓いてますからね。そういう才能もあるアーティストですし、何らかの形で成功を収める人だと思います。もちろん本人の音源もヤバいので、それもたくさん聴きたいところですね。でも、J-Popとの接続性の裏返しとして、サブジャンルとしては一番いま母数が多い場所かもしれませんね。日々ディグっていると、一番玉石混交で数多く出会うのがこのジャンルのアーティストです。2021年前半頃が数としてはピークだった印象。比較的J-Pop的な感性を保ってHIPHOP側に接続しやすいので、悪い意味でなく参入障壁は低いかもしれません。

つやちゃん:
だからこそ、他とは違うオリジナリティが一層求められるジャンルでもありますよね。それがあれば一気に目立つ。ちょうどAge FactoryとJUBEEがユニットを結成したというニュースもありましたね。デビュー曲にはkZmを迎えるとか。これからまだまだ大きくなっていくことが期待できるシーンだと思います。では、最後にTrap Metalに行きますか。

④Trap Metal

つやちゃん:
Trap Metalに関しては、元々Emo Rapなどにもルーツを持ちつつ過激化していったという背景がありますよね。TYOSiNなどはちょうどその境界線にいるラッパーではないでしょうか。ロックの中でも、ブラックメタルやデスメタル、グラインドコア、ノイズといったとりわけアンダーグラウンドなヘヴィミュージックの要素を貪欲に取り入れながら進化していったジャンルという認識です。Trap Metalに限らず、HIPHOPは近年RageやDrillといった非常に凶暴な音楽性に接近しながらある種の享楽的かつ危険な領域に足を踏み入れている。このジャンルは、色々な意味でヤバいことになってますよね。UKのScarlxrdや USのGHOSTMANEをリスペクトするラッパーが多い印象です。

遼 the CP:
全体感のご説明ありがとうございます。個人的に、この企画で外枠を整理する必要性を一番感じていたのがこのジャンルでした。色んな人に聴いて欲しいなと。やっぱりメタルとの心理的、あるいは物理的な距離も近いジャンルなので、端的に言ってサウンドもライブも激しいんですよね。このジャンルの魅力や概観を整理しないでいきなり「聴いてみてよ」って言っても、Boom Bap好きの人とかはその激しさに驚くかもしれない。不幸な出会い方を減らすためにも、この場が少しでも役に立てば良いなと。

歌舞伎町の生と死、Trap MetalとEmo Rapの関係性

つやちゃん:
そうですね…シャウトやノイズが入ってくるので、保守的なラップリスナーにとっては確かに鬼門かもしれないですね…。今の国内の界隈ではやっぱりXgang (クロスジヒトリ)の存在を避けては通れないと思います。でもまずは、彼らの結成経緯にも関係してくるTrap Metalクルー・ARKHAMから触れるべきではないでしょうか。ARKHAMはアーティストスタンスやアートワーク、ライブパフォーマンスに至るまでかなり「危険」なものを持っている。USだと近年Travis ScottやPayboyCartiのライブでのカルト的な熱の高まり、暴動性みたいな側面が取り沙汰されますが、それにも近しいものがあるとは思う。

でも、彼らも理由なくただ暴れているわけではないですよね。そこには社会背景から来る個人的ないきさつがあって、ARKHAMのLil Jは元々歌舞伎町でスカウトの仕事をしていたと。それこそ釈迦坊主も歌舞伎町のホスト出身ですが、近年の歌舞伎町ってある意味日本で一番「死」が近い場所のひとつじゃないですか。Lil Jも友達が普通に死んでいくような環境に身を置いていて、とにかく死への意識やそれによる自傷行為とかがかなり身近な生活としてあった。それってまさしくEmo Rapの系譜であり、だからこそのああいった虚無的な暴力性にたどりつくのかもしれないですね。

遼 the CP:
すごく分かります。このジャンルは激しいし、それは時にフィジカルな意味での激しさでもあるわけなんですが。でも、マインドとしての自傷性の高さ、それゆえの所在のなさみたいな部分を思うと、結構SoundCloudのベッドルームアーティストたちとの絡みが多いのも分かる気がします。マインド的には実は近しいものがあったりする。

で、こうした精神性に実は深層的に繋がってるんじゃないかと最近思うのが、さっき話にも出た歌舞伎町なんですよね。Xgangも遊び場は歌舞伎町だって以前話してました。歌舞伎町と言えば、いま社会文化的に重要なのがトー横界隈じゃないですか。半グレが溜まったりスカウトが跋扈する同じストリートで、ぴえん系の若者たちがあの広場にメランコリックな心情を共通項にして集まって、飲んで語らう。時に身投げする事件も起きたりする。この同じ街中で、暴力とメランコリー、強さと弱さが混ざり合って何かに転じる。乱暴に言えばTrap Metalが力に転じて、Emo Rapがメランコリックに転じる。その精神性ってここにも何か通じるものがあるんじゃないかって気もします。

つやちゃん:
なるほど、Trap Metalが力に転じてEmo Rapがメランコリックに転じるというのは感覚として分かりやすい。今年の作品では、Emo Rapのメランコリーを最もふんだんに取り入れていると感じたのはKokatu TestarossaとKUVIZMが出した『FIRE ICE FLASHZONE』でした。でも音の凶暴さは全くなくて、あの作品とかをTrap Metalの対極に置くと分かりやすいのかなと思います。逆にTrap Metalの力を思い切り表現していて、行き場のない暴力性を感じる人たちというと、ARKHAMと並んでJin Doggの影響力も非常に大きいですね。彼が大阪からこのジャンルを切り開いた功績はもっと評価されるべきだと思う。

遼 the CP:
彼やTYOSiNが切り開いて今につながったのは間違いないですね。その結果花開いたこの界隈においても、やっぱりXgnagには触れざるを得ないというか。ORIGAMI, GNB AAlucarD, ₩, HAKU FiFTY, Yvng Patra, hxpetrashから成る大所帯で、PRKS9でもつぶさに動向を追ってるクルーです。

つやちゃん:
このジャンルにおいて、いま間違いなく中心ですからね。Xgangは現状クルーとしてのまとまった作品はなく、メンバーの各々のソロ作品がリリースされています。中でも自分は、スキルや曲の完成度を考えると₩『THE MAYHEM』(2021年)とHAKU FiFTY『I’m So Tired』(2021年)は外せないなと思っています。

遼 the CP:
同感です。まずはHAKU FiFTYのアルバムからいきますか。彼の魅力は中々言語化しにくいんですが…ひとつには、自分の声を曲の一部として機能させることに躊躇いがないところだと思ってて。ラッパーって当たり前だけど自分のラップを聴かせたいじゃないですか。でも彼は、エフェクト掛けたりビートとのミキシングをいじったりして、自分の声をどんどん隠したりゆがめたりしちゃう。普通にすればめっちゃラップ上手いんですけどね。それがHyperpopのアーティストが声を割るときの感覚とはまた違うニュアンスな気がしていて。彼自身は叫ばないのに、自分の声もツールにして、曲全体として空間を設計することで「Trap Metal」が成立している。テクニカルなアーティストだと思いますよ。

つやちゃん:
Hyperpopの人たちは、自分らしい声って何だろうというところに根差して自身の声を加工していますよね。一方で、Trap Metalの人たちはもうちょっと音楽に対し機能重視というか。そこは明らかに異なる価値観だと思います。それってやっぱり、Trap Metalはルーツにデスメタルやデスコアとかがあるからだと思う。デスメタルやデスコアはグロウル、ガテラル、スクリーム……といった具合に声を材料のひとつとして使うことに対してすごく意識的で、ある意味で発声法を細分化させながら試行錯誤してきた。そうなってくると、Trap Metal、中でもHAKU FiFTYらのそういった試みでいよいよ興味深いのは、ラップ特有のいわゆる「フロウ」の概念と「叫び」をいかに融合させながら次なるボーカル表現の可能性を打ち立てていくかという点ですね。HAKU FiFTYはまだフルアルバムは1枚出たばかりで、今後が非常に楽しみです。そういう意味では、Trap Metalとは違いますが、ポエトリーラップと叫びを使い分けて唯一無二の感情表現を探求してきた春ねむりの動向も目が離せない。

一方の₩に関してですが、ルーツでありリスペクトするアーティストとして一番にTHE BLUE HEARTSを挙げているじゃないですか。Emo Rap以降の日本のラッパーって、甲本ヒロトへのリスペクトを公言している人が異様に多いですよね。どちらかというとマインド面に対する影響なのかな。

遼 the CP:
甲本ヒロトについて、₩は「本物のパンクだと思います」とインタビューでは語ってましたね。₩については…あんまり僕が語ることはないんですよね、説明がすぐ終わっちゃうので(笑) 要は、抜きん出てラップが上手くて抜きん出てシャウトがカッコ良い存在です。これはTrap Metal界隈じゃなく、日本のシーンを見渡してもの話でそうだと思う。

だから、今の彼を聴けばカッコ良いラップが聴けるしカッコ良いTrap Metalが聴ける。もうシンプルにそういう存在ですね。”DESTOROY”なんて曲調こそ激しいですけど、どうやってフロウを変えながら飽きずに聴かせるか、という設計が徹底されていて。個人的にはフロウの緩急が上手いラップとして教科書に載っても良いとすら思います。とにかくXgangはみんな魅力的ですね。ORIGAMIも、あのなめ腐ったニヤつき感がラップで表現出来てるの凄い(笑) ニヤニヤ挑発するようなラップをORIGAMIがしてきて、「なんだこの野郎」って腕まくりして飛び掛かろうとしたら裏からもうキレて叫んでる₩が出てきてボコボコにされるみたいなノリの曲もある。色んなパワーの形が見える集団です。

つやちゃん:
そうですよね。Xgangは、危なっかしいけどやっぱりこの界隈で追っていて今一番エキサイトさせてくれる人たちだと思います。あと、更に激しいTrap Metalに行けばYokai JakiやrirugiliyangugiliといったDangerous Family勢もいますね。

遼 the CP:
特にYokai Jakiに関しては、もう好きな方向に行ってて気持ち良いですよね。完全に日本の中で何かをやるってことにこだわってないですし、彼の世界を表現し続けてくれればと。このジャンルの更に先端にいますね。ちなみに更にその奥底に進んでいくと…今度はTrap Noiseとかの先進ジャンルも出てくる。SoundCloudがメインですが、一般的なストリーミングサービスで聴ける作品としては、yumesakiが出したEPなんかは日本における一部での盛り上がりを示す顕著な例です。ただ、とにかく行き着くところまで行ったジャンルなので、聴く人はかなり選ぶと思います(笑)

「みんなのうたでスクリームラップを流せる時代が来てるんですよ」

つやちゃん:
あともう一人、ここで触れておくべき存在はMy$terではないでしょうか。コンスタントに制作し続けていますよね。しかもクオリティが右肩上がり。今年出た3rdアルバム『Prestige』は特に素晴らしかったです。

遼 the CP:
やってることの偉大さに比して、国内での推しが足りなさすぎますね。元々海外で熱烈な支持を受けるコアミュージックチャンネル・Arthas 氏より育ち(ex.デーモンAstari)からAMVを公開したりしている存在で、もしかすると海外での認知の方が高い可能性もある。前作がまっすぐなスクリームラップだったのに対して、3rdアルバムはアートワークの通り、さっきから話してるHyperpopの世界にも奥底でつながる「アゲ」理論が導入されてるんですよね。複数の曲でEDMを想起させるビートが使われていて、しっかりDropも入る。前作は素晴らしいスクリームラップ作品であり、あくまでオーセンティックであることにもこだわっていた作品だったと思います。それがこのラップスタイルの最善の活かし方であり、同時に制約でもあるのかな?と感じたりしてたんですが、今回のアルバムでは色んな音の上で展開可能であることを示して見せた。スクリームラップと何かの掛け合わせでどこまで行けるかを試した、大事な実験をしてると思いますよ。

つやちゃん:
2010年代にデスコアでBring Me the Horizonが辿った流れに近いですよね。『amo』(2019年)で顕著でしたが、EDMの構成や音色(おんしょく)を導入することでドラマティックになるし一気に垢ぬけていく。実際、『Prestige』は後半にメロウな楽曲も揃えられていて、Bring Me the Horizonのように特定のジャンルを超えて広く聴かれるべき作品だと思いました。

遼 the CP:
あと、僕の密かなMy$terの推しポイントとして、「意外とリリックが優しい」ってのがあります(笑) ジャンルの特性上、激しいリリックを想起されがちな音楽ですし、My$terもそういう歌詞は書いたりするんですが、スクリームして聴き取りづらい中でもリリックを汲んでいくと、実は優しいことを歌ってる。アルバムを締める”Island”の出だしなんて「ある夜、君に会いに行く夢を見た 始まりは何部作目かの映画のエンドロール」ですからね。このラップのテンションでそれ歌う?っていう。これはこういうギャップ撃ちみたいなフェティッシュを愛するリスナーには激推ししておきたいポイントです。歌詞だけなら家族と一緒に聴ける安心感すらある。みんなのうたとかでスクリームラップを流せる時代がもう来てるんですよ。

つやちゃん:
それは良いポイントですね(笑) …いやあ、でも今回対談して私が改めて再確認したのは、Emo Rapの重要性です。Emo Rapによって、HIPHOPは非常に大きな変化を遂げたのではないか。恐らく、その変化に自分自身含め多くの人はまだ気づいていないと思う。もしかすると今でも音楽メディアでは「2010年代半ば~後半に一時期流行ったHIPHOPのいち音楽スタイル」くらいにしか捉えられていないんじゃないでしょうか。でも、サウンドも精神性も全て変わってしまったんですよね。Emo RapがなければHyperpopもTrap Metalもなかったかもしれないし、そもそも今のユース層が夢中になっている色々なカルチャ―自体がなかった気がする。今後、10年20年と長い時間をかけてEmo Rapの捉え直しというのは起きていくと思います。そして、この変化はHIPHOPの外にも広がって、ポップミュージックやユースカルチャーにもまだまだ影響を与えていくのではないか。そのくらい、「Emo」も「Rap」も「HIPHOP」も「Rock」も色々なものが変わった。まだ時の経過が浅すぎて、私はその変化についてきちんと解釈しきれていません。けれども一旦は現時点の理解として、今回たくさんの素晴らしい人たちを紹介することができて良かったです。

遼 the CP:
まだまだいくらでも紹介したいアーティストはいますが、時間も遅いし(深夜2時)今回はこの辺りにしますか。読んで下さった方にとって、少しでも良い出会いがあれば嬉しいです。ではでは!

───
2022/08/23
PRKS9へのインタビュー・コラム執筆依頼・寄稿などについてはHP問い合わせ欄、あるいは info@prks9.com からお申し込み下さい。

書誌情報:

『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』
つやちゃん[著]
四六判・並製・280ページ
本体2,200円+税
ISBN: 978-4-86647-162-4
1月28日(金)発売
発行元:DU BOOKS 発売元:株式会社ディスクユニオン
https://diskunion.net/dubooks/ct/detail/DUBK320 

内容:
マッチョなヒップホップをアップデートする革新的評論集!
日本のラップミュージック・シーンにおいて、これまで顧みられる機会が少なかった女性ラッパーの功績を明らかにするとともに、ヒップホップ界のジェンダーバランスおよび「フィメールラッパー」という呼称の是非についても問いかける。

■RUMI、MARIA(SIMI LAB)、Awich、ちゃんみな、NENE(ゆるふわギャング)、Zoomgalsなど、パイオニアから現在シーンの第一線で活躍するラッパーまでを取り上げた論考に加え、〈“空気”としてのフィメールラッパー〉ほかコラムも収録。■COMA-CHI/valkneeにロングインタビューを敢行。当事者たちの証言から、ヒップホップの男性中心主義的な価値観について考える。■2021年リリースの最新作品まで含むディスクガイド(約200タイトル)を併録。安室奈美恵、宇多田ヒカル、加藤ミリヤ等々の狭義の“ラッパー”に限らない幅広いセレクションを通してフィメールラップの歴史がみえてくる。

目次:
日本語ラップ史に埋もれた韻の紡ぎ手たちを蘇らせるためのマニフェスト――まえがきに代えて
第1章 RUMIはあえて声をあげる
第2章 路上から轟くCOMA-CHIのエール
第3章 「赤リップ」としてのMARIA考
第4章 ことばづかいに宿る体温  
第5章 日本語ラップはDAOKOに恋をした
Column “空気”としてのフィメールラッパー
第6章 「まさか女が来るとは」――Awich降臨
第7章 モードを体現する“名編集者”NENE
第8章 真正“エモ”ラッパー、ちゃんみな
第9章 ラグジュアリー、アニメ、Elle Teresa
第10章 AYA a.k.a. PANDAの言語遊戯
Column ラップコミュニティ外からの実験史――女性アーティストによる大胆かつ繊細な日本語の取り扱いについて     
第11章 人が集まると、何かが起こる――フィメールラップ・グループ年代記
第12章 ヒップホップとギャル文化の結晶=Zoomgalsがアップデートする「病み」     
終章 さよなら「フィメールラッパー」     
Interviews
valknee ヒップホップは進歩していくもの。     
COMA-CHI 「B-GIRLイズム」の“美学”はすべての女性のために     
Column 新世代ラップミュージックから香る死の気配――地雷系・病み系、そしてエーテルへ     
DISC REVIEWS Female Rhymers Work Exhibition 1978-2021
あとがき――わたしはフィメールラッパーについて書くことに決めた
解題 もっと自由でいい  文・新見直(「KAI-YOU Premium」編集長) 

著者略歴:
つやちゃん
文筆家。ヒップホップやラップミュージックを中心とした音楽、カルチャー領域にて執筆。
「ele-king」「ユリイカ」「文藝」などの雑誌ほかメディアに寄稿。ラッパーをはじめ、宇多田ヒカルなど幅広いアーティストへのインタビューも行う。

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