Column/Interview

LIBROが3年ぶりのアルバム『なおらい』をリリースした。裏方としての仕事はたまに見えつつ、ラップ音源となると2003年以降10年以上沈黙していたLIBRO。2014年にカムバックしてからは毎年リリースを積み重ねてきただけに、我々もいつの間にかLIBROの音源が届けられることに慣れてしまっていたのではないだろうか。

今回3年ぶりの新作が届いたことで、あの頃の飢餓感を思い出した古参のリスナーも、あるいはHIPHOPに興味を持ってから初めてLIBROの音源をリアルタイムで聴くことになったリスナーもいることと思う。

この場で改めて、その空白期間の前の傑作『胎動』から、復活後のリリースラッシュ、そして祭りの終わり=なおらいに至るまでの軌跡を、改めて振り返ってみたい。これはリスナーが焦がれ続け、祝い続けた20年のアーカイブだ。



『胎動』(1998年)



10曲入りで32分、価格は2,420円。LIBROの音沙汰が2003年以降途絶えてからというもの、向こう10年以上もリスナーが待望論を叫び続けたのは、この小ぶりなアルバムがあまりに傑出していたからに他ならない。

ボンゴのようなポコポコしたビートで刻まれた“イントロ”から、一気にストリングスが場を支配する“胎動”へ。そこからラグドなチョップビートが特異なショートソング“ガイドライン(EDIT)”を挟んで、“雨降りの月曜”とミニマルなトラックがセンス抜群な“対話”という、伝説的名曲2連撃へと続く。冒頭からの世界観の躍動は、確かにその豊かなサウンド感に彩られていた。

加えて本作を傑作たらしめているのが、言っちゃ当たり前だがLIBROのラップセンスだ。表に出ているプレイヤーの総量としてハードコアの割合が圧倒的に多かった当時。さんピンCAMPで「こんなシーンを待ってたぜ」と叫んだ勢力はラップとタフネスの結合をより一層推し進めていた訳だが、そんな世相にあってLIBROのラップはあくまで文筆作業としての矜持を感じさせる(LIBRO自身もそうしたタフなシーンから遠かったわけではないが)。それが音楽性を補強するライミングと双立しているのが凄いところ。特に“対話”では、「何もない訳じゃないけど穏やかな日常」の色彩が心地良い韻律で紡がれていく。この曲がちょっと日本のHIPHOP史においても突出した完成度を誇るのは言葉と韻律とビートの関係が穏やかにバランスされているからだろう。ラップにおける韻の役割は何なのか、いつでも立ち返って学ぶことの出来る名曲だ。

なお、何かと“胎動”, “雨降りの月曜”, “対話”のクラシック3発だけが言及されがちな本作だが、REMIXと“アウトロ”を除いて、実質的に最後の曲となる“Doytena 2000″の楽しさをここで力説しておきたい。Ghost Face Killahの曲をもじった本作には走馬党の盟友・Ark, KEMUMAKI(のちにZEEBRA率いるUBG入りするKM-MARKIT), 神戸の燻し銀マイカー・DOBINSKIが参加。LIBRO自身もタフなシーン自体から遠かったわけではない中、本作はそれを裏付けるゴリゴリのマイクリレーだ。なおこの曲は2010年頃までは「意外な組み合わせのマイクリレー」モノとして毎度名前が挙がるような隠れた人気曲だったが、恐らく時代も進んだ中、このメンツの意外性といった文脈も薄れてきていることと思う。恐らく名曲群のイメージだけで本作を聴くとここで面食らうと思うが、そうした断ち切れた文脈にも思いを馳せつつ、今一度聴いてみて欲しい。



『Night canoe』(2009年)



2003年にNEW DEALから発表したシングル『三昧』以降、Keycoとのプロデュースユニット・Fuuriの結成などはあったものの、ほとんど音沙汰のなかった中での2ndアルバム。自身のレーベル・AMPED MUSICを立ち上げての第1作でもある。LIBRO名義の音源がリリースされること、すなわちその活動が続いていることにリスナーは歓喜したものの、本作は全編インストアルバム。LIBROの抜けの良い高音ラップが聴けるようになるには、ここから更に5年待つ必要があった。

とは言え元々ビートメイカーとしても抜群の手腕を誇るLIBROだけあって、本作のビートも聴き応えに満ちている。『胎動』の持つ独特なミニマルさから、次のシングル『音楽三昧』(2000年)以降は徐々に当時的なビートメイクに移行しつつあったLIBROだが、本作もその流れを基本的に汲んでいると言える。

本作では音数の多さがやはり際立っている感があるが、それは恐らくビートで情景を紡ごうとした結果ではないかと思う。冒頭から蛙の鳴き声の響く、夏の夜の夢を思わせる“YUME NO YUME”, 週末の地下鉄の、浮足立った情景が浮かぶような“METRO”など、音でどれだけ言葉を表現出来るのか、その試みがなされているように感じられる。ミニマルな作風から真逆に多層的な“STAR OCEAN”や、逆に純然たるサンプリングビートたらん姿として成立した“SUGAR”など、「LIBROが何を語っているのか」がそこから見えるのは、やはり言葉を基点とする作家性ではないかと感じさせる。



『COMPLETED TUNING』(2014年)



遂にチューニング完了。自身名義のラップを収録した音源としては『三昧』(2003年)以来11年ぶりとなる復活作。リリースアナウンス時にはリスナーから熱狂にも似た喝采で迎えられ、SoundCloudでのショートミックス公開、YouTubeでのティザー公開と、丁寧にカムバックの準備を積み上げ発表された。

11年ぶりの作品でも、その伸びの良い高音のクオリティは全く変わっていない。ただしチューニング後のウォームアップとしてか、自身のラップは“Mind tuner feat. LIBRO”“マイクロフォンコントローラー feat. 漢, MEGA-G, LIBRO”の2曲のみ。一気にドカ食いさせないよう、リスナーの腹具合に配慮した露出度なのがニクいが、どちらの曲も味わい深い仕上がりだ。前者はカムバック作がこれほど穏やかなのもLIBROらしい。後者は言わずと知れた名曲になった訳だが、ここでも最後に曲を締めるLIBROが、必要最小限の出番でありながらやはり主役だ。なお余談ながらMEGA-Gの参加は偶然のことだったようで、レコーディングの日にたまたまMEGA-Gが漢の元に遊びに来ていたからだとか。それでいて見事なHOOKを練り上げた仕事ぶりは流石一流シェフの仕上げ。



なおラップでの参加は2曲だけとはいえ、インスト曲が言葉と同じくらい雄弁なことにも触れておくべきだろう。特に自身の復活曲“Mind tuner”を次曲に控えた気分の高揚が見て取れるソウルフルな“Urge”, アルバムの締めとして、ここまでの道程への感謝が音で示されたような10分超えの“S.M.J”など、前作『night canoe』以来の雄弁な音/ネタ使いが味わえる。

どうしてもLIBROに力点を置いた語り口になるが、その他の客演陣の参加曲もすこぶる手堅い仕上げ。“One by one feat. 嶋野百恵”でスタートするあたりは、「祭りの始め方」としてパーフェクトだろう。加えて特筆すべきは“ある種たとえば”の小林勝行。彼独特の、あえて散逸させることで叙情を生み出すリリシズムが、古代から中世、戦後、現在までの輪廻転生を紡ぎ、最後には自分のキャリアの総括とオーバーラップさせる。この壮大な世界観を4分半でさらりと展開させてしまうのは天性の才能だろう。



そして小林勝行がアウトロで語る「LIBROさんありがとうございます、サンキュー俺ら」は、LIBROの復活を待ち焦がれた全員が思っていた言葉でもある。LIBROはもちろんだが、11年もの間焦がれ、声を上げ続けたリスナーたちに、最大限の賛辞を。
これ以降、LIBROは堰を切ったようなリリースラッシュを始めることになる。


(次回に続く)


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2021/09/14 Text by 遼 the CP

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