Column/Interview

韻踏合組合の1stアルバム『CRITICAL11』(2002年), 翌年の2ndアルバム『ジャンガル』(2003年)がリマスタリングされて再発された。DJ MENTOLとAkira(現EVISBEATS)が主となってプロデュースしたこの2作品(『CRITICAL11』では神戸のDJ NAPEYも参加)は独特のビート感性を打ち出した。その上には「韻」について偏執的にこだわり続けるラッパー陣のマイクリレーが乗る。この音楽の一区画を打ち抜くことだけを考えスキルを積み上げた2枚のアルバムは即座にシーンに浸透、「関西に韻踏合組合あり」を知らしめた。今回、PRKS9ではメンバーのSATUSSY, ERONE, HIDADDY, 遊戯にインタビューを実施。再発にあたって当時の結成経緯やデビューまでの道のり、当時のビーフの経緯、そして現在のシーンへの想いを聞いた。そのまま大阪HIPHOPの歴史と重なる、大ボリュームの史料だ。

クルー結成、『Volume.0』を巡る混乱、『Homebrewer’s』への参加まで

─もともと、今回『CRITICAl11』と『ジャンガル』をリマスターするに至った経緯を教えて下さい

SATUSSY:
まあ、最近HIPHOPも時間が経って、20周年盤だとかリバイバルだとか起こりがちじゃないですか。その流れで、 (2002−2003年の作品である)僕らの作品も出しませんかって話がP-VINEからあったのが最初です。最初は『ジャンガ ル』だけの話かなって感じやったんですけど、話をするうちに『CRITICAL11』もってことになって、そんでもってCDも廃盤になってるんで再発しましょうってことになって…いや、廃盤やったんかい!って(笑) 僕ら知らなかったんですけど(笑) で、もっと行って、時間も経ってるしせっかくやからもう1回マスタリングしようって話になったと。だから音質も前より 良くなってます。CD版はもう出てて、LPが11月頃に出るって感じですね。

─再発企画に対する、メンバーの皆さんの反応はどうでしたか?

SATUSSY:
ええんちゃうって人もいれば、「うーん、昔のやつやしな…」って人もいたのが最初の反応ですね。まあ最終的には総意として進めることになったと。言うても昔の作品ですからね、売れんのかな?とは思いつつ。

HIDADDY:
僕に関しては、自分の意見が重要な局面以外ではたいてい「はいはい、OK」って感じやし…そもそも話聞いてないことがほとんどなんやけど。これもOK言うたものの、いざ見ると「ほんまにCDになって出たんや!」って感じはありましたね。

─当時の『CRITICAL11』のマスタリングはPOWERSTUDIOとクレジットにありました

ERONE:
マスタリングはそうですね。MixとRecはRecording Studio KISSってところで、木村さんてエンジニアの方が録ってくれ て。当時三木道三とかもそこで録ってた場所ですね。

HIDADDY:
当時…『CRITICAL11』のとき、僕らはそんなちゃんとしたとこで曲を録るなんて初めてやったから。めっちゃちゃんとした機材とかに囲まれて高そうな椅子があって、緊張してて。木村さんがその椅子を撫でながら「この椅子はね、三木くんの曲が売れたときに買ってくれたんだよ、30万くらいかな」って言うてはった。それ聞いて「僕らもアルバム売れたらスタジオごと贈ります!」言うて。

SATUSSY:
買えてないけどな(笑)

HIDADDY:
今回の再発が売れたら買うか。

─『CRITICAL11』の前にも『Volume.0』という顔見せというかデモ集的な作品がありますよね。これはP-VINEじゃなく、KSRからのリリースですが。

ERONE:
これのリリースはKSRからに…結果的になったって感じですね。詳しいことは『The Infumemas..EP』(2003年)の”24時”って曲でSATUSSYが歌ってることを聞けば経緯が分かります。まあ要は、当時出そうとしてたインディーズのレーベルの奴が、データ持って逃げたんですよ。

SATUSSY:
それを追っ掛けて取り返して、結果的にKSRからっていうね。まあ、今考えたら最初から胡散臭すぎたんですけど、僕らも当時アホやったんで。今やと個人でもさっさと音源を配信とかで出せますけど、当時はCDを流通に乗せて出せなきゃどうしようもなかったんで、信じちゃいましたね。持って逃げてどうすんねんとは思いますけど(笑) でも、『Volume.0』も『The Infumemas..EP』もCDは廃盤かな?

ERONE:
盤で言えば『ジャンガル』が、枚数的には俺らで一番売れたんかな。ただ、俺らも10枚出してるから。枚数ってより、各時代にそれぞれファンがいてくれてるんですよね。『Volume.0』が最高や!って言う人もおれば、『TRASH TALK』(2004年) が良いとか、やっぱ”一網打尽”のときやろとか。ありがたい話ですよ。

─各時代でアンセムを作ってきた功績ですね。今更ですがせっかくの機会なので…その前の『Volume 0』含め、韻踏合組合結成当初の経緯を教えてもらえますか?

SATUSSY:
まずは僕が「韻踏合組合」って名前を先に思いついたんですよ。で、この名前でライターとかラッパーとか集めたクルーを作りたいなと思って。当時は僕やERONEらでCHIEF ROKKAやってたり、ヒダやんはソロでやってたりしてて。あとはD.B.Cってクルーがあって、そこにILLMINT(現Minchanbaby)もいたりとか。もちろん奈良の方にAKIRA(現EVISBEATS)とOHYA(現だるまさん)もいて。ヒダやんは遊戯やDJ KITADA KEN, DJ MENTOLとHEADBANGERZ作って。その辺のメンツに「入ってや」って声掛けたのが始まりでした。

ERONE:
昔はクルーっていうよりポッセというか。カッチリした集団じゃなくて、徒党組んでる奴らって感じでしたね。

SATUSSY:
当時はビート作れる奴らもあんまいなくて。たまたまMENTOLとAKIRAが作れるっていうんで、そこに集まってデモを録り始めたのが最初ですね。

ERONE:
それまでは各々で曲は作ってても、ビートはUSとかのを使ってたんで。自分たちのビートとラップでっていうのはそれが初やったよな。

SATUSSY:
それで韻踏のみんなで1曲、各自で1曲ずつデモ録って、『Volume.1』ってデモを最初に作った。『Volume.0』の前にそういうのがあったんですよ。それで…当時2000年くらいやったんかな、B-BOY PARKのMCバトルが2回目とかのときやって。前の年に行ったヤツから「東京でヤバいパーティがある、めっちゃおもろい」って聞いてて、俺と遊戯で『Volume.1』も持って東京に行ったんですよ。

遊戯:
僕もMCバトル出ようと思って、エントリー漏れのキャンセル待ちの列に並んで待ってて。そこにKREVAくんとか般若くんもいた。で、その場でSITEくん(現Ghetto Hollywood)に『Volume.1』を渡して、喰らってくれてたのを覚えてますね。

SATUSSY:
で、SITEの家に泊まったんですけど、確かSITEが当時blast(*1)で原稿書いてたか、出入りしてたとかで…そのデモが最終的にblastまで届いたんですよ。

(*1)2006年までシンコーミュージックから発行されていた、HIPHOP専門誌

ERONE:
その結果、『Homebrewer’s volume one』(2002年, *2)に入ることになったんですよね。あのアルバムに参加出来たのは良かったです。こないだ会った呂布カルマやKBDとかも「あのアルバムは俺らの『悪名』っすよ」言うてくれて。なんかめっちゃ評判ええらしいで、『Homebrewer’s』シリーズ。

(*2)blastが企画した、若手を発掘するコンピアルバム。第2弾までがリリースされ、シーンに大きな影響を与えた。韻踏合組合はvolume oneの17曲中、最多の5曲を提供した

SATUSSY:
な、結構ええ評判聞くし、中々手に入らんみたいな。あの企画自体、(企画した)磯部涼さんと古川耕さんが「MSCと韻踏を紹介したいから」ってことで進めてくれた企画らしくて。それで『Homebrewer’s』シリーズがP-VINEから出てたからこそ、 P-VINEから声が掛かって『CRITICAL11』に繋がったんですよね。そのとき声を掛けてくれたのが佐藤将(*3)さんでした。

(*3)元-PVINEのA&R。MSCやSCARSを送り出し、自主レーベルBLACK SWANを立ち上げGOKU GREEN(現 GOODMOODGOKU)らをデビューさせた。2014年3月に急逝

─なるほど、そうして1stアルバムに繋がったんですね。デモテープの『Volume.1』には、今では聴けない曲なんかも入ってたんですか?

ERONE:
いや、『Volume.1』と、続く『Volume.2』の2作のデモを作ってて。その内容を足したり…ちょっと引いたりして出たのが『Volume.0』なんですよ。だから基本的にはあそこに詰まってますね。

SATUSSY:
だからやっぱりデモ集みたいな位置付けなんですよね。僕の中でもあれは枚数にカウントしてないみたいな。

ERONE:
いや、しろよ(笑) 俺はちゃんとカウントしてるよ。『マラドーナ』(2019年)で「これで10作目や」言うてたけど、『Volume.0』 入れての枚数やからね。でも、ここまでの話でも分かると想うんですけど、結構この時期に作品がポンポンポンと、一気に出たんですよ。『Volume.0』から『ジャンガル』まで…EPも含めて1年で4作品出てますからね。

HIDADDY:
ほんまは『Volume.0』から『CRITICAl11』はもうちょっと開く予定やったんですけどね。半年から1年くらい間を開けて出すっていう。でもさっきの話の通り色々事件があったんで、デモ集が『CRITICAL11』のちょっと前に出るってタイミングになった。

SATUSSY:
結果的にはリリースラッシュみたいになって良かったんかもね。

ERONE:
まあまあ、それで作品がボンボン出てって、一気にシーンの…まあ真ん中なんかな、出ていった感じはありましたね。当時は東京とか行っても缶詰状態で、同じ場所に待機して1日に取材が7件って状態で。P-VINEが色々とよくしてくれたんでしょうけど。散々話して、記事になってみれば…まあどうしても紙の雑誌なんで、数行の記事に収まるってことも多々ありました(笑)

2002年当時の韻踏合組合

『CRITICAL11』での全国デビュー、ブレイク、DOBERMAN INC.との確執

─『CRITICAL11』や『ジャンガル』の制作自体はどんな感じでしたか?

SATUSSY:
間違いなくタイトでしたよ。P-VINEがスタジオを押さえてくれてて、「今から14日間で録って下さい」みたいな。Mixも含めてそれやったかな。実質RECとか出来るのはそのうち数日みたいな感じで。今みたいにのんびり…って言うたらおかしいけど、そんな作り方は出来なかったですね。

HIDADDY:
とにかく待機時間がめっちゃ長いから、覚えてるのは遊戯がラジコン買って来たんよな。それを隣のビルの空きテナントか なんかで走らせてたら、エンジニアの木村さんがラジコン好きらしくて、「僕にもやらせて」って来て。木村さんの心を掴んだ瞬間でしたね、ラジコンやるやんみたいな。やっぱ僕らはスタジオ行かない日もあるんですよ、「今日はCHIEF ROKKAチームやからHEAD BANGERZは休み」みたいな。木村さんはエンジニアとしてずっとスタジオこもってやってくれてますからね、ああいう息抜きでちょっと心が近づくみたいなんは大事やったと思う。

SATUSSY:
とにかく作っては出す、作っては出すって感じでしたね。作った曲は全部世に出てるんちゃうの?ってくらい。

ERONE:
ストックやボツが全くないわけではないやろうけど…でも、初期のこの頃になればなるほど、少ないのは間違いないですね。当時はその場でみんなでビート聴きながら、みんなでリリック書いたりしてたから。今は大体は書いてから持ち寄って…って感じが多いですからね、スピード感も当時とは全然違う。

SATUSSY:
プリプロ録る場合でも、PCある奴のとこに行かな録れませんでしたからね。だからMENTOLかAKIRAの家に行って、初めてREC出来るみたいな。

─2002年の『CRITICAL11』で一気に出てきた皆さんですが、その前後の大阪のシーンはどんな雰囲気だったんですか?

ERONE:
俺らはまあ、ブイブイいわせとったと思いますよ。アルバム出す前は、大阪の中では勢いある若手として認知されてる感じでしたけど、出してからはもう敵なしやくらいのノリちゃうかな。インストアライブも呼ばれまくって。ていうかそもそも、当時は大阪でまともにアルバム出せてたのが俺らとドーベルマン(DOBERMAN INC., 現DOBERMAN INFINITY)くらいでしたからね。その前には大阪でもちろんDESPERADOとかWORDSWINGAZとかいたっすけど、彼らがCDを出さなくなって、俺らとドーベルマンしかおらんみたいな時期が数年あった感じすね。正規のリリースが中々出来ない時期でもあったんで… そのあとシンゴくん(SHINGO☆西成)やCOE-LA-CANTHが出てきたりするまでは、そんな状況でしたね。

SATUSSY:
WORDSWINGAZはアルバム作ってたみたいな話も聞いてたけどね…出んかったからね。

ERONE:
ほとんど完成してるみたいな話は聞いてたんやけどな。まあ、そんな感じのときに俺らが出てきたんで、毎週末誰かがどこかの箱に呼ばれてライブしてましたね。ゲストライブは俺らかドーベルマンかみたいな。

HIDADDY:
まあ、ドーベルマンはあんま箱にいなかったですけどね。

ERONE:
いや、おったよ(笑) ただ俺らとはちょっと住み分けが違ったからな。(DOBERMAN INC.主宰のコレクティブである)D-ST ENTERTAINMENTの名前でも色んなとこに出てたし、そこで大阪の先輩たちの第1世代から、俺ら第2世代に引き継がれた時期やったんちゃうかなと。いま第何世代なんか分かんないですけど(笑)

─当時のDOBERMAN INC.とは、かなりビーフの話も聞こえてきたりしていましいた。聴き直してみてもOHYAさんがいくつかの曲でDisを織り込んでいるなと。

SATUSSY:
当時キレてましたね(笑)

HIDADDY:
(DOBERMAN INC.の)TOMOGENとのやり合いやったんですよね。それがだんだんヒートアップして、現場でも色々起こりそうになったり…って感じでしたね。

SATUSSY:
最初はラップゲーム的な応酬として始まったんですけどね、中々熱が上がっていって。今から思えば、やっぱり当時はお互いをライバル視してる部分があったんかなと思いますね。

ERONE:
特にTOMOGENとか、ドーベルマンに入る前からみんな仲良かったからな。

SATUSSY:
そやねん。それがTOMOGENがドーベルマンに入って、こっちが韻踏になって…ってなると、なんか壁みたいなんが出来てまうんすよね。陣営というか。

HIDADDY:
TOMOGENは元々若い頃から自分でイベント打ったりしてて、俺らも呼ばれたりしてて。だから若い頃からめちゃくちゃキャリアあったし、アメ村のストリートの奴らはみんな友達なんですよ。

遊戯:
そこからやり合うことになって、ビーフが東京まで轟いてみたいな。自分らの影響力というか、注目されてることを実感した 出来事でもありましたけど、中にいる自分らにとっても結構衝撃的でしたからね。

ERONE:
最終的にはキングギドラのアフターパーティーやったかな、その場でマイクジャックしてラップバトルみたいなことになったんですよね。こっちがフリースタイル仕掛けて、向こうは「それやったら売上の枚数で勝負せえや!」って叫んで。とりあえずそのとき、俺ら的にはストリート的な筋は通したかなって思ってます。でも、枚数では今や完全に負けてるけどな(笑) 向こうはもうDOBERMAN INFINITYやから(笑)

遊戯:
でも…今思えば、そもそもTOMOGENさんがドーベルマンに入ったこと自体衝撃でした。

ERONE:
ドーベルマンは元々、当時BEAT LEGENDS名義やったB.Lが(のちにDOBERMAN INC.のメンバーとなる)MABをプロデュースしてたのが始まりでしたから。そのクオリティがヤバくて、俺らもデモ聴かせてもらったときとかびっくりして。B.Lの兄貴と俺らのDJが仲良くて、その繋がりから「俺の弟がヤバい音作るねん」って聞いたんです。それで聴かせてもらったらほんまにUSのクオリティやんけみたいな。そこからB.LはWEST HEAD(同じくのちにDOBERMAN INC.に加入する、CHO, KUBO-C, G-Swetによるクルー)やTOMOGENもプロデュースしてて。そこからDOBERMAN INC.になってったんで、B.Lがまずあったクルーやったんですよね。

SATUSSY:
当時で言うSwizz BeatzとRuff Ryders的な。

ERONE:
で、そこではB.Lが細かく声のピッチとかも調整してるって聞いて、「そんなスタイルあるんや」みたいな。今となっては普通のことなんですけど、当時の俺らは自分の声で一発録り、みたいなやり方しか知らんかったんで。でも、だからこそそこに (昔から見知った)TOMOGENが入ったのはちょっと意外やったっていうか。みんなええ服着てて、着こなしも良いクルー で。

SATUSSY:
もう、俺らその「ええ服」っていう言い方が貧しいもんな(笑)

ERONE:
でもそういうクルーやったからこそ、当時の大阪はクラブイベントに通う層と日本のHIPHOPを聴く層って分かれてたと思うんですけど、ドーベルマンのときはどっちも来るんですよね。クラブ側としてもありがたい、そういう力のあるクルーやったと思います。一方で俺らはアメ村の兄ちゃんたちを集めてライブでモッシュしてるみたいな。色んなところで対象的な見え方はしてたかもしれないですね。

HIDADDY:
なにげに日本のHIPHOPでモッシュやダイブを取り込んだのは俺らが最初ちゃう?っていう。

ERONE:
キミドリとかもやってたけど…バンドとかの文脈抜きにして言えば、あり得るかもな。

SATUSSY:
最近またTravis ScottやA$AP ROCKYの流れでモッシュやダイブの文化がHIPHOPに入ってきましたね。俺らはハード コアバンドの知り合いとかが多かったのもあって、当時からそういうのが混じってました。

MENTOL, EVISBEATSの当時のビート、MC陣のビート意識

─ビートについても教えて下さい。改めて当時の『CRITICAL11』や『ジャンガル』を聴くと、良い意味で驚くほど変なビートが多くて。あまり前後のHIPHOPの文脈と繋がらない、変わったものが多いのですが、DJ MENTOLさんやAKIRAさん のビートについて、当時の意識を教えてもらえますか?

SATUSSY:
ちなみに補足しとくと、『CRITICAL11』のときは神戸のDJ NAPEYも大きく関わってくれてますね。”揃い踏み”とか”ゴエモン”とか。

ERONE:
MENTOLとEVISBEATSのビートについて言えば、当時の作り手のスキルが足りなかったっていう、その一点だと思います。教科書的なものもなくて、2人とも手探りでとにかく作った。その結果、微妙なリズムで、だけど妙なグルーヴがあるビートが出来た。で、それが評価されたんですよね。サウスとかで変なグルーヴのビートが生まれるのと同じ力やと思います。当時インタビューとか受けてて初めて知ったんですけど、東京の人たちはそんなビートの「音」にまず反応したんやって聞きましたね。MENTOLもEVISBEATSももちろん優れたトラックメイカーなんですけど、当時はまだビート始めて1−2年とかで、今よりノウハウは足りてなくて、でもだから初期衝動が出てて、みたいな。逆に今では作られへんビートやと 思いますね。

─『ジャンガル』になると、ビートセンスは維持しつつ、聴きやすくなった印象です。

ERONE:
それはまさに、キャリアを積んで良い意味でビートが整理されたからやと思います。だからジャンガルも変わったことやってるんですけど、なんか聴きやすいんですよね。

HIDADDY:
まさにWu-Tangみたいなもんですよ。曲や作品によってバッラバラ。当時はああいうビートのストックが結構あって。 MENTOLの家とかにみんなで溜まって、「このビートはお前いいんちゃう」みたいに話して、ラップを載せるメンツを決めていってました。

SATUSSY:
MENTOLが当時シスコの向かいくらいに住んでてみんな来るから、寝れんかったらしいすね(笑) その家でプリプロも録るわ、リハもやるわ、CD出来たら宛先に指定されてて全部家に届くわみたいな(笑) MENTOLは『ジャンガル』のあとに 脱退しちゃいましたけどね。

HTDADDY:
HEAD BANGERZは中卒しか入れないってルールなんですよ。だから俺も遊戯もケンくんも、MENTOLも中卒やったんですけど。MENTOLはそれを逆手にとって、「俺夜間の定時制高校行くんで」言うて。それで無事卒業出来たから「辞めます!」言うて出ていきました。こっちも「おめでとう!」言うて。

ERONE:
でも、今思えばMENTOLはちゃんとプロデューサーとして、俺らのリリックも逐一チェックして指摘してくれてましたね。 「ちゃんとラジオでも掛かるようにここはこうして」とか「こんなネタばっか歌ってたらダメっす」みたいな。誰も言うこと聞いてへんかったけど(笑) 言うこと聞いてたらもっとお茶の間に出てたかもしれへんな。

─MCの皆さんのビートへの意識も教えて下さい。ビートメイカーのセンスもそうですが、MENTOLさんやEVISBEATSさん がいなくなってからも、クルーやソロの作品でも毎度時流を反映したビートが多いですよね。

ERONE:
やっぱ長いことやってると、単純にビートも足りなくなるんですよね、おんなじのばっかり探してると。どんどんこのジャンルは更新されてくし、やっぱり新しいものの方がフレッシュなんですよね。それに応じて自分のラップもまた変わっていくし、 そこは常にオープンです。

SATUSSY:
そこは『CRITICAL11』や『ジャンガル』のときから変わらないですね。結果的にアウトプットされた雰囲気がアンダーグラウンドシットやっただけで、僕ら的にはそのときのHIPHOPで一番フレッシュな音を出そうとしてたっていう。そこは今に至るまで一緒ですね。前のアルバム『マラドーナ』でもEmoというかロックテイストなやつとか、シャウトスタイルなやつとか入ってますし。

HIDADDY:
いつも出すのが早い感じはありますね。アルバム出して3年経った今になってやっと日本でも流行ってきたかなって印象なので。

ERONE:
昔からいつ時代は俺らに追いつくねんって。

HIDADDY:
ちょっとずつ追い付いてきてますよ。

ERONE:
追い付いてないよ、時代は絶対俺らに付いてこられへんから。

HIDADDY:
でも、ちょっとずつ追い付いてきてる、近づいて来てる。昔はそれこそ、韻踏んだりフリースタイルしたら寒い空気が流れるとか、そっからのスタートやったし。

SATUSSY:
ほかにもFULLMATICさんとかね。大阪のビートメイカー/プロデューサーとして最先端すぎる人もいるし。あの人についてはやっと時代が少しは追い付いてきたというか…先端のさらに切っ先にいますからね。

「第一に、大地があったんや」

─それから20年経って、今の大阪のシーンについてどのように感じていますか?

HIDADDY:
昔よりは絶対良いですよ。韻と大阪ってことで言えば、それこそ梅田サイファーとかもいるわけで。梅田サイファーは…ほんとに昔から現場に来てくれて、ラップ始めた頃からずっと見てきて。今ではほんとにリスペクト出来る存在になったなって思いますよ。自分らでイベントも打って、今では逆に僕らをイベント(*4)に呼んでくれたりする。感慨深いものがあります よ。

(*4)梅田サイファーが主催するTHE CYPHER 2022。7月開催予定だったが、新型コロナウイルスの状況を踏まえ延期

ERONE:
お父さん目線。

HIDADDY:
僕らが育てたとか、そんなおこがましいことはもちろん言えないです。でも、彼らの歴史に関われたことは光栄ですね。 昔、りんくうかどっかで特設ステージ組んで韻踏としてライブしたとき、「俺にもラップさせてください」って中学生がステージに上がってきたんですよ。「勇気あるやんけ」と思ってマイク渡したらめっちゃ上手くて。当時は「すごいやん、頑張りや!」 で終わったんですけど、それが当時のR-指定でした。そうやと知ったのはあとになってからですけどね、「あれ俺やったんです」って言われて。

SATUSSY:
で、R-指定たちが(韻踏主催のイベントである)ENTERにも出場するようになっていったと。それ以来の付き合いです。

ERONE:
やっぱタカ(WILYWNKA)にせよBOIL RHYMEにせよ高槻POSSEにせよ、どこかで俺らの音源を通ってくれて。でもまあ、入り口であってそっから先は彼ら自身のキャリアであるのはもちろんです。だからスタイルとか、実績は彼ら自身のオ リジナルであり功績。でもやっぱりどこかでDNAを受け継いでくれて、一部になれてるんかなって、そうであれば嬉しいですね。

SASTUSSY:
そやね…こういうこと自分で言うのおこがましいんかもしれんけど…。

HIDADDY:
言っちゃいな。

SATUSSY:
やっぱ当時、あのスタイルで、あのビートとラップでドカーンとシーンに出てきたのは新しいこと出来たと、僕の中では思ってるんですよ。大阪だけじゃなく、全国的に見て。

HIDADDY:
そこから見れば…今のシーンは昔蒔いた種も無事実って、緑が茂るジャンガルとして出来上がった感はありますね。出来てくる果実でメシも食える。ただ、鬱蒼としていて先の見通しがどうなるかは全く分かんないですね。

ERONE:
でも、そんなシーンの中で俺らは森の一部でも木でもなく、大地なんで。

SATUSSY:
言うたな(笑)

ERONE:
シーンの状況はそらもう絶対良くなってますよね。シーンの大きさとしても…20年前にこのデカさやったらなって思いますもん。西の韻踏、東のMSCみたいになってたときにこのシーンのデカさやったらって…でも、そのときにその規模で売れてたら逆にいまやってへんかったかもしれないですね。だからこれで良かったとは思います。俺らがやることはあんま変わんないです。

HIDADDY:
シーンの人口も増えたけど、大地なんで。やることは変わんないです、そこにちゃんとあるっていう。

ERONE:
MCバトル開催して自分らも音楽作って、若くて活きのいい子がおったら応援して…ずっとそうです。ENTERも15周年を迎えましたけど、その間に梅田サイファーからWILYWNKAまで、みんなが通ってくれて。これが歴史かーって。

HIDADDY:
We are 礎。

SATUSSY:
WILYWNKAも変態紳士クラブで頑張ってるし…本人にも言いましたけど、変態紳士クラブも韻踏合組合も、どっちも相当酷い名前やなって(笑) 売れたから許されてる雰囲気ありますけど。韻踏合組合って…僕らはカッコ良い名前や思ってますけど、やっぱ一般的に見ればダサいんちゃう?みたいな。そういう感覚も持っときたいですね。

遊戯:
ラッパーのグループで、韻を踏むって名前に入ってるから自然と受け入れられたところはあるかもしれないですね。

ERONE:
そんなとこから20年やって…大阪はいまやっと、当時の東京くらいの大きさになったんちゃうかなって思いますね。ジャンガルの中に、太い木も何本か出来てきて。今の大阪は複数枚アルバム出せる奴が結構出てきて、きっちり売れたり…あるいは売れる手前くらいの奴も結構いたりみたいな。それって当時の東京の状況に近いんかなって。毎週大阪の若手をラジオで紹介したりしてますけど(WREP「キキダオーレ ウラニワ」), 毎週また凄いの出てきたな、こんな奴おるんやって驚かされます。ENTERとかの予選でも、14-15歳の子とかがよく出場してて、しかも結構勝つんすよね。前までは17-18 歳が出てきて勝って「若いのに凄い」みたいなんやったんが、更に進んできた。でもやっぱり、この頃から上手いやつは やっぱ違うなってもんがありますね。どっちかと言うと、曲でそれを分からせる奴が多い。Moment JoonにせよJin Dogg にせよJAGGLAにせよ、出てきたときに「他とはちゃうな」って思わせられた。

─最近気になる大阪、関西の若手はいますか?

HIDADDY:
REDWING。こないだ(第17回)高校生ラップ選手権優勝しましたね。ERONEさんとこでスパーリング行かせてたけど、ほんまに優勝したからな。

ERONE:
めちゃめちゃ上手いな。聞いたことない早口しよるわ。

HIDADDY:
REDWINGはCIMAが配信でフリースタイルやってる日と、ERONEさんがやってるフリースタイルの練習イベントと、ふたつスパーリング行かせてたんですよ。あとはマイドリくんね。今はmindboiって名前でやってますけど、彼も今後出てくるんでチェックしといてください。

https://youtu.be/hHuWdL3RDCM

ERONE:
遊戯はHEISEI BOYS言わんでええの?

遊戯:
HEISEI BOYSはね、メンバーのレイジが僕のバーで働いてるんで、よろしくっす。

─若手の今後も見据えつつ、韻踏の皆さんは大阪のシーンを支えてると。

ERONE:
逆に俺ら自身はどこに向かうべきなんかな?レゲエシーンにシフトしてくとか、なんかせんでええの。

HIDADDY:
俺らは大地なんで、ずっとここにいるんすよ。

ERONE:
なるほどね。

HIDADDY:
ちゃんと草木が茂って、種が実って、大地が豊かになるようにね、やりますよ。

ERONE:
大地やから、草木とかだけじゃなく死骸とかね、そういうのも糧にして、地層にして積みあがっていってるんすよ。

SATUSSY:
辞めてった奴の想いとか怨念とかね。そんなんも全部背負ってきますから。

HIDADDY:
もう40代半ばになって、最近やと同級生の息子が「ファンなんです」言うてくることも珍しないですからね。それくらいの時間が回ってる。

SATUSSY:
レゲエやと親子二世代でアーティストとかありますけど、HIPHOPもそういう世代に突入するんでしょうね。

─そんな世代、シーンの移り変わりを常に大阪の真ん中で見ている韻踏合組合ですが、また新しいアルバムも控えてるとか?

HIDADDY:
ですね、タイトルも決まりました、『So Far, So Good』です。タイトルの意味は…やっぱりね、前作『マラドーナ』のあとにコロナ禍があって。作っていく中で、この期間中に亡くなった人のこととかも考えるんですよ。それを思うと「絶好調、最高潮」 とは言えんやろなと。みんな失ったものがいろいろある。ただ、そんな中でもやっぱり「So Far, So Good (=今のところいい感じだよ)」と言える、言える俺たちであろうって感じです。

SATUSSY:
9月にリリースします。そこからMVも出ますね。韻踏合組合として、初めてDJ MITSU THE BEATSと曲を作ったんですよ。その曲がMVとして出ます。

HIDADDY:
MVは”マラドーナ”や”Sky’s The Limit feat. RYO THE SKYWALKER”のMVを撮ってくれたTAKESHI UCHIDAさんにまたお願いしました。MTV Awards狙いにいきます。

ERONE:
まだ撮影はしてないんですけど、結構曲からイメージを膨らませてくれてて。絵コンテ見たら、この曲からこんなMVになるんやって感じで、楽しみですね。元々映像系出身の人で、仕上がりも別格なんですよ。”マラドーナ”のときもでっかいレフ 版とかといっしょにクルーを30人くらい連れてきて。本気度がちゃいますね。

HIDADDY:
MVで0.5秒しか使わんところに1時間掛けて撮ってたりね。プロですよ。

SATUSSY:
他のプロデューサーも…韻シストBANDとか、NAO the LAIZA, NOAHくん、”Sky’s The Limit”のZURAくん、あとは KING3LDKさんもいますし…プロデュース陣はかなり幅広いですね。

ERONE:
KING3LDKさんのは”踏んじゃった”って曲なんですけど、クッソハードライムでヤバいです。

SATUSSY:
あとは12月4日にSPOTLIGHTもやります。冬に観客を限定してやったりはしてたんですけど、今回は僕らのアルバムリ リースツアーのファイナル的な位置付けとしても、大きくやりたいなと。こないだ関東編をやったんですけど、評判も良かったんで楽しみです。あとはそこでサウンドクラッシュもやるんでね、楽しみにしててください。HIPHOP版のサウンドクラッシュ。これがめちゃくちゃ面白いんです。僕らとしてはこれが次のMCバトルとかの規模になるコンテンツちゃうかと思って るんで。それくらい楽しい。

HIDADDY:
サウンドクラッシュのアイデアは10年くらい温めながらやってますからね。最初は50人規模とかでやって感触を確かめてきました。

ERONE:
ダブも取れるしね、ラッパーにとってもヒット曲があればサウンドクラッシュで更に回ったり、あるいは逆にサウンドクラッ シュでヒットするパターンもあるかもしれへん。今はMCバトルが一番身近な入口って感じやと思うんですけど、新たな入口になればええかなと。

HIDADDY:
(サウンドクラッシュのルーツである)レゲエの世界では当たり前の文化ですけど、HIPHOPのリスナーはまだ知らないじゃないですか。とにかく楽しいんで見て欲しいですね。今の若い子もとりあえずMCバトルから入るじゃないですか。それはもちろん良いことなんですけど、他にもこんな楽しいことがあるよっていうのをいろいろ伝えていきたい。これはサウンドクラッシュに限らずですね。あんまり言うのもおこがましいんですけど、そういう何かを広める、伝える動きは意識してます。それを通じて僕らの大地も広がってくんでね(笑) このままシーンがデカくなって俺らが60歳くらいになったらね、上をアスファルトで塗り固めてもらってもいいですけど。

SATUSSY:
用済みなんかい!っていうね。

ERONE:
そしてほんとに『都市伝説』になると。でも…そうなったとしてもいつも考えて欲しい。第一に、大地があったんや。

─最後まで踏んで締めると(笑) ありがとうございました。

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2022/08/15
PRKS9へのインタビュー・コラム執筆依頼・寄稿などについてはHP問い合わせ欄、あるいは info@prks9.com からお申し込み下さい。

作品情報:

Tracklist:
1.揃い踏み
2.ゴエモン
3.ミン to the ちゃん
4.ポアゾン
5.HEAD BANGER
6.D・B・C
7.skit
8.ノータブルーム
9.転校生
10.What’s up B
11.CRITICAL 11
12.ヤットデタマン
13.あまからアベニュー
14.Golden Time
15.HI-〒
16.デンジャーレンジャー
17.ChiChi’N-PuiPui

アーティスト: 韻踏合組合
タイトル: Critical 11 (2022 Remastered)
レーベル: P-VINE, Inc.
仕様: CD / 帯付き2枚組LP(完全限定生産) / デジタル
発売日: CD・デジタル / 2022年7月6日(水)
LP / 2022年10月19日(水)
品番: CD / PCD-25345
LP / PLP-7866/7
定価: CD / 2.750円(税抜2.500円)
LP / 4.950円(税抜4.500円)
“揃い踏み” [MCバトルビート 8小節×4本 Ver.](配信限定)
2022年6月10日(金)配信開始
Stream: https://lnk.to/C11_MC84


Tracklist:
1.ジャンガル
2.Wakin’Big
3.お熱いのがお好き
4.俺らと夜中
5.AFTER 5
6.O.N.Y.K.
7.What’s Tha Numba?
8.笑う骨
9.BAHHHHN!!
10.ヘッドギア
11.GREEN車
12.生理的に大好き
13.EVIS SOUND
14.パオ~ン

アーティスト: 韻踏合組合
タイトル: ジャンガル (2022 Remastered)
レーベル: P-VINE, Inc.
仕様: CD / 帯付き2枚組LP(完全限定生産) / デジタル
発売日: CD・デジタル / 2022年7月6日(水)
LP / 2022年10月19日(水)
品番: CD / PCD-25346
LP / PLP-7868/9
定価: CD / 2.750円(税抜2.500円)
LP / 4.950円(税抜4.500円)
“ジャンガル” [MCバトルビート 8小節×4本 Ver.](配信限定)
2022年6月10日(金)配信開始
Stream: https://lnk.to/Jungal_MC84

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