Column/Interview

日本から世界のガリガリニートに感情を届ける、kedyの1stアルバム。2021年1月26日発売。


Track List:
1.World
2.SOL
3.Pain agaiN
4.Tokyo tonight Recommend
5.Glitter
6.Velocity          Recommend







Emo Rapの功績のひとつは、それまで「外部環境と自分の関係性を歌う音楽」だったHIPHOPに対し、ロックに特徴的だった内省的な視点を持ち込んだこと、それをサブジャンルとして内製化することに成功したこと──よくそう言われる。
この過度な類型化には多くの補論・注釈が必要となるが、ここでは一旦この前提の下で話を進めたい。

Emo Rapの功績を上記のようなものと捉えたとき、それによるHIPHOPの音楽的な広まりについては異論ないだろう。
ギターリフの鳴り響くビート、歌とラップを境目なく使用して良いというシーン的なものからの正当性の確保、HIPHOP的な「強さ」を無視して自分の部屋に閉じこもって「弱さ」を歌って良い逆説的な解放感…。
このようなサウンド・リリック面でのジャンルの拡張は、これまでHIPHOPが届き得なかった層にまでその魅力を伝え、多くのアーティストを生み出してきた。

kedyもその一人だ。
17歳でHIPHOPに出会って以降、確かな愛は持ちつつも、HIPHOPのコアとは現代的な距離感を保ってこのジャンルを見据えてきた。

HIPHOPというジャンルに特に思い入れは無いですけど、楽曲作る時に簡単に作れて且つカッコ良いのでHIPHOPを選んでいます。
単にコスパがいいので。
いずれは平沢進みたいな唯一無二な曲を作れたらいいなと感じていますが、今は知識と技術が無いのでとりあえず自分が満足できる音楽を沢山作っています。


そんなどこか一歩スレたスタンスが逆に純HIPHOP的な魅力を放っているが、実際のところkedyが作るその音楽には、この言葉を大言と思わせないだけの力がある。
部屋の中で見る星空のような、心地良い浮遊感がありつつもどこか夜の不健康な時間を思わせるビート。
そんなビートとシンクロし自分の内面を器ごと抉り取ろうとするような歌詞。
そしてそんな歌詞とは裏腹に、とてもしなやかな声質・メロディセンス。

これだけの伸びしろを持つアーティストがほぼ完全に埋もれた状態で初EPのリリースを迎えなければいけない。
そんなシーンの現状には危機感も抱くが、その実本作『CHRONICLE』は今後の躍進を期待させる、非常に伸びやかな仕上がりだ。

刺激を受けたラッパーはLil Peepで…なんか高校生とかとりあえずSupremeかっけぇみたいな感じありますよね。
アレと一緒でブランドというかコンテンツとして良いなと思って触れたのがLil Peepで。
中身知っていく内にどんどん引き込まれていきましたね。
私が知った時は年上だったのですが死んじゃって私の方が年上になってしまったのとかも、何か刺激を感じました。
あとPerfumeが好きです。


kedyが抱える陰鬱とした価値観、そこから紡がれる歌詞はLil Peepの存在とも共振する。

「待ったなし渡る三途の川 払った犠牲から貰った感覚 バッドで殴られる夢の中」
「音楽が鳴ってないと俺は生きてるかってことさえ分からない」 ─“World”

そのリリックに、他者の存在はほぼ登場しない。
あるいは登場したとしても、自身の内面を揺らす触媒として描かれることがほとんどだ。
そこにはギターリフが登場するだとか、歌とラップの境目が常にヴァルナブルであるといったフレームワークで形作られる表面的な定義とは異なる、「徹底して自己の内面と向き合うことで世界観を確立する」本質的なジャンル理解がある。

kedyの次の言葉は、如何に自身と楽曲が存在を一にしているかを如実に示すものだろう。


私はビートだったり歌詞だったりミックスだったり1人で0から作ることが多いので、全て自分の子供のように愛着があります。
社会では子供を産んで育て上げることが幸福指数の高いこととされているようですが、私もそのように置き換えることが出来ますね。


そして上述の通り、リリック・アートスタンスが一貫している為、「それをビートとラップで如何に沈鬱なだけの曲にしないか」という試みが明確になされているように思う。
先に引用した“World”もああしてリリックだけ抽出すると一時期のコンシャスラップ的な沈鬱さを想起させるが、実際の曲として聴くと滑らかなフロウで紡がれるラップがただ心地良い。
練り上げられた歌詞は切なる陳情としてこちらの耳に捻じ込まれるのではなく、メロディを伴ってゆるやかに浸透するのだ。
この辺はLil Peepとは対照的な、Perfumeが好きだという言葉に裏付けられるようなポップセンスを感じる。

代表的なのが“Tokyo tonight”で、寝れない夜に思いを馳せた空想的旅路が、最終的には神を宇宙の塵と断じるところまで進み切る。
こう紹介すると非常に遠大で取っ付き辛いポエトリーかのようだが、その実HOOKやブリッジの浮遊感、そして何よりラップのセンスでもって、スペイシーな浮遊感に揺られたまま、こうしたマクロな言葉がするりと脳に届く構造となっている。

そうして自分の内なる想いを丁寧にパックしていくkedyだが、最後の“Velocity”だけは全てを解放して光に突き進む。

「振り切ってるスピード超越能力 前人未踏ぶっちぎるアート リモートしな、俺以外檻の中」

これまでの鬱屈した思いを全て爆発させたような推進力がとにかく抜け良く、本作随一にカッコ良い。
ただその歌詞を紐解いていくと「端から独りで抜け切った森」 「2人目に託す思い変わらず」など、これまでの鬱憤が諦観によって引火した感も見て取れる。

この諦観が“Velocity”の抜けきったカッコ良さの導線となったことは疑いなく、その意味でリスナーとしてはありがたい側面もある。
他方でkedyに諦めの念を抱かせる──その対象がプライベートなのか、シーンに対してなのかは定かでないが、仮に後者である場合には早急にシーンの方が目を向ける必要がある。
これだけのポテンシャルを持っていて、この作品を出してなおピックされない──内側を見つめ直すべきは何なら日本のHIPHOPシーンの方かもしれない。


アーティスト情報:
kedy

17歳の時、受験勉強に飽きてHIPHOPに出会う。
友達に買ってもらったパッドからビートを作るようになる。
有名になることには特段固執していないが、趣味の延長でイギリスのガリガリのニートとかに聴いて貰えたらいいと思いながら活動中。
自分が満足する音楽を沢山作りたい一方、まずは過去のミックスが気に食わずリマスターしたEP『CHRONICLE』を2021年1月にリリース。

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2021/02/11 Text by 遼 the CP

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