Column/Interview

その年史が積み上がるほど歴史の記述はシンプルになる。何十年分の歴史を決まった分量に収められるよう、歴史の背骨を構成する要素以外はこそぎ落とされていく。HIPHOPも同様だ。黎明期にして黄金期とも言われる1990年代、まだ「近世」と言える2010年代の発掘・アーカイブ作業を横目に、2000年代における日本のHIPHOP史はその半端な時間的距離から、ほとんど誰の手にも触れられてこなかったのではないか。

日本のHIPHOPには2000年代があり、そこには確かに数多くの名作があった。これは新たにこの10年間の遺構を保存し口伝する、終わらない歴史保存作業だ。2000年代のこれまであまり触れられることのなかった名作たちを、いま一度紐解いていく。

2006年9月27日にリリースされた、ラッパ我リヤらを中心とする史上最強のHIPHOP集団(私見)である走馬党のポッセアルバム。’00年代後半まではとにかく大所帯のポッセがひしめいたのが当時のトレンド。ZEEBRA率いるUBG, 偉大なDEV-LARGEによるEL DORADO, RHYMESTERやRIP SLYME, KICK THE CAN CREWら擁するFUNKY GRAMMAR UNITなどなど、ゆるやかな連合体としてのポッセが当時は群雄割拠していた。各ポッセのメンバー間で共演したりしなかったりでリスナーの気を惹きつつも、互いが互いのポッセをレップする。そんなHIPHOPの持つローカルなコミュニティ性がラップゲームに昇華されていた時代でもあった。そうなると総決算としてポッセアルバムを期待するのがリスナー心だが、大集団ゆえにそれはハードプロジェクト。ほとんどのポッセでそんなアルバムは実現しなかった中(*)、本作は当時としては稀有な、ポッセアルバムがきっちり世に出た作品なのだ。その意味で、本作はその完成度はもちろんのこと、回顧的意義も付与されるに至った。つまり当時の「ポッセを前提としたラップゲーム感」を辿るにあたり、そうした集団が確かに存在したのだ、と形として示す貴重な1作でもある。
(*)UBGも『THE STREET ALBUM VOL.1』(2009年)をリリースしているが、ストリートアルバムの位置付け

ここで改めて走馬党のメンバーを整理しておこう。

ラッパ我リヤ:
 Q (MC/トラックメイカー)
 山田マン (MC/トラックメイカー)
 DJ TOSHI (DJ/トラックメイカー)

三善出(ex.三善/善三) (MC/トラックメイカー)

INDEMORAL:
 SKIPP (MC/トラックメイカー)
 PAULEY (MC)
 DJ GOSSY (DJ/トラックメイカー)

BACKGAMMON:
 ARK (MC)
 GINRHYME DA VIBERATER (MC)
 DJ TANAKEN (DJ/トラックメイカー)

MINESIN-HOLD (MC)

FUMAKILLA (トラックメイカー)

これらメンバー、特にMCに共通するのは韻へのこだわりだ、踏めない奴は即党員資格剥奪。B-BOY PARKのテーマソングとして各ポッセが集った”We Are The Wild”などでは、ひとりあたま2小節の持ち分の中で全員が執拗に韻を踏み切り、その信仰と偏愛を示してみせた。この政党規律は当然本作にも引き継がれており、2小節以上踏まなければそこで除籍処分だ。

ただ、本作はこうした彼らの基本スタンスを魅力のベースとしつつ、それ以上に「ポッセアルバム」という存在が持ち得る物語性にこそ魅力が宿った作品と言える。要はこれまで培ってきたソロ/クルーでの作品の流れをここに結集し、本作には「ポッセカットが3曲もある」、「ソロで活躍してきたあいつとこいつがタッグを組む」、「喰い合わせが悪そうなあいつらが意外と相性が良くて最高」といった、文脈と物語を引き継いだからこその盛り上がりがある。これはつまり映画のMCUシリーズでも、昨今のアイドルでも良いが、誤解を恐れずに言えば、これは物語性を付与することによる「推し」カルチャーと同様の構造であり、実はHIPHOPのポッセとは、こうした現代に通じるカルチャーを内包し得るものだったのだ、と気付かされる。その意味で、当時これに続くポッセアルバムがほとんどなかったのが今となっては悔やまれる。逆に言えばSUMMITなどは、かなりこの頃のカルチャーを意識的に受け継いだ動きを展開しているレーベルと言えるかもしれない。

こうした文脈を引き継いだ面白さが完成度と両立した最たる例が“夜と朝の間”だろう。ゆったりと泳ぐようなフロウのSKIPPと、走馬党では異質な、ハードコアスタイルに全振りしたMINESIN-HOLD。両者の共演は、MINESIN-HOLDのハードボイルドなラップを、プロデューサーのアパッチ田中とSKIPPが用意した穏やかな空間で覆う形で見事に完成された。走馬党屈指のチルソングであり、それがこの組み合わせで成し得るという発見は、ポッセアルバムの醍醐味だろう。他にも、これまで個人的に後方支援に強みがあるMCと思っていたPAULEYが“STANCE”“炎”などで大暴れしているのも嬉しい発見。こうした楽しみと驚きの福袋が要所に用意されつつ、ポッセカットである“挑戦状”, “THE BIGGEST CAMP”, “HISTORY”がきっちり迫力ある仕上がりになっており主食もバッチリ。ポッセとしての物語性と祭り感が同居した名作だ。なんなら「推し」カルチャー全盛の今こそ、またこうしたアルバムの見せどころなのでは?

なお、DJ GOSSYのブログでは当時の貴重な裏側が窺い知れる。ヘヴィなリスナーは参考にしたい

───
2022/02/11
PRKS9へのインタビュー・コラム執筆依頼・寄稿などについてはHP問い合わせ欄、あるいは info@prks9.com からお申し込み下さい。

作品情報:

Tracklist:
1.INTRO
2.挑戦状 / ALL
3.THE BIGGEST CAMP/ALL
4.2ターンテーブル&マイクス / ARK、MINESIN-HOLD、SKIPP、Q、山田マン、三善/善三
5.炎 / MINESIN-HOLD、PAULEY、Q
6.ドリームジャンボ / Q、MINESIN-HOLD、ARK、SKIPP
7.WHY / 三善/善三、ARK、山田マン
8.夜と朝の間 / SKIPP、MINESIN-HOLD
9.愛 / 三善/善三、山田マン
10.CHANGE / ALL
11.やっぱ生 / SKIPP、三善/善三
12.コブラPT.2 / MINESIN-HOLD、ARK
13.ミナデパーティ / Q、MINESIN-HOLD、山田マン、ARK、SKIPP
14.STANCE / ARK、山田マン、PAULEY
15.HISTORY / ALL

Artist: 走馬党
Title: 走馬党
2006年9月27日リリース

関連記事一覧

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。