Column/Interview

Text: もこみ (https://lit.link/mocomi)

PRKS9でも昨年インタビューを実施し、現在はオーディション番組『ラップスタア誕生』(ABEMA)での活躍も目覚ましい和歌山県出身のラッパー・7(ナナ)。彼女が2023年3月5日にリリースした”Rice Spice”はSpotifyの国内ヴァイラルチャートにもランクインし、4月13日現在、Spotifyにおいて7の他の楽曲よりも3-4万回ほど再生回数が上回っている。曲名はニューヨークのブロンクス出身で注目度急上昇中のラッパー・Ice Spiceをもじったもの。ここではその経緯を時系列順に整理することで、この背景にあるいくつかの文脈を読み解いていきたい。

03-Performanceでのパフォーマンス動画と日本語圏での反応

2023年2月25日、若手のラッパーを多数フックアップし、急速に注目を集めているYouTubeチャンネル・03- Performanceが、2022年のEP『7-11』収録曲”SEVEN ELEVEN (freestyle)”のパフォーマンス動画を投稿した。同日、03-Performanceは本動画の切り抜きをTikTokチャンネルにも転載している。

セブンイレブンの看板を隣にラップするチャイナドレスに身を包んだ7の姿は、薄暗い駐車場でただならぬオーラを放っている。70年代の某名曲から激しく上下する大仰なストリングスがサンプリングされた中毒性の高いビートの上に、聴き取れるかどうかギリギリのラインまで崩した言葉が乗せられていく。本楽曲でのラップスタイルは「マンブルラップ」と呼ばれるものだ。現在はFutureやLil Uzi Vertらの活躍によってUSメインストリームでも定着したラップスタイルとなっているが、そのモゴモゴとした発声方法ゆえに、米国でも2010年代に「これはHIPHOPじゃない」、「何を言っているか分からない」などといった批判が巻き起こり、その是非について盛んに議論されてきた。YouTubeやTikTokにおける7のパフォーマンス動画のコメント欄で噴出した批判的なコメントも、その多くが同様のものであった。

このように『ラップスタア誕生』での活躍も含め、日本語圏でひとしきり騒ぎになったが、この唯一無二の個性は英語圏でもセンセーショナルなものとして受け入れられることになる。

英語圏へ飛び火

同月28日、そのTikTokのパフォーマンス動画が米国のRaphousetv (RHTV)(@raphousetv2)というフォロワー50万人超(現在は60万人を超えている)のHIPHOPニュース系アカウントによって以下の文言とともに転載されたことで一気に広まった(が、現在そのツイートは削除されている)。

They Calling Her The Japanese Ice Spice “Rice Spice” How she sounding?😳🔥🍙🇯🇵🤔
(彼女は日本のアイス・スパイスこと「ライス・スパイス」と呼ばれているようだけど、どんな曲?)

Raphousetv (RHTV)はおそらく03-PerformanceのTikTok投稿のコメント欄を参照して「Rice Spice」とツイートしたと思われるが、もはやこの辺りの経緯を厳密に辿るのは困難だ。しかし、少なくともTikTok経由で英語圏の人々の目に触れたことで「Rice Spice」というコメントがつき、それが米国のインフルエンサーによってツイッター上でも拡散されたという大まかな流れは指摘できるだろう。現在もそれらしきコメントはYouTubeやTikTokの投稿のコメント欄から確認できる。ちなみにTikTokに至っては2万件超のコメントが寄せられており、英語でのコメントも多い。他にも筆者が確認しただけでもスペイン語、フランス語、フィンランド語に加えてキリル文字やアラビア文字によるコメントもあった。また、YouTubeには海外のYouTuberによるリアクション動画も投稿されていたり、ツイッター上ではとあるインフルエンサーによる「何について歌っているのか知りたい」というツイートが3.8万件いいねされている。

英語圏でのバズの問題点

しかし英語圏でバズったとはいえ、そこには手放しで喜べない理由があった。それは米国の(特にインターネット上の)HIPHOPコミュニティに蔓延るレイシズム(人種主義)によるものだ。ここで思い出したいのが、2022年1月の5lack/6lack問題である。ラッパーの5lack(スラック)が、アトランタの人気ラッパー・6lack(ブラック)の名義を盗用しているとして、ネット上のHIPHOPコミュニティで非難や嘲笑の対象となった事件だ。6lack本人は自分が先だと主張しているものの、キャリアをスタートさせた時期は5lackの方が先であり、6lackを「パクった」という指摘は明らかに誤りだ。また、5lackは「娯楽」とかけた言葉でもあり、6lackと名前が似ているのは偶然でしかない。それでも非難は止まないどころか、「アジア人は真似事しかできない」というような一般ユーザーによる人種差別発言すら飛び交う事態にまで発展してしまった。

そういった米国の一部のHIPHOPコミュニティやソーシャルメディアに見られるアジア蔑視的な背景を踏まえれば、「Rice Spice」という呼称にもアジア系を下に見るまなざしが含まれていると考えるのが妥当だろう。アジア系=米(rice)という連想も安直で差別的なものだろう(本人たちが「悪意なく」楽しんでいるだけだとしても、である)。

それに加え、Ice Spice自体も嘲笑の対象になってきた背景もある。今でこそIce SpiceはPinkPantheress(ピンクパンサレス)との楽曲”Boy’s a liar Pt.2″の大ヒットにより、一躍ポップスターの仲間入りを果たしつつあるが、そもそもフィメールラッパーは過剰に厳しい視線に晒されがちな存在である。Ice Spiceはその奇抜な見た目も相まって、「一発屋」的な扱いを受けてきたラッパーだ。アジアンヘイトに加え、そういったミソジニーも少なからず影響しているだろう。なお、ミソジニーについてはコメント欄にいる日本語圏の一部のユーザーも例外ではない。

以上のように、7の03-Performanceでの動画の拡散には、「マンブルラップ」、「アジアンヘイト」、「フィメールラッパー」という大きく分けて3つの文脈があり、「英語圏でもバズった」ことが単純にポジティブな事件だったと言い切れなかったのだ。

しかし、7はその3つの文脈を最大限に利用したのである。

アンサーソングとしての”Rice Spice”

同年3月6日、7は自身のインスタグラムにて、件の03-Performanceでの写真と思われる画像に大きく燃え盛る「Rice Spice」の文字が被さったアートワーク写真を投稿した。その投稿のコメント欄に多数のファンがコメントを寄せ、その数時間後には各種ストリーミングサービスで”Rice Spice”が配信開始となった。アートワークにはReno, プロデューサーとしてはHomunculu$, Cloudy Beatz, LionMeloの3名がクレジットされている。

BPM200ほどの高速かつ重心の低い凶悪なキックで幕を開けるビートは、背後で三味線のような音が鳴っており、それがオリエンタルな魅力を密かに醸し出している。冒頭、7はいきなり「この曲スルメ」と宣言する。マンブルラップは徐々に耳に馴染んでくるということ、そして「この曲」は繰り返し聴くのに耐えうるものだと主張する力強いラインである。忘れてはならないのはマンブルラップへの反発を受けた上で、あえて同じスタイルで返している点だ(ただしここで7がマンブルラップだけを主要なスタイルとしているわけでもないことは指摘しておくべきだろう)。

続く「うっせAsian Hate」は、「Rice Spice」呼びに潜むアジア蔑視を切り返すストレートなアンサーである。ちなみにこの曲が出るまでの約1週間、本人がこの事態をどう捉えているのか分からず、この英語圏でのバズをどう受け止めればいいのか、若干の困惑が筆者にはあった。チャンスでもあるけどある意味馬鹿にされてるよね…という複雑な思いである。その懸念を7は圧倒的なユーモアとセンスとスキルで返してきたのだ。「起こすmovement/何言われても平気/Rice Spiceって要はふりかけ」には、今最も勢いのあるIce Spiceに関連付けられてバズったことをラッキーなこととして軽く受け止めてさえいそうな余裕が垣間見える。

極めつけは中盤の「世界中にいるAsianHater/そもそもCOVIDは誰のせいでもない/私には何言っても問題ないけど/他のAsianは大事にしな」というフレーズである。コロナ禍に急増したアジア系へのヘイトクライムに対する抗議運動、「StopAsianHate」を念頭においたパンチラインだろう。7は自身のビジュアルについて、「海外の人からも見られた時に「この子アジアの子や」みたいな感じで思ってもらえるように」するためだと『ラップスタア誕生』の「HOOD STAGE」で述べている。つまり、日本人としてではなく、アジア人として「コロナは誰のせいでもない」と主張しているのだ。しかも「関西エリアfrom和歌山」とフッドをレップすることも忘れないのが周到である。コロナ禍についてこれほどまでに聡明な言及ができるラッパーが、果たして他にどれほどいるだろうか。

このように7は上述した3つの文脈すべてに対してこの「Rice Spice」一曲で答えてしまったのである。

ここまでの説明だと、「差別と戦うコンシャスラッパー」というイメージが先行しそうだが、くまなく仕掛けが施されたリリックは遊び心に満ちている。例えば唐突に出てくる「SHEINはfuck down」がValkneeの『ラップスタア誕生』でのヴァースからの引用であることは、同番組の視聴者ならばすぐに気付いていただろう。もちろん他にもまだまだ言及すべきリリックはあるのだが、それらは7と同じくらい聡明で「Genius」なヘッズの皆様にお任せすることにしよう。

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2023/04/16 Text by もこみ (https://t.co/35vKAWuRKj)

作品情報:

Artist: 7
Title: Rice Spice
2023年3月6日リリース
Stream: https://linkco.re/Qg7y7qrS?lang=ja

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