Column/Interview

2021年4月15日、傑作『MALUS』は突如としてシーンに現れた。大がかりなプロモーションも、各所でのリリースアナウンスもなく静かに産み落とされたそれは、しかし、確かに届いたリスナーの中で評判を呼び、バイラルでその評価を確かなものとしつつある。

ゆるふわギャングのプロデューサーとして活躍してきたAutomaticがオルターエゴの自動式名義でリリースした『MALUS』。本作はビートが全編セルフプロデュースであることはもちろん、ボーカルにフィジカルなアーティストではなくボーカロイドを起用した、いわゆるボカロP的立ち位置の作品だ。

日本独自のカルチャーとして発展してきたボーカロイドは、近年日本のHIPHOPシーンでも、KOHH, kamui, KNOTTなどが積極的に起用するようになっている。そうした潮流も生まれつつある中、Automaticの本作の狙いはどこにあるのか。今回PRKS9ではメールインタビューを実施。『MALUS』を紐解く中で見えてきたのは、Automaticの「プロデューサーとしての戦い」における哲学だった。









確信を得たのは「戦う相手のいないところに行く」ということ

─今回はボーカロイドを使用し全てセルフメイドした『MALUS』をリリースした訳ですが、ゆるふわギャングのプロデューサーとしての顔も持つ中で、今回の『MALUS』の着想に至る経緯を教えて下さい。

Autimatic:
ロサンゼルスに行った際に現地で活動するアーティストの数と制作密度を目の当たりにし、同じことをしていても敵わないと感じたんです。それから日本人が日本から発信できることを考えました。それ以来、日本で流行っていることや発展している分野について注目していました。まだ答えが出たわけではありませんが、アニメーションやボカロ、バンドサウンドをはじめとするJポップがそれにあたるという想定のもと、そのエッセンスを習得するべく実際に作ってみたのが『MALUS』ということになります。


─本作は日本ならではのエッセンスを習得する試作であったと。実際に制作されてみて、思い通りに結実した部分、逆に想定と(良くも悪くも)違っていた部分などはありましたか?

Automatic:
結実したかどうかはまだ分からないのですが、やってみて確信を得たのは「戦う相手がいないところに行くこと」です。HIPHOPでは本場のアーティストに勝てない(勝つという表現が適切かは別として)と思いましたし。

国内のポップスにも猛者は山ほどいることもわかりました。いずれにしても実際勝ち残る人は一握りです。ただ、アメリカでは日本人であることをリスペクトされている感じを受けましたし、逆に日本ではHIPHOPアーティストがリスペクトされている感じもします。こういった特徴を持つ競争相手はそれほど多くない中で、その環境にあぐらをかかず、最大限に活かし表現して行くことが最善の策であることを想定し、実践している途中です。



AIが出した「答え」そのものに質量はない

─ゆるふわとしての活動と『MALUS』のプロジェクトはアートスタンスとして重なる部分もあるのでしょうか。それとも全く別軸の活動として始まった?

Automatc:
別とも言えますし、将来的にはこの経験が活かせるとも考えました。



─今回の『MALUS』というプロジェクト全体のコンセプトについて教えて下さい。音楽、3DCG、ウェブサイト・牧草専門店bunnysなど、かなり特異な世界観を持つ、謎多き案件になっています。

Automatic:
『MALUS』とは知恵の実を指します。今後AIはアップル製のスマホを通して人類の知恵を吸収し、 肉体を持ち、コンピューターという楽園から外に出るかもしれません。一方、人類はコロナウイルスの影響下で楽園に篭っていくことになるか、(ゆるふわギャングのアルバム)『MARS ICE HOUSE』のコンセプトのように、更に外に出て行くかもしれません。いずれにしても、人類の歴史は紡がれていく。そのバトンを次に繋ぐべく「今」を懸命に生きる。そんなイメージのもと制作しました。

個人としての主題は、今までやってこなかったことに意欲的にチャレンジすることです。具体的には、音楽の勉強・デザインの勉強・新しい働き方の模索です。ウェブサイトのbunnysは友達と立ち上げたブランドです。最初の商品は牧草で、今後はグッズの展開も考えています。



─あの牧草、実際に売ってるんですね…!一方でゆるふわギャングの持つトリッピンな質感はまさにAutomaticさんならではでしたが、それに満足されず、音楽をきちんと勉強する必要性をどこか感じられていたということですか?

Automatic:
(牧草は)本当に売ってます(笑) 友達の家でも実際にうさぎを飼い始めてて、インスタ(@hayley_bunnys)も結構好調で、今後が楽しみです。

勉強する必要性に関しては…最近よく考えるのですが、GoogleやYouTubeで検索すれば、いわゆる何かしらの「答え」は得られるわけです。囲碁や将棋のAIの導入も「答え」は出るわけです。ただ、いずれにしても「過程」に関してはブラックボックスであり、人類が積み上げてきた歴史や物語なのに対して、AI同士の数億の対局で導き出した「答え」にはあまり意味がないというか、質量がないというか。例えればゼロキロカロリーのコーラという感じがしてます。

ただ、それは今まさに現実の話になっているし、向き合うテーマであるなと思っています。つまり、楽器の弾けない僕が勉強をすることは簡単になりましたが、そのことにどんな意味があるのか、実際勉強してどんなものができるのか。そして、実際にやってみることで「過程」や「歴史」や「物語」が出来ていき、質量を伴ったものに仕上がるのでは、という期待も持っています。



─3DCGもかなりユニークかつハイクオリティで、『MALUS』の世界を増強しています。これもAutomaticさんの手による制作ですか?それとも別にクリエイティブチームがあるのでしょうか。

Automatic:
ありがとうございます。自分で手がけています。


(Automaticが手掛けたLEX, Only U, Yung sticky wom 『COSMO WORLD』のアートワーク)



HIPHOPはドキュメンタリーで、ラッパー自身の経験や言葉が力を持っている

─『MALUS』の歌を人間のアーティストでなく、ボーカロイドに担わせた理由はなんですか?差し支えなければ使用した音声はどのライブラリでしょうか。

Automatic:
日本らしさ、デジタル、AIのイメージと、一人ですべて完結させたかったのでボーカロイドを採用しました。使用したのはフラワーというボーカロイドです。ボカロを勉強する中で”シャルル”という楽曲を聴いて気に入って使うことにしました。





─Automaticさんの場合、ボーカロイドはプロデューサーが「声」も含めて楽曲制作を自己完結させるために使用するものということですね。その裏には、プロデューサーという存在のあり方についても、何か思いがある?

Automatic:

最近Twitterで、日本でのプロデューサーの地位が低すぎるというニュアンスの投稿を複数目にしました。USでも同じことは起きていて、ちゃんと調べないとプロデューサーはわからない状況になってます。僕の考えはそういう状況になっているのはプロデューサー達自身の「おごり」の結果でしかないと思っています。結局は「ネット有識者」の意見や、自分たちは不遇だという主張は、プロデューサーの存在感を引き上げることにはならない。見せ方や、戦略、今の状況にあぐらをかかずにやることが何事においても重要だと思います。

実際、Internet moneyはいままでにないプロデューサー集団を形成していたり、Young Thugのレーベルはお抱えのプロデューサーを育てていて、作る音に関しても存在感を出すことに成功していると思います。一方、日本でのプロデューサーやコンポーザーの存在感ということでは、ボカロPという文化出身の米津玄師さんやYOASOBIさん、(Adoの)”うっせえわ”のヒット。BABYMETALやアイドルの楽曲を手がけることで名を上げるのが、現実に起こっていることです。

長くなりましたが、つまり裏方であろうと自己完結の中でもきちんと存在感を示せる個性や実力を付け、演者や観客への存在感を付加価値として持たなければならないという考えています。





─ボーカロイドとHIPHOPは以前からネットラップの文脈では近しい存在でしたが、近年ではKOHH ”働かずに食う (IA Ver.)”やKNOTT ”Twinkle Little Star”, Kamui 『YC2』など、いわゆるメインストリームなアーティストによる使用も増えています。Automaticさんの目からは、HIPHOPシーンにおけるこうした流れをどう捉えていますか?

Automatic:
僕自身はその文脈はあまり知りませんでしたし、少し難しくも感じます。声優の人がやってるプロジェクトの文脈では使えるかも知れませんが、あれには僕は興味が湧かないです。

僕は、HIPHOPはドキュメンタリーで、ラッパー自身の経験や言葉が力を持っていると考えます。ラップのフロウのニュアンスをプログラムするのも難しいです。自動式vsAutomaticというHIPHOPのビートにボカロを乗せる企画を考えてたのですが、こういった理由から頓挫しています。どっちかと言うと、バンドサウンドや3Dを含めたアニメーション文化はHIPHOPに還元することは出来るなと思います。実際、いま制作しているものには活かされていると思います。



─ラップはあくまでラッパーが担い続け、歌唱部分やそれを取り巻くサウンド、アニメーションはHIPHOPにも入り込んでくるだろうということですね。Automaticさんの中で、こうした観点から面白い動きをされているなと思うアーティストはいますか?

Automatic:
HIPHOPに還元する意味では、考えが被っていて「先を越されるなあ、動き早いなあ」と思うのはTrippie reddです。サンクラ出身で、バンドサウンド、3Dアニメ、レイジビートなどアルバムごとに新しいことを取り入れてますね。出すペースも早過ぎです。ただLil Nas Xのようにアルバムは出さずにシングルのペースでしっかり打ち出してくるアーティストもいるので、焦らずしっかり形にしてこうと思っています。国内だとVTuberのピーナッツくんもフレッシュでおもしろいです。

あとHIPHOPへの還元という意味抜きにすると…今回国内国外問わずいろんなものを見たり、聴いたりしたのですが、各ジャンルにほんと挙げきれないほどヤバい人がたくさんいて、HIPHOPアーティストは狭い楽園から出た方が表現は面白くなると思いました。





Ryugo IshidaとNENEに、僕もそろそろ合流しようと思います

─『MALUS』のビートについて意識したことを教えて下さい。随所にAutomaticさんらしさを忍ばせつつ、例えば”GENE”のBPM感など、あえていわゆるボカロP的なビート感も意識されたのかと感じました。


Automatic:
実際にボカロは今回勉強しました。BPMはとにかく速いですね。トラップが60なら120や240のビート感です。トラップビートの酩酊感は好きですが、働くときや子供と過ごすとき、ドライブに合わせづらいという友達の意見などもあり、聴きやすさを意識しました。バンドサウンド、ポップス、ドラムンベースなどこれまでやったことのないビートを取り入れました。



─ボーカロイドの無垢な少年のような声で発声されながらも、奥底にあるダークな、あるいは主語の大きな世界観とのギャップが印象的です。タイトル曲”MALUS”からして原罪がテーマですが、作詞面で意識されたことを教えて下さい。

Automatic:
例えばこういう類のテーマをオペラ調や情感たっぷりに歌い上げてしまうと重たいのですが、ボカロの無機質で無垢な声で軽さが出たと思います。AIが人類の手から巣立って行く、現世界を知っていくというイメージにも合っていると思っています。ポップスを意識したので、主語の大きさや抽象性、物語性、簡単な言葉であることに重きを置きました。



─本作は歌声の伸びが世界観を一気に拡張する”GENE”, 「監督主演、自作自演」との歌詞が本作をメタ的に言い表しているように聴こえる”LUCY”など素晴らしい曲が並びますが、特に印象に残っている曲は何でしょう。

Automatic:
ありがとうございます。個人的には最初にできた”RUN”が、コロナの世の中になって困難に立ち向かって行こうという想いがシンプルに乗せられて良いと思ってます。”GENE”も子供に送った曲で、気に入ってます。

“LUCY”もいいですよね、僕自身のメタと人類のメタも入っていて、サピエンス全史というヒットした本の内容を元にしています。簡単にいうと人類は「物語」があることで文明を手にし、発展してきた。という内容の本です。南米のジャングルには、「神」や「数」や「色」を表す、言葉を持たない文明が未発達な部族がいます。このことからも文明には「フィクション」「創作」「物語」が必要ということがわかります。例えば数学の「点」の概念は現実世界にはありえません。点として存在した瞬間にそこにはすでに幅が存在し、現実世界の定義上はそれは「線」なのです。

余談ですが、その部族は明日の食事の心配すらしません、しかし皮肉なことに文明人よりも幸福度ははるかに高いと言われています。「次々事件、いつも試練、無理無理詭弁、騙せません」というリリックは、そんなことを表現したリリックです。



─ありがとうございます、最後に今後について教えて下さい。例えばまた『MALUS』に連なるプロジェクトが始まる可能性もありますか?

Autimatic:
『MALUS』に連なるようなプロジェクトはいまのところ未定です。ゆるふわギャングのラッパーの2人は別ルートのすばらしい旅を続けていたので僕もそろそろ合流しようと思います。乞うご期待です。


─ゆるふわギャングの合流、楽しみにしています。ありがとうございました。


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2021/08/01
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