Column/Interview

その年史が積み上がるほど歴史の記述はシンプルになる。何十年分の歴史を決まった分量に収められるよう、歴史の背骨を構成する要素以外はこそぎ落とされていく。HIPHOPも同様だ。黎明期にして黄金期とも言われる1990年代、まだ「近世」と言える2010年代の発掘・アーカイブ作業を横目に、2000年代における日本のHIPHOP史はその半端な時間的距離から、ほとんど誰の手にも触れられてこなかったのではないか。
日本のHIPHOPには2000年代があり、そこには確かに数多くの名作があった。これは新たにこの10年間の遺構を保存し口伝する、終わらない歴史保存作業だ。2000年代のこれまであまり触れられることのなかった名作たちを、いま一度紐解いていく。

2000年代当時の言い方に倣うなら、ハードコアスタイルと対置される「文系ラップ」の雄として偉大な作品を数多く残したSMRYTRPS(メジャーでの活動期はSamurai Troops)。本作は彼らが2004年9月9日にリリースした2ndアルバムだ。メンバーは時期によって異なるが、本作リリース時点ではTakatsuki, Semmy(Word works), Meteor(D.M.R.), Y.O.G.(Brave Race Nation), Zom, Zoe(Siphon Code)の6MCにDJ MARUとカトウケイタの2DJ。元々ソロや別グループで活動していた面々が、当代風に言えばゆるやかなコレクティブとして集まったり離れたりしながら活動。その凪いだ空気で紡がれる軽やかなマイクリレー、(この時期までは)Takatsukiが主軸になって制作した手触り感のあるソウル/ジャジーなビートも相まって多くのリスナーを魅了した。

本作はまずもって、リリース当時の価格設定でマーケティング的に話題になった作品でもある。14曲入りアルバムで1,500円。当時のCDアルバムの相場は1枚2,500-3,000円。地元のレンタル店でも見つかりづらいようなアンダーグラウンド作品は購入せざるを得ず、いきおい貧乏学生たちにとって、それは少ない小遣いからの一大投資でもあった。そうしたアンダーグラウンドと懐事情を繋ぐ試みとして本作は諸手で迎えられ、多くのリスナーの手に取るところとなった。なお同年6月にはダースレイダーが創設したレーベル・Da.Me.Records(通称ダメレコ)からダースレイダー『THE GARAGE FUNK THEORY』がリリースされている。このアルバムはダメレコが1,000円でアルバムをリリースする千円シリーズの第1弾作品であり、同シリーズも地方のリスナーにアングラ作品に触れる門戸を開く偉大な功績を残した。従って2004年当時は、日本のHIPHOP拡大するに伴い、リスナーのCD購入体験を如何にペインレスにするか、各人が試行錯誤した時期であったと言える。

そんな中で本作を手に取ってみると、まず耳に残るのはMC/ウッドベース奏者でもあるTakatsukiによるビート群。冒頭の“ラテンサムライ”“キープ!コンディション”, “以心伝心”, ラストの“カラーマイワーズ”など、陽気だけどアガり過ぎないビートの上でガチャったマイクリレーが展開される。この良い意味でのワヤ感みたいな部分は同時期のダメレコ作品にも通ずるところのある、00年代中期のマイクリレーが持っていた固有の空気感だろう。こうして力を抜いて集まればほどよくゴチャったマイクリレーが出来上がる訳だが、彼らの魅力はオンオフの切り替えにある。要は腰を据えて作った楽曲が極上に心地良い。

特にTakatsukiが前年に発表した『東京・京都・NY』収録の”フウライボウ”のリメイクとなる“去来客人”や、本作の中では異彩を放つスペースファンク要素を組み込んだ“コズミック・ラテ”など、Zomがすこぶる素晴らしい。ウェットなフロウが快適な空間音響の機能も果たしてビートと混然一体となる。Takatsukiのウッドベースと同様、この時期のSMRYTRPSの持っていた手触り感を構成する、非常に重要なパーツだろう。Takatsukiやメテオの朗らかなシャウトで幕を開けた曲の空気を、自身のHOOKで一気に程よい温度に落ち着ける”ワッサップヨーエビバデ?”に至っては本作の白眉。

他方でアルバムとしても、ウッドベースのダークサイドを引き出した“ドロボーMceez”のようなハードな側面を押し出した曲もあったり、とにかくゆるやかな空気の中で制作された雑食な魅力にあふれている。作品を締めくくる大ネタ使いの“カラーマイワーズ”がやはりワヤに終わるあたりまで含め、その日集まったメンツでジャムセッション的に制作を重ねる、瞬間的な発散で生まれるものの魅力が凝縮されたアルバム。00年代中期におけるクルーの在り方、マイクリレーの持つ空気感として、他の時代には存在しない何かがここにあると言って良い。

───
2022/04/15
PRKS9へのインタビュー・コラム執筆依頼・寄稿などについてはHP問い合わせ欄、あるいは info@prks9.com からお申し込み下さい。

作品情報:

Tracklist:
1.ラテンサムライ(七生エピキュリアンの果てなき野望)
2.漢書フロウ
3.キープ!コンディション
4.ツイテオイデ?
5.クローン
6.以心伝心
7.ベネズエラへの亡命
8.去来客人(サスライ・マロウダーズ)
9.犬の目
10.ドロボーMceez
11.コズミック・ラテ
12.リターン・オブ・ブラックネス
13.Wassup Yo!Everybody?
14.CMW(カラー・マイ・ワーズ)

Artist: SMRYTRPS
Title: ことばのおんがく
Label: nrecords
2004年9月9日リリース

関連記事一覧

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。