Column/Interview

ECD。

2018年1月24日、闘病の末帰らぬ人となってしまった、日本語ラップ最古参MCの名前だ。
享年57歳。そんな彼が惜しまれつつも他界し、早3年が過ぎようとしている。

にも関わらず、だ。例えば移民ラッパーとして昨今大きな注目を集めるMoment Joonが最新作『Passport & Garcon』収録の”TENO HIRA”でECDの名前をシャウトしたり、2020年6月にはECDの自主レーベル・FINAL JUNKYのカタログ全9作品がサブスク解禁されるなど、ここに来てむしろその存在はむしろ際立ってさえいる。そう感じるのは筆者だけではあるまい。

また、そんな在り方が、USで言うところの2PacやNotorious BIGのような、未発表ヴァースや既発曲のリメイク(アカペラの再利用)などの作品リリースが起点となっていない点も、なんとなくアウトサイダーを地でいっていた「ECDらしい」気がして実に興味深い。とは言え、日本語ラップ史上屈指と言える長いキャリアを誇り、非常に多作でもあった彼のカタログは膨大だ。活動開始はなんと1987年。自身のMCネームを冠に据えた、1stアルバム『ECD』に始まり、メジャーもインディも経験し、レコーディング・アーティストとしてだけでも約27年に及ぶ長いキャリアにおいて、連名作品を除きオリジナルアルバムだけに作品を絞ったとて全17作品(!)。FINAL JUNKY以前の作品は、サブスク解禁されていないものも多い。しかし2020年代においてさえいまだ色褪せることのないエヴァーグリーンな作品群を、今回はアルバム単位で今一度振り返ってみたい。

2021年に3度目の命日を迎える故人を偲んで。
Together Forever, ECD!

『ECD』(1992年)

1.Power of the Underground
2.ミスターWICKED
3.HIP HOP GAME
4.3Years
5.青い目のエイジアン
6.mouth to Mouth
7.漫画で爆笑だぁ!
8.天敵くん
9.アタックNo.1
10.BOOM, BOOM, BOOM
11.行け行けECD~開けゴマ
12.EYES of STEVIE WONDER
13.CHECK YOUR MIKE (1992 REMIX)
14.encore:I Say “HO”

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FINAL JUNKY期からのファンには信じ難いかもしれないが、デビュー作はMAJOR FORCEから。
当時よくつるんでいたという高木完や、KUDOこと工藤昌之らのバックアップの下、レーベル初の日本人MCとして送り出された1989年のデビューシングル”PICO CURIE”(本作には未収録)こそエポックメイキングな作品だったが、アルバムデビューはスチャダラパーに遅れること2年。
明らかにネイティブ・タン一派からの影響下で眩しいまでに華やかな『スチャダラ大作戦』と比べればどんな作品も分が悪い。
従って本作にもやや地味な印象を持つリスナーがいるかもしれないが、大ネタ連発のビートでタイトル通りの漫画ネタリリックに、LL Cool J ”Mama Said Knock You Out”を空耳にしたフックのユーモアが光る“漫画で爆笑だぁ!”(シングルのみの、7分を超える長尺テイク”完全版“も必聴)、デビュー前からの自伝的振り返りとヒップホップの歴史を合わせてオーセンティックなHIPHOP讃歌に仕上げた“Hiphop Game”辺りは、2020年代に突入した今でも一聴の価値がある。
レゲエ・ビートに乗っかってみせる“3Years”辺りも、キャリア最初期ならではだろう。

『Walk This Way』(1993年)

1.BACK STAGE PASS
2.HOLD UP!
3.レイシスト
4.イライラ
5.28Bballs
6.アゲイン
7.ALL FREE
8.マテリアル・ラブ
9.LIVE ON STAGE
10.ECDの”東京っていい街だなぁ”
11.WALK THIS WAYのテーマ
12.BORN TO BE ECD

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前作から間髪入れず、その翌年にリリースされた2ndアルバム。
自身と高木完、そしてDJ PMXを加えた制作布陣で、サウンド面で前作から大きな路線変更は無いものの、リリックはより聴き取りやすく、かつ確実にトピック選びには幅と奥行きが付加されている。
「生まれた時からECDはECD」という締めがド直球に格好良い自伝的楽曲“Born To Be ECD”や、後に“DIRECT DRIVE”として昇華される(?)レコードへの偏愛振りを当時から覗かせる“マテリアル・ラブ”では、レコードを女性に見立てたウィットに富んだ設定(HIPHOP自体を女性に例えた、かのCommon Sense “I Used To Love H.E.R.”よりも1年早い)など、中々に味わい深い楽曲が並ぶ。
左とん平の同名曲をラップでリメイクしてみせた“ECDの”東京っていい街だなぁ”は、黎明期に日本のHIPHOPと(いわゆる)和物が邂逅した成功例の一つとして確かにクラシックだが、今にして聴き返すなら、むしろそれ以外の楽曲にも光を当てたいと思える。
不思議な魅力を持った作品だ。

『ホームシック』(1995年)

1.ECD’s A One Two
2.Pitch Pitch Chappin’
3.いっそ感電死
4.Do The Boogie Back feat. Ishiguro (Kimidori), 北沢幾積 (Yotsukaido) & トミジュン・キク (リカ)
5.Am I Sexy?
6.バイブレーション feat. Hac & Seinu (727 Productions)
7.Mini Media
8.F–K Tomorrow feat. Kimidori
9.Mass 対 Core feat. Twigy & You The Rock
10.リプライズ

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3枚目にして、エイベックス傘下のCutting Edgeへの移籍作。
そんな背景からさぞ鼻息の荒い作品かと思いきや、マイクチェックを兼ねたBiz Markieばりのイントロ“ECD’S A ONE TWO”を経て、続く“PITCH PITCH CHAPPIN’”で聴かせるいきなりの悲哀からして、ECDの稀代のアウトサイダーぶりが窺い知れる。
TwigyとYou The Rockを迎えた、未だ色褪せることのないアンダーグラウンドHIPHOPアンセム“MASS対CORE”はもちろんクラシックだが、当時大ヒットしたスチャダラパーと小沢健二の“今夜はブギーバック”に即座に呼応したアンサーソング“DO THE BOOGIE BACK”、再び日本のHIPHOPと和物を絶妙なサジ加減で引き合わせた笠井紀美子の同名曲のリメイク“バイブレーション”、Company Flowの初期作品が引き合いに出されることもあるクボタタケシ作のシンプルながらもたついたビートの感触がクセになる“いっそ感電死”ほか、いずれもハイレベルな楽曲が並ぶ。
またこの頃は、かのさんぴんCAMPの主催をはじめ、ディスクガイドやオムニバスCDの監修なども積極的に行うなど、ECDが確かに日本におけるご意見番的ポジションであったことも付け加えておきたい。

『BIG YOUTH』(1997年)

1.INTRO
2.STAR TOUR
3.密猟
4.俺達に明日は無い <RAP VERSION Pt.2>
5.俺達に明日は無い (INST.)
6.SUNNY
7.ECDのAFTER THE RAIN
8.ピラニア
9.復活祭
10.ECDのロンリー・ガール  feat. K DUB SHINE
11.117
12.Cutting Edge
13.TOKYO TOKYO ’97 <PART 2>
14.OUTRO

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1997年の発売後、2003年には当時持てはやされていたCCCD(コピーコントロールCD)でリイシューされたばっかりに、ユーザーの利便性を損ない、結果的に作品としての評価でもやや割を喰ってしまった感のある4枚目。
後年加藤ミリヤがアンサーソングをリリースしたことで、ECDにとっても期せずしてキャリア屈指の知名度を得た“ECDのロンリーガール”は、自身でも後にセルフアンサーするぐらい特別な一曲であったのは間違いないだろうが、疾走感溢れるビートに振り落とされるか否かの瀬戸際のせめぎ合いがスリリングな“俺達に明日は無い(RAP VERSION PT.2)”や、名パンチライン「止まれ、壊れたダンプカー」を生んだ“TOKYO TOKYO”(原曲はさんぴんCAMPのサウンドトラックに提供)のYou The Rockを迎えた続編、さんぴんCAMPの後日談的な“ECDのAFTER THE RAIN”、今こそ聴き返すべき“Cutting Edge”“復活祭”など、それ以外も佳曲揃い。
前作から衰えぬ勢いをそのままパックしたような、ECDのディスコグラフィにおいてもとりわけオーセンティックなHIPHOPアルバムとして、ここまでのキャリアの最高到達点と評しておきたい。

『MELTING POT』(1999年)

1.RUDE BOY SUTRA feat. HOWLING UDON
2.DIRECT DRIVE
3.BEAT FOLK
4.テレコ
5.APACHE
6.YOUR LAND
7.ECD’S CHANT
8.巣
9.HELP
10.グラジオラス
11.SHIBUYA ANTHEM feat. HOWLING UDON
12.NO MUSIC ready”METALTING POT”PART 2
13.RUDE BOY SUTRA exodus ecd exteded version
14.DIRECT DRIVE audio musica N°2 remix
15.DIRECT DRIVE the readymade all that jazz~あるいはコニシの猟盤日記ミックス
16.BEAT FOLK 15/NOV/98′ 17:19.59~17:25.15
17.YOUR LAND 42nd Version

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90年代最後の作品となった5枚目。
ある意味では『BIG YOUTH』においてHIPHOPとしての王道を突き詰めてしまったECDが、ここに来て明らかにその道を意図的に外れはじめた第1歩目と言い換えられるだろう。
(いわゆる)渋谷系リスナーも巻き込んでクラブヒットとなった、レコキチによるレコキチの為の(?)“DIRECT DRIVE”こそまだ辛うじてこれまでのキャリアの延長線上に捕捉することが出来なくもないが、(著書『いるべき場所』で自らも振り返っているが)「ヒップホップでなければ何でもいい」というヤケクソにも近い心情が露骨に言葉に表れた“BEAT FOLK”、「ラップは俺のモノじゃないんだ」と言い放つ“YOUR LAND”、MC不在を高らかに叫ぶ皮肉の効いた“ECD’S CHANT”辺りには痛々しさすら在る。
女性の絶叫をサンプリングした鬼気迫るインスト“HELP”の一曲だけでも、アルバム全編の混沌具合が汲み取れるだろう。
またHowling Udonこと渋谷の路上詩人、故カウリンタウミの肉声を聴かせる実質的なイントロ/アウトロ“RUDE BOY SUTRA”/”SHIBUYA ANTHEM”は資料的価値も高いと言える。

『THRILL OF IT ALL』(2000年)

1.大脱走
2.おれは喋るSAXは叫ぶ
3.typography 
4.typography 
5.ROCK IN MY POCKET 
6.もうひとつ
7.MY TCM 59
8.地球最後の日
9.1964
10. スケルトン
11.トランポリン
12.大脱走

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制作途中でアルコール中毒が悪化して入院するなど、恐らくはキャリアのうちで最も不安定な状況下で制作された6枚目。
前年の『MELTING POT』から始まった、敢えてHIPHOPから踏み出した流浪の旅路は本作も続く。
冒頭からして日本のHIPHOPの現場から猛スピードで離脱するかのような“大脱走”、サックスも自ら演奏する“俺は喋るSAXは叫ぶ”、まるで弾き語りみたいな“地球最後の日”、往年のアイドルのそれを意識したであろう疑似ライブ曲“1964”など、どれも実験的でスリリング。
それゆえにECD自身も後年振り返っている通り、アルバム単位で聞けば散漫な印象も拭えない。
以降のライブ定番曲として、ファンにはお馴染みの“ROCK IN MY POCKET”で印象的に繰り返されるHOOK「ポッケにROCK、ROCK石ころ/これだけありゃ何でもできる」は、Bob Dylan “Like A Rolling Stone”のようでもあり、自らに言い聞かせて鼓舞しているかのようでもある。
当時のライブ映像の数々で確認できる盟友Illicit Tsuboiとのコンビネーションで、Lee Dorsey ”Four Corners”の2枚使いの上でシャウトを飛ばすライブテイクを聴くと、原曲の印象もガラリと変わるはずだ。

『SEASON OFF』(2002年)

1.無法のマンボ
2.GO!
3.Hi-Check
4.Outcast
5.きっと今日も
6.Dancing Lonely Night
7.Seaside Bound
8.Hustle Bunch
9.夜をぶっとばせ
10.[1//8]計画
11.山と川
12.イ百景
13.Greenlight

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7枚目にして、オリジナルアルバムとしてはCutting Edgeからの最終作。
オーセンティックなヒップホップ作品である『BIG YOUTH』と対極的に、「日本のHIPHOPとの距離感」という意味では、『THRILL OF IT ALL』以上と言えそうなのが本作だ。
日本語ラップ村を抜け出し、「HIPHOPではない何か」をいまだ探し続けているような瘋癲振りで、サウンド面では“無法のマンボ”“Go!”でのマンボやラテン、タイガースの同名曲をカヴァーした“Seaside Bound”でのGSなど、もはやダンスミュージックであることにすら固執せず、ECD自身のバックボーンへと回帰するかのようでもある。
かと思えば、不意にriow arai作のインスト・エレクトロニカ“Dancing Lonely Night”が聴こえてきたりして、掴み所の無さも前作以上かもしれない。
そんな作中、HIPHOPに拘らないアートフォームの模索真っ只中のECDが、ここに来てモユニジュモこと現イルリメを迎え、2人でユニゾンや掛け合いを聴かせる“Hi-Check”“イ百景”は異色の出来。後の両者のジョイント作『2PAC』の前哨戦と言えばそれまでだが、明らかに捨て鉢だったCutting Edge後期において、ここでのECDは吹っ切れたようなポジティブさに満ち満ちた雰囲気で、ただただ楽しい。

(後編はこちら)

アーティスト情報:
ECD

1960年生まれ。
1982年にジョン・ライドンのインタビューでグランドマスター・フラッシュの名前を知り、HIPHOPと出会う。
1986年にRUN-D.M.C.の来日公演を体感したことを機に、ラッパーになることを決意。
1990年にシングル”Picocurie”でデビュー。
1992年には1stアルバム『ECD』を発表し、独自のスタイルを確立。
当時アンダーグラウンドな存在だったヒップホップを、音楽シーンに紹介する役割を果たす。
以降もコンスタントに作品を発表、日本でのHIPHOPのスタイルを築き上げた存在としてリスペクトされる。
2016年9月に上行結腸と食道の進行性がんの治療中であることを発表。
2018年1月24日に亡くなったことが発表された。
享年57歳。

───
2021/01/11 Text by Vinyl Dealer for vinyldealer.net

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