Column/Interview

日本でも未だ人数が少ない宗教をレップするMCであり、この数年で数々のメディアやオーディションにて波乱を巻き起こしたMC・Itaq。弱冠21歳の彼が2021年5月14日(金)、新作2ndアルバム『Savior of Aquarius』を世に送り出す。素晴らしい内容の本作だが、意外と知られていないのは、彼が21歳にしてキャリア9年目を迎える実力派MCということだ。
そこで今回の前編では、ここまでの彼の活動を改めて振り返っておきたい。後編では、今回の新作について、Itaq本人からいただいたエピソードや言葉を交えながら、内容に迫っていく。

登場・アカウント停止・再起まで


2010年代序盤~中盤。音楽のストリーミングサービスが世に浸透する前夜となるこの時期、日本語でラップされるHIPHOPシーンでは、無料で配信されるフリー音源が全盛期を迎えていた。その流れで名を馳せたMCの中には、現在のシーンでも勢いあるプレイヤーも少なくない。そんな中、一人の中学生が現れた。その年齢にふさわしい等身大のメッセージに、ふさわしくない高次のラップスキル。彼の当時の名義は「ItakraWalker」。当時猛烈な多作ぶりで知られたMC・ちゃんdizらと数々のコラボレーションを行いながら、『Brunch EP』(*現在は配信終了)を発表。まとまったアルバム単位の作品が期待されたところで、突然Twitterのアカウントが沈黙したのを記憶している。

そして2016年。TL上に突然、見知らぬはずなのに、どこか既視感のあるアカウントが流れてきた。名前は「Itaq」。

発声した瞬間にピンと来た。シーンに本気で乗り込むべく、あのItakraWalkerが名義を変え、帰ってきたのだと。Itaq名義でDIYな作風・客演とトラップ×高速ラップスキル、そして野心的な決意表明を携え、彼が1st Mixtape『Fresh Boy Itaq』をドロップして以来、4年が経つ。そのムーヴで、いわゆる「シーン」と呼ばれる磁場のラップ好事家とプレイヤー達の記憶に、Itaqは確実に爪痕を残し続けている。

ミクステ発表しました!是非お楽しみ下さい。これが僕の1st Mixtape“Fresh Boy Itaq”です。ダウンロードはこちらhttps://t.co/ogX54cYiT7 pic.twitter.com/69jajoFJiq — Itaq (@itaq_nasu) May 12, 2017

しかし、彼が目指していたのは、単純に売れることでも知名度を上げることでもなかった。そのゴールは、全てを実現しながら聴く者を「救う」ことにあったのだ。それは、『未確認フェスティバル』前後の七転八倒の苦悩が刻まれた4th Mixtape『A Long Dream』後の信仰告白以降、より明白になる。

4th Mixtape 『A Long Dream』

マジで死のうとしていた時期の作品。何で死のうと思うくらい追い詰められていたのかは聴いて頂ければ分かります。客演がめちゃくちゃ豪華。コンセプトものなので、通してストーリーになってる。ここら辺でコツを掴み始める。https://t.co/jJGt3ArEM0 https://t.co/Qh6umAWISk — Itaq (@itaq_nasu) March 30, 2020

それを象徴するのが、YUNG NORIAKIを自称しながら自らのラッパーとしての姿勢を生々しく刻み込んだシングル”I Am That I Am”だろう。

また、自分の人生に起きたことをラップにして吐き出すだけでなく、より聴く者に寄り添える内容に昇華されたのが、過去作中最もコンセプチュアルな5th Mixtape『曖昧』だ。これらの作品の発表前後、Itaqは6年を過ごした宗教学校・幸福の科学学園を卒業し、那須から東京へ出てきた。以降はアンダーグラウンドのライヴ現場やパーティに身を投じることとなる。路上ライヴからポエトリースラム、ブロックパーティーまで。知名度ではなく、音楽の力が籠もった現場で。ジャンルを越えた多様な現場での活動は、彼がラップに込める救いのメッセージに、更に説得力を持たせることとなる。

5th Mixtape 『曖昧』

スキットも手が込んでいて、コンセプトものとしての一つの完成形だったかも!上京してからした恋もどきの話です。最後の別れ方は最悪でしたね。別れる時の曲は1st Album『委託』に入ってます。仲良くなる人大体鬱かメンヘラ。https://t.co/UEaLZjVNIY https://t.co/gQDchHT9CH — Itaq (@itaq_nasu) March 30, 2020

1stアルバムの発表, 快進撃が始まるはずだった


そんな最中の2019年、彼は1st アルバムの告知をする中で、関西のネットラップをレップするパーティ・Dope Technology(#どぷてく)のゲストとして来阪。筆者は実際に彼のライヴを観たが、感想は「鮮烈」の一言に尽きると思う。礼儀正しく純朴な好青年の口から吐き出される言の葉の鋭さと、説得力の重みたるや、既に尋常ではなかった。また、この時彼のバックDJを務めたのは、関西ひいては日本のGrimeシーンを代表するMC・Catarrh Nisin。

思えば、1stアルバムのプロデューサーがDEKISHIらとも縁深いSoakubeatsであり、前述のCatarrh NisinにGrimeの本場イギリスでも名を馳せるPAKIN, Breakcoreシーンの新鋭・yumeoとの”FRAGMENT”がこのライヴで披露されていたことも鑑みると、ラップスタア誕生でも言及されたGrimeスタイルは、人脈・音楽両面において、この時既に彼の中に完成しつつあった。この時の衝撃と、先行公開されたMV ”神に選ばれた男”, ”Super KAMIOKANDE”で、筆者はアルバムへの期待を更に強くした。
そしてリリースされた1stアルバム『委託』はSoakubeats全面プロデュース、1st Mixtapeで名を馳せた実弟Dirty Kiyomiya(aka Big Onigiri)やuyuni, ACE COOL, 野崎りこん, Lanc3 Pynchon, ISSEIを客演に迎え、果たして彼の作品の中でも他と一線を画する内容となった。別世界の荘厳さをイメージさせるSoakubeatsによるビートメイク、幸福の科学の哲学をこれまで以上に練り込んだリリックの言葉選び、国内インディシーンやネットラップの第一線に立つクリエイター達とのコラボレーション。

勿論、彼の日常と人生、そして反骨精神もこれまでの作品以上に刻まれていたが、一つの宗教をレップし、自分の体験と哲学をもって「救う」ことを是とするMCとしての気概を、まとまった作品としてはっきり示したのはここからだろう。その覚悟が今聴いてもビリビリと感じられる、名刺代わりのアルバムだ。Itaq曰く、「これでメインストリームのHIPHOPシーンに参加するぞ、参政権を得るぞ、という勢いのある作品」とのこと。これ以降、ItaqはHIPHOPメディア・ニートtokyoへの出演、幸福の科学信徒としてのメッセージ発信、uyuni, noma(夜猫族), Kenny Bullardとの”I Am That I Am Remix”など、表舞台での活動を更に広げていく。
彼の快進撃は始まったはずだった。

しかし知名度の拡大は、同時に幸福の科学やHIPHOPコミュニティでの揉め事との対峙や、更なるハードルを彼に突きつけることとなる。紆余曲折の末、彼は東京から地元であり、幼少期から過ごした栃木県・那須の地へ舞い戻った。ただ、その間MCとして沈黙するItaqではない。大阪から北海道に移住した俊英・Fuma no KTRとの”God Knows”, Grimeスタイルで名を馳せ、後にラップスタア誕生で相まみえる反逆児・ralphとの”Bad State”, 現ZoomgalsのMarukido “Lil 宗教 Jr.”に対するRemixアンサーなど、枚挙に暇が無い。その軌跡は、自らの音楽性を更に多様に推し進めたSoundcloudベスト『Playlist 1 “Unplugged / Exiled from TYO”』にて味わうことができる。
また、1stアルバムでもトラックメイクやマスタリングを自ら行っていた彼は、先述したDirty Kiyomiyaの1stアルバムをフルプロデュースし、世に送り出した。独特の変幻自在なフロウとタイム感のあるライミング、人生観を持つDirty Kiyomiyaのラップスタイルを覚醒させた内容は、未だ世の理解が追いつかない凄まじいものだ。更に、自らの信仰心をより音楽と共にダイレクトかつコンセプチュアルに打ち出し、幸福の科学の及川幸久氏にも認められたシングル”ex loser”の発表。

【New Playlist】

『Playlist 1 “Unplugged / Exiled from TYO』

2018〜2020年にかけてのSoundCloud音源を厳選し、再Edit。取り除かれる男、前向きに新興宗教を信仰する未だ定義不能な異端ラッパーの苦悩と解放を豪華客演陣と共に浮かび上がらせる。ストリーミングのみ。https://t.co/7G6bxfVGXV pic.twitter.com/409DsL4x2D — Itaq (@itaq_nasu) February 20, 2020

ラップスタア誕生への出演・今に至る心境の変化


そうして、確実に音楽活動を「次」に向けて打ち出し続けるItaqに、これまでにない転機が訪れる。京都を代表するHIPHOPレーベル・R-RATEDを主宰するRYUZOによるABEAMA TVのオーディション番組・ラップスタア誕生への出演である。ラップスタア誕生のオーディションをきっかけにバズを起こし、TohjiやLeon Fanourakis, \ellow Bucksのように現在シーンの最前線で活躍するMCは数多く存在する。その上、彼が参加したシーズン4は過去最多の1416名によって競われた。つまり、ここで勝ち上がれば間違いなく実力を証明できる。ここで彼はその力を存分に示した。1416人から30人・10人と絞られる中、迎えた3次予選。Yung Xanseiのビートで己が存在と歴史を証明し、後に”運命”と名付けられリリースされた曲で、彼はAbemaTVにより丁寧に取材された自身の信仰のルーツと共に、凄まじい印象を初見のリスナーに刻みつけた。彼自身も言うように、「言葉の束の質感」は、高速ラップにも関わらず歌詞が全て聞き取れる、丁寧なリリック構成とフロウに現れているが、そこに衝撃を受けたリスナーは少なくないだろう。セミファイナルで先述のralphと相まみえ、一度は敗北したものの、敗者復活にてファイナリスト5人目に合流。

この間、予選で出会った徳島の新星・G:ntとの”Angel”, Catarrh NisinとDuff(北関東スキルズ)とのグライムチューン”Nuh”をリリースし、MCとしても動き続けたが、「運命」は皮肉にも、舞台裏で彼に試練を突きつけた。喉の原因不明の不調である。彼の家族や周囲により懸命に助けられたものの、ライヴ出来るか出来ないかギリギリのコンディションで、ファイナルのライヴ順のくじ引きはラスト。追討ちをかけるように、彼がSTUTSのビートに載せて救いを高らかに歌う”復活の日”は、彼が不調により満足にパフォーマンスできなかった点を突かれるばかりで、審査員に楽曲の完成度を評価されなかった。ここで彼は、自身の信仰する「神」の与える試練の余りの厳しさに、「自分のそれまでを全て疑い、一時は信用できなくなった」と吐露するまでに追い詰められた。また、同時にItaqは、それまで彼が感じていた「シーン」と自身の乖離に、確信を持つに至ったという。

例えば『K/A/T/O MASSACRE』のような、これまで参加してきた参加してきたライヴイベントや、自分の表現の根っこにある音楽性と、(シーンに)求められているものは明らかに違うなあと。かといって、そこに無理矢理自分を合わせてまで音楽はできませんし。

音楽人生の苦みを凝縮したようなこの挫折感から、彼はここまで執着していた「ラップゲーム」、つまりHIPHOPシーンで勝ち上がることに、興味が無くなっている自分にも気づいたようだ。

良い意味で(ラップゲームには)冷めました。興味が無くなったというよりも、自分はここで自分を殺してまで勝つ必要は全くないかなって。

そこで、制作途中で半ば止まっていた2ndアルバムの制作に再度着手し、9年間のキャリアと信仰心、自らの音楽的ルーツ・嗜好を客観的に見つめ直した。彼はこれまでの作品において、日米のHIPHOPの潮流を常に意識しつつ、オルタナティヴな音楽嗜好やビートチョイスを折衷させながら作品を構築していた。その象徴的な形として、例えば先述の『A Long Dream』収録の”地獄”では、シンガーソングライターのゆいにしおとコラボしている。また、「HIPHOPらしくない」自らの立ち位置と方向性も、そのリリシズムに如実に表われていた。

これらを再認識した上で、自らの武器として昇華させたのが今回の2ndアルバムだろう。その中でルーツである信仰心、自身のパーソナルな体験を各曲の物語として配置し、アルバム全体として一つの壮大な世界が成立するように構成された今回の『Savior of Aquarius』。結果として、これまで試みられたコンセプチュアルな創作活動、自身の半生にも等しい活動年数が結実した。つまり、本作は初期衝動に満ちている。加えて既に先行オーディオとして”Eudaemonics”, ”NIWANOUSAGI”が、 先行MVとして “Cold Fish”,”UNBUILT”が発表されているが、いずれの作品も印象的なリリシズムが貫かれている。

そしてこれらの楽曲に共通する感触こそが、彼がこの作品を語るときに用いる「ポスト・HIPHOP」の正体ではないだろうか。後編ではいよいよその音楽性や表現に、具体的に迫っていく。

後編はこちら

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2021/05/13 Text by よう (Twitter)

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作品情報:

 

Track List:
01. INITIAL I [Track by KUROMAKU]
02. UNBUILT [Track by yumeo]
03. casuistica [Track by 田嶋周造]
04. NAGASAKI REVENGE [Track by UNOME]
05. Kagayaku Machi [Track by Lil Soft Tennis]
06. So Stupid [Track by Nammu]
07. Eudaemonics feat. 河口純之助 [Track by Itaq]
08. driving school [Track by ウ山あまね]
09. Cold Fish [Track by Negatin]
10. Hyper KAMIOKANDE [Track by Itaq]
11. NIWANOUSAGI [Track by SKInnY BILL]
12. Finale [Track by TRASH 新 アイヨシ]

ARTIST : Itaq
TITLE : Savior of Aquarius
LABEL : 委託 Label
RELEASE DATE : 2021年05月14日(金)
FORMAT : DIGITAL(DL/ST)

▶Itaq: Twitter / Instagram

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