Interviewed by SOMAOTA (Black petrol) @soma_Ohio (Tw)
登場する主なアーティスト(順不同) ALMAR$$$, TOFU, MIKADO, Jin Dogg, 孫GONG, 甲本ヒロト, City Morgue, FUJI TRILL, Homunculu$, bigsos
─本日はよろしくお願い致します。
Young zetton: よろしくお願いします、京都生まれ京都育ちで、Young zettonという名前でアーティストをしています。 ただ家は転々としてて…小倉で生まれて淀で過ごしてそこから久御山に引っ越して、今は伏見にいます。 一時期東京を拠点にしようと移り住んだ時期もありましたが、コロナを機に京都に戻って、今は京都を中心に活動しています。
─zettonさんがHIPHOPに出会ったのはいつ頃ですか?
Young zetton: 明確にこの日というのは無いんですけど、中学の頃にANARCHYとか、レゲエならCHEHONとかが友達の中で流行ってて、自然と彼らの曲は聴いてました。 他にもAK(-69)とかヒルクライムとかはなんとなく聴いてたかな。 ただ高校生ラップ選手権もフリースタイルダンジョンも無かったんで、今ほどHIPHOPは流行ってなかったですね。
─それ以前にも音楽は積極的に聴いていたんですか?
Young zetton: そうですね、僕らの世代で小学校の頃流行ってたJ-POP、例えばいきものがかり・コブクロとかは知っていはいたけどあんまりしっくり来なくて。 僕は幼少期にカポエラを習っていたんですけど、その影響でブラジルの変な曲でポルトガル語の曲とかは聴いてました笑 そこのカポエラの先生がHIPHOP好きで、その時は知らなかったけどSnoopとかは聴いてましたね。 WALKMANでYouTubeからmp3で落としてみたいな。 あと、家庭ではお父さんがやしきたかじんとか長渕剛とか正に世代だなっていう音楽が好きでしたけど、そこからの影響とかはあんまり無いですね。
─そこから自身でラップを初めてしたのはいつぐらいでしたか?
Young zetton: 最初にラップしたのは確か2016年とかです。 その時に初めて、京都の城陽駅のサイファーに地元の友達と行ってフリースタイルをしました。 その頃ちょうど城陽駅前サイファー自体も本格的に活動が始まったので初期メンです笑
Young zetton: ALMAR$$$との出会いは、僕がラブトラ(京都河原町二条のクラブ・LAB.TRIBE。現在は閉業)でライブしてた時CHARLIEEさん(ALMAR$$$のリーダー、後述)が見に来てて。 僕が記憶ないうちに絡んでたみたいで、LINE交換してて、後日突然PVが送られて来たんですよ。 それがAnu君(Anubis・ALMAR$$$のラッパー)とCHARLIEE君の"We bout to shot"っていう曲だったんですけど、その時ってまだちゃんとしたビデオを挙げてるラッパーって京都には少なくて、「こんな人いるんだ」って凄いビックリしました。
Young zetton: そうですね、やっぱり感覚で出たフリースタイルで録る事に憧れみたいなものもありましたし、実際そうやって録ってました。 だけど今はその時と比べると、制作スタイルはかなり変わりました。 感覚を大事にするのは一緒だけど、フリースタイルだけじゃ自分の理想の形にする事は出来ないので、今は完璧に準備してからスタジオに行きたいっていう感じに変わりましたね。 あの頃から比べるとリリックだけじゃなくて、被せやエフェクトまでかなりこだわる様になりました。
─なるほど。家である程度考えてからRECに臨むようになった?
Young zetton: そうですね。 リリックを書くのは早い方なんで、パッと書くんですけど。 僕はリリックを書いてそこから原型を崩して行く感じで曲を作るので、実際に歌ってみて変えていくという事が多いんですよ。 でもどんだけ崩した歌い方をしても自分の言いたい事は元のリリックに表現されている。 それを如何に音楽的に出来るかっていう事を最近は意識する様になりましたね。
─その様なラップのデリバリーも含めてzettonさんが影響を受けたアーティストはいますか?
Young zetton: 日本だったらJin Doggさん。 画面越しで見て影響を受けたというのもあるけど、ライブの時の覇気が凄い。 人をあそこまで惹きつけて、無茶苦茶に暴れさせるけど、最後はメロディアスに歌い上げて感動させるっていうのが本当に凄いなと。 あとは甲本ヒロトさん(THE BLUE HEARTS・THE HIGH-LOWS・ザ・クロマニヨンズ等のボーカル)ですかね。
─甲本ヒロトさんの名前が出るのは非常に興味深いですね。
Young zetton: マジでむっちゃ影響受けてますね。 あの人のインタビューとかも見まくってて、普段病んだりした時、あの人が居るっていう事に何度も助けられました。 マジで神様だと思ってます。 自分とフィーリングも似てるのかなとか思う時もあって、本当に影響は受けてます。 海外だとCity Morgue(NYのZillaKamiとSosMulaによるHIPHOPデュオ)とか。 でも最近は日本のアーティストで面白い人がたくさんいるから、自分としては結構それで間に合ってる感じもあります。
─では順次、zettonさんの作品のお話を聞いて行きます。 まず2019-2020年はかなり精力的に作品を出されていますね。 最初のまとまったソロ作品は、2019年3月24日に公開された1st EP『イキモノ』でした。 1曲目の"狼"で高らかに「I’m a ROCKSTAR」と宣言している様に、このEPの4曲は、破壊衝動が炸裂するグランジーなトラップで纏められています。 このEPの位置付け、また自身が今振り返ってみて考える事を教えて下さい。
Young zetton: まず『イキモノ』という名前なんですが、僕は単純に生き物、中でも動物がむっちゃ好きなんですよ。 実家で捨て猫を飼ってたりとか、動物って人間にない純粋さがあるじゃないですか、それが凄い好きです。 そういう純粋さを持ってみんなもっと自由になったらいいのにっていう、アーティストだけじゃなくて、どんな仕事をしてる人も…いくつになっても自由でいてほしい。 というか楽しんで欲しい、っていう気持ちはずっとあって、そういうメッセージが表れてると思います。 ただ、今となっては、このEPは自分では聴けないですね笑
Young zetton: Jin Doggさんはいつか一緒にやりたいなとは思ってたんですけど、東京の1OAKというクラブで、FUJI TRILLさんとかbigsosとかと遊びに行った時があって。 そのときJin Doggさんもいたんですけど、bigsosが酔った勢いでJin Doggさんに「曲一緒にやりませんか」って話しかけたら「いいよ」って言ってくれて実現しました。
Young zetton: ビートに関して、"chemical音"は完全にホムンさんが構築しました。 グライムに挑戦しようというかラップを上手くなろうと思ったきっかけが、制作期間中にラップスタアで予選落ちして、それが無茶苦茶悔しくて。 それをホムンさんに伝えて、「ラップ頑張りたいです」っていう話をして。 そこから、"priceless"や"真・物語"のグライムのトラックでラップするという運びになりました。
─Homunculu$さんとはそれ以前から一緒に作品を作っていましたよね。
Young zetton: そうですね、"KINTAMA"(『イキモノ』収録)とかもホムンさんで、僕のシャウトを引き出してくれたのはホムンさんかもしれないです。 "Guerrilla"辺りからfeatで名前をしっかり出すようになったのは、その頃から僕の中で意識が変わって、裏方の人たちってすごい重要だなと思う様になって。 その人らへのお金以外の返し方ってなんやろって考えて、それは一緒に上がっていく事だなと思って、出来るだけ名前を出す様にしました。
─グライムのビートって難しくなかったですか?
Young zetton: そうですね、タイプビートで落とした奴とかは難しかったりしたんですけど、でも何故かホムンさんの作るグライムは乗れるっていう笑 なんというか曲としてしっかり完成する。 ただグライムのかっちりしたルールとかはまだあんまり知らなくて、それは今も勉強中ですね。
─なるほど。EPのタイトルは何故 『Delicate』という題にしたんですか?
Young zetton: 最近、すごく仲良い友達と喧嘩しちゃってその時にすごい傷ついちゃって「俺、デリケートやな」っていう。 そこから来てます、なのであんまりコンセプトとかは無いです。 このEPは、単純にそろそろ作品をリリースしたいなと思っていたので。 和歌山に行った時たまたまSATORU君やTOFU君も一緒だったんですけど彼らは凄い制作頑張ってて、「俺も頑張らないと」と思って作りました。