全曲本人解説:pool$ide『hydrate』 – 水と混じり合う
神戸を中心に活動し「水」を表現し続けるビートメイカー・pool$ideのアルバム。2021年3月3日リリース。
pool$ideというアーティスト
業界を俯瞰し、いかに他者とオーバーラップしないポジショニングを行うか。音楽に限らず、どの分野にも当てはまる競争戦略の要諦だ。その点において、「水を表現するビートを作り続ける」ビートメイカー・pool$ideのそれは一個のスタイルとして確かな輝きを放つ。このスタイルは、「最初に作ったビートが水っぽかったから」後付けで決まったものであることをインタビューで明かしているが(*)、結果的にこのスタンスで歩み出したキャリアは順調に歩を進める。
(*)出典:2021/03/04 にんじゃりGang Bang「pool$ide「hydrate」にコメントを寄せてインタビューしました」
そうして2017-18年に掛けてリリースした2枚のEP, 1stアルバムでそのアートスタンスを固めたのち、満を持して「アルバム」という作品単位で設計したのが今回の『hydrate』だ。客演にはhyunis1000とLil Soft Tennisという、これまた瑞々しい活躍を続ける2人が参加。通底するアートスタンスを持って企画・設計された本作がいかにヴィヴィッドな質感を獲得したのか。今回の全曲解説が、その背景にあるコンセプトや思想を知る機会となれば幸いだ。
『hydrate』全曲解説
pool$ideです。
2021年3月3日にTeen runnings金子さん主催のSauna Coolというインディレーベル より、初の全国流通CD(と配信)アルバム『hydrate』をリリース致しました。
本作のきっかけは3年ほど前。自分が所属している神戸のトラックメイカーコレクティブ・AutoSaveCollectiveのメンバーのUMroomsから、Teen runningsの金子さんが経営してい るサウナクールミニという飲食店があるという話を伺い、友人と店に訪ねました。それをきっ かけにコレクティブのイベントを店内でさせて頂くなど交流が深まり、金子 さんからTwitterのDMで本作のリリースのお誘いを頂きました。
これまでにBandcampにて『swimEP』と『swimEP2』(共に2017年)を自主リリース、その翌年に Local Visionsというレーベルより『aquarius』をリリースしました。計3枚のアルバムをリリースしてきましたが、これまでの3枚は完成した曲を詰め込んだ作品集的な内容でした。コンセプトを設けたアルバムを作るのは今回の『hydrate』が初になります。
今回はアルバムの内容について1曲ずつ解説していこうと思います。
英語で水などの液体に浸す、吸収する、ずぶぬれにするという意味を持つ、アルバムのイントロ曲です。
アルバムを作るにあたって、Mura Masaの『sound track to a death』(2014年)というアルバムの、聴いていると別の世界に引き込んでくれるような雰囲気に影響を受けました。Mura Masaの作品にもイントロがあってから次の曲に繋がる演出があるのですが、それがある事により序盤からアルバム全体の雰囲気を掴み取ることが出来ている気がします。 次の曲の始まりを引き立てる起爆剤のような効果があるような気がしていて、 今回自分のアルバムにもイントロを入れようと決めました。
サウンド的には序盤に息継ぎの音を入れるなど、水に入る直前~直後のイメージで制作しました。
アルバム表題曲です。
同郷のラッパーであるhyunis1000くんに、アルバムコンセプトである「水と一体化する」というイメージでラップを入れてもらいました。
デモ段階でのトラック名が”holy water”という名前で、リリックにも「holy water」というワードが出てきていたので「気を利かせて入れてくれたのかな」くら いに思っていたのですが、実はhyunis1000くんに送った時点では既にトラック名が “hydrate”に変わっていたことが(後から)分かりました。従い自分の初期トラック名とhyunis1000くんのリリックは偶然同時多発的に「holy water」という単語が共通していたという、ミラクルを起こした曲でもあります。
ビートの方はスウィングしていて、ハイハットは極力刻まないという縛りを作った上 で、
トラップっぽくリズムを取れるように考えながら組み立てていきました。
『swimEP2』収録の”butterfly”、『aquarius』収録の”crawl”に続く、泳法タイトルシリー ズの犬かき編です。
“water dragon”, “ULTRA ACTION WATER”を除いてアルバム用に作った曲の中では一番最初に土台が出来上がった曲でしたが、 完成させたのはこのアルバムの中で一番最後でした。
エスニックな音色、パーカッションは前作『aquarius』を作っていたときに多用していたもので、本作では唯一その名残が残る曲となっています。
後半の展開は自分の周りでブラジル音楽を作ったり聴いたりする人が多く、リスペ クトを込めてボサノバっぽいアレンジにしています
2年くらい前の夏季休暇中に、夏休みの自由研究のようなノリでCGのアートワークとビートをいちから作って夏の終わりに発表しようと考えて出来た曲です。 架空のスポーツドリンクのテーマソングのようなイメージです。曲名の由来は、90年代のアメリカントイのブリスターパックに入ってるフィギュアのデザインにパッケージを含めて魅力を感じ始めた時期があって、 色々ディグっているうちに出会った「SPAWN」というアメコミのアクションフィギ ュアのパッケージに書かれていた「ULTRA ACTION FIGURE」というワードから拝借しています。
前作『aquarius』を出させて頂いた レーベル・Local visionsのコンピレーションアル バムに参加した際に作った曲です。
コンピレーション全体のイメージとして夢の中のような雰囲気でという指定のもと 作られており、この曲も白いモヤがかかったような音像になるように意識しながら制作しました。 青白いもやがかかった水辺を水龍がゆっくりと彷徨っているような映像が浮かびます。 基本的にはトラップですが、ハイハットのリリースを狭めてグリッチノイズ風な音にするなどエレクトロニカ的なアプローチを試したりしてます。
この曲が『hydrate』の中では一番古い曲です。アルバムを作るなら全体を通して”water dragon”の曲の雰囲気で統一したいと考えていたりもしたので、 この曲がなかったら全然違うアルバムになっていたような気もします。
Lil Soft Tennisくんは自分のコレクティブのメンバーであるUMroomsが大阪で共演したのをきっかけに知りました。神戸でやっているコレクティブのイベントに出てもらったのをきっかけに交流があり、ヒョンくん(=hyunis1000)同様「いつか曲を作りたいね」という話をしていたので、今回タイミングも合ったので客演をお願いしました。
デモ段階でのトラック名は”spring water”で、それを汲み取ってもらい春っぽい爽やかなリリックとメロディに仕上げてもらいました。
ドラムはRadio headの”There There”のタムの感じからインスピレーションを受けてい て、トラップっぽくフロウできるようなリズムに変換する事を試みました。
REMIXを除くと、この曲がアルバム最後の曲になります。
自分の中で、『swim EP』に収録されている”end roll”という曲を いつかもう一度アレンジしてみたいという考えがずっとあって。今回も『swimEP』と同様に、アルバムの最後にメロディを引用して 収録する事にしました。
『swimEP』から4年間の音楽性の影響や技術的な進歩などが分かると思うので気になった方はぜひ聴き比べてみてください。
冒頭から聞こえる左右にパンを振っている水の音は、体の中を水が流れて一体化している様をイメージしています。 後半のベースラインはスマホアプリ版のQ-bert(*)のBGMのゴーストノートを参考にしました。
リリースから4ヶ月弱経ち、気温も上がって蒸し暑い日々が続きますが、解説を読みながら改めて聴き返して、少しでも涼んで貰えたら嬉しいです。
(*)1982年10月にアメリカ合衆国のゴットリーブからリリースされたアーケード用ドットイートゲーム。日本ではコナミから1983年にリリースされた 。
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2021/07/19
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アーティスト情報:
pool$ide
pool$ideは“水”をコンセプトに扱う、神戸を中心に活動するプロデューサー。2018年に〈Local Visions〉よりアルバム『aquarius』をリリースし、同レーベルのコンピレーション『oneironaut』にも参加。2020年5月には自身が所属する神戸のコレクティヴ〈Auto Save Collective〉のコンピレーション・アルバム『Save』をリリースしたほか、同郷のラップ・クルー、Neibissにリミックスを提供するなど、ローカル・シーンでも注目を集めている。
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