インタビュー: Peedog(LSBOYZ) ─ この街は枯渇している
2020年にその活動を本格化して以降、一気にハードコアなリスナーの心を鷲掴みした大集団・LSBOYZ。そのヒリついたストリート感、併せ持った繊細な筆致は00年代後期~10年代前半の東京のストリートシーンを彷彿させた。そしてクルーの中でもこの特徴を色濃く持つのがPeedogだろう。今回リリースされたソロEP『GRAIL』は、まさにクルー/Peedogの強みが凝縮されたソリッドな作品に仕上がった。一方で本作に至るまでには長い道のりがあった。febbとのEP, LSBOYZ始動までの苦難…ストリートの街角から勝ち上がるまでの背景に何があったのか。今回は先日特集記事もお届けしたWDsoundsの代表・澤田氏も同席。初めて語られる部分の多すぎる、渾身の14,000字だ。
登場する主なアーティスト(順不同):
febb, rkemishi, 018, YoungCee, Meta Flower, DAN(LafLife), TERIYAKI BOYZ, SEEDA, BazbeeStoop, illsugi, IO, KEIJU, MUD, ERA, NITRO MICROPHONE UNDERGROUND
ファッションとHIPHOP, TERIYAKI BOYZ, SEEDA
─本日はよろしくお願いします。
Peedog:
よろしくお願いします、LSBOYZのPeedogです。いま27歳で、東京都世田谷区の三軒茶屋出身です。最近は今回のEPも出して…またあとで言いますけど、次のアルバムに向けてもバイブス上がってきてるところです。
─音楽との出会いはどんなものだったんですか?
Peedog:
自分でCDを買う、みたいなことを始めたのは小学校高学年から中1くらいのときですね。当時見てたドラマの主題歌とか、ほんと普通にそういう感じで。でも親がお金をくれなかった。なぜかというと、親父から「そういう音楽マジダサいから聴かないでくれ、家で流すな」って言われてて。うちの親はロックしか聴かない人だったんですよ、KING CRIMSONとか、そういうの。もう、自宅の階段とかにはずっとCDが積まれてるとかそんな家で…だから自分もひねくれて育った感じはあるんですけど(笑)
で、CD買うお金も貰えなかったんで何も聴けないみたいな。そんな中で親父が「これだったら小学生とかでも聴けるから」って渡してくれたのがQUEENとかでした。でも正直聴いてもよく分かんなくて…ただ、当時は「ヘッドホンを挿してプレーヤーで音楽を聴いている」って行為自体がカッコ良いと思ってたので、それでとりあえず聴いてるって感じでした。
─結構HIPHOPからは距離のありそうな入り方ですね。そこからどうやってHIPHOPに出会ったんですか?
Peedog:
中学に入るとグレるというか、「他とは違う何かが良い」みたいな思考になってきて。当時自分は私立の中学校に通ってたんですけど、そこはみんなオシャレで、中学なのにAPE着てEVISUジーンズ穿いてるみたいなところでした。で、中学2-3年の頃に…APEを着てると、自然と当時表に出てた(APEのデザイナー・NIGOがプロデュースしたクルーである)TERIYAKI BOYZとかを聴くようになったんです。
一方で自分の学校は中高一貫で、高校の先輩とかもいて。その先輩は(三軒茶屋出身のMCである)般若さんとかも聴いてたんですけど、その人に「お前らTERIYAKIとか聴くなら他にも色々聴いてみろよ」って言われてたんです。それから少ししたとき、友達がYouTubeからクリップしてきたSEEDA, OKI “TERIYAKI BEEF”の動画を持ってきてくれて。「お前らのTERIYAKIがディスられてるよ」って言われて。そもそもディスって概念自体を知らなかったし、「え、音楽でケンカとかすんの?」って、めちゃくちゃ喰らったんですよ。それで自分の周りはSEEDAさんとか(OKIの所属するクルーである)GEEKとか聴くようになって。
でも自分はひねくれてたから、あえてそれ以外を聴こうと思って。TSUTAYAに行って、当時展開されてたUS, 日本両方のアルバムを5枚くらい借りました。そこからはもうどっぷりですね…50CENTとNITRO MICROPHONE UNDERGROUNDをずっと聴いてました。
─ガツンときたのがNITRO MICROPHONE UNDERGROUNDだったんですね。何が刺さったんでしょう?
Peedog:
当時聴いたのが2009年だったんで、”SPECIAL FORCE”がめっちゃ展開されてた頃だったんですよ。あの曲ってNIKEのエアフォース1を歌った曲じゃないですか。俺らもファッション好きだったのもあったし、ちょっと悪そうな人たちが自分と共通するものを持って歌ってるみたいな…そこに惹かれました。
─ファッションが音楽への入り口として大事な役割を果たしていた?
Peedog:
そうですね、自分のいた学校は「ファッションコンクール部」っていう…ガチで服を作って競うみたいな部もあったりして。自分は別にその部にいた訳じゃないんですけど、そこにいる子の親が服屋だったりすることもあって、ファッションが身近な存在で。それで自分の好きなファッションスタイルに合った音楽に入っていく…って流れはあったと思います。
─ファッションと音楽…東京というか、三軒茶屋のカルチャーがHIPHOPに導いていった?
Peedog:
そんな感じもあるかもしれません。で、そうなると学校の先輩とかにもマイク持ってライブしてる人とかがいるんですよ。でも当時ってあまりクラブカルチャーが盛り上がってる頃じゃなかった気もするんです。先輩たちも小箱の、クラブというよりライブハウスみたいなところでやってた。そこに自分も遊びに行ったんですけど、それを見て「絶対俺でも出来るわ」って思ったんです。その頃にはもう色んなHIPHOPをインプットしていて、絶対自分の方が抜け出してカッコ良いこと出来るって確信が持てた。
─その頃インプットしていたアーティストとしては誰が大きいんですか?
Peedog:
G-UNITとDIPSETです。で、これも洋服繋がりなんですよ。吉祥寺にHIPHOP系の服屋があったんです。で、友達のお姉ちゃんが働いてた関係もあって行ってたんですけど、そこで言われる訳ですよ、「これはあのMVで50が来てたパーカーだぜ」みたいな。でも、そこで言われても分かんなくて、家に帰ってYouTubeとかで聴くじゃないですか。そしたらヤバい、カッコ良いって。やっぱり彼らのMVを見ると、自分たちのスタイルがある。それは音楽とファッションの両方が合わさったもので、そこで何か特別なスタイルが生まれている。自分もそういう形のHIPHOPがやりたい、出来るって思いました。当時はまだ人前で歌ったこともなかったんですけど。
rkemishi, YoungCeeとの出会い
─それからHIPHOPを自分で始めたと。
Peedog:
そうですね、2009年にハマって…最初は友達とかとカラオケ行くときにインスト掛けてフリースタイルで歌うみたいな。そんなこんなでずっとやってたら、自分もちょっと出来るようになったんです。それで外にも出て行ってみよう思って、まずはフリースタイル出来る場所をmixiで探したんですよ。そしたらなんかコミュニティがあって、「2009年8月のお盆に高田馬場でサイファーやります」みたいな告知があったんです。結構長く続いてるサイファーだったみたいなんですけど、それを主宰してるのがエミシ(rkemishi)でした。
それで行ってみたら、BazbeeStoopのJUCEもいたんです。実はJUCEとはその前…自分が渋谷ブラついてたときに知り合ってて。街歩いてたら「お前LIBEのキャップ被ってんじゃん、いいじゃん」みたいな。それで出会って、高田馬場のサイファーにもいたんでお互いビックリして。それでJUCEが「主催のエミシ紹介してやるよ」って言ってくれて、エミシと会いました。でも、そのときは正直意気投合しなくて。エミシくんは真面目で…「ここで溜まらないで」とか「タバコはあっちで」とか、凄くまっすぐだった。それがサイファーを守るために正しいことなんですけど、当時の俺とかは「この雰囲気は合わないかも」とか正直思って。で、当時エミシの相方だったのが(のちにLSBOYZのリーダーとなる)YoungCeeだった。逆にYoungCeeとは意気投合したんですよ、「エミシ厳しいよね、全然ここで吸うっしょ」みたいな感じで…それもあってYoungCeeは次回くらいから出禁になってたんですけど(笑)
でもサイファーとしてほんとに真面目な場で、みんな4時間とかやってて。自分も横で見たり、たまに参加してラップするようになって。サイファーをガッツリやるというよりは、場として楽しんでました。
─そこから本格的な活動にはどうやって繋がったんですか?
Peedog:
そうやってサイファーに参加してたら、先輩から「お前ラップするんだろ?そしたらインストのブート盤とか売ってる場所教えてやるよ」って言われて。当時はインストの入手方法とか知らなかったんで教えて貰ったのが(渋谷にあったミックステープ専門店)BOOT STREETでした。
全然一人で行くのも苦じゃなかったんで行ったんですけど、そこにいた当時の店員さんがめちゃくちゃお世話してくれたんですよ。全てを導いてくれたと言って良いくらい。「DIPSETとか好きなら、いきなりそのインストでやるんじゃなくてMOBB DEEPでやってみなよ」とか、ブートのCDを更に焼いたCDとかをくれたりして。そんな感じで、BOOT STREETが2011年に閉まるまでの間、ずっと溜まってました。店員さんも結構変わってくんで、そこで(KANDYTOWNの)IOくんや、DUTCH MONTANAと仲良くなったりとか。隣の店で働いてたB.D.さんとも知り合ったり…そんな日々で高校生活は終わってった。
─溜まる日々と並行して、ライブも始めていた?
Peedog:
そうですね、高1のときには結局エミシと組んでFatslideを結成してたんで、ライブとかもするようになってました。エミシの家が結構自由で、24時間いつでもRECして良いみたいな感じだったんですよ。そこで溜まってRECしてるうちに組むことになったんです。それで2人で遊びながら作ってたらすぐ5-6曲出来たんで、それでライブするようになった感じです。
「24時間遊んで24時間寝る」LSBOYZ結成
─そこからLSBOYZ結成まではどんな風に繋がるんですか?
Peedog:
YoungCeeとはサイファーで会ったものの、そんなに遊んではなかったんですよ。ただ、自分もエミシも色々あった中で金がなくなっちゃって。自分はちゃんと働く意欲もない人間だったんで、土方とかやってみたものの全然続かなくて、「金を借りるしかない」ってなったんです。それでサイファーにいた面々に当たってみたら、BazbeeStoopのJUCEが当時YoungCeeと組んでて繋いでくれたんですよ、「あいつは貸してくれるっしょ」って。
それでYoungCeeに電話して「お久しぶりで悪いんですけどお金貸して下さい」って言ったら即「いいよ、六本木の焼き鳥屋にいるから取りに来てよ」って言われて。行ってみたらその場で貸してくれたみたいな。彼も当時高3とかでしたけどすげえなって思いました。でも半年くらい返してないまま一緒に遊んでたら、「そろそろマジ返して」ってなって…どうしようみたいな。それで「俺も同じ焼き鳥屋で働かせて下さい」ってお願いして、同じ店に入ったんです。そこで一緒に働いて、YoungCeeとの仲が深まった感じですかね。
で、当時自分とYoungCeeは色々やってて。それで組んでた中で、この最近集まってる奴らのグループ名決めようぜってなった。それも首謀してた奴が捕まったり色々あったんですけど…でも俺らって24時間遊んで、次の日普通に24時間寝たりする、そんな生活を送ってる。だからグループ名はそのまま「Long Sleep Boyz」にしようって、そこで決まりました。それがLSBOYZの始まりです、19歳のときかな。
─そこから本格的に音楽活動に傾倒していった?
Peedog:
いや、それが全然そんなことなくて(笑) 結局焼き鳥屋もやめちゃって、ずっと遊んだり色々やったりして過ごしてましたね。でも、色々やる中でお金も出来てくると、時間と余裕が出てくるんですよ。そうなると遊ぶ時間が増えて、仲間も増えて…って感じで。LSBOYZもその頃にはcocoとMeta Flower以外は揃ってたかな。
でも、そのときLSBOYZと並行してまだFatslideもやってたんです。で、エミシくんから「どうすんの?ずっとそんな生活してたら音楽作れないぞ」って言われて。「ちゃんと音楽しようぜ」ってなって作ったのが『Unearth』(2016年)でした。作ったら作ったきりでプロモーションとかもしなかったんで…いま思うともったいないことしましたね。客演にIllsugi, Young Juju(現KEIJU), DIRTY JOINT, YoungCeeとかも入ってくれてたんですけど。でもライブ営業する訳でもなく…その頃には自分の中で音楽に対する熱が冷めちゃったんです。それでエミシくんとも前ほどは遊ばなくなって、代わりにLSBOYZといる時間が増えて…って感じです。
─常にストリートにいて、まだ音楽が本格化するまでに距離はあった感じなんですね。
Peedog:
そうですね…決定的だったのはYoungCeeがその頃に何度目かの逮捕喰らったことかもしれません。当時Fatslideのアルバムを出して、唯一リリパを大きく組んでくれた人がいたんです。それで渋谷でライブすることになって…アルバムにYoungCeeも客演してるんで、「俺も言ってラップするよ」って来てくれたんです。で、イベントも進んで…YoungCeeが「ちょっとチルしてくるわ」って出て行って、でも帰ってこない。それでチルしてるであろう場所に行ってみると30人くらいの警官に囲まれてて。「もう俺懲役行くわ」みたいな感じだったんで、俺も弁護士飛ばす手配とかだけ連絡して、YoungCeeはそのまま行っちゃった。で、YoungCeeがいなくなって…LSBOYZとしても、そこで結構気持ちが折れちゃったんですよ。それから2020年頃まではずっと空白期間って感じです。この空白の間も、突発的にMV上げたりサンクラに曲出したりはしてたんですけど…売ったりする感じではなかったですね。
幻の「Peedog x febb」のEP, LSBOYZの本格始動
─空白期間には何があったんですか?
Peedog:
例えばfebbとの話とかですね。経緯を話すと長いんですけど、最初は2016-17年くらいですかね。いきなりfebbから「ひさびさ」ってLINEが来て、ビートが1曲添付されてた。当時の俺は音楽に対する気力もなかったんで、「これラップ蹴っていいんですか?俺金とかないすけど」って返信したら、「いいよ」って。しかもそのあと一気に100曲くらい送られてきたんです。それで結構俺はブチ上がって、1曲乗せて送り返したら「一緒に遊ぼう」って返信が来た。
当時のfebbの状況とかも色々聞いてはいたんですけど、俺もストリート側にいるし、全然気になんねーし遊ぼうと思って。会ってみたら全然話も通じるし、そこで一緒に4-5曲くらい録ったんです。ジャケもマスタリングも客演も決めて、「Peedog x febb」って組み合わせのEPがほぼ出来上がった。でもそのときにfebbが亡くなっちゃった。それで自分ももうやる気をなくしちゃって…EPも全部解体したんです。ビートもラップもバラシて、客演してくれた人たちには「すいませんがバラシで…お金は払うので」って伝えて。で、febbのこととはそもそも関係なく、自分自身も2017-18年くらいは生活が病んでて。それで一度febbが上げてくれた情熱がまた冷めてった感じですね。
─そこから音楽活動に戻るきっかけはなんだったんですか?
Peedog:
きっかけをくれたのはイツキ(Meta Flower)でした。俺も横でラップする様子を見てたし、あいつも俺に作った曲を聴かせてくれたりして。当時の自分は変に尖っちゃってたんで「これはイマイチだな」とか言ってたんですけど。でも横で作品作る様を見てきた上で…イツキが出した『DADA』(2020年)を聴いたとき、めちゃくちゃ感動したんです。言いたいことがハッキリしてるし、それがちゃんと伝わる。
それがきっかけで「音楽にもイツキにもちゃんと向き合おう」と思って、酒の席とかでみんなで「LSBOYZでアルバム作るならこんな感じかな」とか話すようになったんです。で、その頃にYoungCeeも懲役から帰ってきた。だからなんか、色んな歯車がそこで噛み合ったんですよ。いま出さないと、たぶん俺らはこのまま何もやらずに「地元の兄ちゃん」で終わっちゃう。それで動き出してアルバム『LSBOYZ』(2020年)が出来ました。
─いざ出してみたらどうでしたか?結構シーンもざわついていた印象です。
Peedog:
やっぱりお陰様でめちゃくちゃ反応があって、ありがたかったです。その反応もだし、やっぱりWDsoundsってレーベルからきちんとした形で出せたってことにもみんなアガってて。それがあって、メンバーもみんな「ラッパー」としての自覚が出てきた感じはしました。
─今日はWDsoundsを主宰する澤田さんも参加してるので話を聞かせて下さい。このとき、レーベルとしてLSBOYZの作品を出そうと思った背景はどんなものだったんですか?
澤田(WDsounds):
アルバムの話が来るちょっと前にPeedogは家にたまに来て色々話したりしてて、やっぱり面白い存在だなっていうのは思ってたんです。Meta FlowerとはLOW VISIONのライヴで話しかけられてからはたまに遊んだりしてたんですけど、家には来てくれなかったですね(笑) そんな中でMeta Flowerから「LSBOYZのアルバムを作りたいんでPeedogと家行っても良いですか」って言われて、もちろんって答えた。
でも結局Peedogは来なくて(笑) で、まだどんなアルバムにするのかとかも固まってない状態だったんで、そのとき俺が手元に預かっていたDJ SCRATCH NICEやGradis Niceのビートを二人で聴いて、「今の状態で俺に出来るのはこういうビート聴かせることくらいだよ」って。その中から生まれたのが”DUTY LOVE FEAR LUST”や”SKIMASK”だったんです。
普通にこの人たちがちゃんとやれば絶対カッコ良いものが出来るって確信はあったし、自分の中で当時「これが東京」って言えるクルーが少なくなってる印象もあって。だからこのタイミングで出して欲しいと思いました。大丈夫かな?ってくらいの危うさが燃えましたね。
Peedog:
やっぱり俺らはひねくれてたんで。若いクルーとかいっぱいいると思うんですけど、この『LSBOYZ』を出すくらいまでの俺らは「ストリート通ってきてない奴はラッパーじゃねえ」くらいに思ってた節もあって。だからこそMeta FlowerやYoungCeeとも話して、「この状況を一回フリップさせようぜ。ヒリついたリリックと描写で本物なの出そうぜ」って、クルーの中で熱量を高めて作ったアルバムでした。熱し過ぎたのをMERCY(=澤田)さんがちょうど良いくらいに冷却して完成させるって感じでしたね。
澤田(WDsounds):
2020年の4月くらいに最初の話があって、ミーティングという感じでみんなで集まったのが一回あるくらいかな。制作はトラックを手に入れるのを手伝ったのとマスタリングくらい。それ以外はぼ彼らで持ってきました。制作期間も3ヶ月くらいだったんじゃないかと思います。
「枯れた街を潤す」ソロEP『GRAIL』
─それから今回の『GRAIL』の動きが始まったのはどんな経緯だったんですか?
Peedog:
『LSBOYZ』の最後に”Erica Kane”って自分のソロ曲があるんですけど。これはfebbプロデュースなんですけど、元々さっき言った自分とfebbのEPに入れる予定の曲だったんですよ。さっき話した通り、ほとんどの曲は壊したんですけど、この曲だけは残していて。この曲をサウンドチェックしたり、リリース後の反響も受けて聴いたりする中で、段々「ソロでもやりたい」って気持ちが高まってきた。
その頃…2021年夏ごろにMIKIとLSBOYZの『JADE』の制作も進んでたんですけど、そんな中で「ヤバい、リリックがめちゃくちゃ出てくる」って状態がやってきたんです。それで一気に『GRAIL』にも取り掛かった。だから『JADE』も作りながら、その裏で今回のEPも作り始めた感じですね。
澤田(WDsounds):
EPの話はMeta Flowerからも聞いたりしていて。Peedogと直に話すようになって、このリリースだと喰らわせられるものが作れるんじゃないかなって確信してました。『JADE』や他のリリースとのタイミングを見て、今回の時期にリリースしようってなった。作品自体の作り込みは(Peedogは)かなりしっかりやってくれました。
─タイトルの『GRAIL』は…あえて日本語にすれば渇望される究極の目的、みたいなことと理解していますが、この言葉に込めた意味は?
Peedog:
辞書的な意味は色々あると思うんですけど、要はスラングなんですよ。USのメインストリームではなくアンダーグラウンドの方で、「GRAIL」って「枯れてる、枯渇してる」みたいな状況を指して使う。「この街はGRAILだ(=終わってる)」みたいな。で、そんな状況を俺がもう一度潤してやるぜって意味で付けたタイトルです。
─リリックが止まらない中で作った『GRAIL』。Peedogさんもリリックが洗練されているラッパーですが、普段どのようにリリックを着想してるんですか?
Peedog:
本とかを読む訳じゃないです。ただ、自分の好きなUSのアルバムとかは全部和訳も掛けて理解するようにしてますね。(九州出身の2MCクルーである)LafLifeのDANくんっているんですけど、彼に気になった曲を全部送って「このリリックってどういう解釈すれば良いですか?」って聞いて理解する。そうして他の人の表現の仕方を知った上で自分の中に取り込むってことは意識しています。DANくんは逆にMeta Flowerの曲の歌詞を英訳して発信したりもしてくれてるので、凄くお世話になってます。
─全部和訳して他のアーティストの歌詞に向き合うと。一方でEPの客演に目を向けると、Meta Flowerさんを始め、MUDさんや若手から018さんを迎えています。この人選の経緯を教えて下さい。
Peedog:
MUDくんは自分が高校生くらいの…MUDくんがKANDYTOWNの前、ソロでやってるときから超仲良くしてます。これまでにも共演してたり、febbとのEPにもほんとは呼んだりしていて。俺、都会のストリートな感じをそのままメジャーなフィールドに持ち込んで今もやってるのがマジで凄いと思ってて。ラップであれだけフレックスして見せる人って他にいないと思ってます。だからLSBOYZのアルバムとかでも参加して欲しかったんですけど、タイミングもあって実現しなくて。それで今回のソロにあたってはぜひ、と思って家に行ってお願いしました。
逆にMeta Flowerに関しては…参加してもらった”Shape”はMASSさん(=MASS-HOLE)のビートなんですけど、元々今回はLSBOYZのメンバーに参加してもらう気なかったんです。で、当時俺もMeta FlowerもそれぞれMASSさんの違うビートを買っていて。俺は自分の買ったビートに合わせてリリックを書いたんですけど、今回のEPの締めとしてちょっと俺のリリックが雰囲気として合わない感じがした。そのときにすげー頭に残ってるMASSさんのビートがあって、それがMeta Flowerの持ってるビートだったんで、連絡して「悪いけどそのビート使わせて欲しい」って相談して、今回の参加に繋がりました。で、この曲は「最後にリリックで人を刺しに来て欲しい」って伝えて、そういう仕上がりになった。だから、この曲の俺のリリックはちょっとMeta Flowerのリリックも意識したようなものになってると思うんです。俺のリリックにある「ドラマじゃなく身の丈に合わせた」「現実とぶつかり合う肩」とか、たぶん見方を変えればMeta Flowerのリリックに通じるところもあると思ってて。俺なりのMeta Flowerリスペクトでのリリックって感じなんですよ。
018については、新しい流れが欲しかった。地元も近くて生活圏内も被ってるんで、後輩が連れてきてくれて遊んだりもしていて。でも俺はひねくれてるから…年下の音楽ってすぐ口出しちゃったりするから、それもアレかなと思ってあんまり聴かないようにしてたんですよ。ただ、友達から「018の曲はマジ良いよ」って言われたりもして。それで活動を見てみたらフリースタイルも頑張ってた時期があったり、現場にも来て頑張ってたり…すげえリスペクト出来る奴だなって思ったんです。あと、俺も昨年末くらいの時期はDrillやGrimeを聴いてたりしたんですけど、018はそれを流行りだからやってる奴らとは違う、ちゃんと自分の形に昇華して曲にしていて。そういうのもあって尊敬できる奴だなって思ったから、今回きちんと仕事としてお願いしました。
─018さんはずっとソロで動き続けていて今上がってきていて、熱量高い存在ですよね。
Peedog:
そう、ずっとソロで頑張ってるじゃないですか。それで…こないだも”P.R.O”のMVをあいつと撮ったんですけど、朝9時半集合なのにあいつは7時とかまでクラブでパーティーして酔いまくってて。でもなんかそのまま寝ないように気張って、撮影の間はしっかりパフォームしてくれて、終わった瞬間帰るときには声が出なくなってるみたいな。完全にきっちりやり切ってくれて、そこで俺もリスペクト更に上がりましたね。
澤田(Wdsounds):
オンとオフの切替が凄いよね。撮影の間はすげえちゃんとカッコ良く決めてくれてて、帰りの車で「あれ?声出なくなってない?」みたいな。すごくカッコ良いラッパーだと思う。
Peedog:
俺が22-23歳のときとか、あんなにしっかり出来なかったですね。
─そうなると018さんを迎えた”P.R.O”は、そうしたプロ意識高い018さんを迎えたからこそ、このテーマだったんですか?
Peedog:
そうですね…俺は自分で言葉にして吐き出さないとそれになれない。逆に言えば、言葉に出すことで本当に出来ると思っていて。この生活に全部ベットしたいと考えてるんで、「俺らはこのスタイルのままプロになろう」って、宣言する曲ですね。
─ビートについては、こうした背景を踏まえてどんな風にセレクトしていったんですか?
Peedog:
全体的に、シンプルでラップで遊べるトラックを選んだつもりです。どれだけラップを際立たせてくれるか。その中でもCedar Law$はほんと良い仕事をしてくれたなって思います。彼等には都度連絡を取ってて、各客演…MUDくんや018とやるんだけど、俺や彼らのリリックに合うイメージのビートをくれ、みたいなお願いをして。結局30曲くらい送ってもらってるんですよ。プロデューサーって感じの働きをしてもらいました。
「街のコーナーでデイトナじゃつまらねえ」 │ febbたちとの出会い
─その上で各曲の話に入ると、冒頭のタイトル曲からして貫禄あるキレ具合です。「スリルを買い取りに向かうだけだ」「街のコーナーでデイトナじゃつまらねえ」などパンチラインも満載ですが、この曲について教えて下さい。
Peedog:
これはしっかり塗り替えることを目指した曲ですね。LSBOYZのときもシーンのフリップを目指して作りましたけど、まだ届き切ってない層や街角もやっぱりあって。そんな中で、この曲は(フリップではなく)一度壊して作り直す、リビルドを目指した曲なんです。リリックはかなり書き直しましたね。
あと…「街のコーナーでデイトナじゃつまらねえ」ってラインについてなんですけど、俺は別にデイトナも持ってるんですけど。でも、それをラッパーじゃない形でフレックスしてるのはダセえなって思ったんです、俺はね。ニューエラ被ってオーバーサイズの服着てデイトナ付けてフレックスしてるけど、何してるか聞いてみたら街で仕事してます、みたいな感じではいたくない。俺もそういう時期だってあったし、自分でそれをカッコ良いと思えなかったのもあって。だからこそ、自分の中でもそれを変える為に書いたラインでもあります。
─続く”QUIQ feat. MUD”ですが…恐らく、febbさんがトラック提供したビートだけ、今回のEPでかなり前に出るミックスになってますよね?この辺りの背景や、febbさんのこのトラックを選んだ理由など教えて下さい。
Peedog:
ああ、ビートは前に出てますよ。これは結構扱い辛い部分だと思います。やっぱり亡くなってるし…みんな2mixの状態のデータしかないんで、根本的に変えられない。だから俺も結構ラップし辛い部分もあったんですけど、MUDくんが「絶対にこれに乗りたい」って言ってきたんです。さっき話した通り、本当は俺はCedar Law$とも連絡してMUDくんに合ったビートを用意しようとしてたんですけど、試しにこのfebbのビートを送ってみたら2-3分で「これでやりたい」って返信があって。それで実現しました。このビートもfebbと自分のEP用に用意してたんですけど、今回のリリースに際してリリックとかは全部書き直してます。
─最初にWDsoundsにPeedogさんを引き合わせたのもfebbさんだったとか?
澤田(WDsounds):
それはもう2010年とかそれくらいの話ですね。下北沢でfebbが紹介してくれたんですよね。「一個下の後輩です」っていう感じで。そこから凄く仲良くなったってわけではないんだけど、印象に凄く残ってますね。どこかであったら挨拶してくれて…そういうのって凄く大切じゃないですか。
Peedog:
febbとの出会いはエミシ繋がりでしたね。当時池袋で遊んでた中で…エミシが「俺が最年少だから。でも唯一他にもヤバい奴がいる」って言って連れてきたのがfebbとJJJでした。確か佐々木(KID FRESINO)はいなかったかな?それで話すようになって…My SpaceやSoundCloudで曲を上げたら「良いじゃん」って言い合うような。ガキ同士繋がって遊んでました。
澤田(WDsounds):
自分も横で見てたというと言い過ぎですけど…ずっと下の世代のfebbやPeedog, MUDやKEIJUが仲良く遊んでるのは見てきた中で、やっと今回の『GRAIL』でひとつ繋がったというか。今回出すべきだし、出さなきゃいけないタイミングの作品だったと思いますね。こういう話って別に聞かれたら全然答えるんですけど、自分たちから言う話でもないんで。こうした経緯とかを今回話せたのは良かったですね。
─”Platinum place”もfebbさんのビートですが、冒頭の歌詞(「示してくLIFE, 夜灯すLIGHTS」)以降の流れなど、いつも以上に意味するところの多いリリックに感じました。
Peedog:
これは思い出を綴った曲なんです。Illsugiが中野のHeavy Sickで主宰してるslow lightsってパーティーがあるんですけど、そのときの情景というか思い出を元にしていて。このパーティーにエミシもfebbもいたなとか…そう思い返したことが、パーティーの名前から取って「LIGHTS」ってワードに繋がってます。で、思い返していくとストリートの奴らも心構えをしっかり持ってやってることとか…そういう身の回りの情景や、周りの人たちのこととかを歌った、そういう曲です。
なんか…febbの話とかもそうなんですけど、ストリートって別にみんなが思うほどドロッとしてる訳ではないんで。もちろん一部そういう人たちもいたりはするんですけど、みんな変に勘ぐったり怖がったりしなくて良いよって思う。逆にそうした、俺らのいるストリートの雰囲気をリリックでめっちゃ良い感じに切り取ってるのがERAさんだと思います。あの描写とかラップは本当に凄いし…LSBOYZはみんな結構ERAさんのラップには影響を受けてるんじゃないかな。少なくとも俺はめちゃくちゃ影響受けてますね。メンバー全員、キッズのときに聴いてるトップ10だと思いますね。
澤田(WDsounds):
あれが東京のラップだって感じはするよね。あのあとに…ERAを踏まえたラップがたくさん出てきた感じからも意味は大きかったなって。それぞれの街のラップが生まれて来たって思います。Peedogがそう言ってくれると確信に変わりますね。嬉しいです。
─最後に、今後の予定について教えて下さい。
Peedog:
今回出してみてやっぱり手応えはありましたし、まだまだやれるなって思いました。色々ソロでの制作も分かった中で…もうすぐ30歳に近付きますけど、それまでに今度は今の自分を詰め込んだ上でアルバムにしたいなと思ってます。あとはCedar Law$とPeedogのジョイントアルバムも出したいなとか。これは俺がいま勝手に思ってるだけですけど、彼も感じてくれてるんじゃないかと思います。今もCedar Law$と何曲か作ってますし…いずれにせよ止まらないです。
───
2022/04/07
PRKS9へのインタビュー・コラム執筆依頼・寄稿などについてはHP問い合わせ欄、あるいは info@prks9.com からお申し込み下さい。
▶Peedog:
Twitter: https://twitter.com/elpood_slow
Instagram: https://www.instagram.com/peedog_lsbeee/
作品情報:
Tracklist:
1.GRAIL prod. Ceder Law$
2.QUIQ feat. MUD prod. febb
3.P.R.O. feat. 018 prod. Ceder Law$
4.Platinum Place prod. febb
5.Shape feat. Meta Flower prod. MASS-HOLE
Artist : Peedog
Title : GRAIL
2022年3月2日(水)リリース
Stream: https://linkco.re/R7Z7ApM
- インタビュー+限定音源公開: YAMANE ─ New tag since 2015 Interviewed by @crazy_...
- [’00年代があった vol.8] レビュー:SMRYTRPS『ことばのおんがく』(2004年)
コメント ( 0 )
トラックバックは利用できません。
この記事へのコメントはありません。