インタビュー: TAEYO – 東京と沖縄, 空気のひずみの中で
TAEYOが2022年11月16日、メジャー2ndアルバム『Sky Grey』をリリースした。2020年前後のHIPHOPのソリッドな側面を切り取ってきたTAEYO。前作『Pale Blue Dot』はその洒脱な側面を、自身のフィールドでもあるUK Garageライクなビートに乗せて切り取って見せた作品だった。本作もstarRoをメインプロデューサーに、DroitteやCELSIOR COUPEら懇意の陣営を迎え、同じく四つ打ちやGarageがセンス良く配置された作品に仕上がっている。にも関わらず、その空気感は圧倒的に異なる。語り口は圧倒的にTAEYOの内面に入り込み、10曲を通じて丁寧に心象風景が描かれる。そこには前作からの1年間で経験した自身の人生の移り変わり、それによって芽生えた今尾TAEYOのアーティスト観があった。
登場する主なアーティスト(順不同):
リリイ・シュシュ, starRo, Droitte
自分の周りを整理するところから始める
─前作のメジャー1stアルバム『Pale Blue Dot』からちょうど1年ぶりのリリースとなりました。率直に、この1年間はどのような時間でしたか?
TAEYO:
前作をリリースして、去年のうちには「次のを作ろう」って思考になってたんですけど、結局今年の1月末くらいから制作スタートって感じになりました。その制作を…あとでも詳しく話しますけど、沖縄の石垣島でやりました。ほんとはロサンゼルスとかで考えてたんですけど、新型コロナの状況とかも見て国内にしようって。それで石垣島で合宿して…東京に帰ってからは、自分の周りを整理し始めたんですよ。石垣島でアルバムの種は出来てて、そこから一気に作り上げて4月くらいには出すつもりだったんですけど。でも周りの人間関係や…これまで自分が向き合うことから避けてたもの。そういうものに向き合ってたら躁鬱っぽい感じになってきて。そういう中でアルバムを、色々整理しながら作ってたらこの時期になりました。
─色々聞きたいことはありますが…まず、『Pale Blue Dot』を出してからすぐ次の作品に取り掛かろう、ってテンションだった?
TAEYO:
あれも1年くらい掛けて作った作品だったので直後は燃え尽きた感じで。ちょっと休みがてら、北海道の知床や沖縄、熊本とか色々回ってました。自分としてはアルバムを出してやり切った感はあったものの、結構思ったような反応がなくて。それでちょっと休みたくなったのかな。ただ、『Pale Blue Dot』自体は自分がHIPHOPで培ってきたものの集大成って感じでした。出し切った。
だからそこには少し間があったんですけど、でも心のギアが中々東京では入れ替えられなかった中で、心機一転するって意味で沖縄で作る話が出てきました。『Pale Blue Dot』が東京で色んなプロデューサーと作り上げたものだったので、そこで出し切った以上、東京で同じやり方をしても仕方ないなって部分もありましたし。
─いざ石垣島に行ってみると、すぐに制作に取り掛かれた?
TAEYO:
いや、それが全然そんなことなくて。音楽はずっと流してたんですけど、歌詞は4-5日くらい全く書けなかった。でもそれは出てくるのを待ってた感じで。現地ではずっと、朝起きて海行って自然の中で生きて、ごはんもそこで採れるものだけで生活して…ってして。そうした生活を始めて2日目くらいの時点で、まずは制作の仕方自体を(starRoや同行者と)話し合いました。元々はアコースティックだったり、生音メインでやるか、みたいな話もあったんですけど、それを大きく変えて。俺が1日に何時間もタイプビートに合わせてラップして、その中で良かったフロウだけを集めて曲にしていく、って手法になりました。そのやり方で固まってからは結構順調に進んでいきましたね。
─歌詞が出てこない最初の期間、starRoさんからは何かアドバイスなどありましたか?
TAYEO:
いや、それが全然そんなことはなくて…むしろstarRoはそうなることも織り込んで来てくれたんじゃないかって思います。この合宿って、普通の制作で考えてみればすごい贅沢をしてるじゃないですか。作品の概要も固まってないのにとりあえず合宿して、そこから考えれば良いよって、普通はあんまりない。でも今回はそれが出来て…starRoは海外での経験も多い中で、制作合宿ってそういうものだって分かってたのもあると思います。だから石垣島に来たのはそういう(歌詞が出てこない)期間を感じるためでもあるというか。だからその期間に焦ったりすることはなかったです。それも含めて、本当に自由に制作させてもらえました。
─そうして過ごしていたら段々と言葉が出始めた?
TAEYO:
そうですね。目の前にキーボードを置いてひたすらラップして。その中でこれまで何度も使ってるようなメロディとかフロウはその都度starRoが指摘してくれて、矯正して。それをずっと繰り返しました。starRoは付き合いも長い中で、結構辛辣にズバズバ言ってくれるんですよ。こっちがへこむくらいのことも遠慮なく言ってくれるんで、それもありがたかったです。
─そもそもstarRoさんと石垣島に行く、という人選はどういう理由だったんですか?
TAEYO:
なんでだろう…自然な流れでそうなってましたね。『Pale Blue Dot』で制作した時から自分自身このあとも一緒に作りたいと思ってましたし、周りの人も「starRoと作り続けるのが良い」って言ってくれて。今回も結果的には複数のプロデューサーに入ってもらいましたけど、最初はstarRoだけで作れる、くらいに思っていて。単純な「アーティストとプロデューサー」って関わり方よりもっと強い関係なので、starRoと一緒にやるのは自然な流れでした。
─まずはフロウを作るってことでしたが、その後出来たフロウに歌詞を当てはめる作業はどのように行ったんですか?
TAEYO:
最初は曲ごとに宇宙語でフロウしながらも、テーマとなる言葉とかは出てくるたびにメモってました。前提として「日本語として歌詞が聞こえて寄り添えるもの」を目指していて。その上でみんなに響いてパンチもあるもの。それを作るってのは合宿の最初の頃に固まってました。だからそれも意識しながらフロウしてたので、その中で気になったワードは書き留めていて。それを基に東京に戻ってから歌詞として当てはめようとしたんですけど…最初はそれに時間が掛かっちゃった感じです。
都会の重みと人間関係
─東京に戻ってから歌詞のはめ込みが進まなかった理由は何なんでしょう。
TAEYO:
都会の空気が合わなくなっちゃいました。石垣島のパワーがすごかったのもあって、東京に戻ってからその重みが苦しくなって。人間関係とかいう意味でも色々あったものを整理したり、音楽とは関係ないところで色々やらなきゃいけなかった。その狭間にいる中で最初の計画よりも時間が経っちゃった感じです。
─そうした東京でのしがらみも、最終的には楽曲に反映された?
TAEYO:
そうですね、それは間違いなくあります。
─starRoさんと互いにビート / ラップに対するリクエストなどはありましたか?
TAEYO:
リリックについてはさっきの通り、明確に日本語で刺さるものを作ろうって話していたので、その話し合いはかなりしました。でもラップそのものに関してはあまり言われたことはなくて…むしろメロディの作り方、発声の仕方とか、そういうところでかなりアドバイスを貰いました。究極的にはどうすればサブスクの再生回数を回せるかってところの突き詰めだとは思っていて。日本人はパンチのある、でも軽すぎない歌詞が良いのかなとか。意味ないリフレインじゃなくて耳を捉えて共感を生む歌詞じゃなきゃいけないとか…そういうことも考えたからこそ日本語に意識を割いてます。
─その意味で言うと、前作の続編に当たる”All For You II”が唯一英詩メインですね。
TAEYO:
そうですね、これは続編にしてる意味もそこまである訳じゃないんですけど、同じプロデューサーとやる中で、たまたまこうなったというか。この曲とか”Same Tat”, “Drive”あたりについては都会の曲なんですよ。これらは石垣島で作った曲じゃなく、東京に戻ってからの数か月で出来たやつで。それもあって都会的なノリも加わって…sarRoのビートとは違う雰囲気になってますね。
─逆に「この曲は石垣島だからこそ出来たな」って曲はありますか?
TAEYO:
“Pass Out”ですね。これが一番最初に出来た曲であり、すべての始まりでもあります。これと”Wake Up”が、実際に石垣島で気絶した時の体験を歌った曲なんです。だからこそ死生観が一番出ているというか。
─死生観というと?
TAEYO:
まず、別に自分自身が死にたがってるとか、そういうことでは全くなくて。でも自分の経験を通して、そういう選択をする人の気持ちも理解は出来るようになったというか。石垣島から戻ってギャップに気づくと、世界がいかにおかしいことになってるかってことも感覚として分かる。そんな中で、本当のことを歌ってる人の存在、それがリスナーに与える影響って大切だと思ってます。アルバムタイトルの『Sky Grey』も、直訳の「灰色の空」って意味だけじゃなく、「明るくなりつつある空」みたいな前向きなニュアンスも意味としてはあって。そうしたことを踏まえながら、それを自分がどう吸収して歌うのか。歌ってることに意味があるんじゃないか。そういった思いも糧に、ポジティブな結論のアルバムなんです。
─”Motivation”とかも過程のヴァースでは「TAEYO大丈夫か?」みたいに聴き手が思いそうなリリックも孕みつつ、最終的には「朝起きたらポジティブになってるから」みたいなところで救いがあるというか。
TAEYO:
そこもまさに、本当のことをそのまま歌ってるんですよ。だからこそ共感してもらえる部分なんじゃないかって思う。これまではあんまりそういう…日常の出来事をそのまま曲にするってことはなくて。どうしても抽象的な表現にしちゃったりしてた。それを今回はそのまま出す、その中でめちゃくちゃ葛藤しました。
─具体的にどんな葛藤があったんですか?
TAEYO:
例えば”Sky Grey”のHOOKでは「なんだかモヤっとする」ってリリックが出てくるんですけど。このリリックが出てくるまでは、もっとカッコ付けた言葉をフロウに落としてたんです。でもずっとstarRoに「それじゃないでしょ、もっと他の表現があるはず。もっと簡単で、もっと変な言葉があるはず」ってずっと言われ続けてて。それでずっと自分の殻を破ろうとした、その結果がこのリリックに行きつきました。これまでの曲はやっぱり見栄を張ってた、嘘ついてたんじゃないかって思う。
HIPHOPって見栄を張ってフレックスするのが基本みたいなところがあるじゃないですか。でもほんとは無理して見栄張るようなことじゃないんじゃないかって思い始めた。大金持ちじゃないとフレックス出来ないとか、そんな世界じゃない。俺もHIPHOPシーンに入ったときはそんなフレックスに染まってたわけじゃなくて、自分の服が好きで、自分の姿が好きだった。それをそのまま見栄張らずに見せて、そのありのままに自分に付いてきてもらう。それを今回は思い出せました。思ってもないのにドンペリ開けたりフェラーリに乗りたがる。そんなフレックスには俺には必要ない。
─「金はいるけど一番じゃない」と語る”26miles”は典型的ですね
TAEYO:
それが、あの曲は2-3年前の曲なんですよ。元々は入れる気もなかったんですけど、なんかハマりが良くて入れた。それも、きっとその無理してない部分とかが今回の趣旨に合ってたからだと思います。Droitteと『SWEAR』(2018年)を作った時にも、「テヤン(Taeyoungboy=TAEYO)はもう完成してるからそのままでいいよ。そのままを伸ばしていこうよ」って言われたことを覚えてて。それとも繋がってる話だと思っています。
─ここまでのお話を聞くと、今回のアルバムに客演がいない理由も分かる気がします
TAEYO:
そうですね、気付けば客演呼ぶ頭にならないまま終わってて。マーケティング的には入れた方がいいよなとか思ったりもしたんですけど。でも単純に人と会わない1年でもあったので、単純にそういう機会がなかったのもあります。その意味でも、この1年の自分を表すと自然とそうなるんだってことだって思います。
リリイ・シュシュと2022年の世界
─フロウを先に作って歌詞を書く手法は、割とフリースタイル寄りの作り方としてよく聞くことではあります。でもそれって大抵歌詞の当てはめにはそんなに時間を掛けない割り切りをすることが多い印象で、TAEYOさんみたいに数か月その作業に費やすって、かなりの困難があったんじゃないかと想像します。
TAEYO:
本当に大変でした。宇宙語でフロウして歌詞を割と適当に詰めて完成、みたいなのは自分もやってたんですけど。でもやっぱりここまで時間を掛けたのは…時間が掛かっちゃったってことでもあるんですけど、その分やっぱり時間を掛けると良い歌詞が出るんだとも思って。かなり周りの反応も良くて、自分の姿を出せた気がしますね。
─”Pass Out”の基になった気絶の経験っていうのはどういうものだったんですか?
TAEYO:
そんな複雑な事情がある訳じゃなくて、石垣島の滞在先の玄関先みたいなところでヨガして体調整えてたんですよ。そしたら首のところをやりすぎちゃったみたいで、気付いたら落ちてました。ヨガで気絶して、そこから地面に無反応で倒れこんだので結構危なかったらしいんですけど。でも俺自身は気絶した経験も初めてで、逆に結構経験値としてポジティブに捉えてたというか。それで東京に戻って歌詞を書く作業に入ったとき、「何もないな自分」って思ったりしたんですけど、その中で一番ピュアに、最初に出てきたのがこの歌詞でした。それも込みで今回のアルバムは嘘偽りないというか。曲でネガティブになり切れないんですよね。暗い曲が好きな訳でもないし、いわゆるEmo Rap的な繊細さ…自分も繊細な部分はあるにせよ、そういうのとも違うと思います。
─個人的に”Let Go”の浮遊感がとても好きです。なんとなく映画「リリィシュシュのすべて」を思い出したりもしました
TAEYO:
この曲は周りのエンジニア…starRoや、色んな人たちもこれが一番良いって言ってくれました。この曲はstarRoとの曲では一番最後に出来た曲で。石垣島でデモは出来てたんですけど、自分の中でそれが良すぎて、ずっと後回しになってた。いや…後回しではないか。元々のデモは歌詞も入ってない状態だったんですけど、その時点で良くて周りの友達も泣いたりしていて、それを歌詞を書いた状態でどう超えれば良いのかってところですごく葛藤しました。
ていうか、「リリイ・シュシュのすべて」を言及してもらえるのは、自分の中でも本当にピンと来てる部分です。『Sky Grey』自体、あの空気感に近いものになってる…通じるものがあると思う。あの映画も2001年っていう…90年代と00年代の狭間の中で、当時の退廃的な世界観を切り取った作品じゃないですか。今も、あの空気感、あのひずみってまた起きてる時代なんだと思う。あの映画に出てくるリリイ・シュシュ自身もすごく憧れる存在なんです。彼女って架空のアーティストじゃないですか(*)。それでも現実にも映画の中でも、彼女は少し変わった感性の人たちを惹きつけて、かつヒットを飛ばす存在でもある。そういう、誰かに届いている存在になりたいって思っています。
(*)リリイ・シュシュ名義で実際に作品もリリースされているが、実在しない、架空のアーティスト。役を演じているのはシンガーのSalyuであり、架空と現実の狭間にある存在として描かれる
─TAEYOさんは都会の洒脱な空気を纏いつつも、”RUNNIN”のMVや本作しかり、その都会性=マジョリティ性から離れたことをやろうとしてると感じていて。それって「リリイ・シュシュのすべて」が、徹底的なスタイリッシュさをもって地方の14歳たちの姿を照射したのとすごく近い距離間の話な気がします。
TAEYO:
その通りだと思います。俺も全然全国にいるマイノリティな人と変わらなくて、同じようなことで悩んでるってことを本当にみんなに気付いてほしいし伝えたくて。シーンに出てきたときは俺もカッコ付けて見せてたし見られてた。それで俺に気付いてくれた人には本当に感謝してますしありがたいんですが、今は地球規模の話とマイノリティな話を同時に進めてる俺になってる。この作品でそれを感じてもらえたら幸いです。
─ありがとうございました。
───
2022/11/25
PRKS9へのインタビュー・コラム執筆依頼・寄稿などについてはHP問い合わせ欄、あるいは info@prks9.comからお申し込み下さい。
作品情報:
Tracklist:
01. All For You II (Produced by CELSIOR COUPE)
02. Dive (Produced by Droittte & haqu)
03. Wake Up (Produced by starRo)
04. Slide (Produced by starRo)
05. Motivation (Produced by starRo)
06. Sky Grey (Produced by starRo)
07. Same Tat (Produced by DRLR)
08. 26Miles (Produced by starRo)
09. Let Go (Produced by starRo)
10. Pass Out (Produced by starRo)_
Artist: TAEYO
Title: Sky Grey
2022年11月16日リリース
Stream: https://lnk.to/skygrey
アーティスト情報:
TAEYO (タイヨウ)
Taeyoung Boy(テヤンボーイ)として2015年、SoundCloudにラップ音源をアップしたところ、 予想以上の反響を受けたことから本格的に活動をスタート。HIPHOPの枠を超えたリリックとラッパーならぬメロディーセンスでネット上でファンを一気に獲得する。また音楽だけに留まらず、ファッション+カルチャー面で大きな支持を得ており、モデルやレセプションでの稼働、アパレルブランドとのコラボなど、 ファッション業界からの期待値も高まっている。2020年5月、TAEYOに名義変更しメジャーデビューすると同年にChaki Zulu、BACHLOGIC、CELSIOR COUPEをプロデューサーに迎えたEP『ORANGE』や、2021年9月にメジャー1stアルバムとなる『Pale Blue Dot』を発表した。2022年には若手R&Bシンガーとのコラボ作「OMW feat. 藤田織也」のほか、11月にメジャー2ndアルバム『Sky Grey』をリリース。
■公式サイト
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