Column/Interview

その年史が積み上がるほど歴史の記述はシンプルになる。何十年分の歴史を決まった分量に収められるよう、歴史の背骨を構成する要素以外はこそぎ落とされていく。HIPHOPも同様だ。黎明期にして黄金期とも言われる1990年代、まだ「近世」と言える2010年代の発掘・アーカイブ作業を横目に、2000年代における日本のHIPHOP史はその半端な時間的距離から、ほとんど誰の手にも触れられてこなかったのではないか。
日本のHIPHOPには2000年代があり、そこには確かに数多くの名作があった。これは新たにこの10年間の遺構を保存し口伝する、終わらない歴史保存作業だ。2000年代のこれまであまり触れられることのなかった名作たちを、いま一度紐解いていく。

1998年にZEEBRA率いるUBGの練習生としてキャリアをスタート。ZEEBRAのツアーにサイドMCとして参加するなど実績を積み上げてきたKM-MARKITがPONYCANYONからリリースしたデビューアルバム。2005年04月20日リリース。

その上で本作を振り返ると、まずはその鼻に掛けた細身なラップスタイルを上手く活かした部分に目が向く。加藤ミリヤとの“Sunshine”, 倖田來未との“Rainy Day”などは分かりやすくこの声とアートワークでイメージマネジメントした上で仕上げた楽曲であり、本作の目指した基軸として重要なピースだ。UBG勢とは思えぬようなきな臭さを徹底的に排除したトラックにKM-MARKITのスムースなラップ。そこから作り出されるアルバムの雰囲気は非常にスタイリッシュだ。

一方でアルバムの冒頭を、実はUBGを背負って立つ“Mr.アーバリアン”“Dirty Talk”, “王道”の3曲で始めている。これらのタイトルを見るだけでも本作がUBG然としたタフネスを捨てた訳ではないことを雄弁に語っており、事実この3曲の勢いは特筆に値する。加えてZEEBRAの名曲の続編(リメイク?)となる“未来への鍵 ~The Key~”“Memory Lane”でクルーの御大にもリスペクトを示す。特に後者は見事に「KM-MARKIT版の”永遠の記憶”」を作る事に成功しており、単なるクラシックのコスりとは違う、敬意溢れる素晴らしい曲に仕上がっている。加えて今では舐達麻やHITOMINらのプロデュースでも名を馳せるタイプライターのスティッキーなビートが癖になる“Snatch”(何気にタイプライターのベストビートでは?)、弾きのビートで男臭くバウンスするポッセカット“都会の野蛮人”なども仕込んでおり、実は作中の濃度としては圧倒的にハードコアな仕上げだ。そこをアートワークと作中ではマイノリティなシンガーとの楽曲だけで、上手くスタイリッシュなイメージにバランス調整している。この辺りの全体感を見据えた目利きが、今に至る彼を支える武器だったのかもしれない。

その後KM-MARKITは本作の作風を継承する2ndアルバム『MARKOUT』(2006年)をリリース。以降もUBG名義でのストリートアルバム『The Street Album Vol.1』(2008年)やフリーダウンロード音源、MINESIN-HOLDらとのコレクティブ・THE RAIDERSによる『THE RAIDERS』(2011年)などの発表を続けるも、2012年頃から活動は次第に作詞提供にシフト。w-indsやSWAY, そしてBTSの作詞担当として活躍している。思うにKM-MARKITはビジュアルと音楽の掛け合わせ…すなわちアイドルビジネスに対する戦略を通底して持っていたのかもしれない。その端緒となるのが自身をアイドルビジネスに見立ててリリースしたとも捉えられる本作であるとするならば、このアルバムの意義をいま再考するのは、「プロデューサー・KM-MARKIT」を理解する上で重要な作業だろう。

なおこれは全くの余談だが、倖田來未とは本作以外にも彼女名義の楽曲”Hott Stuff”(2005年)で共演している。こちらは”Rainy Day”とは打って変わってハードなパーティチューンになっている。KM-MARKITは映像には出てこないが、MVも併せて見事な名曲だと思う。

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2022/05/10
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作品情報:


Artist: KM-MARKIT
Title: VIVID
Label: PONYCANYON
2005年4月20日リリース

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