Column/Interview

その年史が積み上がるほど歴史の記述はシンプルになる。

何十年分の歴史を決まった分量に収められるよう、歴史の背骨を構成する要素以外はこそぎ落とされていく。

HIPHOPも同様だ。黎明期にして黄金期とも言われる1990年代、まだ「近世」と言える2010年代の発掘・アーカイブ作業を横目に、2000年代における日本のHIPHOP史はその半端な時間的距離から、ほとんど誰の手にも触れられてこなかったのではないか。

日本のHIPHOPには2000年代があり、そこには確かに数多くの名作があった。

これは新たにこの10年間の遺構を保存し口伝する、終わらない歴史保存作業だ。2000年代のこれまであまり触れられることのなかった名作たちを、いま一度紐解いていく。

本作発表時点での瘋癲は、MCのMILIとB-BANDJ, そしてDJのDJ SUWAによる3人グループ。本作は彼らが2005年にリリースした2ndフルアルバムだ。MILIは90年代の不滅のクラシック『浸透』をリリースしたNAKED ARTZの一員として、またB-BANDJはMONDO GROSSOの一員として…あるいは今なら若手ラッパーのJuaの父親としても知られる。但し瘋癲は前作『MUSIC IS EXPRESSION』(2003年)のリリース直後に、メンバーであったトラックメイカー/ドラマー/エンジニアのM.FUJITANIが交通事故で他界。本作は残ったメンバーが気持ちの整理を付けたのちに仕上げた17曲だ。

本作が名盤たる所以は、とにかく時代性を超越した、日本のHIPHOP史においても不世出と言って良いサウンドに他ならない。ビートプロデュースはB-BANDJやDJ SUWA, 翌年メンバー入りを果たすことになるギタリスト・GURO, そしてビートメイカー・AZZURROらが中心となって仕上げている。クルーの本懐たるジャズとHIPHOPの融合を基調としつつ、GUROのギターも最大限活かした上で透明感あるビート(Takaki ItoとGUROによるMixの功績も大きい)は、リリース当時から傑出した出来として高い評価を獲得。2021年現在に至ってもなお、そのフレッシュネスは目減りしていない。メンバーが当時のインタビューで語っている通り、M.FUJITANIの死去に際し大きなショックを受けつつも、あえていつも通りグルーヴィな仕上げを狙いにいったのが奏功している。

冒頭の“Rebirth”でM.FUJITANIの遺したビートに乗せて彼の魂を送り出したあとは、ギアチェンジする為の実質的なイントロ“Radio Flip Hop(1)”を挟んでB-BANDJ製の“XXX”へ。もうこの曲に触れた瞬間、筆者の言わんとする本作のカッコ良さの全てが理解されるはず。拍に合わせカットされたギター。それゆえ上ネタと大部分被って鳴らされるドラムス。両者の被りの為、必然的に生まれる空白のグルーヴ。くだらないサブジャンルに括りつけようとする勢力を拒むカッコ良さだ。

そして続く“come get out”はB-BANDJのHOOKが一層本作の透明なグルーヴに拍車を掛け、レゲエダブなビートが本作では異質な“YEAH OH EI !!(UH-SHA)”などを抜ければ、本作が生んだクラシックのひとつ“good friends”に到着する。「いつも通りにグルーヴィなHIPHOPを」との想いを貫いてきたメンバーの意図が一瞬切れたかのように、ここで一曲に全てを掛け、M.FUJITANIへの想いが綴られる。それでも本作が前後の流れから浮いているわけではなく、一貫したクリアなサウンドとそれゆえのグルーヴは持続。No-booのHOOKで更に一段階仕上げられた、紛うことなき名曲だ。

とはいえ本作がニクいのは、ここからまたギアを上げて前を向くところ。Interludeとしての“Radio Flip Hop(2)”で効果的に空気を戻したあとに始まる“M.V.R.”は、”XXX”や”good friends”に並ぶ本作の目玉だ。これまたギターが素晴らしい仕事をしたアグレッシブなビートに乗せて、客演の京都のTYPE Lo, そして大阪のレジェンド・WORDSWINGAZからMISTA O.K.I.が吠える。特にMISTA O.K.I.の仕上がりは抜群。吠えに吠えまくり曲を喰っていてるあたり、本作が”good friends”の直後だとか一切気にしない感じがあって最高だ。実際このあとからは一気にパーティノリを突き詰める形にシフトしていき、作品としても何か吹っ切れたものを感じる。最後はM.FUJITANIもプロデュースクレジットされた、これまた素晴らしい“我等は彼等”でスロウに締めるが、前作を通してアゲなグルーヴとM.FUJITANIの追悼、この正反対な二軸を成立させてしまっているのは凄い。しかもその上でビートは史上屈指の出来栄え。1作でこれだけ色んな宿題をこなしてしまった作品、中々ないのでは?

2021/12/29
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作品情報:

Tracklist:
1.Rebirth
2.Radio Flip Flop (1)
3.XXX
4.Come Get Out
5.why!?
6.YEAH OH EI !! (UH-SA !)
7.Good Friends (feat. No-Boo for Tick)
8.Radio Flip Flop (2)
9.M.V.R. (feat. MISTA O.K.I & Type Lo)
10.Radio Flip Flop (3)
11.Sugar Kut (z) [feat. DJ Shark]
12.Radio Flip Flop (4)
13.In the Bubbles
14.Caliente (feat. Eri Kamiya)
15.Splash (interlude)
16.20000miles
17.我等は彼等へ

Artist: 瘋癲(FU-TEN)
Title: FLIP HOP
Label: FILE RECORDS
2005年4月28日リリース

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