Column/Interview

フリーミックステープとは、主に2010年代前半にHIPHOPで台風の目となった文化だ。「ミックステープ」と銘打ってはいるが、事実上アルバムであると考えても良い作品も多い。SpotifyやApple Musicが普及する直前のこの時代、インターネットで手軽に音源を発表出来る環境が整ったことで、無料で作品をネット上に発表し、そこで知名度を上げてディールに繋げるアーティストがシーンの中心となった。AKLOやFla$hBackS, daokoにKANDYTOWN, SALUなど、フリーミックステープで名を挙げて羽ばたいていったアーティストは枚挙に暇がない。
他方で瞬間的に作品がリリースされ、いまやCDにもストリーミングサービスにも作品が残っていないこの時期の作品は、日本のHIPHOPにおける歴史的な空白となってしまっている。今回のこの企画は、重要な45作品を選出することで空白を少しでも埋めようするものだ。但し今回は作品数を区切ったこと、また最も文化が盛り上がった2009-2014年に焦点を絞ったことを留意頂きたい。ここに挙げた以外にも素晴らしい作品は数多くある。出来るならば読者の支持を受け、第2回に繋げたいところだ。
なお、瞬間的に作品が生まれては消えていく文化の特性上、作品によっては十分な解像度の画像が見当たらなかったことをご容赦願いたい。加えて十分な情報が残っていない場合も多く、最善は尽くしたが記載情報に誤りがある場合もあるかもしれない。その場合はコメント欄や問い合わせを通じPRKS9までご連絡頂きたい。PRKS9のみならず、リスナー、アーティストと協力した人海戦術で、この空白の歴史をより精緻に書き記していくことが出来れば幸いだ。

最後に、そうした情報制約のある文化にあって、15年以上続くHIPHOPブログ・2Dcolvicsの情報には幾度となく助けられた。今回の記事が出せたのは、間違いなくこうした愛を持って日本のHIPHOPを定点観測し続けてくれる存在があったからだ。この場を借りて御礼申し上げたい。

黎明期─2010年以前のインターネットとHIPHOP:

D.L. “ULTIMATE LOVE SONG”

2004年6月19日発表。突如としてインターネット上に放たれたこの曲は、Buddha Brandのメンバーであり、2015年に急逝した日本のシーン史上最も偉大なHIPHOPアーティスト・DEV-LARGEがK DUB SHINEに向けたDisソングだ。日本で初のインターネットを介して行われたビーフであり、同時に「音源発表の手段としてインターネットがある」ことを知らしめた、インターネットxHIPHOPの歴史の1ページ目に記される重要作だ。あまりに無造作にネットの海に落ちてきたので発表当時はこれが本物のDEV-LARGEによる音源なのかどうかすら判然とせず、大きな混乱と、そして興奮がインターネット上で巻き起こった。結局本物だったわけだが、元はK DUB SHINEの4thアルバム『理由』収録曲”来たぜ”でのリリック「そんとき初めて出会ったブッダ バトルは俺が完全に食った」が引き金となったビーフだった(それまでに積もり積もった不信もあったようだが)。その後K DUBE SHINEからのアンサーソング”1 THREE SOME”が、更にそれに対するDEV-LARGEからのアンサーソング”前略ケイダブ様”が、全てインターネット上で、フリーダウンロードで発表された。このビーフの顛末や曲の詳細については本旨ではないので他の詳しい記事に譲る。いずれにせよ、今回の企画上重要なのは、ネット上で、無料で、超メジャー級のアーティストが(それも刺激的な内容の)曲を発表したという事実だ。インターネットとHIPHOPの黎明期における最重要の歴史であり、当時の興奮は今後も語り継がれるべきだろう。なおビートと一部リリックを差し替え、HOOKを漢に委託したバージョンをI-DeA『self expression』で聴くことが出来る。

アングラの詩的な進化論 Vol.1-3

(写真はVol.1のもの)

ニコニコ: https://www.nicovideo.jp/watch/sm9364263

Vol.1が2004年にリリースされて以降、2006年のVol.3まで毎年リリースされたコンピレーションアルバム。インターネット上でマーケティング目的でリリースされた恐らく初の無料アルバムであり、後年のフリーミクステ文化の礎となった偉大な作品だ。US出身のDJ TRICKが始めたネットラジオ・Japanese Street Beat (通称JSB)を基盤に、DJ TRICKが参加アーティストをオーガナイズ。Vol.1ではB.I.G. JOEやShuren the Fire, LARGE IRONなどが所属するクルー・MIC JACK PRODUCTIONをはじめ、ICE BAHN, 関西のLARGE PROPHITS, 名古屋の重鎮・刃頭などの実力派も参加した。MIC JACK PRODUCTIONの”7 seas voyage (DEMO)”については彼らの最高傑作と評価する向きもある(MJPのアルバムに収録されたバージョンとは異なる)。Vol.2では上述のアーティストやECCYらが参加したほか、Vol.1にも参加していた当時推定15歳(!)のMC・Jen Kを世に繰り出しシーンに衝撃を与えた。Vol.3に至ってはSEEDAやDMR(DARTHREIDER, METEOR, 環ROYによるクルー。のちにDa.Me.Recordsへと姿を変質・拡大する)、SMRYTRPS, FREEZとOLIVE OILによるユニット・El Nino, Mass-Holeら擁するMEDULLAが参加するなど、今に至るまでシーンの重要人物となる面々が集う場として機能した。曲のクオリティはVol.1-3まで一貫して玉石混交であることは否めない。ただ、それも含めてシーンにまだまだ埋もれた才能がいること、それを無料で届けることが可能であること。その2点を知らしめた点において、本シリーズは日本のHIPHOP史において決して無視してはならない存在だ。その偉大な功績を称え、本稿にて最大限のリスペクトをもってここに記しておく。

2009年:

MINT & Girlz N’ Boyz『SUPER FREE』

DL: https://clubdiva.ee/Mint-Girlz/Super-Free/114101

AKLOの『A DAY ON THE WAY』リリースの更に前、2009年5月3日にリリースされたフリーミクステの重要作。YAMANE, MINT(現Minchanbaby), Cherry Brown(現Lil’Yukichi)らを始めとする、常に最新の動きを最速でキャッチする面々が単発プロジェクトとして放ったアルバム作品だ。本作には当時のサウスHIPHOPの流れを汲んだビート並びにビートジャックもの(と思しきビート)が並ぶ。その上で気合の入った楽曲と日記の延長線のようなゆるめの楽曲が混在する、まさに「フリー」に作品リリースすることの良さが詰まった内容となっている。前者の意味合いではYAMANE “noninonino feat. MINT”が、後者の意味合いではVector + MINT “YES/NO”などが特に面白い。加えて2010年代前半のHIPHOPカルチャーを表す概念・SWAGを体現する重要な曲としてCherry Brown “Muji Tee (Remix) feat. MINT”は見逃せない。SWAGの価値観が導入されたことにより、「B-BOYはしかめっ面で車・異性・大麻のことを歌わなければない」との掟は崩れ去った。自分が好きなものを自由に、魅力的に発信すればそれがクールだとする価値転換が起きたのだ。それはもはやB-BOYの解放宣言とすら言っても良いかもしれない。SWAGというタームそのものは廃れたが、現在に至るまでHIPHOPにおけるトピックの幅を大きく押し広げた概念だったと言えよう。その文脈で言えば、”Muji Tee (Remix)”の重要性も理解出来るはず。フリーミクステ文化の極めて初期にあって、Cherry Brownがひたすら無地Tシャツの魅力を語る、この曲が残したインパクトは大きかった。

2010年:

Milestone: KLOOZ 『NO GRAVITY』

DL: https://klooz.bandcamp.com/

AKLO 『A DAY ON THE WAY』と並び、フリーミクステ時代の火ぶたを切った重要作。このふたつの作品によって、勃興しつつあるフリーミクステシーンがハイプでなく、次代を担うラッパーたちの新たなステージであると周知されたと言っても良い。埼玉県出身のKLOOZはそのハイトーンボイスと程よく軟派なラップスタイルで、ハードとポップ、両軸のHIPHOP像を自由に行き来した。同時期によく2人で作品を制作した盟友・AKLOがハード寄りのグラデーションだったのに比して、KLOOZはポップ寄りだとするのが、乱暴だが分かりやすい仕分けだろう。そんな彼のデビュー作となる本作は、冒頭の”Windows media player”からしてユーモラス。Windowsの起動音やSEをそのまま用いたビートでありながら奥深い空間を作り上げていく。その後もMondoh, BAN, AKLO, Pristといった、同時期のシーンの中心人物たちを客演に招いて楽し気なマイクリレーを量産。”Bed Rock”などの賑やかさもさることながら、特に重要なのはAKLOとの”LIKE a GAME”だろう。これは「Like OOOO」とのリリックを使ってどれだけユニークなラップが出来るかをお題にしたテーマソングだ。この曲の発表後、他のラッパーによる”Like a Game Remx”が同じくフリーダウンロードで大量生産される。その現象は「Like a OOOO」との表現が一般化される礎となった。今のHIPHOPシーンにおいてもアライブなこの表現方法のルーツはここにあるとすら言えるかもしれない。その意味でも歴史をたどるうえで重要な作品だ。この後KLOOZはKEN THE 390が率いるレーベル・DREAM BOYに参加。現在ではフリーな動きを謳歌しており、KMやLui Huaなどと共演。同時に卓越した動画編集のスキルも活かし、ビデオディレクターとしても活躍している。

Milestone: ham-R 『Stay Hungry Stay Foolish』

DL: http://www.mediafire.com/?52fgs6mew59pffo

たった2日で作り上げたこのミックステープは、10年後の今なお語り継がれることになった。AKLOのフィクサーとしても動き、SEEDAにも客演、RAU DEFにも影響を与えるなど、ham-Rはその2年足らずの活動期間であまりに多くの足跡を残していった。本作はラッパー/プロデューサー両面で活躍した彼が最初にリリースしたフリーミクステとなる。同年に他界したSteve Jobsの有名なスピーチをタイトルに掲げ、”Star is”で実際に引用する本作。ham-Rのカッティングエッジであり続けようとした精神性を最も表した作品だ。それは文字列として、そして音像として。自身らが手掛けたオリジナルのビートとUSのビートジャックものが混在する作りだが、そのクオリティは両者を並列で聴くのに何の違和感も抱かせない。ham-Rのラップも、前述のアーティストらとの親和性を納得させるスムーズかつエネルギッシュ。それでいながら、”Life is…”を始め、歌心も随所に見せる幅広さを見せる。この辺りは、どうしたって当時フリーミクステで成り上がって出てきたDrakeの姿を意識させる。それは恐らく意図的な仕掛けだろうし、実際にビートジャックにはDrakeの楽曲も含まれている。こうした出自・経緯からも分かる通り、本作は日本のHIPHOPのレベルを、USと完全に同じ歩幅・手法で一段押し進めようとした、当時のシーンにおけるフロンティアだった。それが当時のリスナーをインスパイアした理由であり、今なお本作が傑作として語られる理由でもある。その上でham-Rは、作中でもとりわけ刺激的な”Electric Boy”や”R-25″なんかに代表される通り、それを日本的な詩情に落とし込むことにも成功していた。USシーンの同期を続けながら日本固有の要素も組み込んでオリジナリティを担保する。稀有なタレントを持つ彼の表舞台での動きがごく短期間で終わってしまったのは残念だが、そのスピード感で持ち込んだ刺激は今に至るまで忘れられたことはない。

AKLO 『2.0』

DL: https://aklo.bandcamp.com/releases

2010年2月9日リリース。別稿で特集した前作『A DAY ON THE WAY』は、日本のフリーミクステシーンの到来を告げたマイルストーンだった。一方で、2作目となる本作が、クオリティの面で前作をも上回る作品となったことも大方の意見が一致するところだろう。今回もビートジャックをベースにしつつ、ライミングの精度と日本語の割合をリスナーのデマンドへ正確にチューニング。結果としてシーンへより深く突き刺さると共に、今に至るまでAKLOの特徴である「スキルフルな裏に見え隠れするユーモアセンス」が現出した作品となった。白眉となった表題曲”2.0″での「音楽は売らずにバラまけ どうせあとからボロ儲け」は、この時代の動き方を象徴するラインとして語り継ぐべきものだろう。後進のアーティストからすると純粋に言っている意味が分からないのでは?という気もする、時代性を纏ったパンチラインだ。スワギズムを象徴する”I LOVE MY NEW ERA”や”SWAG_SURF”などのほか、ユーモラスなナンパもの”POKE HER FACE”なども聴きどころ。加えて”BONUS”や”FOREVER”などの歌モノにも挑戦するなど、時代の寵児として一気に勢力を拡大しにかかった重要作だ。

ham-R x Y.G.S.P 『Future Vintage』

DL: N/A

先述の『Stay Hungry Stay Foolish』の興奮も醒めない中、ham-Rが知己の仲のY.G.S.Pとのジョイント名義でリリースしたアルバム。Y.G.S.PはICE DYNASTYの2ndアルバム『C.O.L.D』の全曲REMIX版をフリーで公開するなど当時注目を集めていたビートメイカーユニットだ。とにかく当時の状況にあって実力は知れ渡っている2人。その実力は疑う余地がなく、そこに豪華な客演がふんだんに盛り付けられている。馬鹿でも分かる足し算の魅力があふれた作品だ。MoNDoHやOHLI-DAY, CRIXXなどはもちろんのこと、2022年のリスナーが見て驚くのはSKY-HIやZONE THE DARKNESS(現ZORN)の参加だろうか。今ではそれぞれ別のスタイルで戦う両者だが、当時は確かに交差点がこの文化の中に用意されていた。そこで彼らがham-Rらと並び立つことも、リスナーにとっては(確かな興奮を呼びつつも)慮外の人選ではなかった、そんな時代だった。曲としても”Can’t Get Us”は完全にSKY-HIの色の曲になっているし、ZONE THE DARKNESSとの”It’s The Time”は、今となってはこんな電子的なビートに乗るZONE THE DARKNESSも新鮮だ。もちろんham-R成分を嗜みたい人のために、彼の多彩さがうかがえる1 DA MANSIONとの”Stop the Damn Music”, ”baller (Yamamoto Shit)”などの楽曲も用意されている。

ytrBeatz 『The First Demo』

DL: https://ytrbeatz.bandcamp.com/album/the-first-demo

恐らく2010年当時でも、この作品に触れた方はほとんどいないのではないか。奈良在住の駆け出しビートメイカー・ytrBeatzがリリースした初めての作品。確か2010年にビートメイクを始めたばかりで、本作も奇を衒うところのない、まっすぐなBoom Bapビートで溢れている。恐らくはそれを面白味がないとか、まだ発展途上の作品とみる向きもあるだろう。実際のところ、ytrBeatz自身も後述する客演のSHOTHEMCも、技術的に熟していないのは確かだ。しかし、冒頭の”Beautiful Day”や中盤の”Domo”に象徴される通り、そのまっすぐな音に、どうしようもなく素朴な魅力が宿っている。何もひねらず、自身のストレートな想いを優しく音に起こしたことが耳に伝わる。後半のSHOTHEMCがこれまた朴訥なラップを乗せた”Wu-Cha”に至っては、なんなら日本のHIPHOPにおける裏名曲として推しておきたい。MCとビートメイカーが、同じ優しい世界を感じ、同じ温度で制作することで生まれた曲だろう。正直なところほとんど無名のビートメイカーで、この作品もシーン全体に何かを引き起こしたかというと、そんなことは全くない。しかし、筆者にとってどうしようもなくフェイバリットな作品なのだ。だからそ、ネットの片隅にそっとしるしを残しておきたい。彼がこのような素朴な作品を届けてくれて、当時の筆者はほんの少し何かが救われた。名もないプレイヤーだって何かを残すことが多々あるこの文化において、本作はその例であったことを、感謝と共に綴りたいのだ。

2011年:

ZOO from Psychedelic Orchestra『chillmatic』

DL: https://jetcitypeoplejapan.bandcamp.com/album/chillmatic

ZOOの所属するPsychedelic OrchestraはL.D.Kとカタルシス、ふたつのクルーの合同隊。L.D.KにはCAMPANELLAやRamza, Free Babyroniaが、後者にはkokoroとZOOが所属していた。Psychedelic Orchestraとしては2008年にアルバム『Sang’Real』をリリース、今ではプレミア値が付いている。ZOO個人としては、呂布カルマの傑作デビューアルバム『13shit』(2009年)収録の”Midnight Hero”に客演。その鮮烈な仕事が一気に好事家の注目を集め、以降クルー全体の動向に一部から熱心な目が注がれた。本作はそんな中でJET CITY PEOPLEから放たれた貴重な作品だ。客演にはクルーからCAMPANELLAが参加したほか、MIKUMARIや日系兄弟などソリッドな面々が集結。派手な引力こそ持たないものの、ZOOの、そして彼らの界隈のストイックな魅力を詰め込んだ良作に仕上がった。あえて類別するならNORIKIYOなどを思わせる鼻に掛けた性質とフロウが、Ramzaらが手掛けるこれまた手堅いBoom Bapビートになじむ。客演陣との力作はもちろんのこと、”Imagination”や”Oh,Shit…”など、ビートとラップの嚙み合わせの良さが堪能出来るソロ曲もカッコ良い。

DJ TA-Q presents SALU『Before I Signed』

DL: http://www.mediafire.com/?msf9yatabtgosai

2010年にSCARS 『SCARS EP』にSARU名義で客演、その後もKYN ”Silent Power”(2011年)にQNと客演するなど、突如シーンの真ん中に出現したSALU。本作は彼がBACH LOGICのレーベル・ONE YEAR WAR MUSICの第1弾アーティストとしてサインする前の音源を集めた作品。BACH LOGICにもUSのビートジャック曲を渡してディールに至ったとのことで、そうしたデモ作から選りすぐったミックステープとなる。そんなわけで本作は全部ビートジャックモノ。『Before I Signed』シリーズはSALUのキャリアステージの節目でこれまで『BIS2』『BIS3』までがリリースされているが、ビートジャック作品という都合もあり、この第1弾だけはストリーミングにも載っていない。そんな本作だが、「USのラップをすべて日本語に自然に置き換える」という宿題を持って臨んだだけあって、発音にフロウのスムースな接続に重点が置かれている。その意味で13曲を通じて良い意味で聴き流しやすい作品となっており、現在にもつながる彼のラップの原理原則が伺える。そんな中でも”Lap Dance”や”Motivation”のように、突然グサリとパンチラインを撃ってくるインナーマッスルもこの頃から発達。本格デビュー前から現在の骨格を意図して作っていた、彼のストイックさがうかがえる作品だ。

Nakaji (近江Records)『音洒落吐露

DL: http://www.mediafire.com/file/c68bh52dts3wih2/%25E9%259F%25B3%25E6%25B4%2592%25E8%2590%25BD%25E5%2590%2590%25E9%259C%25B2Nakaji%2528%25E8%25BF%2591%25E6%25B1%259FRecords.%2529.zip/file

滋賀で活動し、のちに蛇と改名しMCバトルの場などでも活躍したNakajiのミックステープアルバム。本作はのちに曲順を入れ替え”拡声器求ムpt.2″を追加した改バージョンもリリースされている。当時一部のリスナーから高い評価を受けたのは、和のブルーズを高い次元でHIPHOPと融合させたその手腕。イントロ明けの”拡声器求ム”でシャンソンをバックにラップする洒脱な仕掛けや、京言葉で導入しながらラテンロックの旋律に乗る”戯言アンソロジー”など、和の精神をあえて他文化にぶつけた上で良い意味でジャパナイズして見せる、一筋縄でいかない面白さがある。同じジャパニーズブルーズの導入と言えば、少し前の2008年に”小名浜”をリリースした鬼などを想起する部分もあるが、両者のアプローチは明確に異なるあたりも興味深い。そうした多様な仕掛けを試した後だからこそ、寒空の下で日本の風俗を描き切る”線香花火”がハイライトとして映える。言葉の扱いを大事にするラッパーが好きなリスナーには薦めたい作品。

Goku Green『HAPPA SCHOOL』

DL: N/A

現在もGOODMOODGOKU, あるいはoldlexusとして活動する彼も元はGOKU GREEN名義でフリーミクステからデビュー。当時高校生ながら、タイトルやアートワーク通りのことを歌うアートスタンスや、何よりそのラップスキルの完成度でリスナーを驚かせた。街の裏側の姿を高音のからみつくフロウで明るく表現するので、歌っているテーマの性質に比してやけにあっけらかんとした明るさが特徴的。”諭吉paper”や当世風な”U already know”など、吸ってる時の楽しさがこちらまで伝わるハイセンスな楽曲が並ぶ。但し(当然だが)本作はあくまで過去の作品。現在は本人のアートワークも別軸にシフトしていることも尊重すべきだろう。”Red Eye Life”やまさしくビートジャックである”Black&Yellow feat. Ry-lax”など、当時のWiz Khalifaの”Black and Yellow”の影響も想起させる。だが後年Wiz Khalifaが「この楽曲が与える影響をもっと考慮すべきだった」と語っている通り、GOKU GREENもこうしたアートスタンスからは離れて現在の活動に至る。彼のライフジャーニーを最大限尊重しつつ、それでも当時大きなインパクトを残した本作にも隠れながらリスペクトを示したい。

Campanella『DETOX』

DL: https://campanella0.bandcamp.com/album/detox

東海地方が生んだ奇才もシーンへのご挨拶はフリーミックステープから。今に至るまで、まとまった作品を出すたびに新たな刺激を与えてくれる貴重なラッパーだが、それは本作も例外ではない。冒頭の”Swag666″からねばつくフロウとマグレブ的なコーラスが響き、ドラムがべたつくビートとの兼ね合いが絶妙。正直この1曲だけでも既にそこらの有償アルバム以上の価値を生み出している。その後はPsychedelic Orchestra繋がりでRamzaが辣腕を振るい、一気にビートの狭間がむき出しになる”Have a nice game(Ramza Remix)”, “Open Your Mind”でスキルの骨格を提示。C.O.S.A.プロデュースのビートが割り切りよく前傾姿勢な”Fck Swg J-RAP”などでは当てられたようにCampanellaのラップも攻撃特化していたり、9曲の中でCampanellaの様々な側面を知ることが出来る1枚。フリーミクステらしく、”Yonkers(c6mp6nell6 Remix”など、USのラッパーと同じ土俵に乗って勝負する仕掛けもあり。

KAKATO(環ROY×鎮座DOPENESS)『KARA OK』

DL: N/A

フリーミクステ最盛期とも言える2011年、かねてよりユニットの存在は噂されていた実力派の2人もフリー作品をリリース。17曲を詰め込んだ大ボリュームだが、関係各者にフリー作品であることをきっちり説明し、プロモ動画用に使ったカラオケ代以外ノーコストで作り上げた作品なんだとか。タイトル通りカラオケをテーマにした作品であり、J-Popからロック、そして日本のHIPHOPまで、各トラックを大胆に流用している。そのためビートのクオリティは既に担保済。そこに乗るのが鎮座と環ROYのラップなのだから、悪い作品になるはずもない。オーセンティックなHIPHOPの魅力を放つ”リズム”や極上にChillin’な”さみーね”など、フリー作品らしくゆるいノリで、なればこその魅力を放つ楽曲が並ぶ。そんな中でも図抜けた出来なのがやはり”Deepest Impact feat. Chuck Moris”だろう。もうタイトルの時点で2000年の名曲が引用元と分かってしまうが、このビートの上で2人が「いよいよ壁はなくなる」ラップを蹴るだけで満点。特に鎮座DOPENESSのヴァースは頭からラストまで本気で仕上げてきている。ネットの海を泳げば聴けるところはあったりするので、良ければ探してみては。

Milestone: JPRAP.COM『The Se7en Deadly Sins』

DL: N/A

当時のフリーミクステ文化をメディア的な側面からバックアップしていたのは間違いなくJRAP.COMだ。今となってはサイトも現存していないが、フィクサー・benzeezyが主宰するこのサイトは多くのフリーミクステを発表し、今も活躍する数多くのラッパーに活躍の場を与えた。JRAP.COMは主宰として数多くの重要作を発表しており、作品によっては30曲&30アーティストみたいなボリュームのものもあるが、タイトルの通り7人の少数精鋭で臨んだ本作は、このサイトのキュレーションの確かさがよりクリアになる。参加したうち、SNEEEZEやKOJOE, SALU, YAMANEは今もラッパーとして活躍していることは言うまでもない。加えてGASFACEやMATCH, MonDoH, KLOOZも当時確かな輝きを放つアーティストであったこともまた疑いないところだろう。ビートは全曲をLBとOtowaのOtowaが手掛けており、こちらも鮮度を逃さない人選。彼らしい、あえて間延びするようなシンセで空間的なグルーヴを作り出す手法が全編に通底、作品としての質を底上げしている。SNEEEZEとの”Evolution”などはその代表的な例。他に特筆すべきは、そのグルーヴ感のままなんともメランコリックな雰囲気を作り出したSALUとの”Sunday Afternoon”。初期SALUのベストに挙げる人も多い名曲だ。当時の文化を牽引したJRAP.COM。なお、この文化のならわしごとして、本作をまるごとLil諭吉(現Lil’Yukichi)がREMIXしたバージョンなども無料公開された。

Milestone: LBとOtowa『FRESH BOX (β)』

AKLOとKLOOZに並ぶ、フリーミクステ時代の最重要人物がこのLBとOtowaだ。新潟出身のLB, ビートメイカーのOtowaによるこのユニットは、裏方兼ビートメイカーのサムライコスメチック、正体不明のヴァーチャルラッパー・RANL, show-kやGOBURINといった面々とゆるやかなレーベル的コレクティブ・町工場studioとして活動。年に数回はミックステープをリリースする制作スピードと、そのユニークなマーケティングでシーンの耳目を集めた。本作はLBがソロ活動などで注目度を高めきったタイミングで放たれた渾身の一作。同年のLB名義の『AOAOAO』、翌年の『KOUJUN MIXTAPE』、同じくLBソロによる『HAPPY MONDAY!』シリーズなど、重要な作品をいくつもドロップした彼らだが、とりわけ本作が代表作であることに異論のあるリスナーはいないのではないか。Otowaとサムライコスメチックによる、電子的でありながらもザクッと割り切ったグルーヴ感が心地良いビートの数々に、高音でシニカルに絡みつくLBのラップが冴える。そのグルーヴは冒頭の”Good Morning”などで特に顕著だし、”Buddhist Bounce”の乾いたスネアや、当時同じくフリーミクステを量産した女性ラッパー・MICHICOを迎えた”Hungry Monsters”のKanye West “Monsters”オマージュなど、当時のビートの特徴を掴んだ上でのハイセンスが光る。シンセのカットがこれまた割り切っていて良い”Fresh Box”や、LBの多面的な視座が伺えるHIPHOPでは珍しい視点の労働応援歌”Working Everyday”など聴きどころは尽きない。各所で評判になり、以降の活躍の端緒となったのも頷ける充実作だ。なお”Loop”については、当時サムライコスメチックにDMすればラストの印象的なビートチェンジ部分のExtendedバージョンが入手出来るなど、彼ららしい双方向のアクションも目立った。本作の成功を受けて、LBとOtowaは2012年にはメジャーデビュー。『インターネットラブ』『The Mad Bomber』の2作品を発表するに至り、フリーミクステからの成り上がり方を示して見せた。その後は残念ながら活動を実質的に停止してしまうが、LBは2021年に同郷のDJ松永とのビーフを境に活動を再開、EP『LIMITTER』をリリース。Otowaは現在IT系企業に勤めている。

Milestone: RANL 『Service Time』

HIPHOPという音楽が装填不良、暴発、跳弾全てを起こしたのちにアニメと正面衝突することで生まれた、同時代における最大の問題作にして偉業。本作に先駆けて2011年、LBがソロ名義でのミックステープ『AOAOAO』をリリースしたとき、作中に妙な楽曲が混じっていた。それが(LBのソロアルバムであるにも関わらず)実質RANLのソロ曲となる”Cawaii”だ。アニメチックな性質とあまりにもあざとい立ち振る舞い。それでいてラップスキルはやたらとツボを押さえていてテクニカル。そもそも本当に存在するラッパーなのか、男性ラッパーがボイスチェンジして演じているバーチャルな存在なのか?この女性ラッパーが”Cawaii”で残したインパクトは凄まじく、シーンでは彼女の存在について様々な憶測・議論が駆け巡った。そのバズ具合はこのアルバムの冒頭曲”Service Time”で客演参加したLBが「俺の(『AOAOAO』の)18曲よりあの1ヴァース」と自虐するほど。とにかくミステリアスな存在として注目を集めた中でリリースされた本作。結果的に「RANL」というキャラクターにのしかかった期待を裏切らず、「あざとく華奢で、ただし全曲名の頭文字を「S」で始めるほどドS」という、一面的な女性像への収斂を固く拒否する、フレッシュな女性ラッパーの姿を提示して見せた。自身が登場する1曲目となる”Shake it!!”であざとい猫なで声とヘイターを両断するボースティングを両立させたかと思えば、”Skit (nco)”では妙な批評性も発揮。その後も「RANLはかわいさで売ってくんだから上手にならなくてもいいと思うんだけどなあ」と言いつつそのスキルが最大限発揮される”Study”, テーマこそポップなもののゴリゴリに当世風のサウスビートを持ち込んだ”Special Thanks (KeBab☆Love)”, SIMONの名曲”Zoo Rock”を自分色に見事染め上げた”Slave Rock”など、スキルとキャラクターがどんどん乖離していく不条理な楽曲が目白押し。ラストの完全にアウトなサンプリングをぶっこみつつもHOOKがあまりに素晴らしい”Smiley Parade”で好き放題に締めるラストまで、その方向性はブレることはなかった。結果的に自身名義でのまとまった音源は本作が最初で最後となったRANL。しかしラッパーの実存性を女性の、それも意識的なあざとさとハイスキルと掛け合わせたアーティストとして、多重にキャラクター性を問い掛ける彼女の存在は、「リップキック論争」をようやく乗り越え、マスキュリンなラッパー像からの脱皮を図りつつあった当時の日本のシーンを大いに加速させた。それはきっとピーナッツくんやBOOGEY BOXX, Mori Calliopeしかり、現在活躍するVTuberラッパーたちがシーンの煩わしい意見から解き放たれて活躍出来る場を築く、その第一歩だった。シーンの意識改革を促す劇薬として作用した本作。その一点において、「RANL」という存在は、日本のHIPHOP史に触れる全書籍で今後触れられるべき偉業だ。なおRANLの正体は、後年になってほんのり明かされている。

Anarchy『Funky and Drummer (ALL TRACK BY A.I.TRACK)』

DL: N/A

Anarchyの2008年作の2ndアルバム『Dream and Drama』を、ビートメイカーのA.I.TRACKが丸ごとREMIXしきった意欲作。『Dream and Drama』がAnarchyの1stアルバム『ROB THE WORLD』(2006年)に比べると手堅くいぶし銀にまとめた作品だったこともあって、それをタイトル通りもっとブチ抜けにファンキーな内容に作り変えてしまおうという、ファン精神が極まった試みだ。冒頭の”Awaking”から遠慮のない大ネタをぶっ込みアルバムの方向性を明確化。TinaとHirom Jr., 2人のシンガーを2曲ずつ配置したアルバムの重要曲は特に念入りかつファンキーにチューニングしたあとで、Anarchyとして重要なメッセージを発した”Sky Limit”も、曲の意義が最大化されるよう感傷的なビートを丁寧に仕立てた。このあたりはラップがあったあとでビートをいちからチューンし直す、REMIX版ならではの強みが活きた部分だろう。それがファンメイドとして為されて全国に発信される。フリーミクステ文化のインクルーシブな魅力を垣間見ることの出来るアルバムだ。

Roundsville『FULLY EXPOSED』

DL: http://www.mediafire.com/?g9mf5sreggjbr2t

HIPHOPのポジティブな側面を丁寧に掬い取った充実作。RoundsvilleはMCのLoothとビートメイカーのJUGGの2人組。当時TNDやThe Novelestiloといった面々らと共にPLAYGROUND CREWとして活動、コレクティブ全体の傾向として、JazzやSoulの魅力をHIPHOPに融合させたグルーヴィなスタイルを志向していた。本作は彼らが2009年の1stアルバム『Love Delight』の前に録り溜めていた未発表曲集の位置付け。とにかくJUGGの手触り感あるビートと、それに纏いつく「ドラムにべとつくフロウ」の使い手であるLoothの特徴的なラップの相性が良い。特にソウルフルな向きに振り切る”Sunny”や”Where you at”あたりの中盤戦を代表例に、全編を通じいつでも、誰もが心地良く楽しめる楽曲が並ぶ。結果的には未発表曲集らしいゆるやかな力の入れ方がうまく作用したと言える。Roundsvilleは本作で新規リスナーからも知名度を獲得。翌年にはこれまた高評価な2ndアルバム『RUNNING ON EMPTY』をリリースしている。

2012年:

ZONE THE DARKNESS『日々』

DL: N/A

今や武道館や横アリでワンマンを開催するまでになったZORNも、ZONE THE DARKNESS時代にこのゲームへ参加。2012年12月リリースのフリーミクステであり、3rdアルバム『DARK SIDE』の3か月後というタイミングでの発表。この頃のZONE THE DARKNESSは、ちょうど1stアルバム『心象スケッチ』からEP『ロンリー論理』までの、ポエトリーリーディングなスタイルからモデルチェンジした時期。従い本作は、現在のスタイルそのままのZONE THE DARKNESSのラップが聴ける、極めて初期の音源のひとつとなる。肝心の内容はタイトル通り日々の連なりを散文的につづったもの。ビートも正規では流通が難しそうなネタ使いも目立ち、正規アルバムの流れからは外れた、ZONE THE DARKNESSのリラックスした雰囲気が味わえる。とは言え手堅いラップスキルとライミングを武器に、曲のクオリティは一切弛緩しない。ストレートなボースティングものの”Tokyo Underground”や、その肩の力が抜けたラップが軽やかな”無情”など佳曲が並ぶ。なお本作は期間限定でフリーミクステとして公開されたが、公開期間終了後はZORNの作品の特典CDとして、一部フィジカルでも流通していた。従い現在もメルカリなどに少量出回っているようだが、当然のように万単位のプレミアが付いているため入手のハードルは高い作品となってしまった。

CHIEF ROKKA『IN MY DUB』

DL: https://lowferrecords.bandcamp.com/album/in-my-dub

韻踏合組合自体もフリーミクステ文化に積極的に参加、タイトル通り1シーズンに合わせた『夏本盤』などこの文化を楽しんでいたクルーだ。そしてSATUSSYとERONEから成るインナークルー・CHIEF ROKKAによる本作も非常に面白い試みかつハイセンス。同年リリースの2ndアルバム『In My Life』をベースミュージックを基盤に、まるごとブートREMIXした作品だ。企画はPRKS9にも寄稿してくれたTheLASTTRAKのTakachenCo.が主導。リミキサーにはTheLASTTRAK自身に加え、kard, mononofrog_4sk, 濱, fazerock, Gesubiらが参加した。EDM/ベースミュージックのエッセンスの追加によるアゲ要素の一点投入なのでとにかく楽しい。客演のGAZZILAがこの音に染まることなんて金輪際ないであろう”In My Life(kard Remix)”に始まり、原曲の’90sフロアバンガーへのオマージュ要素など完全に剥ぎ取った”Bed Bangerz (PsycheSayBoom!!! SOEMON City Remix)”など、アクセルしか付いていないアルバムに魔改造。身内のREMIXとは全く異なる面白みが味わえる良作だ。

5lack『情』

DL: http://www.mediafire.com/file/kh4q7n2k6ncvkxb/5lack_-_jou.rar/file

5lackが大胆なサンプリングによりリリースした本作。作品の精神状態としては、明らかに前年にS.L.A.C.K名義でリリースした『我時想う愛』の宥恕かつ憂鬱なそれを引き継いでいる。同時期の5lackが明らかに業界の表舞台ではなくインディーズでの活動にシフトしていったこととリンクする発表形態、内容となっており、彼のスタンスを明確にする見事な、かつ静かな決意表明としても機能した作品でもある。誰もが聴いたことのあるメロディを見事に自分のものとして森の中に入っていく”森の中へ”や、同じ路線を引き継ぎ更に一段上がる”気が付けばステージの上”の素晴らしさなどはその典型。多分に当時の彼がそのポジショニングに、そしてアーティストとしての矜持に自覚的な楽曲となっている。フリーミクステ作品だからこそ、現在の5lackの立ち位置を理解する上で根源に迫る重要作だ。

NIHA-C『CHOCO CHIP COOKIE』

名古屋での現場活動と並行してネットラップ界隈で力を付け、当時精力的にフリーミクステをリリースしていたNIHA-C。今では電波少女のメンバーとして活動する彼だが、本作は4作目のソロフリーミクステにして、本人が「フリーミクステの中でこれが一番人気だった」と語っていた作品。その言葉も納得の充実した4曲に仕上がっている。当時のゲームのセオリーにも則り、ビートとHOOKをUSの原曲をベースにジャック。その上でNIHA-Cの魅力が伝わる素晴らしい内容だ。客演にJinmenusagiを迎えた冒頭の”Burn ‘Em Up”こそ、後述のMajikichi Crewを直球でDisした痛烈な内容だが、以降はあえてキザな成分を多めに注ぎ込んだ”So Good”のルネサンスな世界観の素晴らしさ、HDDの悲劇をユーモラスに描いた」”Lonely”(これぞHIPHOPでしか出来ないことだと思う)、一転して熱い姿勢を示す”Airplanes”まで隙なしだ。

GASFACE『T.O.K.Y.O』

DL: http://www.mediafire.com/?t32bn46va93lidp

2002年頃から東京で活動を始めたMC・GASFACE。LBと縁深いShow-kやMATCH, Y’Sらと近しい中で前年には現名義で初のフリーミクステ『NEW TYPE VIRUS』をリリースしている。従い本作は彼の2作目となるわけだが、こちらをチョイスした理由は、シンプルにラップの練度が前作を経て格段に上がったから。同時代のヒット曲のビートジャックを基盤にしつつ、朴訥としたフロウが音と噛み合うポイントを的確に突いてくる。冒頭の”Let it go Remix”での第一声「覚醒したGASFACE, 何やってる?MUSIC」の入りからして最高だ。積み上げたものの大きさをこれ以上なくカッコ良さで示して見せた部分だろう。その後もあえて芯を外したようなラップがなぜか音と綺麗に噛み合う。”The Mott”などを聴けばこの魅力が意図的なものであり、しっかりとスキルの産物であることが確認出来る。同時期のAKLOやKLOOZと肩を並べて各所でフィーチャーされていた理由も伺えるというもの。GASFACEはその後、2016年に正規の1stアルバム『ITEM』をリリースしている。

JUSTY ACE『JA飛龍』

DL: N/A

後年にMCバトル界隈で名を挙げることになるSIMON JAPと、GRACE, DJ HIROTOの3人から成るクルー。1998年から活動しており、K DUB SHINEが率いたクルー・ATOMIC BOMB CREWとも近しいことからシーンでの知名度はかねてより高かった。そのため本作ももっと早いタイミングで出す予定だったそうだが、制作終了直後にSIMON JAPの収監などがあったためこのタイミングで、フリーミクステ形態でのリリースとなったようだ。そのため他のフリーミクステ群にあって、妙に’00年代前半のラップ様式を踏襲しているのである種目立った作品でもある。2MCのとにかく低温なラップがのっそりと這うさまは、これぞABC界隈に通底するDNAといった感じ。その中でも相対的にアッパーな”ぶっ放すぜ~BOOM!!~”や、タイトルからして渾身であろう”CLASSIC”などが楽しい。アルバム中に3曲挟まれるSKITも、楽しくなるラッパー陣がシャウトしており聴きどころだ。

LowPass『Interludes from “Where Are You Going?”』

Stream: https://linkco.re/hvmgU455

ラッパー/プロデューサーのGiorgio GivvnとDJ/トラックメイカーのtee-rugから成るLowpass。Givvnは最近でも某謎めいたアーティストの名義を纏い、アンダーグラウンドを暗躍し続けている。本作は2011年の1stアルバム『Where Are You Going?』に収録されていたインタールード群にラップを乗せることで作品化するという、なんともオシャレな試み。その企画の筋の良さからしてセンスが察せられるわけだが、Givvnの高音でユーモラスなラップの魅力が試食出来る内容となっている。”Freestyle”での「気付いてないお前はちょい遅れ気味 でも誰もしない置いてきぼり」のラインなどは、彼の姿勢が凝縮されたラインだ。唯一QN製のビート”Still Ruff”では実際にQNもラップ参加して相性の良さを見せるなど、とにかくラップ好きでこれを嫌う人はいないんじゃないかと思うほど、全方位的な魅力に溢れる。Givvnの、そしてLowpassの魅力をティーザーとして味わうにはもってこいだろう。なおLowpass自体は2014年にこれまた名作『Mirrorz』をリリースしたのだが、「イニシャルで1500枚程度の販売数だったからこれで食べていくのは難しい」と感じたことから実質的に解散、それぞれの道を歩んでいる。惜しまれるセンスを持つデュオであったことは間違いない。

NOIZE『NEXT』

DL: http://www.mediafire.com/file/mvvuiwh6mef1gmc/NOIZE_-_NEXT.zip/file

RAqらと近しい、ネットラップを主戦場に登場してきたラッパー・NOIZE。現在も精力的な活動を続けるアーティストだが、当時も継続的にフリーミックステープをリリースしていた。正確な情報が得られないが、本作は彼のおそらく2枚目くらいの作品だったかと思う。同時代に登場したRAU DEFやQNに通じる、高音な声で粘度のあるラップが魅力的なNOIZE。本作はビートジャックも多く用いながら、彼のスムースなラップを堪能出来る楽しい作品だ。なんといっても白眉は”Blow Off!!”だろう。先述のRAU DEFへのオマージュも飛び出しながら、軽快で晴れやかなビートがNOIZEのラップ性能にマッチ。すべてが無理ない力で嚙み合った見事な曲だ。ほかにもその快速を切れ味に転化したディスソング”What’s Diis?”, 同じくネットラップ界隈で小気味良いラップを武器に持つMomoseとの散るソング”Good Holiday”など、やりたいこと全部やった感がそこかしこに溢れる。フリーミクステという形態が持つフリーダムをそのまま示したような、開放的な作品だ。

Kojoe, Raekwon, Tao, Ish-one『The ‘J’ Mixtape』

DL: https://www.datpiff.com/Kojoe-The-J-Mixtape.306964.html

現在は大阪に拠点を置いて活動を続ける実力派・Kojoeが、世界に自分と日本を認知させるために放ったミックステープ。客演にはバイリンガルラッパーとして共に名を馳せるISH-ONEと道(Tao)といった日本勢を揃えたほか、NYの大御所クルー・Wu-Tang ClanからRaekwonも参加。そのRaekwonと道が参加した”SAMURAI YARO”のプロデュースにはLBとOtowaよりOtowaが抜擢されているほか、Lil諭吉(現Lil’Yukichi)らも参加した。冒頭”Jokyoku”から当時のNY HIPHOP感溢れるビートに乗せてKojoeが叫びバイブスは十分。Kojoeのラップスキルに関しては既に文句のあろうはずもなく。日英織り交ぜたリリックがNYスタイルのビートに合わさることで、ビートと英語詩がUSナイズドされた中、日本語詞も浮き出ずに馴染んでいる。目玉の”SAMURAI YARO”はRaekwonも加わった中で全体の言語バランスを取ったと思われ、Kojoeのラップは意図的に日本語メインにシフト。細かい部分で日米をバランス良く繋ぐ、アーティストとしての調整感覚が窺える。変わり種ではあえて大陸的なビートに振り切った”FAR AWAY”はLil諭吉仕事、さすがです。

ANPYO & VANILLA 『Sparring EP VOL.1』

DL: http://www.mediafire.com/file/29rel9l43qgyt04/Sparring_EP_VOL.1.zip/file

当時Pitch Odd Mansion / Majikichi Crew / COMPASS POSSEなど、数々のクルーに所属、この年にはPARKGOLFとのフリーミクステも発表するなど精力的に活動していたANPYOと、早稲田のGALAXY出身のクルー・BUZZ BOXのVANILLAがリリースしたEP。全曲ビートジャックというビート面でのアドバンテージを活かしつつ、両者の高いラップスキルが冴える好作となった。押韻への愛着を隠さない2人によるマイクパスがとにかく小気味良い。”tedare”の疾走感などは特にそれが顕著だ。押韻主義の大先輩・LITTLEの当時の新曲をそのまんま乗っ取った”D.R.E.A.M (Remix by ANPYO & VANILLA)”や、某3人組グループのビートをジャックした”Let’s be Natural in LOVE”なんかも、この文化でないと為し得ない楽しさがある。ラストに控える”We are the wild 2012″で日本のHIPHOPアンセムを人海戦術でジャックしきってしまうところまで含め、良い意味で「何でもアリ」な、フリーミクステ文化の楽しいところを詰め込んだ作品。ある意味HIPHOPが最も開放的であった時代を象徴する作品かもしれない。

daoko 『初期症状』

DL: N/A

現在DAOKOとして活躍する彼女も、元は2010年代初期に才能のインキュベーターだったニコニコ動画出身。本作はLOW HIGH WHO?からのデビューが決定した際に、ニコニコ動画にアップしていた曲を中心に集めたデモ作品だ。当時のdaokoは15歳。ポエトリーラップの隆盛とインハウスな制作環境の確立により「サブカルラップ」がサブジャンルとして確立しつつある中、彼女もその空気をふんだんに吸収。まっさらな感性で好きなテーマを好きな音に吐き出す、初期衝動に溢れた作品となっている。それがとりわけ表れているのは発表当時に最も話題になった”お姉ちゃんDIS”だろうか。自身の姉をやけにリリカルに、そして辛辣に批判する、それが才能の発露として瑞々しく弾けるさまは今なおフレッシュ。その他にも彼女のベースラインがHIPHOPにあることを強く思わせる”いいこいいこ”のラップとビートのオーセンティックな絡み方や、”戯言スピーカー Rap.ver”における、のちの活躍を予感させるメロディラインなど、今だからこその楽しみも多い。あくまで表現者1年生の頃のデモ集であり、スキルや発声は(今の活躍を知っていると)あどけなさも残るが、それ込みで彼女の等身大がパッケージされた、15歳の貴重な青春録に仕上がっている。とにかくHOOKのメロディラインは全曲良い、さすが。

Milestone: KZ & doiken 『Plain』

DL: N/A

いまや破竹の勢いの梅田サイファーが、その存在を明確に音源作品として示した記念碑的作品。KZとdoikenというオーセンティックで手堅いスキルを積み上げる2人を軸にした作品だが、客演に参加したふぁんく、タウ、まっくす、R-指定らのメンバー陣も良いスパイスに。特にR-指定が参加した”コンビニのジョン”は、彼らの青春絵巻が生き生きと、そしてユーモラスに描写される素晴らしい曲。いまに至るまでカルト的人気を誇るのも頷ける名曲だ。一方でメインの2人のみの楽曲も軒並みハイレベル。なんなら冒頭の”Intro”こそ聴いて欲しいくらいで、2人の粋なマイクパスが心地良い1曲だ。OJ&ST的な、現代ではめっきり見ることのなくなった1-2小節ごとの掛け合いが楽しい。他にもふぁんくを迎えたさわやかな”N.C.O.D.” (多くの名曲からの引用も楽しい)や、彼らにとっての(当時の)梅田サイファーがどのような存在であったかが窺える”the Cypher”など、Plainでストレートにラップが楽しい楽曲が並ぶ。10年前より今に通じるスキルを持って登場した彼らの姿を確認出来る、貴重な作品だ。

Radoo 『Sky Berry』

DL: http://www.mediafire.com/?dbov0n2382k9ljw

いまやHIBRID ENTERTAINMENTの主宰として大阪のハードコアHIPHOPをけん引するYoung Yujiroだが、元々はRadooの名義で活動。本作にも参加しているCHAKRA MENTHOLやBB, Pepceeらと共に大阪のBoom Bapを色濃く受け継ぐ一人としてシーンに姿を現した。本作は恐らくRadooとしての初のフリーミックステープ作にあたる作品。自身もプロデュースも手掛けつつ、DJ PANASOCやYOSHIMARL, NAO THE LAIZA, SH BEATSなど大阪のつわもの達が名を連ねる。今に至るまで続く、ローテンションなラップで吸って浮遊する、のっそりとしたYoung Yujiroのグルーヴはこの頃から健在。低速なBPMを基調としたBoom Bapに合わせ、ヘヴィで噛み応えあるHIPHOPが展開される。ラッパ我リヤとも同ネタの”As One feat. BB”などでのローギアな魅力はその最たるものだろう。なお先ほども名を挙げたCHAKRAやBB, Pepceeらも同時期にフリーミクステを複数リリースしている。そちらにもRadooが参加していたりするほか、DNAとしてのHIPHOP像を共有する仲間たちの作品なので、本作が気に入った方はそちらにも手を拡げて見てほしい。

Ryohu & IO 『Fellas Ship』

DL: N/A

のちにKANDYTOWNとして名を馳せるクルーが1stミックステープ『KOLD TAPE』(2014年)をリリースする前、まだCANDYTOWN名義であった頃にIOとRyohu(ex.ズットズレテルズ)がリリースした作品。客演陣にJuju Tha B(現KEIJU), Neetz, Dony-Joint, Holly-Quran(現Holly Q), KIKUMARUといった面々が参加しているあたりからも、何かが形作られつつあった当時のさまを伺い知ることが出来る。それはサウンドとラップに関しても同様で、特にビートは洒落たサンプリングビートを軸にしつつもストリートの土臭さを隠しておらず、今の洒脱なスタイルに到達しきる前の過程が見える。冒頭の”Back on the Corner”からして超大ネタなうえに、IOの「俺は自分がクールだと知ってる」も登場する時点で貴重な音源だろう。その後も’00年代後半のBoom Bap様式を正しく継承したメロウな”In Da Club”, レイドバックしたビートと自主制作環境の音質が妙なグルーヴを構築する”One And Only”など、面白い楽曲が並ぶ。まだKANDYTOWNにもなっていなかった時代の、源流が見えるものとして貴重な作品だ。

tofubeats 『summer dreams』

DL: https://tofubeats.bandcamp.com/album/summer-dreams

今や押しも押されぬ神戸の名プロデューサーも、インターネットとは縁深く、よってもって当然のようにフリーミクステ/シングルを量産していたひとりだ。中学生の頃からネットで作品を発表していた彼だが、本作は同年6月にオノマトペ大臣との時代を代表する名曲”水星”をリリース、注目度が急上昇した中でのデモ作品集。このタイミングでどんな作品を出すのかと思えば、これがまたチャートで大暴れを続ける”水星”とはかけ離れた、彼のオリジンが開放された代物。G-Funkフレイヴァな”in my room”やテキサス形式でリヴァーブしきった”synthesizer”(本人も本作の中では満足している曲とのこと)など、ドープサイドに振り切った作り。しまいには”in my room”のChopped&Screwed版(ヤバめなサンプリングも飛び出す)まで用意されている丁寧さ。tofubeatsがどこから来たのか、この上なく主張した作品。もはやWikipediaからも省かれている作品だが、彼のルーツを辿る上では何なら最重要作だろう。

2013年:

Milestone: Fla$hBackS 『FLY FALL』

Listen: https://soundcloud.com/jjjj-soma/fly-fall-intro-seson-prod-jjj?utm_source=clipboard&utm_medium=text&utm_campaign=social_sharing

jjj, 故・Febb, KID FRESINOによるFla$hBackSもまた、正規作品のリリース前にフリーミクステでデビューしたクルーだ。1stアルバム『FL$8KS 』の1ヶ月前に公開された本作は、(時系列が筆者の中で曖昧だが)1stアルバムからのリードMV “Fla$hBackS”のMVと並んで全国的に大きな話題となり、彼らへの期待値を大きく底上げした。アートワークやタイトルの拝借元からしてセンス良し。jjjプロデュースでFebbのラップがこれまたハイセンスな”Do”や、Gradis Nice製の”Story Pt.2″など楽しい曲が続く。中でも”RAW HORSEMEN(Cowboy Spit)”は、のちに1stアルバムにも収録される”Cowboy”との関係性を、タイトルとして、ラップのスピット感として、そしてコラージュ的なビート感性として、特に如実に感じさせる作品だ。のちの活躍と地続きな楽曲が並ぶ、見事なシーズン0。

Milestone: BYGdaddy 『ZAP2』

DL: https://www.mediafire.com/file/66sdf6v9cuw7xan/BYGdaddy_ZAP2.zip/file

フリーミクステ文化の渦中においても、そして日本のHIPHOP史においてもあまりに見過ごされがちな名盤。BYGdaddyはMC/ProducerのIPPey (Chang kowloon), DJ/ProducerのKISHIEMON (KC-KAZZ), Performer/Game Reviewerの香辛から成る3人組。大阪は高槻のこれまたハイセンスなポッセ・高槻POSSEに所属している(というか高槻POSSEは梅田サイファーと等列で評価されるべきでは?)。JABやLion’s Rockなど、素晴らしい才能が集ったポッセにあっても特異な光を放っていたのが彼ら。3枚目のアルバムとなる本作は、EDMやベースミュージックをあまりに早く、そして鋭敏に取り込んだ図抜けたクオリティを誇る。「俺は化け物じゃない 一歩先を行ってるのさ」(“SUPER VILLAIN”)はラップゲームとしてのボーストでもなんでもなく、真水の純粋さを持つ事実だ。冒頭の”WIRED/SHOW ME YOUR EAGLE”からして規格外。ビート転換の巧みさや、そこからの仕掛けぶりなど、彼らのセンスが凝縮されている。「EAGLE」とは「カッコ良さ」的なものを示す彼ら独自のスラングだが、この曲を聴かされながら「お前のEAGLEを見せろ」と言われても無理だろう。空間的な拡がりも素晴らしいバッキンザデイもの”GAMEBOY NINTENDO”ですら音の刺激は加速し続ける。やりたい放題のサンプリングを詰め合わせた”FUCKIN’FRESHBEATZpt2″やこれまたデカい食材を丁寧に煮込んだ”WELLDONE”も楽しいし、終盤の”SODA BOP”, 客演のLion’s Rockの登場までパーフェクトな”WIND”などの締めの流れに至るまで、加点方式を問わず満点を維持したままフィニッシュしてしまう。時代のスタンダードからのリープ度合で言えば確実にメダル級の飛距離を叩き出している上に練度も驚異的。なんなら『空からの力』とか『花と雨』とか、そういう作品たちの横に当たり前の顔して並んでるべきアルバムなのでは?過小評価もいいとこだろう。オーパーツ。

MUMA x Quidam Beatz 『Feel Free』

DL: N/A

2012年に素晴らしいEP『EXIT』をリリースし、RAU DEFとZEEBRAのビーフにも参加するなど注目を集めるMUMA。本作は彼のビートメイカー名義・Quidam Beatzとの共作のていで公開された1stフルアルバムに位置づけられる作品だ。ラップスキルやビートの練度は大前提に、Mix & Masteringに至るまで、とにかく細部までこだわり抜いた丁寧な仕上げが魅力。リリースの手軽さからとにかく作っては出す、ラッパーの100本ノックにリスナーが付き合うことも少なくなかったフリーミクステ文化だが、本作ではフィジカルリリース作品と寸分違わないクオリティが通底されている。

Raq 『The Bible』

DL: https://soundcloud.com/raq_hiphop/raq-the-bible?utm_source=clipboard&utm_campaign=wtshare&utm_medium=widget&utm_content=https%253A%252F%252Fsoundcloud.com%252Fraq_hiphop%252Fraq-the-bible

東大出身、「RA”P”」を一歩進める存在としての「RA”q”」。電波少女やLil’Yukichi, Jinmenusagiとも共演してきた彼のフリーミックステープアルバムが本作となる。高音の声で、粘性を残しつつも小気味良くフロウするRAqのラップは、冒頭の”Simplify”しかり、社会情勢を芯を捉える形で切り取ったたリリック描写を各所に挟んでくる。それでいてただ重苦しい作品にならず、あくまでラップアルバムとして抜けの良さがあるのはRAqのラップスキルのなせる業だろう。エリート街道と自分の人生を問う”Nick Swaggeon”などは、彼の立場だからこそよりリアルに響くものがありつつ、諦観ではないにせよ、どこか割り切りの良さによる聴きやすさがある。当時の外国人献金問題を絡めつつ政治家に怒鳴り散らす”Tragedy Check”でもラップゲームとしての妙味も残す、良い意味で冷静なバランス感が秀逸。一方で自分の人生に対し真摯に向き合い続ける姿勢の後半がさらに秀逸。”パンセ”やフロウが一段と奔る”ビジョナリースワッグ”は当時の若い世代の思考を緻密に描写した楽曲としても秀逸。時流を捉えた社会問題、そして当時の世代の思考が丁寧にコンパイルされた作品としても貴重な位置付けの作品ではないか。

V.A. 『おならBOOの「BOOST COMPI 」vol.2』

DL: http://www.mediafire.com/file/iz68p5kcvgxuge1/BoostCompi_vol2.zip/file

TwitterユーザーのおならBOOが、業界へのコネクションゼロのところから熱意だけで築き上げた驚異の無料コンピレーションシリーズ。Vol. 1-4までが発表され、シリーズを通してラッパ我リヤの山田マンや大阪の重鎮・WORDSWINGAZ, MC松島、SNEEEZE, leeなど多彩な面々を揃えた。中でもこの場で紹介しておきたい、個人的なシリーズベストがこのVol.2だ。コンピ物なので当然曲によって趣は異なるが、結果的に感傷的な色彩の楽曲に魅力的なものが多い作品となった。leeが破砕的なビートとサンプリング、そしてラップで空間を作る”から”, PARKGOLFとカクニケンスケの相性が存外良い”風船を割りたくないなら”など佳曲が並ぶ。中でも本作のMVPが、ODDがラップ、ビートを自身で手掛けた”サヨナラのダンスを君に”だ。決して当時も今も知名度のあるアーティストとは言えない彼が、この舞台で一世一代の名曲を生み出している。時折ピッチ調整、チョップを挟みながら進行する儚げなラップ。シンプルな構造をセルフメイドならではの丁寧な構造転換で物語と一致させる。明らかに図抜けたクオリティに仕上がったこの曲の魅力に触れるたび、誰でもネットの海に自身の現在地を問うことを可能にした、フリーミクステ文化の意義を実感する。

2014年:

Milestone: Majikichi Crew 『DUSTBOX(Demo)』

DL: N/A

フリーミクステ文化は誰に門戸を開いたのか。本作はこの文化のささやかな、しかし重要な貢献を象徴する作品だ。メンバーはビートメイクも手掛けるMC今日からエムボマ、Pitch Odd Mansionの一員としても活躍したANPYO, MCハイソックス舐める、MCキムチババア、BOSS THE MC カフェオレ、MC鼻にカカト落としによる6MC構成。サブメンバー(?)で時折シャウトアウトを挿入する紅一点・たきまも含めれば7人という大所帯クルーだ。重要なのは、彼らが当時Twitterに集い局所的に人気を集める、ごく普通のSNSユーザーであったこと。そんな彼らはHIPHOP好きが高じてTwitter上でじゃれ合っていたところをHAIIRO DE ROSSIに見つかった。その場で強制的に先述のMCネームを与えられ、半自動でクルーとしての活動が始まったのだった。そう、彼らはHIPHOPアーティスト的な存在として先に在ったのでなく、後天的かつある種の自覚的なワナビーとしてシーンに現れた。その点で非常にユニークなクルーだったのだ。そして、それこそが重要なポイントだ。それまでHIPHOPは「本気」なプレイヤーの手にあった。ハードコア、ナードコア、どちらを掲げるに関わらず、プレイヤーは「No Pain No Gain」かつ「B-BOYイズム」の精神を胸に秘めた、常に特別な存在であり続けようとした。それは”グレートアマチュアリズム”の象徴であるRHYMESTERでさえ「俺の時代が終わっても このブームが去っても (中略) もはや止められないこのアートフォーム」と歌い、自身が震源地であり何かを率いているとの自意識に明確に表れていた(その矜持はもちろん称賛されるべきものだ)。しかし、日本にはまだまだ「ラップに興味はあるけど手段がない、周りに仲間もいない」、「トーシロの中のトーシロ」の階段にも上がれない奴らが日本中にいたのだ。そしてMajikichi Crewは2010年頃、遂にSNSという手段でボーダレスにつながった。仲間と邂逅した。次いで、フリーミクステ文化が花開き、誰もがワンクリックで音源を世界に公開出来る世界に至って、彼らは遂に、音楽を発信する手段と仲間を得たのだ。SNS上で半自動的に集まったこのクルーが重要なのは、彼らの動きがこの文化によって手にした武器の効力を最大限に示して見せたものであり、後述する幅広いHIPHOPアーティストがこの動きを(半分ミームとして、もう半分はフレッシュなアクションとして)サポートした点にあった。要は「誰でも大っぴらにラップして良い」、その真なる門戸が(局所的なシーンのサポートすら得て)開かれたのは間違いなくこの時期であり、かつその代表例がMajikichi Crewだった。そんな彼らは曲やツイートでバズを巻き起こしながら驀進するが、このアルバムは2012年当時より存在がアナウンスされておりながら、遂に正式リリースには至らなかった。その後、ごく瞬間的に本作を偶然入手出来る機会がSNS上で起こり、筆者もその機に聴くに至ったものだ。客演には生みの親であるHAIIRO DE ROSSIを筆頭に、THUG FAMILYのT.O.P.がいたかと思えば、文学的な表現で支持を得るCandleがいたり、早稲田大学の名門サークル出身のクルー・BUZZ BOXがいたりとごった煮状態。これも彼らがSNSという、現場とは全く異なる動線で築き上げた人脈が故だ。冒頭の勢い込んだ”BUG”や中盤の”MotherFucker”なんかの悪ノリも楽しいが、白眉は実質作品を締め括る”パーティーパーティー”。たきまも参加したフルメンバーでの作品であり、この作品の大団円。楽しい時代の回顧録として、ある種当時のTwitter文化のメモリーとしても機能している。同時代を過ごした方ならジンとくるのでは。それもやはり、彼らが、そしてこのアルバムが何かを象徴する存在だからだろう。なおMajikichi Crewは本作の制作といくつかのシングルリリースを経て、音楽クルーとしての活動は実質的に休止。しかし2020年に新曲”MITSUYA”をサプライズリリースしている。このシングルもインストを開放しており、誰でもREMIXして良い、フリーミクステ文化の習わしを引き継いだものとなっている。

NERO IMAI 『BEAUTIFUL LIFE』

DL: https://rcsrecs.bandcamp.com/album/beautiful-life

Campanellaをして「一番ラップが上手いMC」と言わしめるRC Slumの核弾頭による1stミックステープ。本作にもCampanellaは客演参加しているほか、どちらも粘性あるラッパーとして共振するスタイルであり、Campanellaのラップが好きなリスナーにはぜひ、という感じだ。元々ベルリンテクノに傾倒していたらしく、RamzaやC.O.S.A., Aquadabらがプロデュース参加した中でも、特にAquadabとの楽曲はそうした向きを思わせる冷徹なグルーヴが漂う。C.O.S.A.製の迫力ある”I PHONE” (めちゃくちゃカッコ良いがカースワードに注意)を超えた先にある、いきなりミニマルテクノな”ASYURA”などは前半のハイライト。それと比肩するものとして、中盤の”HYDRO WHITE”での音としての感情を排されたようなミニマルビートも外せない。この2曲に関して言えば、日本のHIPHOPのどこにも文脈を共有しない稀有なオーパーツとすら言える。日本のHIPHOPxテクノの文脈ではTWIGYの『AKASATANA』(2007年), 『baby’s choice』(2008年)といた偉大な作品が挙げられるが、本作も(テクノとしての質感は異なるが)そうした作品群と共に重要な足跡として語り継がれるべき作品だろう。フリーミクステとしての完成度はもちろん、そうした意味でも重要作。

Nipsey Hussle ”TOO MANY LADIES feat. KAYZABRO, AKLO”

DL: http://piff.me/fbef40a

単体の楽曲だが、フリーミクステ文化の面白さを示す例として紹介。この文化を牽引した偉大なプラットフォームサイト・Datpiffが2014年に企画した、アジアアーティストとの絡みをメインに据えたアルバム『Air Asia』に収録された。当時フリーミクステを量産、2019年に急逝したNipsey Hussleが日本よりAKLOとKAYZABROを迎えている。先にNipsey Hussleのヴァースが入ったバージョンが届き、それに日本勢が自身のヴァースを吹き込んだとのこと。少なくともAKLOとNipsey Hussleは会わずに制作したようだが、組み合わせの妙が面白い作品になった。

Kid Fresino 『Shadin’』

DL: https://www.dogearrecordsxxxxxxxx.com/artists/kid-fresino/shadin/

2013年にラッパーとしての活動も開始して以降、自身の1stアルバムやAru-2とのジョイントアルバムのリリースなど、破竹の快進撃を続けていたKid Fresino。実質的な2ndアルバムとなる本作は、NY渡航前の置き土産の作品となった。参加したビートメイカーは自身を含めて9人、11曲中7曲に客演を配置。これまでの作品において、1stアルバム『Horseman’s Scheme』がほぼFla$hBackSのメンバーで、そしてAru-2とのジョイントアルバムでは当然Aru-2がプロデュースし、作品の統一感を重視していたのに比べると異質だ。それは渡米前に日本のシーンで集めてきた何かを示さんとするようにも見え、彼のライフステージを表す形を成している。威勢よく始まる序盤も最高(特にO.IとChapahは素晴らしい)なのだが、その観点から言えば終盤のフェアウェルに似た雰囲気が忘れ難い。C.O.S.AとCampanellaを迎えた”Import”からAru-2との相性を見せつける”Last Single feat. Campanella”, そしてラストはFla$hBackS揃い踏みでの”Who Can”で締める。のちの経過を考えると、JJJの「この3面の背中合わせたトライフォース」とのリリックが切ない。とにかく当たり前に全部カッコ良い作品であることは疑うべくもなく。加えて前述の背景から、作品の色彩としてもバラエティに富んだ楽しいものに仕上がっているため、「Kid Fresinoに何がどれだけ出来るのか」一撃で知らしめる、入門用にもちょうど良い作品だ。

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2022/09/30
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