インタビュー:KM – 自分のレースを走る。「日本のHIPHOP」を創造する。
そこにあるのはいつも「自由」だ。
KMが2ndアルバム『EVERYTHING INSIDE』をリリースした。前作『FORTUNE GRAND』から3年。この間に、KMというプロデューサーの名前はシーンに完全に浸透した。田我流とのEP制作、Kvi Babaのフルプロデュース、そして(sic)boyのブレイク…。こうしたキャリアの積み上げと同時に、KMは確固たる作家性を確立した。それは例えば、ロック / ミクスチャーのバックグラウンドを感じさせるサウンドメイクや、ワンループの美学から自由に解き放たれたビート展開などに特徴付けられる。そんなブランドイメージの確立の中で、KMのビートは自由を手に入れていた。
「やっとミクスチャーを我慢しなくて良いじゃんって──自分にリミッターを掛けずにやりたいことをやろうというマインドになってます」
そこに至るまでの心象風景は、そのまま日本のHIPHOPシーンの20年間の歴史と繋がっていた。KMはプロデューサーとしての自己をどこに向かわせるのか。それはそのまま日本のHIPHOPが今後どうあるべきか、という問いに置き換わる、そんなインタビューとなった。『EVERYTHING INSIDE』は、それに対するKMからの雄弁な回答だ。
登場する主なアーティスト(順不同):
ECD, (sic)boy, Dragon Ash, THA BLUE HERB, Lil Wayne, 田我流, LEX, JJJ, Campanella, C.O.S.A., Daichi Yamamoto, Lil’Leise But Gold, Kvi Baba, MANON, HNC, NTsKi, SPARTA, Taeyoung Boy
例えば(sic)boyでなく「(sic)boy, KM」名義であるということ
─今更ですが、まずはKMさんのルーツを教えて下さい。元々いつ・どのようにHIPHOPに出会い、どのようなアーティストに影響を受けたのでしょうか。
KM:
HIPHOPとの出会いは…僕は東京出身なんですけど、子供のころ父の仕事の関係で青森で過ごした時期があって、スキー場で流れていたEAST END X YURIの”MAICCA”を聴いたのが最初です。だから厳密に言うとそれが出会いで、そこでラップを知ったんですけど、それは別にHIPHOPにハマるきっかけって訳ではなくて。HIPHOPってクールなんだ、って意識的にハマったのは、中1か中2くらいのときに聴いたDragon Ashでした。友達が聴いてたのが『VIVA LA REVOLUTION』(1999年)で、それがきっかけだったのかなと。
でもハマってからは色んなものをすっ飛ばして、一気に「アンダーグラウンドHIPHOP特集」みたいな企画が載ってる雑誌を買ったんですよ。当時は人と同じことをするのが嫌で…クラスのみんなは、当時だと普通WOOFIN’やblast, bmrを買ったりすると思うんですけど、僕はSTUDIO VOICE(*)を買って(笑) その中でオーバーグラウンドとアンダーグラウンド、それぞれのHIPHOPの違いみたいなことが説明されていて、そこで出会ったのがTHA BLUE HERBでした。他にもAnticonやDJ SHADOW, オルタナティブやTrip Hopの流れなんかが紹介されていて、それが自分の中の基本になったんです。だからDragon Ashには衝撃を受けたし大切な入口だったんですけど、そのあといきなり最深部の扉を開いた感じです。
そのあとキングギドラや雷みたいなところも聴くようになるんですけど、その他にもJazzy HIPHOPって言葉もあったからその潮流にも触れたりして…当時はHIPHOPというか、日本語ラップが凄く盛り上がっていたのかなと感じますね。もちろんKREVAさんやRIP SLYMEはじめ、MONGOL800みたいな日本のメロコアも聴いてLimp Bizkitも聴いてLinkin Parkも聴いて…そういう時期でした。
だからそのとき読んだSTUDIO VOICEが人生の転機となった気はします。ちなみにこないだペラペラその雑誌をめくってたら、ディスクガイドの選者が(Mary Joy RecordingsのA&Rである)肥後さんでした(笑) 当時は何も知らずにMary Joy Recordingsのレコードを買ってたので、いま読んでみて驚きましたね。
(*)STUDIO VOICE 2002年1月号 : THA BLUE HERBインタビューやアングラHIPHOP座談会などを収録 Amazon
─その頃聴いたHIPHOPが今のKMさんの礎になっている部分はある?
KM:
そうですね、やっぱりTBHのラップはカッコ良いなと思いました。それからDJ SHADOWとかCut Chemistとか…あの辺のディグるし、作るし、DJもするってスタイルに憧れて自分もやりたいと思いましたし。それで中3くらいまではカッコ良くスクラッチすることで頭がいっぱいだったんですけど、高1くらいのときにMPCも買ってドラムを組んでみたりして。
ただ…そこから一旦熱が冷める時期があったんですよ。エレクトロに出会って…A-TRAKとかDIPLOとか、ブートレグでハウスモノにラップを乗せたようなやつとか、そういうのが好きになった時期があって。当時はDJをする中でUSのメインストリームも追ってたんですけど、英語も分からないし、根本では日本のHIPHOPがある中でカッコ付けてUSのメインストリームを流すような。そんなときにエレクトロに出会って、別に言葉が分からなくても踊れる構成・グルーヴになってるのが面白いなと思ってハマったんです。
そこからエレクトロ、ハウス、ダブステップ、トラップ…と聴いていく中で、トラップを聴いて「これなら(HIPHOPシーンに)戻ろう」と思えたのが2014-15年くらいの頃でした。当時SoundCloudでTrapやJersey Clubを聴いて自分でもやり始めたのが、ビートメイクを本格的に開始した時期ですね。
もちろん熱が冷めてた時期があったとはいえ、HIPHOPは追ってたんですけどね。当時レジデントDJをやっていたので、その箱に付いてるお客さんは躍らせなきゃいけない、その為にもヒットチューンはしっかり押さえなきゃいけない、ということで。同時に日本のHIPHOPへの熱はずっと持っていたので、エレクトロ / EDMに寄ったりしつつ日本のHIPHOPを…それこそSkrillexのあとにKOHHを掛けるようなことをしてました。
─KMさんは「プロデューサーである」ことを自覚的・意識的に外に発信している気がしています。ヴォーカリストとの音源名義をほぼ必ず「ヴォーカリスト, KM」など併記する名義にされていること含め、何かお考えがあるのでしょうか。
KM:
そうですね。たぶん田我流 x KM名義で出した『MORE WAVE』(2019年)が最初で、以降の作品でも(sic)boy, KMなど、自分の名前も表記する形にしてもらったんですけど。なんで自分の名前を入れ始めたかっていうと…まあ、ぶっちゃけプロデューサーって裏方じゃないですか、ステージに立つのはシンガー / ラッパーさんなので。だからざっくり言うと、あんまりレーベルから大事にされない場合もあったりすると思うんです。そんな中で、自分の名前をあえて名義に入れることによって…当然多くの人に目に留まって名前を売ることにもなるし、自分がその作品に対して責任を持つことにもなる。
名前が売れない、そうすると尊重されないみたいなことは日本では特にあると思っていて。僕もビートメイクを始めた当初は、歌う側がイメージするものをそのまま作る、みたいなことが多くて。僕がこのビートはもうひとつ展開が欲しいと思っても実現しないことがほとんどでした。それが…1stアルバム(『FORTUNE GRAND』(2018年))のリリース後くらいまでは続くんですけど、それでも自分の名前を併記していてその曲がクラブでプレイされ続けてると、だんだん「お願いします」と依頼して下さる方が多くなってきて。そうなると自分のやりたいことを実現する機会も増えてきました。そうなるために自分の名前を売らなきゃいけない、それに見合う実力(責任)を示さなきゃいけないと思ってやっていたことなので、名義を併記するのは意図的な部分ですね。
名義を載せる、プロデューサーとしての責任を持つってのは大事な部分だと思います。ビートを渡してはいおしまい、ではなくて、ディレクションして一緒に曲を作っていく中で、それが売れたら「ほら見た事か」って思いますし(笑)、でも逆に売れなかったらぶっちゃけプロデューサーの責任だと思うんですよ。だから音楽として破綻してる部分…キーがズレてるとか、この音とこの音がここでぶつかってるからダメだとかはちゃんと指摘する。責任ってのはそういうところかなと。
Dragon Ashから20年。「やっとミクスチャーサウンドを我慢しなくて良いじゃん、って思った」
─前作から約3年が経って今回の『EVERYTHING INSIDE』リリースとなりました。この間何か心情・音楽面での変化はありましたか?
KM:
前作が出る頃までは、レジデントDJも続けながらビートメイク / プロデュースをして生活を回していくって感じだったんですけど、アルバムリリース以降はわーっと色んな方からお声掛け頂けるようになって、CM楽曲もさせて頂いたりして、これだけで食うようになって。だからこの3年間、色んなオファーを頂いてそれをきちんとこなす、という感じでした。
その意味で何か劇的な転換点があった訳ではないんですが、でもドカンと盛り上がりを感じたのはやっぱり(sic)boy, KMでの “Heaven’s Drive feat. vividboooy” です。あの曲以降、HIPHOPに限らずメジャーなレコード会社さんからも話を頂くようになって、それで今に至る感じですね。
─特に”Heaven’s Drive”や(sic)boyさんとの関係が勢いづいて以降、KMさんのビートイメージとしてクリップノイズや、ロックテイストな音が確立された気がしています。
KM:
そうですね…前作『FORTUNE GRAND』のときももっとロックテイストなことはやりたかったんですけど、当時は(自分の中で)リミッターが掛かったかな(笑) そのリミッターを外してやりたいようにやる形になってきたのは、やっぱり(sic)boyとのEP制作が大きかったかなと。(sic)boyとのプロジェクトは当然責任をもってやってますし、自分のやりたいこと全部を詰め込めるものになってますね。
─(sic)boyさんとの出会いはやはり大きい?
KM:
(sic)boyはJ-Rockやパンクなんかが好きで、それが曲にも反映されてるアーティストですけど、そういうジャンルって自分がそれまでずっと出すのを抑えてきた部分だったんですよ。なんでかって言うと、自分の入口はDragon Ashだった訳ですけど、(2000年代前半~中盤にかけて)やっぱり色々あった中で少し名前を見掛けなくなる時期があったりして。それ以外にも当時はメジャーとアングラのHIPHOPがどんどん乖離して、ビーフに発展したりしてた時期だったと思うんです。自分はそれをいちリスナーとして楽しんでましたけど、自然と「HIPHOPはHIPHOPじゃなきゃいけない、ミクスチャーは良しとしない」みたいな雰囲気が出来上がったと思う。
別にこれは日本に限った話じゃなく、海外でも同じようにLimp Bizkitへの風当たりがあったりしたと思うんですが、そんな中でそれ以降の時期は、HIPHOPアーティストがロックなことをしたくても、リスナーが付いてこれない時期があったと思う。例えばLil Wayneが(ロックテイストを追求した2010年作の)『Rebirth』を出したとき、僕ら世代は「ヤバいじゃん、こういうのが聴きたかったんだよ」って思ったんですけど、他の世代には受けなくて酷評されたじゃないですか。でも結果的にあそこが起点となってHIPHOPとオルタナティブが接近して、そこからPost MaloneやLil Peep, Juice WRLDに繋がったと思います。
だからその辺のアーティストは自分も好きで聴いてましたし、自分の音でそれをやりたいという思いはあって。でも、無理やり形だけやっても仕方ないじゃないですか。昨日までトラップやってたアーティストが明日からいきなりエモです、って言われてもバックグラウンドがない。そんな中で、(sic)boyはそれまでJ-Rockなんかを聴いてきた中で、バックグラウンドと融合した自分のHIPHOPとしてこういう音に乗れる。自分もオリジナリティを持ってそういう音を作ることが出来る。そんな出会いだったと思います。やっとミクスチャーサウンドを我慢しなくて良いじゃん、って思った。それまでは自分もですし、リスナー側もリミッターを掛けてた部分があったと思います。
─ミクスチャー / ロックと接合したHIPHOPの一時期の減少と、近年になっての再興は先日JUBEEさんにインタビューした際にも出た話でした。
KM:
20年前のミクスチャーを今にアップデートして、ってことですよね。でも20年前と今で違うのって、(かつてDragon Ashがしたように)ロック側からアプローチされての動きじゃないことだと思うんです。自分たちの動きとして話題を生んでるので、そこの流れが逆で面白いです。
自分の中ではLil Wayneが『Rebirth』を2010年にリリースして、その後Lil PeepやXXXTentacionが出てきた頃には、こういうHIPHOPの形が根付くんだろうなというイメージは出来てました。だから(sic)boyとの”Akuma Emoji”も最後にスクリームが入るじゃないですか。あれ、実はスクリームのないバージョンもあるんです。で、どっちのバージョンで行くかとなったときに、「もうこの(スクリームを遠慮するような)リミッターは要らないな」と思って、ありのバージョンで出したらちゃんと受けたので。
「もうUSがこう動いたから自分もこう動こう、みたいなのはない」
─前のお話を受けると、今回のタイミングでアルバムを制作しようと思ったのは「リミッターを解除しても今ならいけるな」と思ったから?
KM:
いや、そこはきっかけらしいきっかけはなくて、そろそろ作らないといけないな、というマインドがあったのかなと。やっぱりプロデューサーとして名前が表に出続ける必要性はあると思うので。ちゃんと出続けないと自分の音に説得力がなくなると思うし、そうなると自分の好きなことが出来なくなる。ちゃんと自分のやりたい音を実現する為にも出す必要はあるなと思ってました。もちろん仕事として「やらなきゃ」みたいなことではなくて、自分の中でのアイデアなんかが出てきた中で、今やろうと。
実はテヤン(Taeyoung Boy)や田我流さん、MANONさん…今回参加してる人たちってそのほとんどがスキルトレードなんです。つまり、向こうの曲を手掛ける代わりにこっちの曲にも客演してもらう、って形で。そういう中で曲が出来上がって、結果としてこのタイミングだというのもあります。
─ミクスチャー / ロックとの接近、スキルトレードでの制作…そのような環境下で制作する中、意識していることはありますか?
KM:
まず、スキルトレードで制作するときは全力で相手の為に作ることを心掛けてます。やっぱり良いものが出来ると自分の作品の方に欲しくなっちゃったりすることってあると思うんですけど、そういうことは考えない。最高なものを作って、次の自分の作品用に作るときはそれを更に超えるものを作れるよう努力する、という意識でいます。
あとは…(sic)boyとのプロジェクト以降はレジデントDJも辞めたんですけど、そうした中でUSのラップやビルボードチャートに載ってる曲を追うことがなくなりました。もう「USがこう動いたから自分もこう動こう」みたいなのがないので、自分のやりたいことをしようと。もちろん自分の音の中で、クリップノイズが入ったりするのはハイパーポップの潮流を知ってはいる中で影響はあるんですけど。でもA.G. Cookや100gecsを聴いてそのまま使うのではなくて、そこで良いなと思った要素をいかに自分のサウンドとして作り上げるのか、というのは大切にしています。ハイパーポップも…要は日本のものじゃないじゃないですか。あれは100gecsたちが素晴らしいマスターピースを作り上げた結果、独自のサブジャンルとして定着させたわけで、逆に言うともう天井は彼らだって決まってる。だからあそこに僕がチャレンジしても…って思うし、そのレースに加わるつもりはないです。もちろん好きで聴いてるんですけど、それよりは自分で作ったレースを走りたいですね。
まあでも、こうしたノイズとか転調の要素も感覚でやってるんですけどね。意図して自分のカラーとして出してるつもりはないんですけど…ただ、人とは違う音を出そうと思ってやってはいます。例えばLEXとの”Stay”とか、これまでの普通のHIPHOPマナーであれば、あのメロウな感じのまま終わると思うんです。でも自分は結構そこで展開を挟んでみたりする。そこの作り込みは大変な作業ですけど、プロデューサーとしてみんなに楽しんでもらうために、そして自分の色を出すために必要な作業だと思ってます。
─他人の作ったレースには参加しないと。その意味だと〇〇タイプのビートを作ってレースに参加するタイプビート文化とはある意味逆の発想ですね。どっちが良い悪いという話ではないですが。
KM:
そうですね。思うにタイプビートだと…売れやすくするために、誰でも乗れるようにするために、シンプルな音数・展開のものが多くなるじゃないですか。で、そういうタイプビートをUSのラッパーも使ったりするので、そうすると「今はシンプルなビートがトレンドなんだ」みたいな認識になる。もちろんそれは合ってると思う。合ってるんだけど、そもそも別に日本のHIPHOPをUSに合わせる必要ないじゃないですか。育ち方が違うものだと思ってるので。USの音をベースにしたビートに乗ってラップすればUS的なものになりますけど、本当はそこを超えていかなきゃいけないんだと思う。というのもUKにしても他の地域にしても、その土地ならではのHIPHOPが出来上がってるじゃないですか。それが日本にはまだないと思ってます。そこが問題かなと。「日本のHIPHOPと言えばこれ」っていう音像がまだない。
これまで’00年代の…Timbaland以降のビートを示して見せたのがBACH LOGICさん、’10年代のエレクトロを経由して以降のビートを示したのがChaki (Zulu)さんだと思っていて。そうした人たちのお陰で、’20年代は遂に日本のプロデューサーが、海外に追い付き、追い越せる段階に来たと思う。そのタイミングだからこそ、自分はタイプビートに寄っていくのではなくて、自分にリミッターを掛けずにやりたいことをやろうというマインドになってます。実際のところ、自分のサーキットを作って自分のレースをしても人が来るくらい、日本のHIPHOPシーンも拡大したと思います。
─その流れで言うと、先日ライブ配信された『EVERYTHING INSIDE』のリスニングパーティー(アーカイブなし)のエンディングトークで、KMさんから「まるでUSのHIPHOPみたい、みたいなことをいちいち言わなくて良い。日本のラップはもうそこを超えてると思う」という主旨の発言もありました。
KM:
あれはその場で出た言葉なので正確になるよう訂正しますけど、そもそも超える超えないみたいな話ではないと思ってます。それぞれのオリジナリティあるスタイルを持つことが大事だ、という主旨ですね。やっぱり、どこまで行っても(USの)HIPHOPって日本人には出来ないと思うんですよ。それはこの文化を知れば知るほどそう思う。でも、日本のHIPHOPをすることは、作ることは出来る。それがHIPHOPに対する誠実な態度なんじゃないかって、僕は思っています。USやUKの、あのスタイルの日本版…そうした概念から離れて作り上げられた独自のスタイルを「J-HIPHOP」って呼ぶんじゃないかと、そう思います。
でも大事なのは、これはあくまでプレイヤー目線の話です。リスナーはあくまで好きなものを聴いてれば良いと思います。USのHIPHOPが好きなら聴けば良いし、USのトレンドを理解した日本のHIPHOPが聴きたければそれを聴けば良いと思います。
─USの音像とは異なる「J-HIPHOP」という話で言うと、KMさんが好きなアーティストとしてBUDDHA BRANDを挙げているのは凄く納得します。
KM:
そうですね、ブッダはいま聴いてもフレッシュですね。あと…その流れで言うとECDさん。この2つがJ-HIPHOPとして僕の中では並び立ってます。ECDさんみたいなラップや生き方って、世界中探しても他にいないと思います。ECDさんがどこかのインタビューで話した中で「向こうになくてこっちにあるもの。それが何か分かってればもうその人はHIPHOPだ」みたいな言葉があって。凄く印象に残ってるし、自分もそうありたいと思ってます。
『EVERYTHING INSIDE』における音としての内面表現
─熱いお話をありがとうございます。その想いを知った上で『EVERYTHING INSIDE』の話に戻るとまた違った風景になりそうです。改めて今回のアルバムについてお伺いしますが、全体のコンセプトとしてセットしたものはあるんでしょうか。
KM:
タイトルが示す通り、自分の内側にあるものを出して作る、その姿勢がテーマですね。外にあるものから何か影響を受けて作るものではないと。だからいまのビルボードチャートを眺めて「これがヒットしてるからこういうのを作ろう」ではなくて、自分の好きなものを形にしていく作業です。
─KMさんの音として内なるものを出すアルバムだと。その意味では、アーティスト側の歌うトピックなどを細かく指定した訳ではない?
KM:
あまりしてないと思います。でもビートは先にあったので、例えばビートだけ並べて聴いても景色の浮かぶ内容になってるとは思います。ただ歌う側もある程度こっちの期待するトピックで歌ってくれたので、言うまでもなかったかなと(笑) 一応「EVERYTHING INSIDE」っていうタイトル名だけは伝えてたので、そこから何かを感じ取ってくれたのかもしれません。今回のアルバムは全曲コロナ禍で制作したものなので、僕のビートにもみんなのラップにも、どこか怒りややるせなさ、みたいなものが入ってる感じはあるかもしれません。例えば”i”なんかは…あれが最初に出来た曲ですけど、(コロナ禍での)不安や希望の入り混じった感じが特に出てる気がします。
─”i”の次にシングルカットされた、LEXさんとの”Stay”について教えて下さい。
KM:
あれは恋愛の曲ではありますけど、LEXらしい10代の感性でそれを描いていて、僕は凄く好きな曲です。たぶん本人は意識してないと思うんですけど「そんなの平気、平気」って繰り返す箇所があって。そんなに平気だって強調されると、転じてほんとは平気じゃないんじゃないかって聞こえてくるんですよね。だから自分も、この曲は少し繊細に聞こえるようにアレンジしたりしました。実はコード進行が前向きに聞こえる部分と後ろ向きに聞こえる部分の2か所があって。だから平気なようにも、実は泣きながら震えてるようにも聞こえる、どっちにも取れるような仕上がりになってると思います。
─今の”Stay”のあとに”Leave”が続いたり、”MYPPL”で始まって最後に”Family”, “i”で終わることなど、曲順もかなり意識的にコントロールされたのでしょうか。
KM:
曲順は僕がコントロールして、最後に(Mary Joy Recordingsの)肥後さんに微調整してもらった感じですね。あとはある程度曲が出来てくるとアルバムの流れが見えるので、その合間合間で足りない要素の曲を足して差し込んで…という形で作っています。
特にMANONの”Every Time”から次の”nothing outside”は、通しで聴くと分かるんですけどひとつの曲になっていて。かつMANONちゃんの曲の中でも2曲に分かれてるんです。だから曲ごとの境目を無くすことで全体を繋ぐことを意識しました。その意味では、アルバムはいくつかのブロック分けをしていた気がします。Kvi BabaくんとMANONちゃんは繋げたいなとか、”MYPPL”があるとC.O.S.A.さんやJJJくんたちはそのあとだなとか。
─KMさんもリスニングパーティーで言及されてましたが、田我流さんやC.O.S.A.さんと、例えばMANONさんが同じアルバムに入るって、あまりないことですね。
KM:
実は結構悩んだ部分ですね、作品としてまとまるのかな?っていう。でもまあ、最終的には上手くいったので良かったかなと。みんなこれまでやってきた人たちなので、その意味でいて当然だし、それをきちんとまとめあげるのが大事だなと。
どちらかというとリスナーの方の見え方をどうするかは考えました。田我流さんやC.O.S.A.さんと、例えばKvi BabaくんやMANONちゃんは聴いてる層も違うのかもしれない。そんな中で聴き手に?マークが浮かばないよう、どのブロックをどういう流れで繋げるか、ということは考えました。
─JJJさんとCampanellaさんを呼んだ”Filter”はハウスの流れも汲みつつクラブ仕様な1曲です。
KM:
これはその前の曲である”MYPPL”からの繋がりを意識した…そもそも繋げるつもりで作った曲ですね。”MYPPL”で引き込んだ流れを加速させて、この曲でパーティーとして盛り上がるような、そういう流れの狙いがあります。
「自分が死んだとき…この曲に、そしてこのアルバムにきっと光が当たる」
─田我流さんを呼んだ”Distortion”はアルバムの作風では異質な、フリージャズを再構築したような1曲ですね。冒頭ではMary Joy RecordingsのA&R・肥後さんの名前もドロップされます。
KM:
(ネームドロップは)田我流さんのアイデアですね(笑) この曲のビートは僕の中で、’00年代のアブストラクトやエレクトロニカを意識したものになっています。自分の好きだった、あの頃の音像をみんなにも聴いて欲しいなと思いました。例えばDJ KRUSHさんやTrip Hopみたいな。
それこそ肥後さんが1998年に作った『TAGS OF THE TIMES』ってコンピアルバムがMary Joyから出てるんですけど、その話を田我流さんと話してた時に「じゃあこの流れでやろうよ」ってことになりました。しかもお互いに今はMary Joyにいるので、それで肥後さんの名前がドロップされてるという…読み解くの難しいと思うんですけど、そういう背景です。僕はこのコンピアルバムを高校生のときに聴いてたので、そもそも僕のアルバムが今回Mary Joyから出せるのはすごく嬉しいことですね。
─C.O.S.A.さんとの”The Way”については?
KM:
これはヴァースが届くのが全曲中一番最後になって…ハラハラしました(笑) でも一緒にやれて本当に良かったです、声も天性のものですし、やっぱりカッコ良いですよね。一説によると声の大きさがカッコ良さに繋がってるんじゃないかっていう…声量が音源に落とし込まれてて、それが迫力を生んで全部パンチラインになってるんじゃないかって。
─Kvi BabaさんとはDMで繋がって以来の仲ですが、今回の”What Is Love”は個人的に過去最高のKvi Babaさんが出ているのでは、と感じました。
KM:
これは”i”の次に出来た曲ですね。だからかなり早い段階で出来た曲で、その意味でもしかしたらKvi Babaの最新の心情とはまた違うかもしれないんですけど。2020年のヒリヒリした情勢の中で書かれたリリックで、そのまま入れようということになりました。
Kvi Babaは僕がkiLLaとかのビートを手掛けてた頃にインスタでDMしてきてくれて繋がりました。それで一緒に作ったのが”Feel the Moon”(2019年)で、それ以来の仲ですね。ちょっと時間は空きましたが、また一緒にやれて良かったです。
─MANONさん、HNCさんとの”Every Time”は先日のMANONさんのシングル”GALCHAN MODE (prod. By Lil’Yukichi)”とは打って変わってシックな仕上げですが、ラストにキックの音がハイパーポップのそれになるのがKMさんらしい展開です。
KM:
そうですね、この曲はさっき話に出た通り2部構成になってるんですけど、前半の流れのまま聴けばオシャレな曲なのに、後半の展開を聴くとどこか不安になるというか。気持ちが壊れていくようなさまを表現したかったんです。10代の恋愛ってそういうものじゃないですか。ハッピーな時は凄くハッピーで、ナーバスなときはとことん落ちる。
それを表現するために…普通にやればポップスの仕上げになるんですけど、この曲ではキックの音が鳴る際にMANONちゃんのボーカルがへこむんですよ。要はキックを最優先にするようなミキシングにしていて。普通そんなことしない中、あえて808のキックを前面に出すことでカッコ良さを追求する音像になっています。綺麗なポップスにしようと思えば出来る中で、あえて毒が入ってる感じです。”Stay”の展開も、発想としては同じイメージですね。
─”EVERYTHING INSIDE”はKMさんのボーカルですよね?この曲への想いを教えて下さい。
KM:
そうです、僕ですね。これは家族について歌った曲なんですけど…自分のボーカルを入れるとなった際に、僕がいきなりラッパーさんみたいにクラブチューンを歌うのも違うと思って。僕が個人的に歌いたいことと言えば子供たちと妻に対してでした。だからせっかくのアルバムの機会に、出来るなら伝えたいことを歌っておこうと。
あとは…ECDさんの言葉で覚えてるのが「ラッパーが一番注目されるのは、1stアルバムのときと死んだときだ」って言葉で。この曲でも「自分が旅立ったら」ということについて書いてる部分がありますけど、つまりそういうメッセージも入ってることによって、自分が死んだとき…この曲に、そしてこのアルバムにきっと光が当たると思う。それが作品としての再評価に繋がれば良いっていうHIPHOPビジネスの側面もあるし、もしかすると光が当たった結果、残った家族を(金銭的に)助けることだって出来るかもしれない。まあ単純にビートも気に入ってますし、リスナーが楽しんでくれたら良いなと。
─最後に、今後の予定を教えて下さい。
KM:
なんだろう、まだどれがいつ出るとか分からないですけど、とりあえず色々と作り続けています。良いものがたくさん出来ると思うので、今後も楽しみにしていてください。
最後に自分が若い世代の人たちに言えることがあるとすれば…いまはなんでも自由にやれる時代になったと思います。自分にリミッターを掛けずにやってくれたらなと。J-HIPHOPもですけど、J-Popだって…韓国だったり他の国は自身の「型」があってジャンルとしては成熟しきった中で、日本にはまだそれがない。今の日本なら、これからなんだって作り上げられると思います。
─ありがとうございました。
───
2021/06/14
PRKS9へのインタビュー・コラム執筆依頼・寄稿などについてはHP問い合わせ欄、あるいは info@prks9.com からお申し込み下さい。
All photos by Jun Yokoyama (Instagram / Twitter)
作品情報:
(ジャケットクリックで配信先へジャンプ)
Track List:
01 MYPPL (feat. Daichi Yamamoto)
02 Filter (feat. JJJ & Campanella)
03 Distortion (feat. 田我流)
04 The Way (feat. C.O.S.A.)
05 blinded love (feat. (sic)boy)
06 Stay (feat. LEX)
07 Leave (feat. Lil’Leise But Gold)
08 What Is Love (feat. Kvi Baba)
09 Every Time (feat. Manon & HNC)
10 nothing outside
11 Nova (feat. NTsKi)
12 Family (feat. SPARTA)
13 EVERYTHING INSIDE
14 i (feat. Taeyoung Boy)
Artist: KM
Title: EVERYTHING INSIDE
Label: Mary Joy Recordings
Release Date: 2021/06/09
アーティスト情報:
KM
HIPHOPに根差した音楽スタイルを保ちつつ、新しい領域に挑戦し続けている、日本で最も影響力のあるプロデューサーの一人。これまでに多くのアーティストの作品に貢献し、近年は(sic)boyをはじめ最先端のアーティストのプロデュースを手掛ける。自身名義では、2018年に『Fortune Grand』をリリースし、(sic)boyとのアルバム『CHAOS TAPE』と2枚のEP『(sic)’s sense』『social phobia』, Lil’Leise But GoldとのEP『Sleepless 364』, 田我流とのEP『More Wave』等をリリースしている。
2021年はアルバム『EVERYTHING INSIDE』への布石として”Stay (feat. LEX)”や”Filter (feat. JJJ & Campanella)”、””Distortion (feat. 田我流)をリリース。そして6/9に待望のセカンド・アルバム『EVERYTHING INSIDE』を発表する。
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