Column/Interview

HAIIRO DE ROSSIがセルフタイトルを冠するアルバムを発表した。今作で7作目となるキャリアで遂に自分の名前を作品に名付ける意味。それは単に「良い作品が出来たからセルフタイトルにした」以上の重みを持つ。1st『True Blues』(2008年)で鮮烈なリリシズムを見せつけてのデビュー、自身のクルー・HOOLIGANZの結成、そのHOOLIGANZからの脱退、疾病による長期の活動休止、華々しく復帰してからの度重なる名義変更、作品発表、そして愛する子供の誕生。

今作が『HAIIRO DE ROSSI』のタイトルを冠するのは、作品のクオリティへの自信は当然のこと、これが彼の半生の写し鏡だからだ。これまでの人生の晴れやかな部分以外にも素直に目を向け、それを悔いつつも優しくリリックに吐き出す。そんな覚悟が滲むこのアルバムのインタビューもまた、その半生で得た思いを乗せた重みあるものとなった。

「今だからその意味が分かったことってたくさんあるんですよ…取り返しの付かない別ればかりですけど、だからこそ、そういう別れも自分の中で認めないといけない。…ここまで来るのに時間が掛かってしまったなと思いつつも、本当に出せて良かった」

登場するアーティスト:

Pigeondust, Eccy, TAKUMA THE GREAT, 泉まくら, CRIME6, Awich, CHIYORI, 神門, Loota, DJ Mitsu the Beats, 1Co.INR, lee

 書くことがないままに復帰してしまった

─まずは最新作『HAIIRO DE ROSSI』までの流れを総括させてください。力むことを止めて素の自分を優しくコンパイルした今作ですが、この作品に至るまではどういう経緯があったのでしょうか。

HAIIRO DE ROSSI:

俺は一度病気で活動を(2012-2014頃まで)休止してたんですけど、そこから復帰しての『KING OF CONCIOUS』(2014年)、灰色・デ・ロッシ名義で出した『空-KARA-』(2015年)、『絶-ZETSU-』(2016年)まで、躁状態みたいな感じで作ってたんですよ。たぶん当時は忘れられる怖さみたいなのがあって…それが復帰するモチベーションになったんですけど、あまりコンディションとして健全なものではなかった。例えば『KING OF CONCIOUS』ってタイトルもそうだし、普段の俺なら言わないことを言っていて。単純に「キング」とか俺は言うタイプじゃないし。どちらかと言うと、書くことがないままに復帰してしまった、というのはあるかもしれません。

─『KING OF CONCIOUS』は客演に般若さんや田我流さんを招いて、満を持しての復帰、という印象でした。



HAIIRO DE ROSSI:

そう、客演とかも豪華じゃないですか。だから最高のお膳立てをしてもらったのに、主役の俺が一番カマせてなかった、喰われる形になっちゃったって思いがあった。好きな曲もありますけどね。その後別名義に変えて2作を出した2016年の終わり頃に…またあとで詳しく言うんですけど、自分の目が覚める、正気に戻る出来事があって。そこで何ていうか、「自分は間違ってた」と気付かされたんです。躁状態で、変にいきがって、それを芸術なんだって言い張ってたと分かった。

一度ふらっと入ったカフェで自分の曲が流れていたことがあって。それが『空-KARA-』の曲だったんですけど、聴いててすごく恥ずかしくなって、ある意味素面に戻った。「これはリハビリが必要だぞ」と思って…そこからは精神的・肉体的に一人になろうと思ったんです。で、いざ一人になって、フラットな精神状態でラップしてみたら、「人ってこんなに下手になるの?」っていうくらい、自分のラップが下手になってることに気付いたんです。俺は別にバックボーンがサグな訳でもないので、そういうラッパーってラップが下手になったらイコールダサいんですよ。そこの強みがゼロになったんだって気付いて、結構絶望した。それでまず、来る人来る人信じてたら持たないなと思って、信じる人を限定した。その中で本当に信用出来る奴だってことで、ビートメイカーのPigeondustに連絡したんです。Pigeondustは結構人としての波長が合って、その時も8年ぶりくらいに連絡したんだけどすぐ家の近くまで来てくれて。

─なぜPigeondustさんに連絡した?

HAIIRO DE ROSSI:

独りになったとき、自分の過去の音源とかをずっと聴き返してたんですよ。どこで俺は間違ったんだろう?と思って。で、そんな中で使わなかったビートとかも大量にあって聴いてたんですけど、ファイル名だけだとビートメイカーが誰か分からないビートもいっぱいあって。でも、その中でLHW?に行ったEeMuと、Pigeondustだけは音だけで「あいつのビートだな」って分かった。それでPigeondustに連絡してみたと。

ぎこちない感じで「曲、作りたいんだよね」って言ったら「まあそう思い詰めずに気楽に作ってみようよ」って言ってくれて、それで出来たのが『Rappelle-toi』(2019年)でした。このアルバムもリハビリ作というか…タイトルがフランス語で「思い出せ」って意味なんですけど。ジャケットの画像通り、沼に嵌ってた自分に向けた1作で、だから自分としてはすごく好きな作品なんですよね。だからPigeondustが、俺を素面で音楽出来る状態に戻してくれた感じです。特にアルバムのラストの”TAXI”を作ったときに何か見えた感覚があった。「あ、俺まだなんかやれるかも」って思った。

 この曲を2曲目に持ってこれる強度のアルバムに出来た



─そのリハビリが終わって『HAIIRO DE ROSSI』の制作に移ったと。ではここから、その最新作について聴かせて下さい。まず、ビートメイカーがかなり多様ですね。Pigeondustさんがフルプロデュースした前作から、今回はEccyさんの3曲が最多であとはそれぞれ異なる人のビートを選んでいます。

HAIIRO DE ROSSI:

元々セルフタイトルのアルバムを作るって考えは『Rappelle-toi』の頃からあって。きっかけとしてあったのが…福岡にあるTROOP RECORDSの店長と仲良いんですけど。店長と話したときに「ラッパーをたくさん呼ぶイメージではないから、ビートをいろんな人から貰えば」って言われて。そこから今回の陣容になった感じですね。

─なるほど。それぞれのビートメイカーについて教えてもらえますか?

HAIIRO DE ROSSI:

まず、Pigeondustは俺の後期の活動を語る上では絶対に外せないので必須だなと。それからHAIIRO DE ROSSIの作品と言えば、やっぱりEccyはいるでしょと。あとは、”二人の秘密 feat.泉まくら”の1Co.INRはTROOP RECORDSの店長に紹介してもらったんですけど。彼に関しては…俺、理解が出来なくて天才と表現するしかないなと思ったビートメイカーってこれまで3人しかいないんですよ。それがOlive Oil、Pigeondust、EeMuなんですけど、1Co.INRはそっちにいる感じがありますね。

“Mood feat. CHIYORI”の湯煙Beeは、熊本地震の復興支援でライブしに行ったときに出会ったんです。彼とは元々別の曲を制作してたんですけど、他のサンプルビートを聴いてるときに”Mood”のトラックがあって、「これ使わせてくんない?」って声掛けました。ちなみに湯煙はいまNORIKIYOさんの諭吉レコーズに所属してますけど、アルバム制作中で。その中で自分も参加してます。“Young Gould”のleeはもっと前から…俺がデビューしたくらいから仲良くしてたんですけど。去年くらいに(leeの拠点である)北九州に行った際に話して、一緒にやることになりました。leeは同い年だし…今回のビートメイカーは同世代が多いんですよ。PigeondustやEccyは1個違うくらいで、1Co.INRやMAHBIE、leeが同い年。湯煙Beeも1個下くらいかな。

─その中で唯一世代が違うのがDJ Mitsu the Beatsさんですね。

Mitsuさんはずっとオファーしてたんですけど、形にならなかったんです。俺がちょうどダメだった時期のアカペラを送ってたこともあって、あまりスムーズに進まなくて。でも今回はスムーズでしたね。俺から「こういう曲を作りたいのでこういうビートを作って下さい」ってお願いして。まずはドラムとベースだけのシンプルなビートを貰って、それに俺がラップを乗せたものに更にピアノとかを加えてくれて出来ました。今回のビートメイカーはかき集めたっていうよりも、「自分のセルフタイトルのアルバムならいないとおかしい」人たちを選んだ感じです。

─ここから各曲について聞かせて下さい。まずは冒頭の”Mood feat. CHIYORI”から印象的ですね。「なにもいらないんだって 重なるシルエットはだけて」というCHIYORIさんの歌も、力まない今作のスタンスをまさに象徴するというか。

HAIIRO DE ROSSI:

まずはもう、CHIYORIさんって日本のHIPHOP史におけるErykah Baduみたいな存在じゃないですか。あの人の過去の客演仕事を見ればもう日本のHIPHOPの名曲がズラッと並んでる。「feat. CHIYORI」の文字があれば、イコール名曲みたいな。自分も一緒にやってみて、あの人の凄さっていうのを体感しましたね。俺が先にヴァースを書いた状態でHOOKをお願いしたんですけど、「あ、名曲ってこうやって生まれるんだ」っていうのが分かった。それはHOOKの歌詞も1番と2番で変えてたりとか…俺のヴァースに合わせてそうしてくれたんですけど。そういう細かい部分でもですけど、そもそも人間的にすごく柔らかで軽やかな人で、一緒に作っててストレスが全くない。

だから何というか、日本のHIPHOPにおいてもっと彼女の存在は讃えられるべきだと思いますね。あの人がいなければ生まれなかった名曲がたくさんあると思うし、偉人です。

─曲の内容も象徴的だし、CHIYORIさんだしということでこの曲をアルバムのトップに持ってきた?

HAIIRO DE ROSSI:

そうですね、これ以外は考えられなかった。ちなみに今回結構気を付けているのが、この曲を含め女性の客演が多いんですが、(歌う順番は)全てレディーファーストにしています。それは自分の自然体なアティチュードがそうだからってのもあるし、「俺が俺が」って先にやらなくても焦らないくらい、自分のラップに自信が付いたからっていうのもあります。今回の自分のラップは、慢心せずに、誠実にやるっていうのを徹底していて。ルーズにやるのがカッコ良いってスタイルもあるけど、自分のラップスタイルは、誠実で、謙虚で真面目でないと結果が伴わないと思っているので。

─”Flower”もDJ Mitsu the Beatsさんの優しいピアノの旋律が印象的なトラックに、お子さんへの愛がこれでもかと注がれます。 続くCrime6さんを迎えた”My Fan”含め、非常にストレートで温かい描写で。 この辺りもまた、例えば『絶』『空』の頃の作風からは大きく変わっている気がします。

HAIIRO DE ROSSI:

まず、作風が『絶』や『空』の頃から変わったのにはエピソードがあって。2016年末くらいから、周りの人や先輩たちにそれとなく「最近の作品、変じゃない?」って言われてたんですよ。直接的ではないけど「ちょっと音悪くなった?」とか、棘のない感じでやんわりと。でもその時の俺はテンションぶち上がってる時だったんで聞く耳持たなくて。そんな時に…付き合いのある元新聞社のジャーナリストの人にこの2作品を聴かせたことがあったんです。会うのはまだ2-3回目だったんですけど、聴かせたら「ふざけるな!」ってただ一言怒鳴られた。その一言で目が覚めました。全部分かっちゃったというか…俺は大きな間違いをしてたんだって、滅茶苦茶刺さった。その人は自分よりずっと年上で、色んな芸術作品のレビューもやってきた人で、そういう人に言われたことで自分の態度とか、色んなことが歪んでたのが凄く自分の中で納得出来たんです。きっと作品どうこうと言うよりも、俺のアーティストとしての態度が間違ってたんだと思う。そこで素面に戻りました。

─その怒鳴られた経験から”Flower”, “My Fan”へはどう繋がった?

HAIIRO DE ROSSI:

どっちの曲にしても、やっぱり子供が大きいですね。CRIME6とはもう古くから、家族ぐるみの付き合いで。元々藤沢にいる丸くんってラッパーが藤沢サンパールサイファーっていうのを2005,6年くらいにやっていて。で、その場にCRIME6は『白い三日月』(2005年)のフライヤーとかを撒きに来てて、それ以来の付き合いで、やっと実現って感じです。会う度にやろうって話してたんですけど、ちょうどオファーしようって思ってた頃にクラブで出会ったら「そろそろ来るね、タイミングが」って向こうから言われて。それで結構アルバムの曲が仕上がった段階でクワさん(CRIME6)に連絡した感じです。

知らない人も多いと思うんだけど、俺が(CRIME6の所属する)ZZ PRODUCTIONにどれだけ憧れてたか。俺らの世代からすると、ZZってめちゃくちゃ憧れだったんです。元々当時の横浜って、(ウェッサイ的な)ひとつのカラーがあったじゃないですか。そこに045じゃなくて184を掲げてめちゃくちゃやる人たちが出てきた。俺らがデビューしたときはすげえカッコ良い人たちがいるなと思ってて、当時組んでたクルーでは「ZZみたいになろう」って話してたんです。中でもZZのOrganくんってラッパーは…俺も度々ラインを引用したりしてるんですけど、たぶん人生で一番影響を受けてます。そういうのもCRIME6は知ってた上で、今回の誘いを受け止めてくれた。

─なるほど。その2人が集まって、”My Fan”というテーマでやろうと思ったのはなぜでしょう?

HAIIRO DE ROSSI:

これは、俺らがやるならこれしかないでしょって感じだった。俺は初めからファンに対してのテーマしか浮かばなかったし、そこはクワさんも同じで。やっぱりキャリアも長くなってきて、ちゃんとファンの人たちに挨拶しとかないとって。サッカーでサポーターが12人目のプレイヤーって言われるのと同じで、HIPHOPにおいてファンも大切なプレイヤーだと思うので。その思いを形にしておきたかった。

─お子さんについて歌った”Flower”についてはいかがですか?

HAIIRO DE ROSSI:

これも当然子供の影響が大きくて。どこにも出さなかった話なんですけど、NASの”Daughters”(『Life Is Good』(2012年)収録)ってあるじゃないですか。Mitsuさんにオファーするとき、あの曲のイメージで作って欲しいって伝えました。で、2Verse目まではパーソナルな内容ですけど、3Verse目で世の中の戦うFathersへの目線も入れて、自分ごとだけじゃない視点にしたんです。




でも…やっぱり今回のアルバムからひとつ選べって言われたらこの曲かもしれませんね。逆に言うと、この曲を2曲目に持ってこれる強度のアルバムに出来た自信があります。あんまり強度がないアルバムだったら、こういう曲ってラストに持ってくると思うんです。でも全体の強度に自信があるから出し惜しみせずに使えたなと。

─確かに、こういう近しい人への思いを伝える曲でしんみり締める、っていうのはひとつ方法論としてありますもんね。

HAIIRO DE ROSSI:

そう、それは絶対やりたくなかった。あんまり叙情的に、静かになって終わるアルバムではないと思っていたので。俺の中で「HIPHOPのアルバムは2曲目が良いとクラシックになる」って仮説があるんですけど笑、だからこの勝負曲を2曲目に持ってきたってことですね。

 ラッパーにも「バディ」と呼べる関係があるのなら、俺とTAKUMAはそうだったと思う

─”二人の秘密”、”春を目指して”の2曲で共演した泉まくらさんとはかなりフィールしたと伺いました。


HAIIRO DE ROSSI:

泉まくらとは本当に相性が良いと思う。ちょっと遡りますけど、俺って昔HOOLIGANZ(*)にいて。そのクルーの中で、俺とTAKUMA THE GREATって仕事としての相性最高だったんですよ。でも人としての相性と仕事の相性って違うじゃないですか。で、当時は色々余計な空気とかが間に入っちゃって別れることになったんですけど、もしラッパーにも「バディ」と呼べる関係があるのなら、俺とTAKUMAはそうだったと思う。俺は彼の最高の引き立て役になれたし、逆も然りだし。
(*)TAKUMA THE GREAT、万寿、BAN、%C / TOSHIKI HAYASHIから成るクルー。HAIIRO DE ROSSIは2013年に脱退。

泉まくらとは、それ以来の感覚かな。なんか、言ったことに対して説明があまりいらない。言いたいことを分かってくれるし、こっちも分かる。歌詞を書く感受性の部分でもフィーリングが合う。だから今作に限らず、俺が彼女の作品に客演することも今後あるんですけど、それに留まらず、2人でEP作ろうかって話をしてます。

─ジョイントEPの制作は熱いですね。元々いつ頃知り合ったんですか?

HAIIRO DE ROSSI:

元々俺が(泉まくらの所属する)術ノ穴と仲良かった時って、DOTAMAさんやキリコさんが所属してた時だったんですよ。そのあと俺は独立したのもあって術ノ穴とは関係が薄くなったんですけど、泉まくらはちょうどその頃にデビューしてきた。だからお互い面識はなかったんですけど、ニアミスして存在は知ってるって感じで。向こうは俺の作品を凄く聴いてたらしいんです。俺は今回の制作で、ムッチーっていうジャケットのアートワークをしてくれた人から彼女の名前が挙がったときに「じゃあちゃんと聴いてみよう」って感じだったんですけど、聴いてみるとめちゃくちゃ良くて。

─泉まくらさんのどういう部分が刺さったんですか?

HAIIRO DE ROSSI:

まず、日本のラッパーの中でずば抜けて文章力が高い。マインドもHIPHOPだし…自分が書きたかった歌詞を書いてくれるシンパシーを感じました。今回のアルバム制作中に一番聴いた日本のHIPHOPアルバムも彼女の作品ですね。人気があるのは『愛ならば知っている』(2015年)だと思うんですけど、自分が好きなのは『as usual』(2019年)。作品に少し日常感が出てきたというか。たぶん、アーティストとして進歩するスピードや気付くこと、嬉しかったこと、躓いたこと。そういう出来事のタイミングが自分と同じな気がするんですよね、出てきた時代は少し違いますけど。

─そこから”二人の秘密”、”春を目指して”の2曲を作り上げたと。特に後者は泉まくらさんのソロですね。

HAIIRO DE ROSSI:

“春を目指して”は俺が歌詞だけをまず書いて、「これボイスメモで録って送ってくんない?」って頼んだらその日のうちに返ってきました。聴いてみて「これだよこれ」ってなりました。俺が言うとダサくなる部分を、厭らしくなく伝えてくれる。やっぱり声が良いんですよね、あの人は。

─そしてラストを飾る”forte pt.2″が素晴らしいです。ここまで「素の自分」「優しい視線」みたいな温かい部分にフォーカスしてきましたが、一方で素になってみると、去っていった仲間や置いてきたものの姿もくっきり見えてしまった。それをそのまま書くのは非常に勇気のいることだったのでは。

HAIIRO DE ROSSI:

今だから思うことって本当に多くて。規模は全然違いますけど、SMAPが解散する騒動があったじゃないですか。俺、あのときに「あの5人は誰も悪くないんだろうな」と思って見ていて…そういうことって結構多いと思うんですけど、この曲の内容もそこに通じるものがありますね。この曲はテーマが重い割にリリックは1日くらいで書き上げたんです。過去の自分なら、別れたあいつやあいつに対して「でも良い奴だった」みたいなことは言えなかったと思う。きっと突っぱねてた。

でも今の俺はもうそれが間違いなんだって気付いたから…取り返しの付かない別ればかりですけど、だからこそ、そういう別れも自分の中で認めないといけない。今はフラットにそう思うから、テーマの割にすぐ書けたのはそういうことですね、全然狙って書いたものじゃないです。この曲は「あいつはたぶん分かってた リリック俺の背中を守ってた」ってリリックで始まりますけど、このラインは(COCKROACHEEE’zの)小宮守が”KAIROS”(haiiro de rossi『True Blues』(2008年)収録)で「背中はバッチリ任せろ」って歌ってたのを思い出して、今になってその意味が沁みて引用したりとか。

今だからその意味が分かったことってたくさんあるんですよ。

─フラットになったからこそ、前だけじゃなく後ろも振り返ると。この曲のビートがEccyさんなのも意味深ですね。

HAIIRO DE ROSSI:

Eccyは最初に連絡したとき、もう音楽を辞めてたんですけど。でも…それも(Pigeondust同様に)8年ぶりくらいに連絡してみたら、「もう音楽やってないんだけど、使って欲しいトラックならある」って送ってきてくれた中に、”forte pt.2”のトラックがあって。そこから1日でリリックを書き上げて、速攻でシングルとして配信しました。そしたらそれが結構話題になったんで、Eccyとちょっとお疲れ会しようってなって居酒屋で会ったんです。会うのなんて10年ぶりとかでしたけど、いざ会ってみたらお互い爆笑から始まって、すぐに20代前半の頃に戻れた。その飲み会からしばらくしてEccyから連絡が来て、「MPC X買っちゃったよ」って。それで彼も復活した感じです、「やっぱ俺、音楽ないとダメだわ」って言ってました。だからEccyプロデュースのうち、”春を目指して feat.泉まくら”と”ARTIST feat.曽我部瑚夏”は復活後のワークです。Eccyも今はもう復活して、色々と動いてるみたいです。

 全然ネガティブな意味じゃなく、引退したいなとは思ってる

─なにか、今回のアルバムを通して色んなものを取り戻した感じがしますね。

HAIIRO DE ROSSI:

本当にそうです。ちゃんと作ればちゃんと評価して貰えるんだ、って実感しました。気持ちって伝わるんだなと…反響の大きさもこれまでと全然違った。裏切ってしまった人たちが戻ってきてくれた感じもするし。信じてくれてた人たちが「信じて良かった」って思ってくれた感じもします。ここまで来るのに時間が掛かってしまったなと思いつつも、本当に出せて良かった。

─その一方で、素直に心情を閉じ込めたからこそ、一貫して裏テーマがにじむ作風になってる気もします。例えば”Mood”の歌い出しでの「枯れかけくらいがちょうどいいアーティスト 俺はやられたそういう奴に」というライン。また、”My Fan”での「続けることこそ勝負だろ 5年経ったら流行などない」。

 そして”ARTIST feat.曽我部瑚夏”の「芸術は素晴らしいが芸術家は惨めな思いをすることは決して珍しくなく…」など。2008-2010年くらいに出てきたミドルキャリアなアーティストとしての立ち位置への思いが滲んでいるのかなと思ったのですが、どうでしょうか。



HAIIRO DE ROSSI:

それもあります。俺らってJ. Coleが”Middle Child”で歌ったような、ベテランでも若手でもない立ち位置にいると思うんです。

同い年で俺がこれまで「自分より前を走ってる」と意識したのって神門と(SQUASH SQUADの)Lootaだけだったんです。でも、ここ最近になって、同い年にAwichって存在が出てきた。お会いしたことはないんですけど、Awichがウチの世代を全部ごぼう抜きしてっちゃって、すげえの出てきたなと思いました。素晴らしいアーティストだと思うし、危うく憧れそうになっちゃう。俺らの世代は結構悩むことが多くて、自分とストラグルするスタイルも多いんですけど、Awichはそういうの関係なく全部ブチ抜いてったんで、その辺の事情がちょっと変わってきたかなって。このまま置き去りにされるわけにはいけないけど、一度世に出ている人がリスナーから改めてフレッシュに見られるにはどうしたら良いのかっていうのをずっと考えてます。答えは出ないんですけど、少なくともまずはやり続けないといけないとな、と。

─確かにAwichさんも最初は2007年頃にデビューして、その後インターバルを挟んでYENTOWNから再デビューしブレイクしましたね。HAIIRO DE ROSSIさんのようにその頃から今までインターバルなく出続けている人は、フレッシュに見られるスイッチが必要だと。

HAIIRO DE ROSSI:
そうですね、2008年頃から出続けている身として、このままでは終われない。アップカミングな若手にスポットが当たりやすいのは凄く良いことですけど、若手でもベテランでもない層がどうすれば良いのか、というのを今後出てくる世代のためにも示してかなきゃいけないなと。少なくとも出し続けることは止められないし、もう止まれないだろっていう。長くやってると、出すのをやめて冷静な生活を送るっていう選択肢が具体的に見えてくることもある。でも音楽を出す環境としては今の方が良いと思うんですよ。俺らの世代が出てきた時はフリーダウンロードがトレンドでしたけど、あれと違ってサブスクなら聴いてもらえれば収入になる。一定期間経ったからってDLリンクが消えることもない。だから、そこに可能性がある限り動き続けるというのが大事なんだろうなと思います。

─つまり今後も音源を出し続けると。 一方で最近は音楽外の動きも活発なんですよね?

HAIIRO DE ROSSI:

そうですね。俺は自分のオンラインストアで服も売ってるんですけど、それが最近形になってきて。元々はハイブランドのパロディとかしてたんですけど、最近は衣服ロスや、製造時のCO2排出量削減なんかの動きを意識したものを作ってます。最近は100%オーガニックで作るルートも出来ました。あとはペットの殺処分撲滅に対しても動いてますし、そういう「何かに還元する」という意識を持った活動をしています。こっちの動きはまた別のファンが付いてくれていて。だから音楽についてピリピリせずちゃんと動けるっていうのは、ここの動きが形になってるからというのもあると思います。

─なるほど。今後も活発な動きが期待出来そうですが、今後のご予定を教えてください。

HAIIRO DE ROSSI:

とりあえず湯煙Beeの作品に客演したものが出ます。あとは先にも言った通り泉まくらとEPを作っていますし、アルバム収録の”二人の秘密 feat. 泉まくら”の7インチが12月中旬に発売されます。そして11/21(土)には初のワンマンライブが表参道のWALL & WALLであります。今はそこに向けてすべて集中してます。それが終わってからじゃないと今後の作品とかについては考えられないですけど、でも…たぶん自分名義の作品はしばらく良いかなという気はしてます。今回やってみて色々分かった部分も大きかったし、今後は自分名義のアルバムとなると『HAIIRO DE ROSSI』を超えなきゃいけない。だから泉まくらとのジョイント然り、他のアーティストと組んでいくつか出して修行する、みたいな感じになるかもしれません。でも、全然ネガティブな意味じゃなくて引退したいなとは思ってます笑 引退しても良いなと言えるくらいやり切って、一番カッコ良いところで潔く勇退したいですね。

─驚きの発言ですが、その意味ではまだ今は勇退するときじゃない?

HAIIRO DE ROSSI:

そうですね。自分はずっと『forte』(2011年)を超える為にやってきて、今回やっと超えた実感がある。次は『HAIIRO DE ROSSI』を超えないといけない。まだ行ける。俺はまだカッコ良くなれる。

─ありがとうございました。


以上 (2020/11/18)
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”二人の秘密 feat. 泉まくら” 7インチ



HAIIRO DE ROSSIワンマンライブ (2020/11/21(土) @WALL & WALL)

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