特集: Vellar skin - 凡百の事物を感取する少年が、それを音へ昇華するまで by kozukario





2021年7月17日、Vellar skinが1st EP『Floating ribs』をリリースした。

PRKS9では彼をいま最も注目すべきプロデューサー/ビートメイカーの1人として認識しているが、AOTOやDAFTY RORNといったアーティストと関わる一方、そのバックグラウンドは明らかでなかった。

そんな中、今回はVellar skinとも近しい関係にあるkozukarioが寄稿。彼のこれまでの生い立ちや、近作の背景を紐解いた。

そこで見えてきたのは、Vellar skinがビートを作り始めたのは2020年の冬であること。
そこからわずか半年余りで『Floating ribs』は形を帯び、Vellar skinによって完全な作品となったこと。

本稿が、彼の感じる世界への手掛かりとなれば幸いだ。

Text by kozukario









確実に与えられ、掴めない性(さが)



Vellar skinは自分の幼少期を振り返り「小さい頃から俺は何か持ってると思ってた」と話す。しかし漠然と何か持っていると感じていただけで、それが何なのか、少年にはわからなかった。

「小学校3年生くらいの頃は絵を描きまくっていた。『絵を一生描いていく人生になるのかもな』と思っていた」

同時に幼少期から感受性が他人より豊かであること、音に敏感なことも確かな事実だった。

勉強しているふりをして既存の曲の歌詞を書き起こしたこともあった。同じ曲の同じパートを、毎日繰り返すように書き起こしたが、そこにはいつも「無い歌詞」が並ぶ。なぜなら歌詞は、日によって聞こえが違うから。彼は当時既に音楽や言葉の本質を見抜いていた。

物心ついてからずっと、確たる「自分の力」をどこに向けていいかわからなかった。目的地を決めることも、手段を選ぶこともなく10年近くの年月を経る。



エンカウント、そして執着



そして2017年、当時18歳だった彼は、映画『君が生きた証』(2014) に出会う。

銃乱射事件で失ったひとり息子の遺品である楽曲を歌い継ぐ父親と、その曲に心打たれたミュージシャン志望の青年が、音楽を通じて再生、そして成長していくさまを描く映画である。

Vellar skinはこれを見て「音楽をやる」と決意したという。

2019年、『Floating ribs』収録曲「500nanometre(feat. Taizo Ohara)」にフィーチャーされたTaizo Oharaを誘い音で遊ぶようになる。因みに、Vellar skinが住む町と同じ町で、3才からピアノを習っていたTaizo Oharaは今もなお楽譜を読むことができない。

まずは音遊びのために用意したDAWを知る必要があった。
(*)DAW: デジタルで音声の録音、編集、ミキシング、編曲など一連の作業が出来るように構成された一体型のシステム,デジタル・オーディオ・ワークステーション (Digital Audio Workstation) 

今現在もだが、Vellar skinは時を忘れる程PCに、音楽に執着した。DAWは全部独学で習得。自分のやり方が正解かはわからないという。



広範囲の周波数を持つ、高級楽器としての声

2019年春からプロデューサー/エンジニアとして他アーティストのミックスダウンを手掛けるようになる。

「天職かも」
「自分が持っている力は全て音楽に使うためのものだったんだ」

と何度も思った。持て余していた力を自分の意のままに使いこなせる時がやっと来た。

幼少期から音に敏感だったVellar skin。人を気持ち良くさせる音、不快にさせる音が分かるという。

アーティストVellar skinとして自作を初めて発表したのは2020年10月25日。"Passively Dry"というシングルである。



Vellar skin作品最大の特徴はヴォーカルではないだろうか。

いや、ヴォーカルという楽器、という表現の方が心髄に近しい。Vellar skinは、ヴォーカルをヴォーカルのまま生かさず、広範囲の周波数を持つ楽器に変換して演奏する。

"Passively Dry"は冒頭から歌詞が入っている。耳を凝らして冒頭の「Passively-ly-ly-ly-ly-ly-ly-ly-ly-ly-ly-ly-ly-ly-ly-ly-ly-ly-ly-ly-ly-ly-ly-ly」を聴けば、そこに鍵盤があり、Vellar skinがそれを叩く姿が見えてくる。実際は「Passively」というボーカルサンプルをチョップによって切り刻み、本来の形 (Passively) とは異なる形 (Passively-ly-ly-ly-ly-ly-ly…) に陳列している。分かり易く言えば、まず「Passively」という一続きの言葉を「Pa」「ssi」「ve」「ly」という4つに分かち、これらをそれぞれ鍵盤に乗せる。ピアノでいうところのダンパーペダルを踏みながら「Pa」「ssi」「ve」を順番に叩き、今度はペダルを離して「ly」を連打する。これによって濁り(これは「透き通って」聞こえる日もある)、歪に伸縮しているように感じる。



iTunes store エレクトロニックトップアルバム、日本5位にチャートインした2021年7月17日リリースの1st EP『Floating ribs』であれば"Parasitism"にもこのボーカルチョップが多く使われている。一般的にはピアノやシンセサイザー、ヴァイオリンでメロディをつける場合が多い。しかしVellar skinは"Parasitism"においてチョップした声でメインのメロディを制作している。

Vellar skinにとってヴォーカルとは楽器である。



"Reluctant death is not good"に見るセンシビリティ



それからVellar skinが掌握しているもうひとつの力、感受性の話をしておく。

鬼才アリ・アスター監督の作品に『ミッドサマー』(2019) という映画がある。

大学で民俗学を研究する5人の学生が、太陽が沈むことのない奥地の村で開催される「90年に一度の祝祭」への参加する。楽園のようなその村を包む不穏な空気に違和感を覚え、いつしか主人公の精神が崩壊していく。『ミッドサマー』はそういう映画だ。

劇中、72歳を迎えた老人が崖から飛び降り命を絶つアッテストゥパン(Ättestupa)という儀式が行われる。

老人が崖から自ら身を投げる

・・・

そこで当然ながら主人公らは驚き動揺する。しかし村人たちはどうだろうか。これは「命のサイクルを表す大切な儀式」だと、恍惚として見入っているのだ。



Vellar skin本人曰く、3DCGアーティストERRANTHによるMVがリリースされたばかりの『Floating ribs』収録曲"Reluctant death is not good"はこのアッテストゥパンのシーンから着想を得たという。天から授かった感受性によって"Reluctant death is not good"は創造された。

誰かが残酷だと感じる死も、他の誰かにとっては美しい。いわば個性である。



肌(skin)の内と外の繋がり



『Floating ribs』は「“死”に寄りかかった様な感覚」が総体的なインスピレーション源だとVellar skinはいう。

そして、彼が外界からの刺激や印象を受容する能力に長けていることを忘れてはいけない。

Vellar skinは自身の肌と隣接する外界から、ややもすれば着想を得てしまうのである。


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2021/08/19
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