[’00年代があった vol.11] フリーミクステ文化はHIPHOPシーンをどう変えたのか─AKLO『A DAY ON THE WAY』の衝撃
その年史が積み上がるほど歴史の記述はシンプルになる。何十年分の歴史を決まった分量に収められるよう、歴史の背骨を構成する要素以外はこそぎ落とされていく。HIPHOPも同様だ。黎明期にして黄金期とも言われる1990年代、まだ「近世」と言える2010年代の発掘・アーカイブ作業を横目に、2000年代における日本のHIPHOP史はその半端な時間的距離から、ほとんど誰の手にも触れられてこなかったのではないか。
日本のHIPHOPには2000年代があり、そこには確かに数多くの名作があった。これは新たにこの10年間の遺構を保存し口伝する、終わらない歴史保存作業だ。2000年代のこれまであまり触れられることのなかった名作たちを、いま一度紐解いていく。
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AKLOが2009年11月7日にリリースした1stミックステープ。2008年にマイクを握って以来、ギタリスト・空哲平とのユニット・AKLOと空としてアルバムやコンピ作品への参加を続けていたAKLO。彼のソロデビュー作となった本作は日本で最初期のネット上での無料ダウンロードミックステープ(以降、フリーミクステと略称)として放たれた。そして2009年末に生まれた本作をもって、’00年代のシーンは締め括られ、同時に全く異なるラップゲームが渦巻く2010年代の夜明けを決定づけた。本作を機に日本のHIPHOPシーンはひとつのターニングポイントを迎えたのであり、歴史的重要作として名の挙がるいくつかの革新的なアルバムと比べたとき、本作の取り上げられる機会が少ない(ように見える)現状は文化的損失だ。
本作はDJ UWAYがプレゼンツするミックステープアルバムだが、裏役としてham-R(*)も参加。2人で「北米で盛り上がりつつあるフリーミクステ文化を形式的に輸入する」ことを意図してプロデュースされたことがham-Rのインタビューで語られている。この直輸入をもって、フリーミクステというマーケティング形態は、日本のHIPHOPに新たな視座を提供した。当時のAKLOは既に現在に通じる高次元のラップスキルを備えていつつも、「シーンが俺を受け入れない」 フラストレーションを溜め込んでいた。そんな彼に(そして多くのアンダーグラウンドプレイヤーに)もたらされたこのフリーミクステという文化は、シーンや先輩後輩のしがらみも関係なく、ネット上のリスナー層へ一気にアプローチして自分の真価を問うことの出来る、革新的な武器として機能したのだ。
(*)別名Hammer Da Hustlerとして知られるラッパー/プロデューサー。SEEDAやAKLOに代表されるプロデュースワーク、及び客演参加歴を持つほか、自身名義でもY.G.S.Pとの共作を含めて計4本のフリーDLミックステープをリリースした。中でも第1作となる『Stay Hungry Stay Foolish』(2010年)は、5日で作り上げたにも関わらず、フリーミクステ全盛期の傑作として知られる。表立った活動が2010-2011年頃に集中しており、圧倒的な実力を見せながらもたった2年でシーンから去った(と思われる)ため、今なお根強い待望論が叫ばれるカリスマ的存在
当時のAKLOは、シーン内での知名度は皆無。だが本作が静かにAKLOのブログ記事(現在は削除)で公開されると、耳の早いリスナーが即座に反応。そのクオリティの高さを叫ぶ声が増えてくると、それまで「アルバムはCDで3,000円出して買う」文化に慣れていたリスナーたちも「ヤバいアルバムがあるらしい、しかもネットで無料で聴けるらしい」と反応。騒ぎは大きくなりだした。そしてAKLOいわく「公開して1週間くらいでダウンロードが異常に増えていく」現象が起こり、本作はAKLOのセンセーショナルな登場を決定付けた。それは同時にフリーミクステ文化の、日本のシーンへのセンセーショナルな登場でもあった。その意味で本作は日本のHIPHOPにおいてひとつの文化的地殻変動を起こした作品となった。以降、Spotifyなどのストリーミングサービスが浸透するまでの2010年代前半においては、「ラッパーの勝ち上がりの手段はフリーミクステ」が定着したのだ。
もちろんそれほどの震度をもたらしたのはフリーミクステというリリース形態のフレッシュネスだけではなく、本作がそれに足るだけのクオリティを兼ね備えていたからだ。本作の基本線はビートジャック。既に円熟しているAKLOのスキルを武器に、当時USのフリーミクステ文化を乗りこなしていたアーティストや、AKLOに影響を与えたレジェンドなど、彼をインスパイアしたプレイヤーのビートをミクステらしくジャックしていく(*)。例えば“SENCE&GROOVE”や“HARLEM”, “HIP HOP”あたりは、AKLOのルーツがビートと相乗してうかがい知れる、貴重な作品群だろう。かと思えば同時期の超大ネタを原曲と遜色ないクオリティでこなして見せる“RUN THIS TOWN”なんかのラグジュアリーな側面もあり、フリーミクステならではの無軌道さが楽しい。加えて“FIGHTER”においては本作に至る鬱憤、精神性が詰め込まれており、本作の位置付けを音楽として理解する上で大切な作品だ。また、本作は2曲だけham-Rのプロデュースワークもある。そのうちの1作である“PAPER CHASER”はテーマ設定やham-Rのビート、NEXのラップスタイルも相まって同年に傑作『BLACK BOX』をリリースしたJUSWANNAも彷彿させる作りになっているのが面白い。ham-Rは日本のHIPHOPは聴かないと語っていたので意図的な接続とは思えないが、USのみならず、日本のシーンとの同時代性も感じさせるあたりは、日米双方を視野に置きながら戦うAKLOならではの手触りが感じられる部分かもしれない。
(*)昨今の時勢を鑑み、本稿で具体的なビートジャック元を明かすことは避ける
ここまで述べてきたように、そのリリース形態、そして作品自体のクオリティ。その双方が合わさった結果、『A DAY ON THE WAY』はシーンに大きなインパクトをもたらした。このうねりの中でフレッシュな音楽の震源地は一気にフリーミクステシーンに移り、ここから様々なアーティストが羽ばたくことになる。
まずはAKLO自身がわずか3か月後の2010年2月に2本目のフリーミクステ『2.0』を公開。4月にはAKLOの相棒的存在となるKLOOZが、これまたフリーミクステの傑作『NO GRAVITY』を公開。BANやmikEmaTida, SKY-HIといった面々を加えたこの界隈が毎月のようにフリーミクステを発表していく中で、ラップゲームの時間軸は一気に一か月単位、いや、数日単位にまで広がっていった。それは誰もが話題にする新作が出れば、翌週には気鋭のラッパーがその作品をビートジャックしたフリーミクステを発表する時代だった。それは速度とクオリティとセルフマーケティングが等分にブレンドされたラップゲームだ。
その流れにあって、ラッパーたちは洪水のようなフリーミクステのリリースの中、どれだけアジリティを備えてどれだけセンス良く、そしてどれだけユーモラスに立ち回れるかが自身のブランディングとして重要になった。そして、これらのセンスを推し量る概念として「SWAG」というスラングが登場。ラップスキル、楽曲のクオリティ、外見などに加えて「センス良いデイリーアクト」が重要なアーティスト指標として現在に至るまで定着した。そして、2010年8月にはSEEDAが新旧アーティストを織り交ぜた豪華なマイクリレー曲”NO ONE BUT US feat. MoNDoH, SQUASH SQUAD, S.L.A.C.K., STICKY, HORI, AKLO, NIPPS, 鋼田テフロン”をリリース。フリーミクステ文化、あるいはネットを通じてセンス良く立ち回るアーティスト性は、いよいよ飛び跳ねるルーキーだけでなく、SEEDAを始めとする全フィールドのラッパーの重要概念として組み込まれるに至ったのだった。
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2022/06/21
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作品情報:
Tracklist:
01.INTRO/AIR LINE
02.RUN THIS TOWN feat.Hiro-A-Key
03.BEST YOU EVER HAD
04.HANDLE U
05.GET DAT feat. Hum-R
06.FIGHTER
07.SENCE&GROOVE
08.REAL REAL GOOD
09.DON`T GIVE A…
10.DREAM WORLD
11.PLAYA (Prod. By Hammer Da Hustler)
12.MAGNIFICENT
13.PAPER CHASER feat. NEX of CRIXX (Prod. By Hammer Da Hustler)
14.NO MORE
15.HIPHOP
16.JUST SMILE
17.OUTRO
18.HARLEM (BONUS TRACK)
Artist: AKLO
Title: A DAY ON THE WAY
2009年11月7日リリース
DL: http://www.mediafire.com/?tuzhfy0yhee
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