[’00年代があった vol.4] レビュー: STERUSS 『白い三日月』(2005年)
その年史が積み上がるほど歴史の記述はシンプルになる。何十年分の歴史を決まった分量に収められるよう、歴史の背骨を構成する要素以外はこそぎ落とされていく。
HIPHOPも同様だ。黎明期にして黄金期とも言われる1990年代、まだ「近世」と言える2010年代の発掘・アーカイブ作業を横目に、2000年代における日本のHIPHOP史はその半端な時間的距離から、ほとんど誰の手にも触れられてこなかったのではないか。日本のHIPHOPには2000年代があり、そこには確かに数多くの名作があった。これは新たにこの10年間の遺構を保存し口伝する、終わらない歴史保存作業だ。2000年代のこれまであまり触れられることのなかった名作たちを、いま一度紐解いていく。
STERUSSは1997年に横浜で結成されたクルー。元はMCのFOOKやオニギリらを含む4MC2DJ体制で活動していたが、その後メンバー編成を経て、今回紹介する『白い三日月』時点ではBELAMA2とCRIME6にDJ KAZZ-Kという2MC1DJ。本作は’00年代中期の日本のHIPHOPシーンに広くSTERUSSが知れ渡るきっかけになった、彼らの3rdアルバムだ。
元々HIPHOPマガジン・blastとP-VINEが監修した名作コンピレーションアルバム『HOMEBREWER’S 2』(2003年)に提供した”ibukuro”で一部のヘッズには名が知れつつあった彼ら。1stアルバム(*1)『At One’s Choice』(2001年)こそ硬質なビートに4MCの軽快なマイクリレーが乗る、初期衝動に忠実な1作だったが、その後スタイルをシフト。ジャズサンプリングを基調としたDJ KAZZ-Kのビートの上で、言葉とライムに誠実な2MCのラップが乗る形となった。2ndアルバム『q music palarize』(2002年)を方向転換の時間に使い、スタイルチェンジと時勢が見事に合致したタイミングでリリースされたのが本作だ。
(*1)本作が7曲入りであることからEPの位置付けに収め、いきおい『白い三日月』を3rdでなく2ndアルバムとする場合もある
’00年代中期のHIPHOPシーンにおいては、(いま考えると非常に雑なくくりではあるのだが)「文学ラップ」などと呼ばれる、リスナー側の整理学としてのサブジャンルがあった。NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDや雷家族など、さんピンCAMPの文脈に代表されるハードコアでマチズモなHIPHOP(*2)の潮流と対置される形で置かれたこの小項目には、要はそれ以外のおよそすべてが包含されていた。この中にはTHA BLUE HERBやSHING02, あるいは降神といった、本来的にはそのオリジンを異にするグループが「文学的なリリシズムを備えている」、その一点で共通項を持つ存在として語られる向きがあった(*3)。一方でこれらのグループは意識的にメインストリームからの逸脱・あるいはカウンターを目論んでいる部分もある。アブストラクトビートシーンと共鳴したTHA BLUE HERBなどはその最たるものだろう。そうしていわゆる「文学的な」ラップが音楽的に複雑なフィールドに進出、各々の魅力を放つ中で、STERUSSの図式は非常にシンプルだった。彼らが『白い三日月』で示したのは、つまり「言葉に誠実に向き合った(文学的な)ラップを、オーセンティックなサンプリングビートの上で表現する」ということだ。
(*2)ただし、少しのちに登場するSCARSは、ハードコアなスタンスと繊細なメンタルを表す詩情が接合可能なものであることを示して見せた。
(*3)こう書くとリスナー側の短慮みたいにも読めてしまうが、当時のリスナーの言い分として、リリースされる作品の絶対量が現在より相当少なかった、という事情は斟酌する必要がある。この供給量の中で「明快なセルフボースティングラップ」以外のラップを求めるリスナーは、「ボースティング以外であること」を共通項にディグした結果、必然的にTHA BLUE HERBや降神に辿り着くことになった。
この点はZZ PRODUCTION仲間のサイプレス上野との“マイク中毒Pt.2”で、YOU THE ROCK★がDJを務めた90年代のラジオ番組・HIPHOP NIGHT FLIGHTを引用&言及していることなどにも見て取れる。加えてDJ KAZZ-KがDJ PREMIERのヘッズであることや、2MC1DJの形態がさんピンの流れからの黄金律であることなどは、STERUSSのサポーターであるTEEZEEも証言していた部分だ。従い彼らはさんピンの流れを血筋として受け継いだ上で詩情に富んだラップを示した、その点に時代的な意義があった。それが『白い三日月』が、そのクオリティはもちろん、文脈的に重要である理由のひとつだ。
冒頭の表題曲“白い三日月”からして、力強いラップと太いビートが骨格となる一方で、「明け方にダイブ、都会の海」など夜の情景を美しく切り取ったリリックと、ピアノサンプルを美しく調理した上ネタが印象的。こうした骨太なジャズxHIPHOPの図式は、Nujabes以降に増えた美メロ然とした「ジャジーHIPHOP」との対立項を目指したらしい話も聞く。その真偽はともかく、同時代に同じ材料を用いてもこれほど別の山を目指す、両軸の違いはやはりさんピン的なベースの有無だろう。例えば“9月ジャズ”がLIBROの”対話”, “雨降りの月曜”あたりとどこか同じDNAを感じるあたりも、本作の文脈的な繋がりを意識させる。
他にも勢いづいた2MCの掛け合いがスリリングな“シナリオ22(通過点mix)”, ウッドベースが映える“対極圏”など名曲がどっさり。鈴木勲から直接サンプルクリアランスを取り付けたという締めの“真夏のジャム”まで、一切の隙がない。一方でビートよりも上ネタのストリングスにラップをコントロールさせた“兵隊はアンドロメダ”のように、逆にジャズの持つインプロヴァイゼーションの力を借りるかのような楽曲も見受けられる。実際のところ、STERUSSは次作『円鋭』(2008年)でジャズ界の巨頭・鈴木勲その人とスガダイローを招き、ジャズとHIPHOPが見事に交差するクラシック”尖”を生み出すことになるのだった。なお余談ではあるが、本作のCDバージョンには隠されたボーナストラックとして、ZZ PRODUCTIONのMC陣が勢ぞろいした無題曲が収録されている。これが文句なしに素晴らしいので、本作を気に入ったリスナーはぜひCD版も探してみて欲しい。
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2022/01/02
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作品情報:
Tracklist:
01.97.3.18へ
02.白い三日月
03.9月ジャズ
04.マイク中毒pt.2 feat.サイプレス上野
05.透人
06.シナリオ22 (通過点mix)
07.対極圏
08.兵隊はアンドロメダ feat.organ
09.反復音楽
10.星屑と銀河鉄道 feat.deep sawer
11.真夏のジャム
22.[CD版のみ] ボーナストラック
Artist: STERUSS
Title: 白い三日月
Label: ZZ PRODUCTION
2005年9月9日リリース
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