Column/Interview

日本では未だ稀有な宗教をレップするMCであり、ここ最近様々な場で波乱を巻き起こしたMC・Itaq。21歳の彼が2021年5月14日(金)、2ndアルバム『Savior of Aquarius』をリリースした。PRKS9での特集・Itaqというコード(前後編)においては、彼のキャリアの総括、および今回のアルバムでItaqが目指したものについて迫った。

今回はItaq本人にインタビューを実施。同席するのはItaqと数々の曲にて競演するGrime MC・Catarrh Nisinだ。「Grime」という視角を持つ2人だから語ることの出来る『Savior of Aquarius』の位置付け、日本のHIPHOPシーン、Grimeの立ち位置…。「アンダーグラウンド・オブ・アンダーグラウンド」な視座でのHIPHOPが見えてくる。

Interviewed by よう @crazy_korn (Tw)


登場する主なアーティスト(順不同):
ralph, PAKIN, DUFF, KIANO JONES, Yammy Box, CAKRA DINOMIX, ASKA, どんぐりず





ラップスタア誕生での苦難を通じて
─本日はよろしくお願いします。

Itaq:
Itaqです、よろしくお願いします。前の名義も含めると2013年からラップをしているので、まだ今年で21歳ですがラップ歴は9年目になります。2021年5月14日(金)、ちゃんとしたリリース作品としては2作目となるアルバム『Savior of Aquarius』をリリースしました。

Catarrh Nisin:
兵庫県神戸市で活動しているCatarrh Nisinです。いわゆるGrimeをメインにした曲を作ってます、よろしくお願いします。



─ありがとうございます。今回Itaqさんのリリースに際してCatarrh Nisinさんを呼ばせてもらったのはラップスタア誕生が理由で。あの番組でItaqさんの部屋が映った際、Catarrh Nisinさんの『Anger Log』がガッツリ置いてあったので、その繋がりからです。

Itaq:
あれはやっぱり、自分のルーツは出していきたいと思ったのでアピールしましたね。

Catarrh Nisin:
嬉しかったですね、誇りですよ笑



─お2人は最近でもDUFFさんを加えたプロジェクト・Tri Genocideとしても動いています。

Itaq:
DUFFさんの声掛けで、とにかく攻撃的なGrimeをカマそうってことで始まりましたね。ただちょっとプロジェクトが開始した頃に僕が信心深くなって人を傷付けないようになったんですけど笑 でも…これから詳しく話しますけど、ラップスタア誕生への出演とかを経て今はまた無事性格悪くなったんで、また攻撃出来るかなと。

Catarrh Nisin:
あれはまあ、元々「ぼちぼちやりますか」くらいのプロジェクトなので。みんな忘れた頃くらいにまたなんか出るかな、みたいな感じですね。





─了解です笑 ではまず、Itaqさんの今回のアルバムに関して教えて下さい。そもそも制作の合間にあのラップスタア誕生があって、その時の反響もありつつ制作を続けて今回の完成ですよね。ラップスタア誕生があったことでアルバムに影響した部分はありますか?

Itaq:
まず今回のアルバムの経緯についてなんですけど、構想を含めて2年掛かっていて。1stを出した直後から「完璧なコンセプトアルバムを作りたい」と思って、いくつもの案を出しては捨てて…を繰り返していました。そんな中で「一度見切り発車で進めてみよう」と思って、東京から地元に帰るタイミングで知り合いのビートメイカーさんとかに声を掛け始めたんですよ。

で、ビートが届き始めてリリックを書き始めたんですけど、かなり煮詰まっちゃって。そんな時にラップスタア誕生が進み始めてそっちに本腰を入れてたので、その間は2ndのことって頭から消えてたんですよ。

一方自分の中で、2020年は神との距離感が変わった時期でもあって。元々は2ndの構想を練っていた時って、自分が東京で出会ったミュージシャンやアーティストの方々の影響を閉じ込めたものにしようと考えてたんです。ただ一時的に東京にいた中で、そこで出た教団の研修の影響が大きくて。自分の中における信仰の占める優先順位が1番になったんですけど、それがちょうどラップスタア誕生の時期だったんです。

その頃になるともう自分ってその前の自分とは違っていて。自分の中での信仰をラップに結び付けた音楽をする、そういうスタンスに変わっていって、それがラップスタア誕生の中で見せた姿でした。

ただ…ラップスタア誕生は終わり方が結局自分の中では最悪だった。(番組でのライブパフォーマンス審査に臨む)2週間前くらいから咳が止まらなくなって…職場の人がハブ酒持ってきてくれたり、喉薬飲み過ぎて病院行ったり、お母さんも喉に良い料理を作ってくれたりしたし、決勝当日にはお世話になった前校長の奥さんからプロポリス入りのクリームを貰って、それを塗って臨んだんです。それでいざライブの順番決めをしたらralphくんが4番手で俺が5番手。その順番は良いのに…神様がいたら俺のことを見てくれてるはずなのに、咳だけ治んない。

そんな中で収録が終わって、「なんなんだろう」って思いが残って。しかもその夜にもプライベートで色々起こって…いまそんなことある?みたいな。収録当日もそんな感じだし、いざ放送されたらまた色々と反響が来るじゃないですか。そんな中で前校長まで「あのパフォーマンスは失敗だったと思うよ」なんて言い出して、なんか前校長の奥さんと家族しか自分の味方はいない、みたいな感じだったんですよね。

だから端的に言って、結構ヤバかったんですよ。神様がどうとか歌うのかっていうと、そういう精神状態じゃない。そんな中で、ラップスタア誕生以降はライブも辛くなっちゃって…昔の曲が歌えない、声に力が入んない。

こんな状態で「信仰」を最優先に考えたコンセプトアルバムって合わないなと思ってちょっと離れてたんですけど、それからしばらく時間が経ってくると、「逆にこのコンセプトアルバムの温度感がちょうど良いんじゃないか?」って思いが出てきて。そこから腰を据えて、一気に作り上げたのが今回のアルバムになります。

でもまあ制作は超大変でした。制作の為に自分の部屋を改装してみたり、図書館に通ってひたすら現代美術を勉強したり。そうした制作の中でなんとかラップスタア誕生のショックから立ち直ろうとして、今はある程度リカバー出来たかなと。



─その点で言うと冒頭の”INITIAL I”からして、宗教的な面やラップスタア誕生での経緯など、諸々の背景を伺わせる内容になっていた気がします。リリックに「アンダーグラウンドオブアンダーグラウンド カルチャーの最下層からここまで来た」とあるのもそういうことなのかなと。



Itaq:
そうですね。元々アンダーグラウンドな音楽をやっているという自覚はありますし、しかもその上宗教じゃないですか。もうシーンの中でも外れの外れなんですよ。自分は今でこそ幸福の科学のコラムを書かせて頂いたり、インタビューも受けたりしてますけど、元々は全然受け入れられなかった時期も長くて。自分も教団の中で育ってきた中でここの文化的な風土やコミュニティとしての習性は感じてる中で、もし何か腐敗があるようならそれと闘う覚悟もある。そういうのも込みでの話なので、ただ音楽性が尖ってるのとは訳が違うんです。



─サウンド面での意識はどうですか?色々なビートメイカーとやり取りされる中で、かなり歌メロが活きるものも含め、多様なアプローチが感じられます。

Itaq:
そうですね、最近はHIPHOP以外のジャンルを聴いているときの方が「これドープじゃん」って思うことは多くて。それこそ専門学校でも休み時間にディストーション掛けて遊んだり、みんなで(東京・幡ヶ谷のクラブ)FORESTLIMITに遊びに行ったり。友達や先生からも色んなジャンルの音楽を教えて貰ったりするような環境で。

現場で遊んでるときに聴いてる音楽とそうして知った音楽が完全に地続きになって…段々エレクトロニカやその先のジャンルのビートに興味が出てきたんです。単純にラップを乗せる対象として凄く面白いと思った。ただ自分でビートメイクするには技術が足りないので、その道のディープで、俺のことを理解してくれる人たちに今回はお願いした感じですね。

だから当たり前と言えばそうなんですけど、今回ビート提供してくれた人はみんな俺のことを理解してくれてるんです。そして俺の為を考えてビートを作ってくれてる。そうすると不思議なことに、違う音なのに全体として統一感が出るんですよ、みんな俺を考えて作ってくれてるから。そこから音の色合いや輝きからテーマを決めて、構成を考えていって、そうしてアルバムの全体像が出来上がりました。



「Grimeが次に来るって言われて10年経ったな」
─Catarrh Nisinさんは今回のアルバムはどう聴かれましたか?これまでItaqさんとはGrimeでの共演含めフィールする部分もあったと思いますが、今回はまた毛色の違う内容だったと思います。

Catarrh Nisin:
そうですね、Grimeっぽさとかは全然感じなくて。というかGrimeのビートであってもItaqさんが乗るとジャンルが「Itaq」になるんですよね。別に良し悪しの話じゃなく、自分も曲を聴いてて「これはGrimeyなフロウやな」とかは分かるんですけど、Itaqさんのは本当に別ジャンルになる。

でも”INITIAL I”とか”Cold Fish”を聴くと、やっぱりこれはGrimeとかも通ってきた人だからこそこういうフロウになるんだろうな、っていう下地は見える気がします。普通にHIPHOPだけ聴いてる人の乗せ方ではないと思いました。

Itaq:
そうそう、これがTrapだけ聴いてきた、って人なら出ないと思います。あの呼吸の仕方だったり、ラップの隙間やグルーヴの作り方はGrimeがあったからこそです。Trap以降のラップの基本って4小節構成らしいんですよ。つまり4小節をひとつのフロウ、音の置き方で通して、次の4小節で別の置き方にする。そこで行くと自分は…4小節の中でも音が壊れない程度には置き方を揃えたりしますけど、それよりも言葉の暴力性が最も活きる音の置き方を重視してる。その優先順位の付け方が違うのも僕らしさだと思ってます。

Catarrh Nisin:
Grimeを通ってきたら基礎体力が鍛えられる側面もあるかもしれませんね。UKでもDJの横について40分ラップし続けるとかザラですし、僕らもそうすることはあって。そうした中で…BPM140のビートをずっと倍速で乗るみたいなことをしてる訳ですから、それを続けてたら何かしら違ってくると思います笑

Itaq:
ある意味失礼な言い方なんですけど、自分は別にGrimeにめちゃくちゃ詳しい訳でもなくて、でもここにしか許される居場所がなかったんですよ笑 他の領域だと、ずっとマイク握ってひたすらフリスタしてるとか許されなくて。

Catarrh Nisin:
そうなん?なんで許されへんの?

Itaq:
なんか売れない時はステージの端で腕組んで黙ってステージ見て、売れたら自分のライブ直前までホテルにいてライブだけして帰るみたいな、そういうラッパー像がカッコ良い、みたいなのあるじゃないですか。とにかくマイク握りたい、ラップしたいみたいなガツガツしてるのがなんかクールじゃないみたいな。自分はそれが嫌だったんですよね笑 自分はKIANO JONESくんと同い年で共にやってきましたけど、横で見てて「自分は彼のようにやると、野蛮ではなくなっちゃうな」と思って。自分はやっぱり音に対して暴力的でいたい、野蛮でいたい。それを今も突き詰めてますけど、その姿勢で行くと、こういうGrimeとかの姿勢が合ってたんです。





─Grimeのノリで活動される中で、2人が出会ったのはどういう流れだったんですか?

Itaq:
俺、結構物事をちゃんと覚えてる方なんですけど、カタルさんとの出会いはマジで記憶がないんですよね。気付いたらこんなに仲良くなってた笑

Catarrh Nisin:
僕はそれ、めっちゃ鮮明に覚えてます。なんかItaqさんは覚えてないのに片思いな奴みたいですけど笑
初めて知ったのはItaqさんが”HUMBLE”をREMIXした曲でした。それがTwitterで流れてきて、「ヤバ、日本人でこんな奴おんの」と思って名前を覚えてて。それからしばらく経った頃、Twitterで「グライム」って検索してみたら、Itaqさんが「カタルナイシンとグライムやりたい」ってツイートしてたんですよ。あ、僕のこと知ってくれとんやと思って。そこから繋がって、一緒に曲やりましょうってなったんです。

Itaq:
そうだ、それで一緒に適当なGrimeのビート選んでパッと作ったのが、サンクラに上げた”Joe Bloggs”でしたね。このあとDUFFさんとも繋がったりして輪が広がって。



Catarrh Nisin:
でも物理的に距離が遠いのもあって中々会えなくて。いつだったかPAKINさんがやってるGUMってイベントに僕が呼ばれたときにItaqさんがお客として来てくれて初めて会いました。みんなでオープンマイク回したりして。

Itaq:
そこからだんだん(渋谷のクラブ)虎の子食堂に行くようになってジャングルにハマったり、ピーチ岩崎さんに出会ったり、FORESTLIMITに通うようになったりして…。そんな中で、自分のいるこういう場って全部繋がってるんだなって感じました。それは細かいジャンルがどうというよりも、アンダーグラウンドカルチャーシーンとして地続きだなって。そこから今に繋がってますね。

GUMでも次の回から2-3回ライブさせて頂いて。主催のPAKINさんの家にも遊びに行って、GrimeやUKガラージ、2Stepを動画を見せてもらいながら教えて貰うみたいな。ここで最低限のジャンル理解を得ました。

自分にとっては、高校生の頃からラップしてて「でもこのシーンで誰も俺に気付かないな、辛いな」と思ってた中で、すぐ隣に(Grimeという)別の国が実はあって、そこでは自分に近い人たちがたくさんいた、って驚きだったんですよ。これでかなり救われましたね。



─いわゆる既存のHIPHOPシーン的なものと隣接しつつ、別の国であるのがGrimeだったと。その点だと、Catarrh NisinさんはGrimeという国にたどり着いたのはどういうきっかけだったんですか?

Catarrh Nisin:
僕がGrimeを知ったのはDEKISHIさんの存在だったんですよ。当時DEKISHIさんは、(大阪アンダーグラウンド界隈のレジェンドMCである)GEBOさんの主宰するSUPPON RECORDSに所属していて。自分はSUPPON RECORDSが好きだったんで、よくイベントにも遊びに行ってたんですよね。そんな中、ある日のフライヤーでDEKISHIさんのことが「高速Grime MC」って紹介されてたんです。それでDEKISHIさんに「Grimeって何ですか?」って聞いたら「Grimeはずっと流行りそうで流行らへん音楽や」って教えて貰ったのが最初でした。

Itaq:
僕もカタルさんやDUFFさんと虎の子食堂に遊びに行った帰り、「Grimeが次に来るって言われて10年経ったな」みたいな話聞きました笑 なんかGrimeだけきれいにスルーされて、(UK) Drillだけ流行ったんですよね笑



─Grimeが日本でイマイチ浸透しきらないのはどういう理由なんですかね?

Catarrh Nisin:
うーん、まあジャンルの定義も難しいし、音もあんまり出せる人がいないし。ラップの乗せ方も、「こういうフロウがGrime」っていうのが見え辛い部分はあるかもしれませんね。あるラッパーの人が「今回はGrimeに挑戦しました」みたいな作品を出したら、Grime警察が出動してダメ出しするみたいなのもあったり。

Itaq:
(UK) Drillの場合はビートだけ差し替えれば良いですからね。プレイヤーとしては、音の取り方が若干Trapとは違うっていうくらいなので。Grimeの場合はフロウから何まで違うんで。



「地理的に断絶されるとかじゃないと、Grimeやベースミュージックの方には来ないんですよ」
─GrimeとUK Drill, 日本のHIPHOPシーンというキーワードを並べると、Itaqさんとも関係の近いralphさんが出てきますよね。ralphさんとの関係を教えて貰えますか?

Itaq:
距離的に一気に近づいたのは自分がニートtokyoに出て炎上したとき、それを面白がってくれたあたりからです。面識自体はその前から…KamuiさんのMV撮影に一緒に出た頃なんかからあって。そのあと知り合いのイベントに行ったときralphくんがライブしてたんですけど、当時そのライブをまともに聴いてた客が俺1人だったんです。俺は1人で「ralphくんのラップ本当に最高だな」と思って踊り狂ってたんですけど笑、ライブ後ralphくんに「自分よりItaqくんの踊りの方がカッコ良かったっす」って言われるみたいな…本人にとっては地獄みたいな思い出らしいんですけど、そこから少し仲良くなって。

それでニートtokyoの件をきっかけに曲を作ったり、ラップスタア誕生でも戦ったりしましたけど…でも今はralphくんは個人的にGrimeというよりも「横浜のHIPHOPの人」という感じがするので。彼は今メインストリームで勝ち上がることを見据えてやってると思いますし、その意味で今はフィーリングがまた別なんじゃないかと思ってます。会ってもちょっとぎこちなくなるんじゃねえかなみたいな。





─今後GrimeがGrimeの形のまま売れることはあると思いますか?

Catarrh Nisin:
まぁないんじゃないですかね。

Itaq:
僕もないと思います。Grimeって凄くリテラシーがいる側面があるんですよね。で、リテラシーを持たないたくさんの人たちにとって分かりやすいものが売れる音楽なので。リテラシーのハードルを下げて売る、それはアートじゃなくビジネスの話です。

Catarrh Nisin:
めっちゃ尖ったこと言ってるけど大丈夫ですか?笑

Itaq:
でも、今回の2ndはそれを踏まえて作った作品でもあるので。要はItaqのやってること、どうやって、どこから理解して良いのか分かんないって人たちに広い間口で届けることを考えて作った。だからそこにおいてリテラシー云々じゃなく、まず入ってきてもらう、理解しやすく届ける。但し音楽のハードルを変える訳じゃなくて…今回のアルバムは各曲ごとに短編小説かよってくらいの解説が付いてて、それを読んでもらうと更に世界観が分かるようになってるんですけど。そうやって丁寧にやっていることを届ける、伝える。伝える努力を凄く大事にした作品です。

そうやってマスに伝える努力をして、自分自身はディープなことをする。そこでリテラシー低い人たちに迎合する選択肢もあると思うんですけどね。

Catarrh Nisin:
まあ単純に、1曲Grimeをやる人はいても、アルバム全体でGrimeをやり切る人ってあんまりいないですからね。

Itaq:
その意味だとYammyBoxくんってどこから出てきたんですか?あんなにリテラシーを持ってガッツリGrimeやる人がいるって知らなかったです。



Catarrh Nisin:
彼は確か元々兵庫の姫路出身なんすよ。そこから兵庫北部の…豊岡ってところに行ったらしくて、そこだともう隣接してる鳥取とかまで行かないと遊ぶところがないらしいんですよね。それで鳥取に遊びに行ったら、やってたイベントがダブステップとかGrimeのイベントで、そこで鍛えられたみたいな。そこから共通の知り合いがいて自分が紹介されて、一緒に曲作ったりしました。元々は普通にHIPHOP聴いてた子だったと思うんですけど。

Itaq:
やっぱりそういう、地理的に断絶されるとかじゃないとGrimeやベースミュージックの方には来ないんですよ。いつでもHIPHOPのイベントに行けるみたいな環境だとHIPHOPを聴くだけなんで。俺も全寮制で閉ざされた空間の中でGrimeに触れて育ったので。そこからカタルさんと知り合ったらDUFFさんが超近所にいることが分かって…みたいな。

Catarrh Nisin:
三重県のCAKRA DINOMIXもコンビニ行くのに車乗らないとダメみたいな環境でGrimeとかTrapの要素を取り入れて、そこからKAKEHANって言う新しいジャンルを作ったり面白いことを起こしています。その意味では何か新しい、尖ったことをやることにおいては、絶対にHIPHOPやメインミュージックが集まる都会より、地方の方が強いとは思いますね。





“Eudaemonics”に今回伝えたいことが詰まってる
─かなり尖った見方も出てきましたが、今回のアルバムで言うと”Cold Fish”などは特にそうしたItaqさんの鬱屈とした思いが出てきている気がします。

Itaq:
やっぱり自分がラップスタア誕生に出て感じたガラスの天井というか…アウトローな生い立ちや、ヒップな見た目をしてないと最後の最後は通して貰えないんだ、みたいな思いはあって。

で、曲名の”Cold Fish”ってもちろん映画・冷たい熱帯魚から取ってるんですけど、元々の英語の意味として「(性格が)冷たい人間」だって意味もあるらしくて。その意味では、元々仏教ってかなりクールに割り切る側面があるんです。他人や過去みたいなどうしようもないことは知らん、自分の出来ることにだけ集中する、みたいな。だから冷たい熱帯魚のストーリーのような、徐々に追い込まれていく様を自分のHIPHOPシーンにおける立ち位置になぞらえて、それに対する様を仏教的な形でも捉えているような歌詞の書き方をしている曲です。



─あの振り切り方、喝破の仕方はどこかCatarrh Nisinさんの” Scribble “(『Anger Log』収録)にも通じるものを感じました。



Catarrh Nisin:
悪い奴ですよね、あんな歌詞書くのは笑 でもやっぱり、この曲だけじゃないですけどItaqさんとは考え方が近いのかなって感じるんですよ。歌詞に共感することが凄く多い。

Itaq:
根が真面目なとことかね笑

Catarrh Nisin:
笑 今回のアルバムでも、”Eudaemonics”が1番好き。歌詞の内容とかも含めて、この曲のあるなしでアルバムの印象が全然変わるなって。

Itaq:
割とマジに、”Eudaemonics”が今回のアルバムで伝えたいことが一番詰まってる曲なんですよ。あと”driving school” 笑 あのタイトルは「幸福論」ってことですけど、今の若い奴って病んでる奴か何も考えてない奴かの大体どっちかじゃないですか。で、それを「そのままの自分でいいよ」「病んでるのが普通だよ」とか言って慰めたって、逆にそこから抜け出せなくしてるだけで。だからあの曲は、メンヘラな若者代表としてその先の抜け出したところを見せようとしました。

別にマッチョイズムみたいな話じゃなくて、病んでようが、人生のどこかで絶対に気合入れて頑張らなきゃいけないタイミングはあると思う。自分にとってはそれが割とマジで自動車教習所だったんですけど笑

そうやって「どこかで踏ん張らなきゃいけないんじゃないか」ってことは、アルバム全体を通して伝えたい部分です。アルバム構成としても「尖った自分」を維持する内容になってるんですけど、”INITIAL I”以外の前半部はある種の禊を落とす前のただ尖ってた頃で、後半部分は禊を落として、世の中と向き合った上で尖ることを選んだ僕の姿を描いてます。それって似てるようで全然違うことなので、上の話と併せて、伝えられたらなと思いますね。





─そんな作品にあって客演の持つ意味も重要になってくるかと思います。その意味では唯一の客演として、”Eudaemonics”に元THE BLUE HEARTSの河口淳之介さんを迎えていますね。

Itaq:
割とKanye WestがPaul McCartneyを呼んで”Only One”(2015年)を作ったノリに重ねてるとこはありますね。同じ幸福の科学の信者で、教団のメディアにはちょこちょこ出てらっしゃったりもするんですけど、今回一緒にやらせて頂けることになりました。一緒にセッションしていく中でKendrick Lamarとかを薦めたらハマって下さったり、ちょっと嬉しい瞬間もありましたね。



宗教の2世は生まれた時から禁欲的であることを強いられている
─この”Eudaemonics”は先ほどCatarrh Nisinさんが「一番好き」、Itaqさんが「伝えたいことが詰まってる」と言っていた曲でもあります。

Catarrh Nisin:
なんか頑張らなあかんなって思わされる曲ですよね。自分も同じようなことを思ったりしますけど、その中で後ろ向きな部分を選んで歌詞を書くタイプなので。でも前向きな部分にも気付いてる訳で…Itaqさんがそっちを抽出して書くのは、凄いなって思いますね。「人間として正しいこと」を全面に出すって、逆に音楽としては難しい部分もあるはずで。

Itaq:
笑 この曲がさっき言ってた、モラトリアムから抜け出して気張らないと、ってことを一番歌ってる曲でもあるので。まあ僕も全然出来てる訳じゃないんですけど、そんな中で天使なのか守護霊なのか、上位のご意見番みたいな存在から語り掛けてる曲です。アルバム中では失恋したばかりの僕にこの曲でご意見番からの視点が挟まって、次の”driving school”からまた僕の視点に戻る。そういうちょっとしたハーフタイムのご意見番ショーみたいな曲です。

で、全面的に正しいことを歌うってことについては…まず、僕みたいに、ある宗教の2世って、生まれた時から禁欲的かつストイックであることを、一種強いられてるのに近い存在で。楽しかったら「自分は頑張ってないから楽なだけなんじゃないか」って思い詰めちゃったりする。でもそんなこと絶対にないし、「苦労してれば頑張ってる」と思っちゃうことを打破する、「いや、楽しくて頑張ってる」が一番良いに決まってるでしょ、って思いを打ち出してる。楽しくやれる方法を探しましょうよ、って言ってる曲でもありますね。

Catarrh Nisin:
この曲含め、今回特にメロディラインが良いなと思いました。Itaqさんはこうしたメロディセンスについて、影響を受けたものってあるんですか?

Itaq:
メロディラインってある程度自分の中で得意なパターンがあったりするじゃないですか。そういう手持ちのパターンがこれまでに広がった時期がふたつあって。それが志磨 遼平さんがやってるドレスコーズを聴くようになった時期と、ASKAを聴くようになった時期なんですよ。この2人がかなりメロディの幅を一気に広げてくれたかなと。

ASKAが出所後に出した『Too many people』(2017年)ってアルバムがすげえ好きで。チャゲアスは聴かないんですけど、あのアルバムが凄く刺さった。全曲めちゃくちゃ尖ってて、自分の中で割と理想的な「凄いアルバム」の形です。”Too Many People”で「砂漠で渡されるコップ一杯の水を」って歌詞があって、よくそんな表現思い付くなとか、一行の歌詞で映画一本出来ちゃうみたいな広がりがある。

あとは単純に、鼻をレーザーの手術したことで歌いやすくなったってのもあります。

Catarrh Nisin:
鼻は自分も…レーザーじゃなくて粘膜の切除と鼻中隔をまっすぐにする手術しました。でもメロディの影響は意外な名前が出てきましたね。そんな中で今回のアルバムを作るにあたって、特別意識したことはあったんですか?

Itaq:
複数の曲をまたいで伏線を回収する、ってのをやりかった。ストーリーテリングする中で、2曲目で置いた爆弾が4曲目で爆発するような、そういうことがしたかった。ストーリーテリングの曲ってそれ1曲で成立するし完結するけど、それが曲をまたいで花開く、そんな展開を目指しました。その意味で例えば「自動車の免許を取る」ことにまつわる話の流れとか…ラストで東京や世界の状況がヤバい中、初心者マーク付きの中古の車で現れることの意味だとか、そういう面白さが出せてるかと思います。

“INITIAL I”には「渋谷を突っ切る那須ナンバー 今にも剥がれそうな初心者マーク」ってラインがあったりしますけど、あの曲は実はRalphくんの”Back Seat”って曲の対となる曲を作るというテーマで。カッコ良く車を流してる曲の逆で、いつ事故っても不思議じゃない奴が頑張って渋谷で運転してるみたいな。

Catarrh Nisin:
なるほど。でも正直…普通に聴いてる人たちって、そこまで練り込まれた歌詞の意味をどこまで汲み取ってくれるんでしょうか。

Itaq:
それはマジでその通りです、たぶんただ「アルバム出したんで聴いて下さい」じゃ誰もそこまで読み取らないと思います。だから今回は全曲に短編小説くらいの解説コラムが付くっていう。コラムと歌詞に、ビートメイカーさんのアー写と紹介もついた解説Tumblrを出そうかと。だから情報量が凄い読み物が付くことで伝えたいなと。

今はリリース量が氾濫する中で、自分もリリースペースを増やすことでしか対抗出来ない流れがあると思うんですけど。自分はそんな中で、物語としての質を高めてひとつの作品をしっかり伝える、その為の努力をしたいなと思ってます。こうして読み物を付けることもそうだし、今回こうした取材はいくつか受けさせて頂いてる中で掘り下げて貰ってちゃんと届けたりだとか。読み解く為のヒントは出来るだけ多く届けたいですね。



─こうした歌詞の練り込みや想いをHIPHOPシーンに届けたいと。

Itaq:
もちろん届けば良いとは思いますけど、そこは別にもういいかなって感じです。どっちかっていうと…自分を評価してくれるアート畑やアングラ寄りのところ、あるいは逆にポップ畑の人たちに届けば良いかなって。

やっぱりラップスタア誕生に出たときは、自分みたいな存在がトリックスターとしてかき回して、少年少女も熱中してくれて、シーンの選択肢が増えて新たなバリエーションの場所が出来る、そんな盛り上げが出来れば良いなと思ってたんですけど。
でもやっぱりそれはHIPHOPシーンのメインストリーム層には求められてない、単純に需要がないんだって痛感したので。”復活の日”とかが(番組内で)ウケなかった、歌詞への評価がなかったりしたのは辛かったですね…そのあと曲として出したときに若い子たちは超盛り上がってたのは嬉しかったですけど。今の売れ線な曲調の曲を作ることも出来るんですけど、やっぱり世に出すまでモチベーションが上がらない、楽しくないんですよね。

もし”復活の日”がドカンと受けて、ラップスタア誕生でそのまま優勝したりしてたら…今回のアルバムは”Hyper KAMIOKANDE”の、あのハッピーな感じで終わってたかもしれません。でもそれだと「誰かを救う」側面としては弱まってたと思う。結果的にはその後の”NIWANOUSAGI”でズドンと落とす展開があるからこそ、ふり幅のある作品になったとは思いますね。その後”Finale”で段々と自信を…社会への適性に対する野蛮さを取り戻して冒頭の”INITIAL I”に繋がるっていう、1周する構成になってる、円環構造のアルバムなので。これが(ラップスタア誕生で)優勝してたら、直線的に強さを取り戻して終わる、ただのハッピーエンドって構造のアルバムになってたと思います。

でもやっぱり神様は自分を見てくれている、とは思いますね。自分に降り掛かる出来事の数々を、リアルタイムで重く捉えすぎると「なんでこんなハードルが自分に」って思ったりするけど、あとからこうして振り返ってみると自分にはこのために必要な経験だったんだ、って気付くことが多くて。ラップスタア誕生にしても敗者復活から成りあがったと思ったら最後に大失敗して…あんな挫折、人生であんのって感じでしたけど、人としての経験は広がったなと。

だからこそですけど、今回のアルバムは売れて欲しいですね。予算を掛けて作った云々みたいなこともありますけど、これが売れないと…ここまでの色々なものに対する仕返しにならない笑 もう長いキャリアを積み重ねている中で、一度ドカンと評価されたいですね。今だって相当ひねくれてますけど、このアルバムがサラッと無視されちゃったら自分、どうなるんだろうって思う笑

Catarrh Nisin:
でもItaqさんには悪いけど、ずっとひねくれてて欲しいです笑 もちろん売れて欲しいんですけど、折れる直前ギリギリまでひねくれてて欲しい。

Itaq:
これ以上ひねくれたらもうどうなっちゃうかって感じですけど、なんでも腐る直前が一番美味しいですからね笑 その先まで行っちゃうと…もう木魚を10分叩いてるだけとか、そういう曲を作る感じになる気がする笑 今回のが評価されなければそうなります。まあ色々言いますけど、とりあえず今回の『Savior of Aquarius』で、商品としての自分が完成した気はします。これまでちょっと難解に捉えられたり、プロリスナー的な人たちにだけ受けたりする中で、初めて大衆的に間口を取るものが出来たのかなと。



─気が早いかもしれませんが、今後の活動についてはいかがですか?まずはCatarrh Nisinさんから。

Catarrh Nisin:
ソロというか、ドラムンベースのDJ/ビートメイカーのPACONEさんとジョイントしたEPが出ます…夏頃かな。(所属クルーである)140でも最近EP作り出して…年内くらいには出せるんじゃないかなと。

Itaq:
自分はこれまではラップゲーム的、文学的な部分を突き詰めてやってきましたけど、ピカソが青の時代からバラ色の時代に移ったように、今後は声を楽器として扱うような…より純粋音楽的な追求をしたりするかもしれません。あるいは…2ndは卑近なテーマや一種のHIPHOPイズムと、スピリチュアルな内容の架け橋になる内容でしたけど、このうちスピリチュアルな側面だけに振り切った、ファンタジーな内容で3rdを作るとか。

だからまあ色んなことやってみたいです。その意味で、例えばどんぐりずはすげえ羨ましいんですよね。どんなビートでも料理出来るチョモランマさんと、そこに上手くラップを乗せられる森さんの組み合わせで常に良いものを出せる。そんな感じで色々考えてますけど、売れなければ木魚10分叩く曲が出るんで、よろしくお願いします。


─ありがとうございました。


───
2021/05/20 Interviewed by よう (Twitter)

PRKS9へのインタビュー・コラム執筆依頼・寄稿などについてはHP問い合わせ欄、あるいは info@prks9.com からお申し込み下さい。

作品情報:
 
Track List:
01. INITIAL I [Track by KUROMAKU]
02. UNBUILT [Track by yumeo]
03. casuistica [Track by 田嶋周造]
04. NAGASAKI REVENGE [Track by UNOME]
05. Kagayaku Machi [Track by Lil Soft Tennis]
06. So Stupid [Track by Nammu]
07. Eudaemonics feat. 河口純之助 [Track by Itaq]
08. driving school [Track by ウ山あまね]
09. Cold Fish [Track by Negatin]
10. Hyper KAMIOKANDE [Track by Itaq]
11. NIWANOUSAGI [Track by SKInnY BILL]
12. Finale [Track by TRASH 新 アイヨシ]

ARTIST : Itaq
TITLE : Savior of Aquarius
LABEL : 委託 Label
RELEASE DATE : 2021年05月14日(金)
FORMAT : DIGITAL(DL/ST)

▶Itaq: Twitter / Instagram
▶Catarrh Nisina: Twitter / Instagram



関連記事一覧

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。