Column/Interview

その年史が積み上がるほど歴史の記述はシンプルになる。何十年分の歴史を決まった分量に収められるよう、歴史の背骨を構成する要素以外はこそぎ落とされていく。HIPHOPも同様だ。黎明期にして黄金期とも言われる1990年代、まだ「近世」と言える2010年代の発掘・アーカイブ作業を横目に、2000年代における日本のHIPHOP史はその半端な時間的距離から、ほとんど誰の手にも触れられてこなかったのではないか。
日本のHIPHOPには2000年代があり、そこには確かに数多くの名作があった。これは新たにこの10年間の遺構を保存し口伝する、終わらない歴史保存作業だ。2000年代のこれまであまり触れられることのなかった名作たちを、いま一度紐解いていく。

’90年代後半。まだ「日本の各地方のシーン」という存在を多くのリスナーが意識していなかったこの時期に、静岡は浜松から全国に名乗りを上げたクルーをご存じだろうか。KO-1とKENGOの2MCにDJ NARITAから成る3人組は、デビューEP『ペインキラー』で全国に乗り込んできた。

当時は名門レーベル・P-VINEが「全国のヒップホップ・アーティストを応援する」としたリリース企画を実施しており、第1弾として名古屋からTOKONA-Xと刃頭によるユニット・ILLMARIACHが『Tha Masta Blutsa』(1997年)を、第2弾として餓鬼レンジャーが『リップサービス』(1998年)をそれぞれリリース。BEATMASTERの『ペインキラー』は、これらに連なる第3弾として1999年にリリースされた。この年は9月にTHA BLUE HERBが『STILLING,STILL DREAMING』をリリースし、HIPHOPシーンに「北海道」の足跡を強く刻んだ年でもある。そういった意味でも、一連のP-VINEのリリース企画とTHA BLUE HERBのリリースが続いたこの時期が、日本のHIPHOPにおいて強く「地方のシーン」の存在が全国的に認知された時期だったと言える。

そんな流れにあってBEATMASTERは『ペインキラー』と2枚のアルバムをリリース。いずれも高い完成度を誇る作品であり、静岡は浜松の存在をリスナーに強く刻み込んだ存在だ。彼らは2004年に活動休止するも2018年に14年ぶりに復活。復活後も回顧主義に陥らない、驚くほど質の高い作品を生み続けている(下記の”FULL MOON 2022″を聴けばその実力は明らかだ)。


そこで今回はかつて偉大なフットプリントを残し、かつ偉大な復活を果たしたBEATMASTERの作品群を振り返りたい。静岡で活動し続ける彼らが残した功績に触れる機会となれば幸いだ。

『ペインキラー』(1999年)


Tracklist:
1.INTRO
2.軌道修正
3.FULL MOON’99
4.深夜問答
5.INTERLUDE
6.軌道修正
7.昨日見た夢feat.KAI
8.GROWING UP

1999年3月25日リリースのEP。この後に発表されることとなる傑作アルバム2作に比べるとやや手堅くまとめた感はあるかもしれないが、餓鬼レンジャーやイルマリアッチと時を同じくして静岡から名乗りを上げた、地方HIPHOPのフットプリントとして重要作。デビュー作から既に日本語に誠実に向き合う魅力あるライミングを披露している。一方で、のちに大きな進化を遂げることとなるKO-1のトラックメイキングはまだ途上。今後の飛躍に向けて、やや地味な印象は残るかもしれない。ただ、そんな中で図抜けた名曲に仕上がっているのが”FULL MOON’99″だ。のちに”FULLMOON2000″, そして今回発表された新たな名曲”FULL MOON 2022″へと続くことになる記念すべき第1作だ。この名シリーズの旨味は「夜」の描き方にある。賑やかなクラブの箱の中にある夜ではなく、静かに目を伏せ時を過ごす夜でもない。このシリーズで一貫して描かれる夜は、もっとクローズドな環境で、ポジティブに何かに駆けていく、そんな静かな夜の疾走感だ。この雰囲気の魅力は初作である”FULL MOON’99″から満点。夜の街を駆ける、軽やかなマイクリレーが気持ち良い。特にKO-1のキレっぷりは見事だ。そんな彼が自叙伝的にソロで語る”GROWING UP”や、唯一DJ NARITA製作の”軌道修正REMIX”などの佳曲も揃うが、やはりEPとしての記念碑的位置付け、及び”FULL MOON ’99″の見事な出来に集約される作品ではある。

『NIGHT KAHRIMAN』(2000年)

Tracklist:
1.INTRO
2.さらに夜へ急ぐ
3.続.哲学と文学の音楽feat.LOVE PUNCH
4.INTERLUDE PT.1
5.人生ゲーム~花びらPT,2~
6.TIME OPERATORfeat.BOMBER
7.WHAT’S YOUR NAME?~成田劇場~
8.BEATMASTER
9.INTERLUDE PT.2
10.モノクロームの英雄
11.最強の強敵
12.FULL MOON’2000
13.OUTRO

2000年4月25日リリースの1stフルアルバム。『PAIN KILLER』から光っていたラップスキルはここに来て円熟味を増した。加えてビートのクオリティもぐっと押し上がったことで、本作以降は各曲の質のバラつきが極端に少ないハイスキルなクルーに進化した。
イントロ明けの”さらに夜へ急ぐ”からしてその力量はいわずもがな。冒頭でドラムがなだれ込んでKENGOの見事なラップが始まった時点で夜の世界があたりを満たす。かと思えば”続.哲学と文学の音楽”やセルフタイトル曲”BEATMASTER”のようにドが付く直球シットも隙なく配置されており、夜を纏ったドープネスと、オーソドックスなアゲ感とのバランスが巧い。そしてラップ、ビート、作品制作全ての技量が合わさった結果が、アルバムを締めくくるを飾る”FULL MOON’2000″だ。前作とは打って変わっての無機質なギターが挿入されて面食らうが、これがシリーズ中でも屈指の作品に。「静けさと共に描かれがちな夜を再定義する」ことがこのシリーズの本義だと(勝手に)理解する身としては、これこそがその完成系だと思える。特に仲間たちをシャウトアウトしていくKO-1のラストヴァースは必聴。BEATMASTERは「日本語でラップする」ことの意義を誰もが探していた時代にあって、日本語でのライミングがこれだけ綺麗に成立することを示して見せたクルーとして実は非常に重要な位置を占めるのだが、その意義がこれまで顧みられることはほとんどなかった。だが、このアルバムを聴けばその言わんとするところは万人に伝わると自信を持って言える、加えて彼らのスキルは次作『∞ 無限大』に至り、更なる発展を見せることとなる。

『∞ 無限大』(2002年)


Tracklist:
1.INTRO
2.BLACK SUNRISE
3.DJ NARI-NARI
4.∞~無限大~
5.BIT OF SHOWCASE
6.PREMIUM INVITATION
7.紺碧の痕跡
8.SWING BEATS
9.宵待草
10.DEPARTURE
11.SPRIGGAN’S MIC
12.RESPECT TO STAFF
13.空っぽの砂時計 feat.MASAO{SWING}OKAMOTO
14.HYBRID MC’S feat.BOMBER,LOVE PUNCH,GROUND THE FLOW
15.OUTRO

2002年2月21日リリースの2ndアルバムにして、彼らの現状最後のアルバム作品。イルマリアッチや餓鬼レンジャーと共に地方勢グループの先駆けとしてP-VINEレコードにプッシュされたBEATMASTERだが、その実力を本作に至るまで示し続けた。地元・浜松での活動の集大成となったこのアルバムは、そんな彼らの間違いなく最高傑作だ。
前作『NIGHT KAHRIMAN』がくぐもったアンダーグラウンド然としたダークさを備えていたのに対し、本作はもう一歩ハイファイなMixにシフトしたこともあってクリアで間口の広い作風となった。とは言えストイックなラップとビートの軸がぶれた訳ではなく、タイトル曲”∞~無限大~”などはとにかくソリッドで、CO-KEY『三面鏡』(1998年)も彷彿させる、無骨ゆえに魅力的な1曲だ。他方で前作の”さらに夜へ急ぐ”に比べると穏やかに夜を始める”BLACK SUNRISE”(シングル収録のREMIX版も最高)や、これまで見せなかった高速マイクリレーモノとなった”PREMIUM INVITATION”, “紺碧の痕跡”なんかは誰にとっても分かりやすい聴きやすさを備えており、アンダーグラウンドから一歩踏み出そうとするクルーの姿勢が見える部分でもある。そして、このバランス感が最も奏功したのが”宵待草”だ。KO-1のソロ曲となった本作はヴィブラフォンが幻想的なビートに乗せ、KO-1の詩的なリリックが冴える逸品。’00年代前半において、いわゆる「日本語ラップのメインストリーム」に乗っかった上で(つまりアングラでMSCや降神らが育んでいくことになるカウンタースタイルではない中で)この抒情性を兼ね備えていたMCは、KO-1とT.A.K. THE RHYMEHEAD, あと数人といったところではないか。

とにかく全曲全てが素晴らしい完成度を誇る間違いなく名盤と呼ぶべき作品だ。P-VINEによる企画でBEATMASTERやILLMARIACH, 餓鬼レンジャーが、そして北からは独立独歩でTHA BLUE HERBが進出した中で、’00年代に入り、各地方のHIPHOPはにわかに脚光を浴びることになった。全国のリスナーの「日本のHIPHOPシーン」認識が全国に拡大した当時にあって、BEATMASTERは間違いなくその嚆矢だったのだ。

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2022/06/13
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