Column/Interview

2021/12/15(水), 無雲が1stアルバム『無雲(MOON)』をリリースした。これまでSoundCloudを中心に楽曲を発表してきた神奈川のMCは、そのクオリティの高さから一部のリスナーから熱い支持を獲得。今回のリリースをサポートした名門レーベル・ウルトラ・ヴァイヴもそのひとつだ。

今回PRKS9ではウルトラ・ヴァイヴの制作担当・池田氏も同席のもと無雲にインタビュー。自身でも「望んだ生い立ちじゃない」と語る中、それでも心地良く、愛を語り続けるそのスタンスはどこに根差したものなのか。

「自分は「家庭」ってものを持ったことがなかったけど、「家庭を持つ人の考えがどういうものか」とか分かるようになってきた。「いつも無雲くんの曲に助けられてます」、そういう言葉をずっと言って頂けるような音楽を作りたいと思ってます」

これはHIPHOPがどのような生き様を受容・発信出来る文化なのか、その深さを示したインタビューだ。

登場する主なアーティスト(順不同):
TOSHIKI HAYASHI(%C), KOYAN MUSIC, 竹内まりや、今井美樹、C.O.S.A. x KID FRESINO, EMINEM,  PUNPEE

「世に曲を出しても良いかな」と思うまでには時間があった


─本日はよろしくお願いします。

無雲:
無雲です、出身が川崎、今は相模原が生活拠点です。最近はずっと音楽制作をしています。

─もともと…HIPHOPに出会うまではどのような音楽を聴いていたんでしょう?

無雲:
日本のポップス、バラードが好きでした。今井美樹や竹内まりやみたいなゆったりした…少し昔のものが好きでしたね。音楽的にバチっとハマった感じがあったのはMichael Jacksonです。

最初から80年代の楽曲が好きで、逆にその当時流行ってた曲はあんまり聴かなかったんです。小中学生の頃からそんな感じで…BOOKOFFに行って「この音楽はどんなのなんだろう」って手に取るみたいな。音がなんか馴染む感じもあったし、元々ビンテージなものが好きで、時代感あるものが自分に合ったんです。周りに大人が多かったのもあって、その影響もあったのかもしれません。

─今でこそ今井美樹や竹内まりやもサンプルネタやレコード・リヴァイバルの流れでHIPHOPともどこか距離が縮まった感じもありますが、当時その辺の音楽からHIPHOPに辿り着くには結構幅がありますよね。どうやってHIPHOPに出会ったんですか?

無雲:
元々ダンスをずっとやってたんですよ。その中でダンスで使うようなUSの90’sを聴くようになっていって…特に西海岸系の踊れる、ギャングスタな感じのが多くて。でもそのときはノリの良い、踊れるのを聴いてるって感じであんまり深くは入り込んでなかったです。でもだんだん周りにもHIPHOP好きな人が出来てきて、ダンスイベントに行ったときにライブもあったりしてハマってった感じです。それが18歳くらいのときだったと思います。

その頃に相模原に引っ越したんですけど、そこで行ったクラブでもよくHIPHOPがかかってたり、そこで出来た友達がラップしてたりする環境になって。その友達が「これ良いから聴いてみて」って渡してくれたのがC.O.S.A. × KID FRESINO『Somewhere』(2016年)だったんです。まずそこで、「日本語でこんなカッコ良いラップが出来るんだ」って衝撃を受けました。加えて別の友達から同じ時期にEMINEMが主演の映画・8Mileも紹介されて。このEMINEMが滅茶苦茶カッコ良くて、それで自分も試しにフリースタイルをしてみたんですけど…全然上手く出来なくて(笑) それでラップやってた友達のクルーに混ぜてもらったりして、段々ラップをするようになっていきました。

─HIPHOPの何が刺さったんですかね。

無運:
特に8Mileを見たとき、自分に重なっちゃってもうこれは自分もやるしかないなってなりました。自分は…曲でも歌ってますけど3歳から18歳まで児童養護施設で育って。そんな中で親がいないことだったり、仲間の繋がりが大切、みたいなこと含めて自分も伝えられることがたくさんあるなと思いました。それでちゃんと色んな曲を聴いたりフロウを勉強したりし始めました。

─なるほど。じゃあ影響を受けたという意味だとEMINEM, KID FRESINO, C.O.S.A.といった辺り?

無雲:
そうですね…あとビートで言うならBudamunkさんはダンスしてた身として踊れるし好きです。その繋がりで仙人掌さんやISSUGIさん、5lackさん、DLiP RECORDSの方々も好きで…あとはやっぱりEVISBEATSさんとかですね。段々と踊れる視点だけじゃなく、色んなところで聴く音楽が増えていった気はします。実はBES & ISSUGIとかはダンスシーン的にも滅茶苦茶流行ってて…”HIGHEST”とか。

あとはPUNPEEさんは僕の中で一番グッときた感じはあります。『MODERN TIMES』(2017年)とかは本当に影響を受けてます。ストーリー性とか、宇宙的なところとかもあって本当に凄いなって…泣きましたね。でも好きな方は本当に沢山いますね、一時期Jin Doggさんとかもずっと聴いてました。

─そうやって8Mileや色んなアーティストに影響を受けて、すぐに自分でも音楽を始めたと。

無雲:
そうですね、とにかく自分の部屋で制作出来るようにしようと思って、ブース作ってスタジオマイクも買って。それで家でレコーディング出来る環境になった瞬間から、とにかくリリックを書いて曲を作るって生活になりました。それが2017-18年頃ですかね。それから世に出してない曲がストックとしては溜まってきて。やっと曲を「世に出しても良いかな」って思えるようになってきたのが2019年頃でした。始めは「人に聴いてもらう」みたいな意識がなくて、ずっと自分の中だけでプレイリストにして持ってるって感じでした。SoundCloudの存在も当時は知らなかったので(笑)

─最初から曲を世に出して、とにかく当ててやるぜ、みたいな意識ではなかった?

無雲:
なんか世に出す前に自分の意識や考え、スタイルを探る時間が長かったんです。例えば当時の彼女や近い友達に聴かせたくて作った曲、とかはあったんですけど、世に出すような感覚はあんまりなくて。当時はまだダンスも続けてたので、あくまで音楽は趣味、みたいな部分があったのかもしれません。

でも2018年の秋に靭帯を切る大怪我をしちゃって。ダンスに戻れるか分からないみたいな状況になって、そのときラップにフォーカスするようになりました。「踊れなくてもラップは出来るじゃん」って。そこからですかね、「俺ラップしてるんです」って人に言えるようになってきたのは。そうしていくうちに初ライブしたり、ビートメイカーさんと出会ったり、自分でもビートメイクするようになったり。だからケガしたことによって逆に視点が定まった感じです。

─そこから活動を本格化したと。今回のアルバムまではSoundCloudを中心とした活動が中心でした。主にシングル単位でかなりの量をリリースされていますが、この時期のモチベーションやお考えを教えて下さい。

無雲:
そうですね、サンクラに上げるときは自分の練習台として使っていて、明確にどれくらい成長したかとか、そういうのを測る場として使ってました。その中で他の色んなアーティストさんを聴いたりして学んで…自分の範囲を広げていって。

でもこの頃一番悩んでたのはスタイルです。自分は歌うしラップするし、弾き語りもするしで。結構「自分のスタイルってなんなんだろう」っていうのは何年も悩んでました。でも友達に話してるときに「無雲はスタイルがないのがスタイルなんだよ」って言ってもらって。そこからですね、「自分はどんな形で音に乗ってても自分なんだ」って思えるようになったのは。それが2021年の始め頃です。

─じゃああまり「自分はこういう音楽性/スタイルのラッパーだ」という打ち出し方をする気はない?

無雲:
そうですね。でもあんまり無闇に幅を広げ過ぎても聴く人がよく分からなくなると思うので。とにかく幅広いとかっていうよりは、ちゃんと曲の中や作品の展開でギャップを出す、みたいな意識を持っています。こんなにダークな曲のあとにこんな明るい曲が来るんだ、でも展開としては繋がってる、みたいな。自分がその意味で印象的だったのが、”POSSIBLE”でのSPARTAさんで。ISSUGIさんやSANTAWORLDVIEWさんとのマイクリレーの中で、いつもと違うスタイルで、かつスキルフルで喰らいました。そういうギャップを見せていきたいなと。

言葉にするとありがち。でも、自分の生い立ちを通して愛を伝える


─2021年始めに自分のスタイルに自信が付いたことで、今回のアルバム『無雲(MOON)』の制作に繋がった感じですか?

無雲:
そうですね。スタイルに対する自信が付いたのと合わせて、やっぱり自分は歌うべきバックボーンも強いと思っていて。誰かに届けるべき境遇・歌詞があるのと…その上で愛を伝えるということを重視して、作るタイミングだと思いました。でも最初はEPサイズかなと思ってたんですけど、歌いたいことが多くてアルバムになりましたね。

─裏側の話ですが、その初のアルバムが自主リリースではなくウルトラ・ヴァイヴからで、かつプロデュースにTOSHIKI HAYASHI(%C)さんとKOYANMUSICさんが携わる作品になってますよね。この辺のいきさつは?

無雲:
プロデューサーにお2人が入ったきっかけは(ウルトラ・ヴァイブの制作担当である)池田さんが自分を%Cさんに紹介してくれたことだったんです。それで%Cさんが自分に「一緒にやりませんか」って連絡をくれて…それで池田さん、%CさんとKOYANさんのスタジオに集まったんです。そこで色々話をさせて頂いて。

その帰り際にKOYANさんがCDを下さって、聴いてみたら「やべえ」ってなって(笑) 特にその中にヤバいインストが1曲あって、どうしてもそれでラップしてみたくなっちゃったんです。すぐにKOYANさんに連絡して「これでラップさせて下さい」って頼んだら「OK, デモ出来たら送って」って言って頂いたので速攻録って送ったら「おーいいじゃん!これなんかに入れたいね」って言って下さって。それで%CさんとKOYANさんの2人にも協力して頂いてアルバムを作る、っていう流れになりました。そのときインストにラップを乗せて録ったのがアルバムに入ってる”旅の始まり”です。

─なるほど。じゃあ最初にウルトラ・ヴァイヴの池田さんが繋いだ縁ってことなんですね。

池田:
自分がもともと無雲さんのサンクラをチェックしてて、とっても良い曲作る人だなーって思ってたんです。それでちょっとしたきっかけで%Cさんに「凄い良いラッパーいるんですよ」って紹介した感じですね…正直自分の中だけでまだ留めておきたい、紹介するかどうかも迷う感じだったんですけど。推しと推しが一緒に楽曲を作ったとしたら良くならないわけがない、って(笑)。それが2021年の2月くらいですね。

─相模原経由で自然と繋がったのかと思ってましたが、そういう流れだったんですね。そこからの制作はどんな風に進んだんですか?

無雲:
そこからはめっちゃスピーディでした。元々自分のビートストックもあったりはしましたし、%Cさんたちからビートもたくさん貰って…。自分、ビートを選んでからリリックを書くというより、選びながら書いちゃうんですよ。だから貰ったビートを聴いてるうちに書いて、出来たので「このビートでやりたいっす」って連絡するみたいな。そういうスピード感はありましたね。

─凄いですね(笑) アルバム全体のコンセプトを最初から具体的に持っていた?

無雲:
そうですね、アルバムのコンセプトは最初から決まってました。だからそのコンセプトイメージに合うビートがあればどんどん選んでいける、みたいな感じで。

今回の作品は「無雲っていう自分の人間性や生い立ちそのものを問われる/語る」部分と、「そういう自分の経験を乗り越えたからこそ愛を語れるんだ」っていう部分を凄く意識しました。自分自身、児童養護施設で色んな経験をしながら育ってきましたけど、そうした部分をちゃんと語るということと、それを乗り越えた上でちゃんと諦めなければ夢って叶うんだよ、ってことを伝えたい。言葉にするとありがちな言い方なんですけど、ここを突き詰めてます。辛かった経験だけをピックアップして語るよりも、その先にある普通で幸せな日常感であったり、その中で得られる愛であったり。究極的に伝えたいことは愛です、やっぱり。

─ハードな生い立ちの語りは、今作だと特に”逆さまの雨”に象徴的な部分ですね。HIPHOPではこのスタイルを延長してハードな語り口で統一するのもあったりしますが、そういう切り口は避けた?

無雲:
そうですね、ハッキリ言って自分の生い立ちは望んでた生活じゃないんです。なんで児童養護施設で育つことになったんだ、なんでこんな辛い経験してるんだって、自分のことも親のことも凄く恨んでました。疎外感や孤独を強く感じてた。

でも生きていくと嫌でも色んな人に出会う中で、良い人にも巡り会ってきて…血のつながりやそれによる境遇をずっと気にし続けるより、いま出会った人とのつながりを大切にしようって思えるようになってきた。それこそHIPHOPの音楽・文化的な面で影響を受けてそう思うようになりました。この精神性を受けた上で、きっと最終的に自分のする音楽のジャンルがHIPHOPじゃなかったとしてもこういう言葉や歌を伝えようとしてたと思います。

ラップを始めた最初の頃はとがってた時期があって、「みんな結局独りなんだ」「誰がどうなろうがどうでもいいぜ」みたいなことを歌ったりしていたときはありました。でも、人と交わることによって自分が決めつけてきた定義も変わってきました。それこそ…自分は「家庭」ってものを持ったことがなかった訳ですけど、「家庭を持つ人の考えがどういうものか」とか分かるようになってきた中で、そういうことを考えながら歌えるようになったりだとか。今は「いつも無雲くんの曲に助けられてます」「うちの子供がいつも聴いてるよ」って声を頂いたりするんです。そういう言葉をずっと言って頂けるような音楽を作りたいと思ってます。

─視野が広くなってきた中で今の「無雲」が出来上がってきたと。

無雲:
はい、だからこのアルバムを出して、次の動きとかがもうめちゃくちゃ楽しみなんですよ。今回のアルバムは「無雲って誰なのか」を詰め込んだ作品になってるじゃないですか。次の作品とかになると、もっとフラットな感情表現が出せると思うので。それこそ四季によっても感情が変化していく中で、どんな色の曲を作っていくんだろうとか、凄く楽しみですね。

だからこのあとは制作もライブも、全然止まらないです。いまはもう、常に思考や感じたことを曲に仕上げないとマインドがエンストするみたいな、音楽がないと生活が回らないサイクルになってるんですよ(笑) だから制作を続けて、もっと無雲って存在をみなさんに身近に感じて頂ければと。長期的な視点で見ればプロデューサーの立場としても制作してみたいですし。

─生活の一部に音源制作が組み込まれてると。普段はどんな風にリリックを書いてるんですか?

無雲:
パッとピピっとピュン、みたいな感じですよ(笑) ほんと瞬間的に書くんです、キーワードだけじゃなくて全部のリリックを書いて、もうそれで直さないです。細かい語呂を合わせたりするくらいですね。

ちょっとシチュエーションが欲しいときはカフェとか公園に行ったりして、そこで書くみたいな。昔は家でしか書いてなかったんですけど、最近は変わりました。外に行って、目の前の景色と感じてることがどうマッチしてるか、どう矛盾してるかから紐解いて書くみたいな…ちょっと論理的に伝えるのが難しいんですけど。フィーリングでしかないかもしれないです。でも、1人のときにしか書かないですね。友達といるときはもうその場を楽しんでて。別れたあとで「今日は楽しかったな」とか思えばその場で書き出す、みたいな感じです。

逆に今後自分のリリックの強度を更に上げるとすれば、何度も書いたものを見直したり、数日寝かしてみたり、もっと違うシチュエーションで書いてみたりするところにあるのかもしれません。常に自分のスタイルを持ちつつアップデートしていきたいとは思ってます。

─現在のスタイルで出し切ったのが今回のアルバムということですね。本作のうち、冒頭”Wake Up Coffee”, “Queen Drive”は明確に「君」の存在を設定して、ゆったりとアルバムを始める構成になっています。

無雲:
この2曲は妄想シチュエーションですね。この辺の曲は映画的な雰囲気を意識しています…自分はジブリ映画が本当に大好きで。家にいるときは無音でジブリ映画を垂れ流してて、そこからインスピレーションを受けて曲を作ったりもするくらいで。特に最近はVHSで見るようにしてるんです。やっぱりVHSで見ると「生」な感じが出て全然違うので。これは音楽を聴くときにも同じことが言えます。あえてテープやCDウォークマン、iPodで聴いたりしてみて、当時の空気感を得るようにすると全然違います。

─逆に”旅の始まり”はタイトル通り、リリックにはステージ/活動を走り出す勢いある言葉も並びますが、これはさっき言っていたKOYANさんとの出会いで勢いづいていたからですかね。

無雲:
その通りです。曲としてはこれが一番スキルフルにやってるんじゃないかなと。ビートもちょっとJ.Dillaっぽい雰囲気の中で、ラップは走ってるんですけど、言うことは割と日常的みたいな。逆にラップで走ってるのにHOOKは歌い上げるとか…HOOKは割と新感覚だなと思ってます。

─”万物の誕生”には唯一の客演として新潟のSahnyaさんを招いています。とにかくメロウで深淵な素晴らしい曲になっていますが、この曲について教えて下さい。

無雲:
Sahnyaさんは直接お会いしたことはなくて、SoundCloudで知ったんです。それで「ヤバいシンガーがいる」と思ってめちゃくちゃファンになって…”バイク”って曲が好きでいつもそれで踊って。それでインスタに投稿したら、Sahnyaさんが反応下さったんです。そんな中で、今回アルバムを作るとなったときにSahnyaさんは真っ先に思い浮かびました。歌詞の感覚やスピリチュアル性も凄く通じる部分があるなって。それでオファーしたら快諾頂いて…ビックリしましたね。本当に尊敬するシンガーさんなので。

やっぱり使う言葉も美しいアーティストさんで…曲名もSahnyaさんのリリックから取ってます。この曲は最初、自分が「Mellow Emotion」ってタイトルを付けてたんですけど、Sahnyaさんが歌った、この言葉に喰らいました。Sahnyaさんにも「万物の誕生」って言葉が出てきた背景なんかも伺って、「これを曲名にしましょう」ってなりました。このビビッときたところ含め、ほんとにリリックの感じや感覚が合うシンガーさんです。平凡な日常を描いた中で宇宙を感じるところ含めて、やって頂いて良かったなと思いますね。

自分が初めて家庭を持つことになったなら


─アルバムの中盤…特に”万物の誕生”や、チップミュージック風の”Fallin'”から”Stay Love”あたりの流れは序盤と打って変わって夕暮れ以降の空気感が流れている気がします。

無雲:
お、それはまさに狙ってたところですね。中盤で一度夜になって、また後半で朝に帰ってくるっていう。ここからの展開や出ている色が凄く自分だなって思います。プロデュースもこの辺りからほぼ自分になっていきますし、%CさんやKOYANさんのビートに照らされたあとで、自分の色が出てきてるというか。

リリックの内容もこの辺からどんどん自分の思考を突き詰める感じになっていきますし。それこそ”万物の誕生”で夜に転換して、”Classics 1998″に繋がっていくという…でもこの流れの中で、”Fallin'”はちょっと入れるか迷ったんですよ。ちょっと暗すぎる、夜過ぎるかなって。ただ、この「独りの夜感」を感じてもらえたら良いのかなって。その雰囲気を出す為にわざとビートを軽くして作って、Mixも電話越しみたいな声になるようにしてもらってます。そんな音の処理をしてるので、海辺で聴いたり、それこそ無音でジブリを流したりしながら聴いて欲しいですね。

─展開が夜になっていくにつれて、”Stay Love”から、半生を綴った”逆さまの雨”に掛けて無雲/MOONを特に意図的にリリックに散りばめているかと思います。ここでMC名の由来を教えて貰えますか?

無雲:
今の名前にする前は、ずっと本名の「クレン」って名前で活動してたんです。でも楽曲を作るにつれてMCネームが欲しいなと思って…友達とマックで話してたんですよ。それで「俺の曲ってどんなイメージ?」って聞いたら「クレンのは情景が思い浮かぶ曲が多いね」って言われて。

そこから自分のリリックを書いたり、そこから生まれる情景の時間帯を考えていくとやっぱり深夜帯なんですよ。そうすると、この時間帯で思い付いた自然のものって月で。月のあまり熱を帯びないけど見守ってくれる、形を変えていったりする。そんなところが自分の半生にも刺さるなと思って…そこから当て字にして今の名前になりました。

─後半の始まりを告げる”逆さまの雨”は壮絶な半生を語る内容になっていて、本作のキーポイントだと思います。

無雲:
この曲は内容としては自分のルーツを辿るものなんですけど、それによって何か悲観したりするものにしたい訳じゃなくて。どっちかっていうと、これって社会問題だと思うんですよ。だから自分の経験を語り口にして、みんなでこの社会について考えて欲しい、そういうメッセージ性の方が強いです。

自分の身に起きたことはもう過去でどうしようもないことだから。…ってマインドとして割り切れるように最近なったんですけど。だからいま自分がこの曲を聴いても別に感傷的になったりはしないです。仮にいま親を恨んでたとしたらこの曲は書けなかったと思うので。父親はもうどこで何してるか分かんないですけど、母親とはいま普通に連絡とって…「音楽やってるよ」とか伝えてます。母親によく言ってるのは「生んでくれたことは感謝してるよ」って。

ただ、少なくとも自分はそんな思いをさせたくない。だから自分が家族を持つことになったら、家族や周りの人に出来るだけのことはしたい。それが自分の人生のテーマになってます。これからボランティアだって、育った児童養護施設への恩返しもしたい。この経験がなければ自分はちゃらんぽらんな人間だと思うんですけど、こうした経験がある以上、ちゃんとその上で何かを伝えなきゃいけないと思ってます。

─そこまで過去の経験を昇華しているのは凄いことだと思います。

無雲:
でも、やっぱりこうした事実をリスナーに言って引かれないかな、って怖さはありました。やっぱりハッピーな出来事ではないじゃないですか。でもさっきも少し言った通り、この経験がある以上こうしたことを語る…それが無雲ってアーティストの肝になる部分なんじゃないか。そう思ってます。

─ここから逆に”寄り道”, “江の島ノイズ”と再び前を向いていくのがこのアルバムの構成として凄いところです。

無雲:
この辺の曲からは元のスタンスに戻ろうと思ってました。それは明確な部分ですね。その意味では…”逆さまの雨”みたいな曲はもう作らないと思います。1stアルバムだからこそ出した曲ですね。

─個人的に”僕の彼女は金木犀”は今作白眉のひとつです。メロディアスなラップとシンプルかつ印象的なビートも素晴らしいんですが、タイムスリップものとしてリリカルな構成だなと。

無雲:
これは自分が実際に経験してることを…ストレートにせず、ちょっと趣向を変えて伝えた曲ですね。そこで女性を「金木犀」って木に例えて、かつ、この単語の後半の「もくせい」を「木星」に読み替えて…惑星のレベルになると、現在や過去、未来の時間軸が何か違ったものに感じられるじゃないですか。だからタイムスリップものに仕立てたっていう。自分の中では映画的な視点で作ってみた曲ですね。

─アルバムを締める”Otogibanashi”も少しファンタジーチックな、日常の「君と僕」からは一段飛躍した話になっています。

無雲:
この曲は「天の川」って単語が出てきたりしますけど、これも実体験が基にあって、そこから出てきた言葉なんです。で、その体験をみんな信じてくれなくて、それをおとぎ話みたいだな、と例えたのでこの曲名になってます。さみしいこともあるけどそれで今があるよね、って曲に仕上げました。

根本的に、「悲しい」を悲しいままで終わらせたくないんですよ。今の自分のマインドとして。今後はこのマインドを持ったまま、どういうことが出来るのか…例えば自分の心情じゃなく、相手の心情に入り込んで描くとか、そういうところまで踏み込みたいなと思ってます。さっき言った通り、このあとの自分がどんな曲を作れるのか、今から楽しみですね。

─ありがとうございました。


───
2021/12/17
PRKS9へのインタビュー・コラム執筆依頼・寄稿などについてはHP問い合わせ欄、あるいは info@prks9.comからお申し込み下さい。

作品情報:

Tracklist:
1. Wake Up Coffee [Beat by 無雲]
2. Queen Drive [Beat by TOSHIKI HAYASHI(%C)]
3. 旅の始まり [Beat by KOYANMUSIC]
4. 雫 [Beat by TOSHIKI HAYASHI(%C)]
5. Orange [Beat by TOSHIKI HAYASHI(%C)]
6. 万物の誕生 feat. Sahnya [Beat by TOSHIKI HAYASHI(%C)]
7. Classics 1998 [Beat by 無雲]
8. Fallin’ [Beat by 無雲]
9. 月の裏側まで [Beat by 無雲]
10. Stay Love [Beat by 無雲]
11. 逆さまの雨 [Beat by KOYANMUSIC]
12. 寄り道 [Beat by TOSHIKI HAYASHI(%C)]
13. 江ノ島ノイズ [Beat by 無雲]
14. 僕の彼女は金木犀 [Beat by 無雲]
15. Otogibanashi [Beat by 無雲]

Artist : 無雲 (ムーン)
Title : 無雲(MOON) (ムーン)
Label : ULTRA-VYBE, INC.
Release Date : 2021年12月15日(水)
Format : CD/DIGITAL
Price: 2,500YEN + TAX(CD)

All Tracks Recorded, Mixed & Mastered by KOYANMUSIC

All Photos by Ryota Okazaki
CD Jacket Designed by Kazuhiro Morita


アーティスト情報:


1998年、神奈川県川崎市にて日本人の母とスペイン×フィリピン人の父の間に生を受けたヒップホップ・アーティスト。3歳から18歳まで児童養護施設で育ち、現在の生活拠点である相模原に移り住む。「8 Mile」を観て衝撃を受け、音楽で生きることを決意。SoundCloudなどに楽曲をアップロードしはじめ、広義の家族から受けた愛情をインプットして生み出される素直で心の芯に触れる言葉、音楽愛に溢れた表現がじんわり注目され始めている。ダンスから始まって辿り着いたラップ、ビートメイク、その広がる表現はまだ未知数。無限に雲と書いて読む無雲(MOON)、宜しくお願い致します。

Twitter: https://twitter.com/kuren_1998
Instagram: https://www.instagram.com/kuren_moon/
SoundCloud: https://soundcloud.com/1998moon
YouTube: https://www.youtube.com/channel/UCSlor8OIakqiyd-5eHGq2kg

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