渇望と祝祭の軌跡 – LIBRO全作レビュー (2/3) by @rywgari
LIBROが3年ぶりのアルバム『なおらい』をリリースした。裏方としての仕事はたまに見えつつ、ラップ音源となると2003年以降10年以上沈黙していたLIBRO。2014年にカムバックしてからは毎年リリースを積み重ねてきただけに、我々もいつの間にかLIBROの音源が届けられることに慣れてしまっていたのではないだろうか。
今回3年ぶりの新作が届いたことで、あの頃の飢餓感を思い出した古参のリスナーも、あるいはHIPHOPに興味を持ってから初めてLIBROの音源をリアルタイムで聴くことになったリスナーもいることと思う。
この場で改めて、その空白期間の前の傑作『胎動』から、復活後のリリースラッシュ、そして祭りの終わり=なおらいに至るまでの軌跡を、改めて振り返ってみたい。これはリスナーが焦がれ続け、祝い続けた20年のアーカイブだ。
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『拓く人』(2015年)
『COMPLETED TUNING』(2014年)での復活以降、客演メインの濃厚なEP『GEAR』(2015年)を経て、遂に発表されたLIBROがメインのラップアルバム。フルアルバムサイズとなると、それこそ『胎動』(1998年)以来、17年ぶりの作品となった。
復活ののろしを上げる大ネタ使いの冒頭曲”なにはともあれ”からして、勢い込むどころか「まあ焦らずメガネ拭いて一服させて」と言い放つあたりLIBROらしい。瞬間的に穏やかな空気が注入され、ドカ喰いに大挙したヘッズどもを落ち着ける効能がある。
そんな訳であえてスロウに始めた本作であり、かつその歩幅は作中あまり変えることがない。しかし、その穏やかで心地良いビートの一方で特筆すべきはリリックの尖り方だろう。『胎動』あたりの、「自分とあなた」の関係性をソフトかつ詩的に切り取る筆致に比べると、その言葉はLIBROらしい穏やかさをたたえつつも、時に鋭利だ。当時9sari周辺で活動が活発だったJUNY THE DOPE BOYを迎えた“周波数”, “解除”あたりは、明らかに昨今のSNS事情などへの警鐘であり、「自分とあなた」の外側にいる、「お前たち」へのメッセージを含む。
この辺りはLIBROのディスコグラフィでも変わった質感だが、“解除”のあと“SKIT (オリジナルルーティン)”を挟んだあとは、再びLIBROらしい筆致(≒ルーティン)に回帰する。あったかいスープよろしく「あったかい音楽」を差し出し会話を勧める“音楽と会話”は、前述のメッセージと通底する部分を持ち越しつつも、オールドファッションなカフェのような情景を映し出す。なおこの曲しかり、要所要所でオートチューンを用いているのも復帰後のLIBRO作品の特徴だろう。こうした新たな取り組みが見える一方で、キレキレの漢を迎えた“自由型スキル”のような万人受け必死のファンクチューンもきっちりコンパイル。各所にチャレンジが見える中、結果的にいつものLIBRO印は全く失われていない。復帰作で飛び道具も仕込みつつ期待通りの腹も満たす、このバランス感はさすがだろう。
『オトアワセ』(2015年)
『拓く人』からわずか半年後に届けられた本作はまさかの嶋野百恵とのジョイント。90年代中期より、CO-KEYやNAKED ARTZ, MUMMY-Dらとの共演など、HIPHOPシーンに近しい場所で活動を続けるボーカリスト・嶋野百恵。LIBROとの関係性で言えば、当然伝説的クラシック”対話”が思い起こされるのであり、彼らのジョイントが今聴けるのは、LIBROの11年の沈黙を思うと感涙もの。
そうした背景からしても本作は11年の期待に応える「らしい」穏やかさに満ちており、『拓く人』で見せたような、ときには喝を入れる尖り方は鳴りを潜めている。そして両者がラップと歌を重ねる訳ではなく、基本構成はLIBROのビートにどちらかがソロでボーカルを乗せる、という形。こうしたファクトを述べると、両者の全曲ジョイントを期待していた層には肩透かしを喰らわせるかもしれないが、そこの事実さえきちんと押さえておけば、本作も非常に良質な味わいだ。
のっけから復活後のLIBROらしいサウンド感の“自分流”の次に、嶋野百恵の包み込むようなコーラスが心地良い“太陽の心”が続く。かと思えば『音楽三昧』(2000年)期のガチャったビートを想起させるLIBRO ”B面”が続いて、次には嶋野百恵がまた優しく“静寂なる炎”を奏でる…。そのさまは、まるで両者が語り合い、この20年来の関係、その中で生まれた空白期間をゆっくり、そして優しく埋め合わせていく作業のようだ。本作のタイトルが『オトアワセ』なのも、つまりはそういうことではないだろうかと推測する。特に大ネタ使いで悟りを開くように内面を浄化していく“時の鐘”以降は一気に両者がサウンド的・精神的に高みに昇る様が描かれる。何かを理解しあったように音を交互に重ねていく両者の声が、ただただ美しい。
『風光る』(2016年)
LIBROの復帰後のキャリアを一度総括するような1作。筆者としては復帰後のLIBRO作品でも最上位に好きな作品だ。復帰後のLIBROの特色でもあった、切り込んだメッセージ性を忍ばせた曲あり、LIBROらしい穏やかな時間を作り出す曲あり、盟友とのノリ良い共演あり、現行シーンで活きの良いMCたちとの共演あり。昔からLIBROに求めているもの、今のLIBROだからこそ出来るもの、両者が13曲に収まったスマートな作品ではないだろうか。復帰してからひと通りシーンを見回したLIBROによる、「俺の視角から見たシーンを調合するとこうなる」というメッセージが聴こえてきそう。
全体を通したシーンの総まとめ感というか、各曲を繋ぎ合わせて全体絵図を見せようとする意図。その端くれは、例えば本作が最近めっきり見ないDJ Mixライクな曲間の繋ぎをしていることにも感じられる。その意味で、サブスク定着以降の作品でありながら、アルバムとして聴かせることをとりわけ意識させる作品だ。実のところ冒頭の“風光る”でゆるやかに始まってから、ノリ良く抜群の掛け合いを聴かせる“オンリーNO.1アンダーグラウンド feat. MC漢”までの繋ぎで既にワクワクさせられるわけで、このあたりは思惑と手段の掛け合わせが本当に巧者だと感じられる部分だろう。
そんな訳でアルバムとしての緻密さも見え隠れする本作だが、単純に各曲を取り出しても粒揃い。のちに鶴亀サウンドとしてジョイントアルバムもリリースするポチョムキンとの“NEW”や、DJ BAKUとの音合わせがインストながら最高にスリリングな“永久高炉”など、復帰以前には想像出来なかった組み合わせが味わえる楽しさが詰まっている。特にLIBROリスペクトを隠さない5lackと独特の湿度を演出する“熱病”と、仙人掌をあえてリラックスしたムードで解放した“通りの魔法使い”あたりは、LIBROならではの引き出しを感じさせる。5lackについては”熱病”の空気感を味わってからS.L.A.C.K時代の作品群を聴き返すと、『胎動』あたりの影響が確かにあったように感じられて興味深い。LIBROの過去と今がバランス良く調合され、その裏道に客演陣の畏敬や、ひいてはシーンの時勢がパッケージされている。復帰後の中でも個人的にレコメンダブルな1作だ。
(次回に続く)
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2021/09/22 Text by 遼 the CP
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