Column/Interview

PRKS9では大阪に脈々と受け継がれる独自のBoom Bapに敬意を表し、過去から現在に至るまで、この独自の土地柄で培われてきた名盤たちを数回に渡りディスクガイドしていく。

今回は結果的に入手がやや難しい作品が多くセレクトされた。
なるべくアクセスしやすい作品を届けたい趣旨からはやや外れてしまうが、リスナーにとって新たなDigのきっかけ、あるいは再発等の動きの契機となれば望外の喜びだ。

大阪Boom Bapの血脈①はこちら

6. S.B.S『TONE DA SHIT UP !』(1998年)

サブスク配信 / iTunes / CD販売

BOOとU-ZIの2MCにDJ SHINからなる大阪のグループ・S.B.Sの5曲入りミニアルバム。S.B.Sとしては伝説的なコンピレーションシリーズ『THE BEST OF JAPANESE HIP HOP vol.5』(1996年)に数少ない地方勢として初作“SAD WORLD”を提供した他、いくつかアナログを残した。メンバーのうちBOOは、のちにMURO率いるK.O.D.Pに所属し、主にシンガーとして活躍。MURO “Hip Hop Band”やXBS “distance”への客演など、2000年代中期までを中心に多くの名作を残している。U-ZIは大阪のコンピレーションアルバム等でいくつかソロ曲を確認することが出来る。 そんな彼らの初EPだが、まず何と言ってもこのジャケットの時点で最高だ。この一枚絵に象徴される通りゴリゴリのBoom Bapなのだが、聴いてみるとあまり他に例のないバランス感、フォーメーションを基に、独自のスタイルを確立していることが判る。のちの活躍の通り、ラップと歌の間を気ままにたゆたうBOOと、ロウなテンションで曲をクールダウンさせるU-ZI。

この2人のうちBOOのパワーバランスを押し出した“飛行船(Shin Mix)”はファットなビートを土台としつつ、浮遊感ある上ネタとBOOの歌声があまり他の同時期の作品にはない浮力を与えている。
一方で“解釈のHyjack”は超ど真ん中ストレートにBoom Bapな1品。BOOが冒頭から「出たな、ローピッチのホーンセッション」と嬉しそうにラップに入る通り、ご機嫌なホーンの上でピュアなラップの掛け合いが楽しめる。最後にはBOOがシャウトスタイルのラップでU-ZIと掛け合い始めるくらい高テンションな仕上がりで、とにかく聴いていてアガる大クラシックだ。 その後に続く“Don’t Runaway From Love”では再びBOOの歌寄りのラップがメインを占めるのだが、U-ZIもメロディアスなフロウに変化することで新たな機軸を見出しており、まとまった初名義作品らしく様々なフォーメーション、引き出しを感じる作品となっている。土臭さとファンクネスにゴリゴリのラップの掛け合わせこそが大阪のBoom Bap、という今回の趣旨からはやや変わり種の作品ともなるが、大阪のHIPHOPシーンが90年代から多層的な広がりを持っていたことが窺える貴重な作品として、ここに記しておきたい。

7.V.A. 『関西ラップル』(2005年)

関西ラップル2005 | HMV&BOOKS online - USI-13

サブスク配信 / iTunes / CD販売

2006年頃からの大阪および関西Boom Bapの隆盛を決定付けた、地方HIPHOPの歴史における重要作。その名の通り、関西のアンダーグラウンドなアーティスト達を集めたコンピレーションアルバム。2004年に韻踏合組合を辞め、当時新作が待たれていたMINT(現Minchanbaby)と達磨様(元NOTABLE MC’SのOHYA)のニューシットを収録していることを導線に、関西各地のイケてる若手を聴かせようという企画盤だ。(なお達磨様の“おわりに”は新曲と言うよりアルバムの最後を締めるアウトロ的作品) 結果としてその狙いは奏功し、このアルバムから重要なアーティストがいくつも排出されることとなった。クラブに足繫く通えないような地方の若いリスナーにも地下のヤバいサウンドを届け、「関西のHIPHOPシーン」の拡がりと深みを理解させたのも本作であり、その功績は極めて大きい。 「大阪Boom Bapの血脈①」で取り上げたCOE-LA-CANTHは、のちに『SWIM STANCE』にも収録される悠然 a.k.a 赤いメガネによる“三角跳び”を提供、その片鱗を覗かせた。

そしてCOE-LA-CANTH周辺のグループとして、鬼乃居ヌマニ鬼畜鉄道(以下「鬼畜鉄道」)による恐らく唯一の名義曲“SICK CITY”が収録されていることが、大阪のHIPHOP史にとって非常に重要だ。COE-LA-CANTHと同じく前回取り上げたZIOPSを中核とする鬼畜鉄道の構成は、醍福, 勉憎, DAN-LDK, 吐魅, DJ KILLAH SOUL, DJ WEAPON。この“SICK CITY”は陰鬱ながら気品あるピアノ(一度聴けば忘れられないインパクトがある)を、空気を読まずブッといドラムとホーンで大阪式に支えたビート。その上で個性的なマイクリレーが展開される。実質“SICK CITY”しか残していない鬼畜鉄道の名前がヘッズから未だに挙がるのは、それだけこの曲が強烈だからに他ならない。紛うことなきアンダーグラウンドクラシックだ。 南大阪のMAGNITUDEも冷たいビートが印象的な“GAME”を収録。本稿で伝えている大阪Boom Bapとは少し毛色の違う、’10年代型の硬いBoom Bapに通ずる所のあるHIPHOPで、少し異色ながら際立った出来。なおMCの要 a.k.a SpiceとDIOは、この後ERONEやBOMGROWらと共に南大阪のポッセ・SOUTH OSAKA SQUADとしても活動している。 大阪のBoom Bapを主眼に取り上げるのが本企画の主旨だが、本作に参加している他県の刺客についても触れない訳にはいかない。トップを務める奈良出身の1MC1DJ・HI-KINGによる“Club活動”は、あえてファニーなホーンとやたらにバンギンなドラムスが合わさった結果、どうしようもないファンクネスを纏った名曲だ。現在もMCのTAKASEは、グループの名を背負いHI-KING TAKASEとして精力的に活動。音源やMCバトルでその名を高め続けている。また、岡山のKHACT BOMB CHOSSは、降神的な系譜を受け継ぐカルト的かつポエティックな“メリーゴーランドがまわる”を投下、本作にあって特異なインパクトを残した。他方で共に和歌山勢のアストニッシュ “Live De Dive”, みちのく “みちしるべ”は、大阪の気風とはまた異なる開放的な雰囲気のBoom Bap。現行のシーンで例えると沖縄勢にも通ずるところのある、緩やかでどこか気楽な雰囲気。これもまた、もしかすると和歌山独自の色であったのかもしれない。 その他にも、大阪の名門・BONSAI RECORDで活躍するBOMGROW、今なお精力的な動きを見せるNAGAN SERVER (ABNORMAL BULUM@)など、語るべきところは尽きない。自分のコミュニティを超えて音源を届けるのが今ほど簡単でなかった時代、その障害を取り払い、多くの才能を関西中に知らしめた記念碑的名作だ。 なお同じ企画盤として、2007年には『中国・四国ラップル』が販売されている。こちらも岡山のYOUTHを殿(しんがり)に、広島のMO.GU.RA POSSEらがインパクトを残した好作であることに触れておきたい。

8.MADS『The Raw』(2012)
サブスク配信 / iTunes / CD販売
(*本作ではなく、フリーミックステープで配信された次作『In Effect』(2013年)はこちらでDL可能)

『関西ラップル』が2000年代中期の嚆矢となったなら、こちらは2010年代型の大阪Boom Bapを決定付けた重要作。リリースされるやいなや、「ヤバいのが出たらしい」と大阪界隈で噂が立ち、即完売となった。MADSはKROUD(for LowClassSession), 誤(for 奪還CLAN / SOUTH OSAKA SQUAD), ちゃくらメンソール(現CHAKRA, for CRACKPOTZ), PEPCEE の4MCを中心とした不特定集団。ビートはLowClassSessionのSH BEATS, PSYCLU関連の作品でも知られるDJ ROOTWAXらが支える。 代表作の“Q.B.”からして、これまでの大阪Boom Bapとは少し趣が異なる。乾いたスネアが響く、夜を独り歩くようなビートに研いだ言葉とフロウで乗せるラップ。誤がリリース当時に「ラップは大したこと言ってないんすけど、まずはビートを聴いて欲しい」と語った通り、SH BEATSが多くを手掛けたビートの夜の匂いが魅力のひとつであることは疑いない。質感としては東京のDOWN NORTH CAMPに通ずるものがある(実際、MADSの本作のリリースパーティにはMONJUがゲストで来ている)。

しかし、クールながら大阪訛りのアクセントやワードチョイスの独創性などに、確かに大阪Boom Bapならではのルーツを経てこその質感を感じ取ることが出来る。もうひとつの代表作“Give It Up”のHOOKでの「探求心が足りひんな君ら」というやけに頭に残る大阪弁や微妙なヨレ感などは、それが良い方向に出た顕著な例だ。“Broken Japaneze”もまた、焚いてチルする1曲に大阪らしいヨレ感が牧歌的な気楽さと明るさを与えていて、これもまた大阪の2010年代型だからこそだと思わされる。加えてCOE-LA-CANTHのOogawaも客演し、よりストレートにレイドバックしたDJ ROOTWAXのビートが心地良い“After Image”あたりも捨てがたい。 こうした硬いビートに支えられたクールなBoom Bapが大阪でも育ち、この地域独特の色を取り込んだ上で成立した、ひとつの分水嶺となるEPだ。この後MADSのメンバーはそれぞれ精力的に作品を残し、現在に至るまで大阪のシーンを押し広げ続けている。その動きは例えばCHAKRAがメンバーに入ったBoom Bap × Industrialとでも言うべき破壊的な融合を見せたYELLOW DRAGON BANDにも繋がっている。
https://www.youtube.com/embed/NvklqBL-5PM?rel=1&hd=0
あるいはこの動きは、純粋にこのスタイルのBoom Bapを研ぎ澄ませた極致として、更に硬くクールな大阪Boom Bapが生まれる原型ともなった。それがBACKROOM。次に紹介する、鋭利なスタンスでの大阪Boom Bapにおいて、ひとつの到達点となる作品だ。

9.BACKROOM 『KEY TO THE CITY』(2018)

WENOD RECORDS : BACKROOM (C-L-C/MADS) - KEY TO THE CITY [CD] BCKRM (2018)

サブスク配信 / iTunes / CD販売

大阪で10年続く同名のパーティー主催メンバーが結成したコレクティブによる1stアルバム。メンバーはこれまでにも紹介してきたC-L-C(元COE-LA-CANTH)とMADSのメンバー。(C-L-Cはメンバーの変遷もあり、O.D.S, K-SLIDE, BOOBEEの3名が参加)プロデュースはO.D.S, SH BEATS, SKINEE TAH, YOSHIMARL, Chin The Asiaが務めた。 2010年代に入り硬質な(現代的な、とも言える)進化を遂げた大阪Boom Bapのある種総決算とも言える1作。それは例えば、C-L-C名義の“NEXUS”が、メロディアスに蠢くベースに弾けるようなスネアを土台としていること、そこに乗るラップもクールに様変わりしていることにも顕著だ。一方で『SWIM STANCE』(2006年)の頃から特徴的な合唱型のHOOKであったり、“何回デモ”(『SWIM STANCE』収録)のラインの引用などに、しっかりとC-L-C印が見て取れる。それはつまり、2006年頃の大阪Boom Bapと2010年代のそれが決して別物でなく、連綿と続くアップデートの賜物であることの証左だ。
こういうことは現場をウォッチし続けてきた方からすると自明だろうが、過去にタイムスリップできない今のヘッズにとって、音源の内容からそのルーツを感じ取れることは重要な意味を持つ。(本稿では取り上げていないが、『SWIM STANCE』以降のCOE-LA-CANTHの作品もまた、作品ごとに分かり易く音の変化を経ていることを付言したい) また、参加曲数ではメインを占めるMADS勢による好演は言わずもがな。C-L-CのO.D.Sがビートを手掛けた“LIFTED”は彼らの硬質なHIPHOPを具現化した、代表作とも言える名曲だ。出だしから「メシの前にメインディッシュ、値が張る食材 舌の上でCooking、耳に直売」のパンチラインでヘッズを唸らせたPEPCEEは個人的に本作のMVP。誤とKROUDのタッグによる“My Thang”でのハードなラップとビートの喰い合わせの良さも、同じ硬いHIPHOPの文脈で捨て難い。ここに至るとSH BEATSのビートも先鋭化して、ギターも鳴り響くロッキッシュで硬い仕上がりとなっており、例えばFla$hBackSのファンなどにも入りやすいかもしれない。 かと思えば、跳ねたビートで2000年代型へBack to the Basicしたような“Freaky Walk”もある。
こちらはCHAKRAのソロで、細かな韻の置き方や、逆に踏み外し方で丁寧にフロウを作った職人技の1作。大阪の過去と現在が交錯し、曲によってどちらかの色が濃く滲み出る。ひとつの到達点であり、かつそのバックボーンに過去のスタイルの上積みが見える、ひとつの総まとめとなるアルバム。 なお最後を締めるインスト“Departure”も素晴らしい。YOSHIMARL製の声ネタがループする浮遊感あるビートは、硬質なドラムスと太いベースを基軸とし、どこかこれまでの大阪Boom Bapの変遷を思い返させるような出来。曲名通り本作を締めて「出発」したBACKROOMの、そして大阪Boom Bapの2020年代がどうなるのか楽しみなところだ。

10.BNKR街道『森緑紙粉』(2020年)

Amazon Music - BNKR街道の森緑紙粉超 (feat. JASON X & SHINMA02) [Explicit] -  Amazon.co.jp

サブスク配信 / iTunes / CD販売

ここまで鋭利で乾いた進化を遂げた2010年代型のBoom Bapに光を当ててきたが、ここでアメ村の地下1階の番人・BNKR街道の作品から、最もアクセスしやすい2ndアルバムをピック。従来からの大阪的な土臭さとファンクネス、そしてレゲエからの影響という3軸を最も分かり易く受け継いだクルーのひとつが彼らだろう。“宣誓”で大和梵人が「アメ村らしい、より上質な混沌と音をアメ村地下大迷宮に受け継いでいる…」と語る通り、そのスタンスの根源は「かつてのアメ村のカルチャー・HIPHOPをリバイブする」こと。
10年以上前から存在する緩やかに連帯するコレクティブであり、そのメンバー構成は当人たちにも不明。30人以上が所属(?)するが、この2ndで登場する主なメンバーはJUNKY, 大和梵人, カムナビMC, OZ, TRASH, KING KG, RUGSHOT, SHINMA02あたり。他にもソロ作『基本的人権の尊重』で飛び道具的な存在感を放つ玉 残党がいたり、広義ではJIN DOGGやBOIL RHYMEも構成メンバーと言われる。(1st時点でのメンバー構成はこちらのインタビューで確認出来る) ほぼ全曲のビートを手掛けたJASON Xは多彩なビートセンスを併せ持つが、本作では煙たいドラムにホーンが気だるげに漂う、こちらの期待値通りの音を料理。その上でダウナーでごちゃついたロウテンポなマイクリレーが繰り返される、大阪Boom Bapの系譜を辿ってきたリスナーなら箸が止まらない13曲となっている。“WALKtoWALK”“おもてなシット”あたりはその代表作だろう。他方でレゲエや様々なルーツを持つメンバーたちが自由に動き回る、言わばちゃんぽんスタイルの作風の為、少し目を離すともはや完全にブルース(というか浪曲に近い?)を1曲歌い上げる“妖怪ブルース”があったりするのが面白いところ。とは言え全体の構成としては終盤に掛けてバランス良く“SEED”“BREAK TIME”“森緑紙粉超”などの良質なチルソングが並んで締まることもあり、その雑駁なスタンスとは裏腹にとても締まった内容のアルバムとなっている。その意味でもBNKR街道関連作への入口としては最も入りやすい好盤だ。 なお未発表曲が山ほどあるらしく、既に本作発表後も未発表音源集や玉 残党のソロ作など毎月のようにリリースが乱れ飛んでいる。今後も活発なリリースが期待される一団だ。

https://www.youtube.com/embed/Bp8-U2XfMlw?rel=1&hd=0

───

2020/12/02 Text by 遼 the CP

PRKS9へのインタビュー・コラム執筆依頼・寄稿などについてはHP問い合わせ欄、あるいは info@prks9.com からお申し込み下さい。 

関連記事一覧

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。