Column/Interview

日本でも未だ人数が少ない宗教をレップするMCであり、この数年で数々のメディアやオーディションにて波乱を巻き起こしたMC・Itaq。弱冠21歳の彼が2021年5月14日(金)、新作2ndアルバム『Savior of Aquarius』をリリースした。前編では、21歳にしてキャリア9年目を迎えるその経歴を紐解いた。

今回の後編では、新作『Savior of Aquarius』について、Itaq本人の言葉を交えて迫っていく。「救うためのラップ」を掲げるItaqが今作で目指したものはなんなのか。自身によるオンラインブックレットと合わせ、その理解の助けとなれば幸いだ。


前編はこちら





挫折・成長・ポストHIPHOP
2021年5月14日(金)、Itaqの2ndアルバム『Savior of Aquarius』がリリースされた。同時に歌詞などの詳細がItaq自身によるオンラインブックレットとして公開されている。加えてこの記事が公開される頃には、新たに”Hyper KAMIOKANDE”のMVも公開されていることだろう。



音楽・リリック・映像、そして本人が監修したオンラインブックレット。いずれも膨大な情報量だ。そして本作にはこれまでの彼の作品になかった、うずうずするようなグルーヴにパーソナルな物語性が融合した、名状しがたい何かが渦巻いている。この「何か」に貫かれている意志は一貫して「ポスト・HIPHOP」「社会不適合者と世間との折り合い」「架け橋」であり、これまでの作品よりも深いレベルの「救い」だと、Itaqは語っている。前編では彼の経歴を整理したが、後編ではItaq本人の言葉を交えながら、本作に表現された内容について迫りたい。

2021年4月某日。Itaqから、今回のアルバムの先行視聴用URLが送られてきた。聴く前から興奮したのを覚えている。理由はそこに記されたビートメイカー達の名前だ。彼と同様、若くして才気煥発なビートメイカー…という枠組みに止まらず、音楽ジャンルの枠組みを越えた表現を行ってきた人選が並んでいた。Itaq曰く「これまでの作品では、創作上の繋がりやクリエイティブ面を意識して客演を選出していましたが、今作はそれをビートチョイスにて表現しました」とのことだ。

そして再生ボタンを押した先には、こちらの想像を超える音世界が広がっていた。まず驚いたのがラップのグルーヴ感。これまでの彼の作品では、変則的に爆発する高速ライミングやメロウな歌を挟むラップスタイルが数多く見られた。それらはダンスミュージックとして機能する訳ではなく、リリックに込められた世界観を伝えるためのグルーヴとして機能していたと思う。ところが今作におけるビートアプローチは、首を縦に頷かせる縦ノリだけではなく、首を振りながら身体全体を動かしにかかる、横ノリのグルーヴ感をも具備している。深夜のDJプレイで、本作の曲がピーク時前後にかけられている風景が思い浮かんだ。またビートもこちらの予想を超えて、いわゆるHIPHOPよりも、ビートメイカー各人が多様な音楽ジャンル、特にItaqが通過してきたTrap・Grime・Emorap・Hyperpop・Alternative…それらの交配を繰り返す現行のダンスミュージックを表現したような、これまでと一線を画する感触のものが多数を占めている。この点について、彼の答えはこうだ。

「挙げていただいたジャンルに共通するのは『ポスト・HIPHOP』という点なんです」

「僕の思うHIPHOPがテセウスの船のごとく、部品が全て入れ替わっている事にラップスタアで気づいてからは、より狙ってそれをイメージするようになりました」

「深夜のクラブのDJタイムでもかけられるようなグルーヴ感は意識しましたね」

前編の記事で触れたように、Itaqはラップスタア誕生を通じて、ラップゲームに興味が無くなったと語っていた。他方で滞っていた2ndの制作、自分の独自性の強い本来の音楽性とルーツにに再び向き合ったようだ。それが、この「ポスト・HIPHOP」に繋がった。

「この(ラップスタアでの)経験と絶望がなければ、本作は音楽性もメッセージ性も、もっと違った浅いものになっていました」

「もしあの経験がなければ、…少なくともラストの2曲(“NIWANOUSAGI”, “Finale”)のような歌詞は存在しなかったと思います。もっと薄い希望でアルバムは終わっていたのかなと」

元々この作品のコンセプトは「東京での挫折を経験して故郷に戻った青年が、数々の経験を通じて成長する物語」として描かれるものだった。その本質自体は変わらない。しかし、制作が滞ったあとに起きた経験は、Itaq自身予期せぬものだった。ラップスタア誕生の結果はもちろん、”driving school”でも描かれるように、運転免許を取るための自動車学校の「本当に地獄のような」教習など、辛い経験が次々に襲いかかってきた。その結果、Itaqの標榜する「救い」のフィルターとなる自身の物語は、よりその濃度を増した。



「この物語は僕だけでなく、いわゆる社会不適合者と呼ばれる人たちと、一般世間との折り合いについて示したものとして共感されるよう意識しました」

このような経緯を経て、本作では多重層的な物語やメッセージが練り込まれている。もともと”Super KAMIOKANDE”のように、タイトルからして二重・三重のメッセージを濃く織り交ぜるリリック構成はこれまでも行われてきた。しかし、今作の情報量はこれまでの比にならない(読み解く鍵としてオンラインブックレットを利用するのがお勧めだ)。

加えてここにはもちろん、幸福の科学の信者としての彼の矜持も表現されている。

「外(HIPHOPリスナー層以外)に開かれつつ、内側よりも更に身近なところ(Itaqと同世代の若い信者層)に、えぐい精度で語りかけることは、意識しています」



コンセプトを機能させた3要素
リリックの表現を追い求めながら自らのルーツに向き合った結果、これまでの作品にも現われていたItaqのオルタナティヴな感性が、以前の比較にならない程に反映されたビートチョイスになった。ポスト・HIPHOP…Itaq曰く「文系ラップの一つの到達点」と自負する今回の音楽性は、このアルバムにおける重みと説得力、物語性を増したリリックとの親和性を考えれば、ごく自然な変化だったのだろう。

このアルバムに、更なる統一感とコンセプチュアルな方向性をもたらしている要素が3つある。

1:各曲の冒頭・終盤に配置されたイントロ・スキットによる、アルバム全体としての繋がりの強化。

2:塩田浩氏によるマスタリングで、現実味のある奥行き・立体感の感じられる構造として音世界が解釈されていること。
3:各曲の背景にある、彼とビートメイカーの縁を感じられるエピソード。

この3つについて整理してみたい。


1つ目の要素は、特にアルバム前編において顕著に見られる。冒頭”INITIAL I”の終盤で起動する、このテープレコードを巻き戻した際に鳴るような機械音。ここでItaqが表現したかったのは、今作における時間軸の巻き戻しだ。

「”INITIAL I”は、いわば僕が東京から那須に戻り、様々な出来事を経て、弱さを受け入れて強くなった最終形態です。そこから”UNBUILT”で里帰りするまでの時間軸に戻ることをあの音で伝えたかった」

敢えて普通の機械音ではなく、どこかヴィンテージな響きの音源をサンプリングしているのも面白い。”casuistica”の終盤にカットインするItaqの実弟Dirty Kiyomiyaの台詞も同じ機能性を帯びている。続く”NAGASAKI REVENGE”での恨み辛みと自省の一端には、当時のバイト先を首になったという事件が影響していることをDirty Kiyomiyaは指摘している(ここでのDirty Kiyomiyaも良い味を出している)。「江戸の敵を長崎で討つ」とは言ったものだが、彼にとってのそれは何だったのか。その一部をうかがい知ることができる瞬間だ。

“Kagayaku Machi”から次に続くまでにも、意味深な台詞が挿入される。因みに、この台詞の背景トラックは、NASAの公開するSoundCloudからDLできる音源をサンプリングしたもの。非常に興味深い取り合わせではないだろうか?

「これは、実は夏目漱石の著作『夢十夜』から引用しました。思えば、学生時代に国語科で学んだことが、制作前に(中野区立中央)図書館に籠もりながら、本を読みふけった時のインスピレーションに繋がりましたね」。

続く”So Stupid”までの、背徳感ある恋の懊悩を表すに相応しい引用だろう。”So Stupid”の終わりに、「相手方」の意味深な台詞を想定したスキットで締められた後、自らに語りかけるように中盤のハイライト、”Eudaemonics”に繋がるのも良い。彼が幸福論…即ち自身の信仰から発する人生哲学に立ち返るまでに何があったのか、沢山の物語から紡がれているのが、ここで一つの流れとしてまとめられている。すなわち、物語と哲学の結節点と言えよう。(ちなみにこの曲で迎える本作品唯一の客演こそが、河口純之助(ex. THE BLUE HEARTS)である)



一方、”Eudaemonics”の後半、河口氏との神々しいコーラスを重ねたパートを終えたあとは、曲の雰囲気が軽快な形に一変する。しかし続く”driving school”で描かれたのは、実際には先述したように地獄のような自動車学校の教習。一見、彼の身に降りかかったことを笑い飛ばすようなテンションすら感じられるが、逆に言えば、シリアスに表現するよりも、逆説的にその深刻さが繋がる仕掛けになっている。

実際にこの経験が如何に彼を強くしたのかは、9曲目の必殺グライムチューン”Cold Fish”に曲順が続くことで明らかになる。自らを映画『冷たい熱帯魚』の主人公・社本になぞらえながら、自らを不当に認めない「シーン」をDisする狂気的な力強さ。その理由は間違いなくこの曲順だからこそ伝わるものであり、続く10曲目”Hyper KAMIOKANDE”という一つの着地点への道筋を、より強調するものになっている。
 
「”driving school”, “Cold Fish”で経た強さがあったからこそ、精神的なクライマックス”Hyper KAMIOKADE”での言葉に説得力と重みが生まれたと思います」 

ところが最後の試練、すなわちラップスタア誕生を示唆するのが続く”NIWANOUSAGI”だ。孤独な自省を再び行ったことで、最初の”INITIAL I”と同じ時間軸である”Finale”の心境に至り、この壮大な物語は終わりを見る。ここまで見れば、アルバム後半はスキットの配置ではなく、曲順とその曲調・内容によって、繋ぎの仕掛けをしているのが伝わってくる。

このような膨大な情報量を、音の聞こえ方の配置や空間的奥行き、その世界観の輪郭を音として形作ることでまとめ上げたのが、2つ目の要素となる塩田浩によるマスタリングだ。

「未だに音の全容が掴めないくらいに巨大なアルバムなので、自分のアルバムの音の本質を理解できるのは今年のリリースから2年経ったあとなのかなあとか考えたりしてます」

Itaq自身もそう語る奥行き・情報量を整理した上で、音世界にまとめ上げた氏の手腕は特筆すべきだ。先ほど取り上げた繋ぎの音はどのように聞こえるか?このコーラスはなぜこんなエフェクトで?など、音がどこから、どのように聞こえるか。是非意識してみて欲しい。ところで、本作品を初めて聴いた際、筆者が思い浮かべたのは、Itaqの中でも直近の作品群…『A Long Dream』『曖昧』『Playlist 1 “Unplugged / Exiled from TYO”』だった。いずれも、彼の身に起きた出来事について、自問自答した過程で生まれた創造性を形にした作品だが、同時に、作った当時のアート面での挑戦も感じられる内容だ。Itaqは本作の位置づけについて、次のように話していた。

「これまでゲームラップとして吐き出していたある種の野蛮さのような物がアートとして昇華された結果なのかなと感じます。また重要なのは、当時ミックステープでやっていた『メインストリームのHIPHOPシーンと断絶したファンタジー的世界観』を洗練させて世に問うという点ですね」

1st『委託』は『これでメインストリームのHIPHOPシーンに参加するぞ、参政権を得るぞ』と言う勢いのある作品だったので、それまでの(作品にある)意図せず閉ざされていた世界観のようなものが少し減っているのかもしれません。それに対して今作は、ある程度の知名度を持つ国内若手ラッパーの一人として、かつて表現していた全く異質なものをぶつけて挑発したかった。ずっと無視されていた表現を、無視されない今受け入れられやすいトレンドを汲んだ形にブラッシュアップして打ち出す、という試みです」



すなわちラップスタア誕生以降、ある程度知名度を上げた現在のItaqだからこそ、このアルバムを作り出すことが可能となった。そこで改めて注目したいのが、3つ目の要素である、各曲の背景にあるエピソードだ。Itaqは「アルバムの制作を通じ、改めて人の縁や繋がりを強く実感しました」と語るが、各曲のビートメイカーとのエピソードを聞けば、それも納得が行く。特に印象的なものを紹介したい。

「”INITIAL I”のイメージとして、ビートメイカーのKUROMAKUさんにお願いしたイメージは、言わば「逆『Back Seat(*ralphの曲)』」なんです。ralphくんがクールにストイックに車を快走させる裏で、僕はかっこ悪いまま渋谷で車を暴走させる訳ですよ笑 その結果、1stアルバムからの続きのようなビートの感触に至ったのは、偶然の化学反応ですね」

「”casuistica”では、田嶋さん(PICNIC YOU)にお願いしたのですが、元々武蔵美(武蔵野美術大学)で、僕と同じイベントにも出たことのある玉名ラーメンさんのお姉さん(Hana Watanabe)と同級生らしく。彼女が、ずっとItaqくんと組んでみたら?と言ってくれていたみたいで。僕と田嶋さんは、僕が武蔵美のイベントで、彼がパフォーマンスしているのを見た縁で知り合ったんですが、そんな縁もあって今回ビートを作ってもらいまして。これがやばいな~というビートを選ばせてもらった際、「これちょうどItaqくんをイメージしながら作った物です」という言葉をいただいて。凄く嬉しかったですね」

「”Kagayaku Machi”の歌詞に出てくる、ビートを作って下さったLil Soft Tennisくんの『Feelin’ Love EP』、実は今回この曲のビートは、当初本当にその続きの時期に作られたものだったので、この偶然は興奮しましたね笑」

「河口純之助さんは昔からお世話になっていて、これまでもセッションを繰り返していたんですが、今回そのセッションの過程で”Eudaemonics”に繋がることになりました。因みに、河口さんはこの制作を通じてHIPHOPを聴かれるようになっていました。サンプリング元に気づいては楽しんでるようです」



Itaqは何を救うのか
こうしてみると、それぞれの曲に描かれた物語性が、より力強く説得力のある音によって成り立っているのも頷ける。ビートメイカーやこの物語に関わる人々との縁が、この不思議な統一感をアルバムにもたらしているのだろう。

本作の全体像を見てみると、この多層的な物語について通底して見えてくることがある。それは、冒頭に先述した「社会不適合者と世間との折り合い」であり、「リスナーや同じコミュニティにいる信徒たちへのメッセージ」であるのは勿論、「人の縁によってギリギリのラインで救われ続ける、Itaqの体験を追経験することによる救い」ではないだろうか。つまり、本作のキーワードである「架け橋」の材料は、彼の体験とそれを聴く我々との間にある、これまで以上に外に開かれた、Itaq自身に正直なリリックと音楽性であり、そこに絡んだ人の縁だ。オンラインブックレットに本稿を併せ、その意味を感じて頂けたら幸いだ。


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2021/05/16 Text by よう (Twitter)

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作品情報:
 
Track List:
01. INITIAL I [Track by KUROMAKU]
02. UNBUILT [Track by yumeo]
03. casuistica [Track by 田嶋周造]
04. NAGASAKI REVENGE [Track by UNOME]
05. Kagayaku Machi [Track by Lil Soft Tennis]
06. So Stupid [Track by Nammu]
07. Eudaemonics feat. 河口純之助 [Track by Itaq]
08. driving school [Track by ウ山あまね]
09. Cold Fish [Track by Negatin]
10. Hyper KAMIOKANDE [Track by Itaq]
11. NIWANOUSAGI [Track by SKInnY BILL]
12. Finale [Track by TRASH 新 アイヨシ]

ARTIST : Itaq
TITLE : Savior of Aquarius
LABEL : 委託 Label
RELEASE DATE : 2021年05月14日(金)
FORMAT : DIGITAL(DL/ST)

▶Itaq: Twitter / Instagram

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